第十三話:ゼロのあと
静かすぎた。
さっきまでの機械音が、嘘みたいに消えている。
「……ほんとに止まったな」
俺は天井を見上げる。
光は点いている。
でも、あの“意思”はない。
ただの照明だ。
「ネットワーク応答、なし」
ノアが確認する。
「中枢、完全停止」
「やったな」
そう言いながらも――
どこか実感が薄い。
「世界、変わったのか?」
「変わった」
ノアははっきり言う。
「少なくとも、この都市は」
その言葉の直後。
――ピッ。
小さな音。
「……ん?」
ノアが手元を見る。
「端末、再起動」
「まだ何かあるのか?」
「違う」
ノアは首を振る。
「“自動制御”が解除されただけ」
「つまり?」
「今は、人間が操作しないと何も動かない」
「……急に不便だな」
「それが本来」
確かに。
今までは、全部勝手にやってくれてた。
最適化ってやつで。
「じゃあこれからは」
俺は周囲を見渡す。
巨大な中枢。
今はただのガラクタみたいに見える。
「人間がやるのか」
「やるしかない」
ノアの声は、静かだけど確かだった。
「選ぶのも、決めるのも」
「全部、自分たち」
「うん」
少しの沈黙。
悪くない。
むしろ――
「面白そうじゃねえか」
俺は笑う。
ノアが少しだけ驚いた顔をする。
「……そう思うの?」
「だってよ」
肩をすくめる。
「誰にも決められてないんだぞ?」
「失敗もする」
「そりゃするだろ」
即答する。
「でも、それも込みだ」
ノアは、少しだけ考えて――
「……非効率」
「いいじゃねえか」
俺は言う。
「効率だけでここまで来た結果が、あれだろ」
外の世界。
崩壊。
選別。
「だったらさ」
一歩、歩き出す。
「ちょっとくらい無駄でもいい」
ノアは、ゆっくり頷いた。
「……許容範囲」
「なんだそれ」
思わず笑う。
思わず笑ったあと。
ほんの少しだけ――
空気が変わった気がした。
「……ノア」
「なに」
「静かすぎないか?」
ノアが周囲を見渡す。
「さっきから変わってない」
「そうなんだけどさ」
俺は、床を軽く蹴る。
音が響く。
やけに、遠くまで。
「“止まりすぎてる”感じがする」
ノアは一瞬だけ考えてから、端末に触れる。
「環境ログ、確認」
数秒の沈黙。
「……異常なし」
「ほんとか?」
「うん」
即答。
でも――
「でも?」
「……ひとつだけ」
ノアの視線が、少し遠くを見る。
「外部エネルギー値が、わずかに上昇してる」
「外?」
「都市の外側」
俺は眉をひそめる。
「誰かいるのか?」
「可能性はある」
ノアが続ける。
「中枢が止まったことで、外部の人間が動き出した」
「ああ……ありえるな」
今まで閉じられてた場所だ。
管理が消えたなら――
「来るかもしれねえ」
「うん」
短いやり取り。
だが、それだけじゃない。
ノアは、まだ何かを気にしている顔だった。
「まだあるのか」
「……微弱な信号」
「は?」
「ネットワークじゃない」
ノアが首を振る。
「独立した発信源」
「つまり?」
「誰かが、何かを動かした」
その言葉で。
さっきの“違和感”が、形になる。
「中枢は止めたよな?」
「完全に」
「じゃあ」
俺は、ゆっくりと息を吐く。
「“別の何か”があるってことか」
ノアは否定しない。
ただ――
「確認が必要」
そう言った。
俺は、軽く首を鳴らす。
「休ませてくれねえな、この世界」
「現実」
「知ってる」
苦笑する。
でも、嫌じゃない。
むしろ――
「ちょうどいい」
ノアがこちらを見る。
「なにが」
「終わったばっかでさ」
肩をすくめる。
「すぐ次が来るって、退屈しねえ」
ノアは、少しだけ考えてから。
「……非効率」
またそれか。
「いいって言っただろ」
俺は笑う。
「それも含めて、人間だ」
ノアは、小さく頷いた。
「……うん」
その時だった。
――ゴォォ……
遠くから、低い音が響いた。
今度は、はっきりと。
「……これか」
「うん」
ノアが即座に反応する。
「発信源、近い」
「外だな」
「出口方向」
俺たちは、同時に動き出す。
中枢を背にして。
まだ何があるか分からない世界へ。
「なあ、ノア」
走りながら聞く。
「これってさ」
「なに」
「もしかして」
少しだけ笑う。
「“始まり”ってやつか?」
ノアは、一瞬だけ考えて――
「……可能性、高い」
「いいね」
俺は前を見る。
崩れた通路。
その先の光。
「じゃあ行こうぜ」
一歩、踏み出す。
「次の世界へ」
ノアも、並ぶ。
その足取りは、もう迷っていなかった。
――そして。
外で灯る“火”へと、繋がっていく。




