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第六十八話 竜血四侯 アダチリュウヤ

おはようございます。

第二章もそろそろ終わりです!

面白いと思って頂けましたら、評価、ブックマークなどお願いします!

(殺す。絶対に殺す。その薄汚い笑みを、二度と浮かべられないようにしてやる)



ミスラの視界は、憎悪の朱に染まっていた。


踏み出す一歩が地面を爆ぜさせ、白銀の装甲を纏う“エインヘリアル”が舞う。


双槍の軌跡は、もはや視認不可能な領域。


右が風を裂き、左が空間を削る。


一秒に数十――刺突の嵐。


静かなる激情が、再び形を成す。



「おっと! 速い、速いぜミスラちゃん!」



嵐の中心で、リュウヤは変わらず踊る。


大剣を羽毛のように扱い、すべてを受け流す。


喉元へ迫る穂先を、わずか数ミリで逸らす。



(また……当たらない……!)



焦りが、確実に精度を狂わせていく。


突き、払い、突き。


呼吸を殺し、心拍を力へと変換し、さらに加速。


筋肉が悲鳴を上げながらも、なお出力を引き上げる。


しかし――



「技術は一級品。装備も最強。だがよぉ……」



リュウヤの目が、獲物を狙う火竜のそれへと変わる。


それまで、ただ“いなしているだけ”だった男の動きが――わずかに変わった。


大剣が、ミスラの猛攻の“隙間”へと滑り込んでくる。



「心が“ここ”にねぇんだよな!」



ガギィッ――!


それは、防御ではない。


槍を“受けた”のではなく、“利用した”。


噛み合わせた瞬間に生まれる反動を、強引に捻じ曲げる。



「――っ!」



気づいた時には、遅い。


崩されたのは体勢ではない。


“間合い”そのもの。


流れを奪われた一瞬、大剣の切っ先が無防備な脇腹へと滑り込む。



「っ……!」



声にならない悲鳴が喉を震わせる。


軽装であるグラキエス装備の隙間――無防備な脇腹を、鋭く裂かれた。


浅い。だが、その一撃は確実にミスラの動きを鈍らせるには十分だった。


鮮血が宙に舞い、ミスラの身体は大きく後退する。



(熱い……意識が持っていかれそう……)



傷口から溢れる熱が、感覚を歪ませる。


膝が折れかける。


だが、倒れない。


槍を地に突き立て、無理やり身体を支えた。


その視線の先――


リュウヤは大剣を肩に担ぎ、つまらなさそうに首を鳴らしている。



「期待外れだな。復讐に燃える美少女ってのは、もっと爆発力があるもんだと思ったんだが」



ミスラは奥歯を噛み締めた。



(まだ……まだ、終わらせない!)



地を蹴る。


踏み込みは、先ほどよりもさらに深く、鋭く。


加速。


双槍のオーラが描く水色の軌跡が、円弧となってリュウヤへと殺到する。


首筋、胸元、膝裏――急所のみを正確に抉る連撃。


だが――届かない。


リュウヤは、大剣を振るうことすらしなかった。


ただ、最小限の足捌きだけで、そのすべてをいなしていく。


紙一重。


刃一枚。


触れるか触れないか、その極限でかわし続ける。



「遅ぇ、遅ぇよ! 槍の重みが足りねぇなぁ!」



嘲笑と同時に、リュウヤの身体がわずかに沈む。


次の瞬間――蹴り。



「ガハッ……!」



腹部へ叩き込まれた一撃は、先ほどの斬撃とは比較にならない衝撃を伴っていた。


内臓が揺さぶられ、呼吸が強制的に止まる。


ミスラの身体は軽々と宙を舞い、そのまま背後の巨木へと叩きつけられた。


ミシミシ、と嫌な音が背中から響く。


視界がチカチカと明滅した。



(身体が……重い……)



地に崩れ落ちそうになるのを、必死に耐える。


その間にも――


リュウヤはゆっくりと歩み寄ってくる。


一歩、また一歩。


そのたびに、周囲の空気が歪み、温度が上昇していく。


見えない圧が、確かに存在していた。


それはただの威圧ではない。


物理的な“重み”となって、ミスラの動きを縛り付けていく。



(……来る……!)



