綾瀬さんて
「ぅく……。んで、そっちでへばってる馬鹿。なんか言うことあるか?」
綾瀬さんが指差したのは、黒鳥さんだ。
一年生のはずなのに、敬語を使わないどころか馬鹿呼ばわりしている。
「……ない」
「あいよ。じゃあ、こっちで話し進めていいか」
「好きにすればいいだろう」
ふてくされた感じで言う黒鳥さんを見て、綾瀬さんは笑う。
「んじゃ会長? のお許しも出たことだし、そっちの二人、なにか聞きたいことは?」
俺と、真に視線を向けてくる。
聞きたいこと。そりゃもう、大量にある。
だが、いきなり「聞きたいことは?」と言われても、どこから聞いたものか……。
こちとらまだ、椎谷先輩が去ったばかりで頭のなかが整理できていない。
「じゃあ、俺から」
迷っていると、真が先に挙手した。
「いろいろ質問したいけど、まず、一つ」
真剣な表情で、真は問う。
「綾瀬さんて、そっちが素なの?」
綾瀬さんは目を瞬かせてから、
「それが真っ先に出てくる質問か?」
聞き返した。
それについては同感だった。
昔荒らしをしていたとか、黒鳥さんとはどういう関係なのかとか、椎谷先輩と意気投合しているように見えたのは一体どういうことなのかとか、そういうことが普通、先に出てくるものだと思う。
「いや、俺だってもっと聞きたいことはあるけど、別人みたいじゃん? どういう風に接していいのかよく分からないし。ていうか、そもそも黙ってた理由ってなに? ここまでキツイ感じの性格なら、黙ってるっていうのも一苦労だと思うけど」
「……ま、そう言われると、そうかもしれないがな」
綾瀬さんは納得したようなしていないような口調で返す。
真は「でしょ?」と頷いていた。てか、どういう風に接したら良いか分からないとか言ってる割に、普通に話せている気がするのは気のせいか?
「素かどうか、という問いに関して言えば、その通りだ、ってことになる。あたしはもともとこういう性格だ。そっちの阿呆はもう知ってることだけどな」
「さっきから黒木先輩を馬鹿とか阿呆とか言ってるのは?」
「ん? そりゃ、まんま、そうだからそう言ってるだけだが?」
容赦ない。言いたいことはなんでもズケズケ言うタイプだ。
「で、もう一つ質問があったな。あたしがどうして黙ってたかってことだが、大きく分けて二つだ」
「二つ?」
「ああ。まず一つは、MDKの活動方針状、昔、荒らしをしていた経験を持っているあたしが必要以上に介入するのは良くないだろうってことだ。こっちはあたしの自己判断だな」
持っているペットボトルをぶらぶらと振りながら、綾瀬さんは言う。
まあ、荒らしを撲滅しようという団体のなかに、昔荒らしをしていたという人間がいたとなれば、仲間外れにしたりされたりしかねない。綾瀬さんの言うとおり、もし、昔荒らしをしていた人間が必要以上に口を挟んできたら不快な気持ちになったかもしれない。
「もう一つは、そっちの馬鹿と意見がぶつかった時、収拾がつかなくなるんじゃないかって二人で話してな。そっちの理由がメインだな。……見りゃ分かるだろうが、あたしはこんな性格だし、あいつも自分の意見をちょっとのことじゃ曲げないタイプだ。二人だけならいいが、他のメンバーが入った時に言い合いになったらどうしようもないって思ってな」
「あー……」
「……」
真と二人、納得する。
黒鳥さんは黒鳥さんで尊大な口調で話すし、雰囲気も大人っぽい。勧誘された時だって、口車に乗せられて、強引に連れて来られたくらいだ。誰かがちょっと批判した程度で意見を曲げることはないだろう。
そして、目の前にいる綾瀬さんも、同じようなタイプの気がする。黒鳥さんよりも冷めているというか、冷静な部分はあるようだが、正直、意見を言っても素直に受け取ってくれる気がしない。
この二人が同時に喋って、意見が対立したら、話し合いどころじゃなくなる。
「あたしが黙ってたのはそういうわけだ。最低限、コミュニケーションは取れるようにしていたし、なにかあればそっちの馬鹿とは話してた。迷惑はかけてなかっただろ?」
「迷惑どころか結構助けられたな」
真は即答。俺も頷く。
綾瀬さんには何度も助けられている。




