オーガンのギルド巡り
翌日。
最後の検査を終えてジュンパ司教に礼を述べ、無事に退院するカリグラとナダル。ジュンパ司教は少しだけ口元と目元を和らげたが、事務的な口調で追い出した。
「さっさと黒き狼団の巣へ戻れ。今後はそうそう簡単にケガを負うなよ」
カリグラとナダルの荷物の半分を背負っているガズが、ジュンパ司教の態度に文句を言ってからカリグラに擦り寄ってきた。
「本当に、ここの神殿は金儲けしか考えてないっすよね。でも、カリグラ副隊長。マッサージ店だけは評判良いんですよ」
すでに副隊長から隊長になっているのだが、ガズの口癖になっているのだろう。
ガズがラーバス神殿の一室で開業してるマッサージ店の話を始めた。カリグラがガズに隊長になった事を改めて教えてから、軽く小首をかしげる。
「神殿にそんな店があるのかよ。本当に商売重視なんだな」
ガズがその点については大いに同意した。
「腕は確かですよ。だけど、人気があり過ぎて待ち時間が長いのが問題ですけど。隣の店には全然客が入ってませんが。腕も悪いって話っすね」
ウィルマも店の評判は知っている様子だった。
「極端なのよね。一方の店は優秀で、もう一方はヤブって言われてるし。間違っても、そのヤブの店には入らない事ね」
カリグラは特に興味を抱いていない表情である。半分ほど聞き流している。
それはナダルも同様で、ガズの話を途中で遮った。
「せっかくオーガンの町に居るから、俺はシーフギルドに顔を出す。オマエらはどうする?」
ウィルマも話に乗ってきた。彼女もシーフ技能持ちである。
「あ。それじゃあ、あたしも行く。何か新商品が出ているかも知れないし」
ガズはマッサージ店に行きたい様子だったが、それを無視してカリグラが応じた。
「そうだな。もしかすると、あの変な山賊の情報が入っているかもな。無料の範囲で調べてみてくれ、ナダル」
カリグラはシーフ技能持ちではなく、盗賊の証も所持していない。シーフギルドの会員でもない。
そのため、いったんラーバス神殿の外で別れて、別行動をする事になった。ガズにはこのまま黒き狼団の砦に行ってもらう。
「ええええ~……そんなあ。オイラも市場で買い食いしたいですよお~」
ガズが文句を垂れるが、荷物を背負っているので仕方がない。
カリグラがガズをなだめる。
「そんな荷物を担いだままじゃ無理だろ。今回はまっすぐ狼団へ戻ってくれ。何か土産を買っていくから、それで我慢してくれよ」
ガズがジト目になって不満を漏らしていたが、何とか納得してもらった。
「仕方がないですね……それじゃあ、騎士団詰所で売っている饅頭を一箱お願いします。オーガン名物なんですよ、あれ。オーガンの町に来たら、毎回必ず食べてるんですよ、オイラ」
カリグラが両目を閉じて機械的にうなずく。確かに黒き狼団の隊員には変な食通が多い。
「分かった。買っていくよ。それで勘弁してくれ」
カリグラがガズとナダル、ウィルマを見送って独りになった。
(久しぶりに独りになった気がするなあ。ちょっと町内を見て回るか……)
まず最初に、魔術ギルドへ行ってみる。ラーバス神殿の東隣にある四階建ての石造りの建物だ。さらに東にある騎士団詰所よりも高いので、よく目立っている。
(ここへ入るのは初めてだな……魔法には縁が無かったし)
魔法書は補給部隊である三番隊が購入している。そのためカリグラのような一番隊には、魔術ギルドとの接点が無い。
魔術ギルドの建物の中へ入ると、意外にも一般の町民が多く居た。左手にある受付カウンターには、『今日の魔法講義』という名目で、いくつか一般向けの講義が組まれてあった。
「マジか……俺でも勉強して習得できる魔法があるって事か」
そこの受付には初老の男が居て、カリグラの独り言を聞いていたようだ。親切に説明をしてくれた。
「魔術師ではない一般人には、おまじないや日常で使うちょっとした魔法に留まります。貴方のような傭兵が使うような、攻撃的な種類ではありませんよ」
カリグラは腰にロングソードを吊るしていたので、傭兵だと看破されてしまったようだ。カリグラも特に反応はせずに、その初老の受付に申し出た。
「俺……あ。私は黒き狼団の一番隊隊長カリグラと申します。今回、身代金の件でこちらのパラスミ先生に大変お世話になったと聞きまして、一言、感謝を申し上げたく参りました。あの……ギルドの中へは入れないのですよね?」
受付の初老の男が素っ気なくうなずいた。
「そうですね。傭兵だからという理由ではなくて、魔術ギルド会員か冒険者の証をお持ちでないと、一般の方の入場はできないという規則です。王国政府の関係者であっても、騎士見習い以上の証を要求していますよ」