直感が叫ぶ。


次の瞬間、頭上から火花を散らす大剣が振り下ろされた。



「おらよっ!」



咄嗟に双槍を交差させ、受け止める。


だが――



(重い……!)



衝撃が腕を貫く。


先ほどまでの大剣とは、明らかに“質量”が違う。


まるで巨大な鉄塊を、そのまま押し付けられているかのような圧力。


ギリギリと、金属が悲鳴を上げる。


押される。


踏みとどまれない。


リュウヤは片手で大剣を押し込みながら、空いた手でミスラの喉元を掴み上げた。



「――っ!」



抵抗する間もない。


そのまま、地面へと叩き伏せられる。


ドォォォォン!


背中に走る激痛。


肺の中の空気が、すべて吐き出された。


呼吸ができない。


視界が揺れる。



「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?」



至近距離。


逃げ場はない。



「それとも、最初からこの程度だったのかよ」



リュウヤの瞳が、真っ直ぐにミスラを射抜く。


その瞳に映る自分は――あまりにも無力で、惨めだった。


リュウヤは大剣の切っ先を持ち上げ、そのままミスラの喉元へと突きつける。



「いいぜ、その絶望に染まった目。最高にたまらねぇな」



じわり、と刃が皮膚に触れる。


鋭い痛み。


死が、すぐそこまで来ていた。


だが――


ミスラは、動いた。


喉を掴むリュウヤの腕を両手で掴み、自身の体重を預けるように強引にぶら下がる。


予期せぬ動きに、リュウヤの巨躯がわずかに前のめりになった。


その一瞬。


ミスラは両足を跳ね上げ――


全力で、リュウヤの腹部装甲を蹴りつける。



「……っ!」



衝撃。


だが目的はダメージではない。


体勢崩し。


その反動を利用し、拘束を振りほどく。


地面を転がり、距離を取る。


泥にまみれながら、必死に立ち上がる。


肺が焼けるように痛い。


呼吸が乱れる。


だが、それでも――


距離は取った。



「あははははっ!」



高らかな笑い声。



「いいぜ、今の足掻き! 最高だ、やっぱそうでなくっちゃなぁ!」



リュウヤはまるで焦る様子を見せない。


それどころか、獲物がまだ折れていないことを心から喜んでいるようだった。


大剣を肩に担ぎ直し、楽しげに口元を歪める。



「その死に物狂いの顔、もっと見ていたくなったぜ」



一歩、踏み出す。



「おい、次はどうやって俺を楽しませてくれるんだ?」



さらに一歩。



「もっと足掻けよ――な?」



狂気に満ちた声。


それを真正面に受けながら――


ミスラは、ゆっくりと呼吸を整える。



(落ち着け……落ち着くのよ、ミスラ……)



喉を押さえながら、意識を無理やり引き戻す。



(怒りは……刃を鈍らせるだけ……)



荒れ狂っていた感情が、わずかに沈んでいく。


代わりに浮かび上がるのは――静寂。


ミスラは、手にした双槍へと視線を落とした。


水の双槍のドラコニックウェポン――ハイドロゼリオン。


握っているだけで、わかる。


これはただの武器ではない。



(水竜の力……変幻自在、流転……そして――支配)



そのとき。


穂先に付着した自身の血が、不自然に揺らいだ。


血が、周囲の微細な水滴と引き合い、薄い膜を形成していく。



(……これね)



直感が、理解へと変わる。



(この槍は、水そのものを操るんじゃない)



意識を槍へと集中させる。



(槍の“周囲に存在する水分”を、私の意志の延長に置く武器……!)



ミスラは、ゆっくりと立ち上がった。


その瞳から、先ほどまでの濁った激情は消えている。


あるのは――水面のような静寂。


槍を構える。


だが、先ほどとは違う。


狙うのではない。


“広げる”。


意識を外へ。


槍の周りにある水分へ。


霧へ。


血へ。


すべてを、槍の外殻として取り込んでいく。



「お? 急に静かになったな。諦めたか?」



リュウヤが笑う。


ミスラは答えない。


ただ――地を蹴った。


先ほどと同じ――単調な突き。


そう見えた。


リュウヤは「またか」と口元を歪め、大剣を横へと振るう。


弾くための、最小限の動作。


だが、その瞬間。


大剣が槍に触れる直前――


槍の周囲に纏っていた水の膜が、瞬時に形を変えた。



「なっ……!?」



ギィィィィン――!


