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第三十八話 アリア・ノーランド

おはようございます。

今週も投稿させていただきます。

今週からは、数週間、朝と夜の2話づつの投稿になりそうです。

よろしくお願いします。

執務室に戻った俺は、先ほどまで読んでいた報告書の続きを手に取り、再び目を通し始めた。


紙をめくる音だけが、静かな室内に響く。


だが――しばらくすると。


外から、何やらざわついた気配が伝わってきた。


中庭の方だろうか。


模擬戦でもしているのか、時折歓声のようなものまで混じっている。



(……なんだ?)



気になって、少しだけ窓の外を覗く。


そこには――大男と小柄な男が、武器も持たずに対峙していた。


ゴランとジェイクだ。



(随分とまぁ、多いな)



視線をその周囲へと移す。


見物人の中には、カイやセシルをはじめとしたインペリアルガードの面々。


リリィと数人のメイド、さらにはミスラの姿まであった。



(……集中力、切れたな)



小さく息をつく。


このままでは仕事にならない。


何か飲み物でももらおうと、食堂へ向かうことにした。


執務室を出て、廊下の角を曲がる。


その先――窓際に、一人の少女が立っていた。


中庭を静かに見下ろしている。


アリア・ノーランド。


リオデルカがそう紹介していた少女だ。



「アリア……だよね? 君は混ざりに行かないのか?」



そのまま通り過ぎるのも気が引けて、声をかける。


――リリィに聞かれたら確実に怒鳴られそうな、やけに優しい声で。



「……わ、私……あんまり……話すの、得意じゃなくて……です」



声をかけられた瞬間、ビクッと肩を震わせる。


そして、か細い声でそう答えた。



「そうなんだ……実は俺も、人付き合いは得意じゃないんだ」



「王様も……? です」



驚いたように、こちらを見上げる。



「ああ。今はやらなきゃいけないからやってるだけでさ。


 “向こう”にいた頃は、一日誰とも話さないなんて日も普通にあった」



「そ……そうなんだ……です」


まだぎこちないが、ほんの少しだけ表情が緩んだ気がした。



「無理して敬語使わなくていいよ。


 この屋敷にリリィってメイドがいるんだが、君と同い年くらいなんだけど――あいつ、俺のこと“バカ陛下”って呼ぶしな」



その言葉に、アリアの顔が強張る。



(……ああ、そりゃそうか)



まるで『そんなこと絶対できない』とでも言いたげだ。



(そういえばあいつ、この屋敷に同年代っていなかったな……リリィ、街で友達とかいるのか?)



そんなことを考えながら――ふと、思いつく。



「そうだ。今から一緒に中庭に行かないか? あの模擬戦、見に行こう」



アリアは一瞬目を見開き――

少し照れくさそうにもじもじとしながら、小さく頷いた。






カンッ!


カンッ!


カンカンッ!