そこへ、その冒険者の証を持った男がやって来た。赤い髪で長身の好青年である。
「魔術ギルド長老会議メンバーのウラスミ先生と会う約束をしている、冒険者のマルケルスだ。同伴者はクレリックのファビウス、ソーサラーのグルバーン、ハンターのザバルで皆、冒険者見習いの証持ちだ。魔術ギルド内への入場許可をいただきたい」
受付の初老の男が、マルケルスと名乗った赤髪の好青年の証を確認した。次にスケジュールが記されたメモ帳を開く。
「はい。確認しました。どうぞお通りください」
マルケルスたち四人が、受付の初老の男とカリグラに軽く会釈して、扉を開け、通り抜けて建物の中へ入っていった。扉には魔法の鍵が、かけられていたようだ。それを見送ったカリグラに、受付の初老の男が簡単に説明してくれた。
「あの冒険者の本職は王国軍団の兵士ですよ。冒険者でなければ、貴方と同じく入場は許可されません。ちなみに同行者の三人は冒険者見習いなので、彼らも単独では入場できませんよ」
カリグラが残念そうにしながらも、了解した。
「はあ。そうなんですね。では、お手数をかけますが、伝言をよろしくお願いします」
しかし、その受付の初老の男がカリグラを引き留めた。一般向けの講座の予定表を指さす。
「運が良かったですね。ちょうど今、そのパラスミ先生が一般向けの魔法講座を行っている最中ですよ。そろそろ終わる時刻かな。直接会って感謝とやらを述べた方が良いでしょう」
カリグラが、その予定表を見てパラスミの名前を見つけた。
「あ。そうですね。ではこれから会ってみます」
パラスミ先生が魔法講義している部屋に向かい、立ち聞きしてみる。講義内容は『鮮度保持魔法の加工が施された木箱や袋の日常での手入れ』だった。この講義は無料らしく、部屋はほぼ満席になっている。
すでに終了時間が近いのか、次の魔法講義の先生も来ていた。その先生が杖を振って、部屋の出入り口にある看板の内容を書き換えていく。カリグラがその文面を見上げる。
(次は、『魔法を使った美容法』……か。本当に日常で使う魔法なんだな)
その先生は三十代の女性だったのだが、見るからに気位が高そうな顔つきをしていた。赤い髪で結構派手な衣装である。魔術師は黒いローブを頭から被っているという印象があるので、意外に思うカリグラだ。
そう思う人はカリグラの他にも多い様子で、特に小さな子供が熱心に見上げている。そんな一般人を冷たく叱り飛ばす女魔術師であった。
「なんざますか! 無礼な方には電撃を与えるざますよ!」
ひゃー……とクモの子を散らすように逃げていく一般人と子供たち。どうやら、このやり取りは毎度の事らしく、誰も騒ぎ出してはいなかった。
しかし、慣れていないカリグラは逃げ遅れてしまった。赤い髪の女魔術師に睨みつけられると、同時にカリグラの赤みがかった茶髪が静電気を帯びて、「パリパリ」と火花を上げていく。
(とりあえず、ここは和やかな話題をしてやり過ごそう……)
カリグラが髪の毛を両手で押さえながら、思いついた事を聞いてみた。
「すみません。魔法で美容とは、どんな事をするのですか? ラーバス神殿で行うような治療魔法の一種ですか?」
赤い髪の女魔術師が軽蔑の視線をカリグラに投げつけた。
「もっと手軽なものざます。ヨーグルトやチーズをつくる時に使用する菌を使う方法ざます」
カリグラがさらに頭をかしげた。
「え? ヨーグルトやチーズを顔に塗ったり貼ったりするのですか?」
頭痛がした様子になる赤い髪の女魔術師である。
「そんな野蛮な事をするわけないざましょ……ああ、でも」
ちょっと意地悪な表情になった。カリグラに年季の入った高価そうな杖を向ける。
「強力な食中毒を起こす菌の毒素を使う美容魔法はあるざます。舐めたら、数日間はトイレに籠り続ける事になるざますよ。やってあげるざます。そこへなおるざます」
訳が分からないながらも、本能的に危険を察知したカリグラが、愛想笑いをしながら数歩ほど後退する。
「い、いえ。遠慮しておきます……」
そこへ、一人の女のエルフがやって来て、助け舟を出した。
「ルーザ先生。一般人をからかうのは、ほどほどにしてください」
ルーザと呼ばれた赤い髪の女魔術師がジト目になって、杖を下ろした。
「からかってなんか、いないざますよ。そこの無礼な傭兵の顔を美しくしてあげようと、思っただけざます。
ああでも、そろそろパラスミ先生の講義が終わるざますね。残念だったざますね、傭兵」
そう言って、スタスタと部屋の中へ入ってしまった。
エルフの女もカリグラから離れつつ、一言、カリグラに告げた。