甲高い金属音。


弾かれた、はずだった。


だが実際に逸らされたのは、槍本体ではない。


その外側を覆っていた“水”のほうだ。


弾かれた水は霧散せず、そのまま鋭い刃へと再構築される。


軌道を変え、二の太刀となってリュウヤへと食らいついた。



(逃がさない)



ミスラの意識が、槍だけでなく、その周囲すべてに広がる。


引き戻す。


振り抜く。


円を描く軌道に合わせて、水が応じる。


槍の遠心力に従い、纏っていた水滴が引き伸ばされ――


しなる。


“水の鞭”へと変貌した。


空気を裂き、間合いを越えて伸びる一撃。


大剣の外側から、リュウヤの腕を、脚を、頬をかすめるように斬り裂いていく。



「チッ……ちょこまかと!」



舌打ち。


その顔から、初めて明確に余裕が削がれた。


大剣を盾のように構える。


だが、水は固体ではない。


受け止めることを前提とした防御を、すり抜ける。


鎧の継ぎ目。


関節の隙間。


狙い澄ましたように、水の刃が入り込む。


細く、だが確実に削る。



(見える……)



ミスラの視界が変わる。


水の流れ。


空気の揺らぎ。


そして――リュウヤの動き。



(止まって見える……!)



先ほどまで捉えられなかった“余白”が、はっきりと認識できる。


遅れているのは、相手ではない。


自分の認識のほうだったのだと理解する。


槍を弾かれても、水が追う。


避けられても、水が塞ぐ。


攻撃は途切れない。


面となり、流れとなり、連続する。


ミスラの動きは、もはや突きではなかった。


しなやかにうねる奔流。


流れそのもの。


リュウヤの足が、わずかに後ろへ滑る。


轍が刻まれる。


今度は明確に――押されていた。



「この野郎……舐めやがって!」



リュウヤの額に汗が滲む。


苛立ちが混じる。


大剣を強引に振り回し、空間ごとねじ伏せるように薙ぎ払う。


だが――


その軌道を、ミスラは“先に”読んでいた。


最小限の動きで懐へと潜り込む。


踏み込み。


間合いの内側。


逃げ場のない距離。


双槍を重ねるように構え――


叩き込む。


ドォォォォン!


衝突音が爆ぜる。


今度はリュウヤの身体が、大きく後方へと弾き飛ばされた。


数メートル。


地面を削りながら、ようやく停止する。



「はっ……ははっ……!」



低い笑い。


リュウヤは片膝をつき、地面に手をついたまま顔を上げる。


その肩から、赤い血が滴っていた。


確かに――通っている。



「……上出来だ」



ゆっくりと立ち上がる。


その声に、先ほどまでの軽さはない。



「正直、ただのガキだと思ってたぜ」



直後。


空気が変わる。


肌が焼けるような熱。


リュウヤを中心に、周囲の温度が一気に跳ね上がる。


足元の草が、黒く焦げる。


彼が担ぐヴォルガス・スレイヤーから、纏っているオーラより濃い、溶岩のような紅い光が溢れ出した。



「“その武器”の本質を掴んだのは褒めてやる」



一歩、踏み出す。


地面が焼ける。



「……だがなぁ、ミスラ」



顔を上げる。


その瞳は――もはや人ではない。


黄金の縦瞳。


竜のそれ。



「本物の“竜血”の恐ろしさを、まだ教えてなかったな」



インペリアル装備の隙間から、炎が噴き出す。


制御されたものではない。


溢れ出す“本質”。



「遊びは終わりだ」



大剣をゆっくりと構える。


その刃が、空気を歪める。



「――焼き尽くしてやるよ、すべて」



咆哮。


それは言葉ではない。


火竜の、純粋な“暴威”。


戦場そのものが、赤く染まった。


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