中庭には、乾いた音が響き渡っていた。


俺とアリアが降りてきた頃には、先ほどの男臭い殴り合いは終わっており――


代わりに、二輪の可憐な戦姫が舞っていた。


一方は、二本の短剣を携えた小柄な少女。


その体躯を活かし、風のような機動戦を仕掛けている。


もう一方は、長短二本の槍を持つ女性。


その場を動かず、襲い来る閃光をことごとく弾き返していた。



「さすが、ミスラ様だな……!」



見物人の中から、声が上がる。



「シルフィード王国の武術大会で優勝したことがあるらしいぞ」



「これぞ文武両道ってやつだな」



そんなざわめきの中、俺とアリアは人込みを縫って前へと出る。



「へ、陛下!?」



気づいた騎士が慌てて声を上げた。



「悪い、ちょっと前で見せてくれ」



「も、もちろんです!」



道が開ける。


前へ出たとき、戦いはちょうど佳境に差し掛かっていた。


これまで防戦一方だったミスラが、攻めに転じる。


長短二本の槍の間合いを巧みに使い分け、長槍で攻め、短槍で受ける。


しかし――


その攻撃は、蝶のように舞う少女の速度に届かない。


その守りも、二本の短剣を自在に操る手数には及ばない。


――だが、その次の瞬間。



「えっ……」



華麗に動いていたリリィの足が、わずかに崩れた。



「ちょ、ちょっと……ミスラ様ぁー!?」



辛うじて、足払いを回避する。



「リリィ! これは戦いよ! “なんでもあり”なの!」



ミスラは容赦なく攻めを継続する。


技術で、リリィとのステータスの差を追い詰めていく。


形勢が、逆転した。



「おぉおおおぉおお!!」



観客の熱気が一気に高まる。


じわじわと、リリィが後退していく。



「こっのぉ!!」



無理やり左手の短剣を振り抜く。



「あまい!」



その瞬間を待っていたかのように、短槍が振り抜かれる。



「あっ……」



弾かれた短剣が、宙に舞った。


――勝負あり。


誰もが、ミスラの勝ち、そう思った。


だが、その瞬間。


リリィの体が、まるで読んでいたかのようにしなやかに動く。


ひらり、と。


弾かれたはずの短剣を追うように、リリィの身体が空中へ跳ぶ。


そして――



「!?」



ミスラの目が見開かれる。


その視線の先――


自らの喉元に、短剣が突きつけられていた。


静寂が、中庭を包む。


だが、それは一瞬だった。



「「「うぉおおおおおぉぉおおお!!!」」」



爆発する歓声。


二人の戦いに心を奪われた者たちの、惜しみない称賛が降り注ぐ。


ミスラはゆっくりと武器を収めると――


ガバッ、と。



「え? え? ミスラ様?」



リリィを、強く抱きしめた。



「リリィ! すごい! 本当にすごかったわ!」



「わ、え……」



困惑しながらも、リリィの頬が赤く染まる。


歓声の中、俺はアリアを連れて二人に歩み寄った。



「あ、タイシ! リリィったらすごかったのよ!」



ミスラが興奮気味に声をかけてくる。



「ああ、見てたよ。すごかったな」



そう言って、リリィを見る。



「ッ! あったりまえでしょ! バカ陛下! 進化したあたしはすごいんだから!」



ミスラに頭を撫でられながら、胸を張るリリィ。



「あれ? たしかその子……」



その視線が、俺の後ろへ向く。



「あ……アリア、です」



小さく頭を下げる。



「私はリリィ! よろしくね!」



元気よく手を振る。


正反対。


ミスラはその対極にあるものを見てクスクスと笑う。



「ねぇねぇ、あなたも戦える? 一戦やろ?」



(ほんと、すごい才能だな……)



誰とでもすぐ距離を縮める。


俺には到底真似できない。



「あ……え……はい……です」



「やったー!」



リリィは嬉しそうに、乱れたメイド服を整え始める。



「よし! 準備でき――」



顔を上げた、その瞬間。



「メ……メイド長!!」



背筋が凍ったように固まる。


視線の先――二階の窓から、満面の笑みで見下ろすシェリーの姿。


周囲のメイドたちも、一斉に青ざた。



「ご……ご……」



震える声。


そして――



「ごめんなさあああぁぁぁい!!!!」



いつものごとく、全力で逃走。



「え……あ……ああああああ……ですぅぅぅ!!」



いつもと違うのは、なぜかアリアの手をとって。



(……アリアが攫われたな)



「やさしいのね」



横から、ミスラの顔が覗き込む。



「なんのことだ?」



「ふふ、なんでもないわ」



いたずらっぽく笑う。



「それよりミスラ」



「ん?」



「明日の戦略会議、出てくれるのか?」



「ええ。ちょっと気になることもあるしね」



「気になること?」



「最近、孤児院の近くの空き家に、人の出入りがあるみたいなの」



「なんだって!?」



「確証はないけど、“痕跡”があったのよ」



「……マジか」



(……一波乱、ありそうだな)



そう思いながら、俺は空を見上げる。


――雲一つない、快晴。


穏やかな風が街を吹き抜ける。


だが、その静けさが長く続かないことを。


この時の俺は、まだ知らなかった。


俺の胸の内とは裏腹に、空はどこまでも静かだった。


(あ…サブクラス持ちのリスト……作らなきゃ……)


この時までは。


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