「あの人は少々気難しいのです。傭兵には粗野な方が多いと思っている様子ですので、不用意に近づかない方が良いですよ。では、私もルーザ先生の助手をしますので、これで失礼します」
カリグラがまだよく分からないながらも、とりあえず礼を述べた。
「ええと……危ない所だったとは理解できました。助けてくださって、どうもありがとうございます。お……私は黒き狼団の一番隊隊長をしているカリグラと申します。パラスミ先生にお世話になりましたので、一言感謝を伝えに来た次第なんですよ」
エルフの女が、ちょっと意外そうな表情になった。
「そうなのですか……傭兵にしては珍しい……ああ、失礼しました。私はエルフのディアナと申します。魔術ギルドで精霊魔法の研究をしています。
ルーザ先生は森に入って草木や菌の採集をよく行うので、エルフの私が同行しているのですよ」
菌と言われても、よく分からないカリグラである。精霊魔法という単語に興味を抱いて、聞いてみた。
「精霊魔法ですか……あの。実は先日、山賊に交じっていたダークエルフと戦いまして魔法を食らいました。凄い炎で、全身ヤケドになったのですが……どういう魔法か分かりますか?」
ディアナ先生が真面目な表情になった。
「全身ヤケドに一瞬でなるような火力となると、精霊魔法ではファイヤーストームかも知れませんね。
私たちエルフは炎の力を忌み嫌いますので、好んでは使いません。ダークエルフでも隊長あたりが使う精霊魔法です。普通はファイヤーボルトという、手足を焼く程度の火力しかない精霊魔法を使うものです」
冷や汗をかき始めているカリグラの反応を見ながら、ディアナ先生が話を続けた。
エルフ特有の細長い耳がピコピコと動いている。髪は当然のように見事な金髪で、やはり腰まで真っすぐに伸びていた。瞳は深い緑色で、思わず引き込まれそうな感覚になる。
ただ身長はエルフという事もあり、百五十センチメートルほどだ。
「そのような比較的高度な精霊魔法を使うダークエルフは、普通は山賊などとは組みませんよ。
もっと大きな組織でしょう。それこそ、この魔術ギルドや騎士団、兵団という規模の。山賊や盗賊よりも大きい事は間違いないでしょう」
カリグラが冷静に聞いている。ある程度は予想していた答えだったのだろう。
「そうですか……貴重なご意見、ありがとうございました。傭兵団には魔法使いが居ませんので、魔法について疎いんですよ」
ディアナ先生がさらに何か言おうとしたが、ルーザ先生が講義の準備を始めてディアナ先生を呼んだので止めた。代わりに、そっとカリグラの肩に手を当てる。
「疑問点があれば、また後日質問しに来てください。私の講義の予定は受付に聞けば分かります。ファイヤーストームは命に関わるケガを負う精霊魔法です。充分に対策を講じなくてはいけませんよ」
「はい。ディアナ先生」
ディアナ先生を見送ると、代わりにパラスミ先生が部屋から出てきた。ちょうど講義が終わったと知るカリグラ。
早速、パラスミ先生に自己紹介をして礼を述べた。
しかし、当のパラスミ先生は微妙な表情をしている。年齢は五十代前半という所で、ちょっと小太り体型をしている。
ルーザ先生やディアナ先生と違って野外に出ていないのか、日焼けしておらず白い顔だ。また、目が少し悪いのかメガネをかけている。
「本来なら、ラディエスやダーブルから直接言ってもらいたい所だが……まあ、君は一番隊隊長という事だし謝意を受け取っておくとするよ。
傭兵は、こういう機微に欠けている者が多くてね。その点、君は……ええと、カリグラ君だったね、見どころがあるな」
カリグラが内心で苦笑する。
(そんな印象なのか……傭兵って)
「山賊の中にダークエルフが二人も交じっていまして、ファイヤーストームとおぼしき精霊魔法で危うく死にかけました。
治療の魔法書があって、本当に助かりました。魔法書の購入を増やすように団長に提案するつもりです」
今度はパラスミ先生が苦笑した。メガネをクイッと指で上げる。
「治療の魔法書は、うちじゃなくて隣のラーバス神殿で中級以上の神官が作っているんだよ。そこから購入する事になるだろうね。
しかし、そうか……ファイヤーストームか。山賊の癖にとんでもない精霊魔法を使うのだね。先に撃たれたら、即死する恐れすらある」
カリグラが素直に同意した。
「実は、俺はそれを食らいまして。今日何とか退院したばかりなんです。対処方法って何かありますか?」
パラスミ先生が腕組みをして説明する。
「傭兵は神々の加護を受けにくいからねえ……防ぎようがないな。冒険者であれば証によって、ある程度の魔法防御ができるんだが。騎士も同様だね。兵士はちょっと難しいかな」
軽く腕組みして考えてから付け加えた。
「でもまあ一般的に、彼らは戦闘の神バイシャを信仰する者が多いかな。傭兵でもそれなりに加護を得られる」
カリグラが興味津々の表情になっていく。
「冒険者ってそんな特典があるんですか。凄いですね。それと騎士もそうなんですね。偉そうにしているだけありますね」
パラスミ先生がクスクス笑う。
「騎士も電撃系統の魔法には弱いけれどね。しかしそうだな……傭兵の場合は、先手必勝しかないかな。
ダークエルフを麻痺状態にしたり眠らせたりする魔法書を使って、精霊魔法を使えない状況にするのが有効だろう」
カリグラがとりあえずメモした。麻痺をもたらす魔法や、眠らせる魔法については何も知らない。
「貴重なご意見、ありがとうございます。本部に持ち帰って検討してみます」
パラスミ先生が満足そうにうなずいた。
「そうしなさい。そうそう。私の娘が魔法書の研究をしていてね。ファイヤーストームに対抗できそうな魔法書について研究してもらうよ。まあ、あまり当てにせずに待っていてくれたまえ」
パラスミ先生も魔法書や魔法具の開発研究をしているという話だった。カリグラが改めて礼を述べて、パラスミ先生を見送った。
(様々な研究分野があるんだなあ……よく分からないけど)
魔術ギルドの建物を出て、次に騎士団詰所へ向かった。ここにはさすがに町の人の姿は少ない。それでも受付の人に聞くと、一階部分は一般に開放している部屋があるという説明だった。
「図書室と、相談所だね。法律やメザー教団についての本が主に置いてあるよ。相談所ではモンスター駆除や山賊討伐の受付をしている。非番の騎士や騎士見習いが担当する事が多いかな」
受付はやはりここでも初老の男だった。騎士団を定年退職したそうで、かなり体格が良い。
その受付の話をカリグラが聞き、気になっていた事を聞いてみた。
「そうなんですね。ところで、俺……じゃなくて私は黒き狼団の一番隊隊長をしているカリグラという者ですが、山賊討伐のその後について何かご存じですか?」
受付が気楽な口調になって答えてくれた。
「ああ。君がそうか。奮戦ぶりは聞いているよ。山賊の残党狩りは、我々騎士団が引き受けた。全て始末したので安心してくれ」
カリグラが安堵する。
「そうですか。良かった。さすが騎士団ですね」
受付の男がカリグラの肩を「ポン」と軽く叩く。
「君の活躍のおかげだよ。ダークエルフは残っていなかったので、楽に山賊を始末する事ができた。奴らは精霊魔法を使うので少々厄介でね」
素直に同意するカリグラである。
「はい。私も丸焼けにされてしまいました」
受付の男が小さく笑う。
「魔法で強化された鎧を着ずに、敵に立ち向かったのか。大した勇気だ。騎士の募集を行っているから、機会があれば受験してみるのも良いだろう。もちろん、一切のひいきはしないがね」
カリグラが驚いた表情になった。
「俺……あ。私のような傭兵でも騎士になれるのですか?」
受付の男がドヤ顔になる。
「飛王国では身分や出自は問わないぞ。実力主義だ。ただ、実技試験では実際に武器をとって戦って、勝ち残る必要がある。手練れの受験者ばかりだから、実力を高めて挑んだ方が良いだろうな」
カリグラが少し高揚しながらつぶやく。
「騎士……か」
受付の男が、小声でアドバイスしてくれた。
「わしは手槍のスピアだけで勝ち進み、騎士になった。戦場では槍の方が有利だぞ」
それには深く同意するカリグラである。
「そうですよね。刀剣では短すぎて意外と不便だと思っています。ありがとうございました。じっくりと考えてみます」
そのまま騎士団詰所から出ようとして、慌てて土産物店へ立ち戻った。
(うっかり、ガズへの土産を買い忘れる所だった……ええと、饅頭だったっけ)
無事に騎士団詰所の饅頭を一箱買い、その足でシーフギルドへ向かった。そろそろ、ナダルとウィルマも用事を終えた頃合いだろう。
シーフギルドは魔術ギルドの南にあるのだが、平屋建てでこじんまりしている。そのため、道案内の標識を頼りに到着した。
中に入って受付のシーフに聞いてみる。ここの受付はカリグラよりも年少の少年だった。カリグラが『盗賊の証』を有していないと、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「ナダルとウィルマはまだギルドの中ですね。一般の人は、ここ受付ロビーか右手の商店しか入れません。そこでお待ちください」
(意外と広いのか? この建物って)
カリグラが疑問に思って受付に聞いてみたが、愛想笑いだけで答えてはくれなかった。仕方なく商店に立ち寄ってみる。
商店で売られている武器や道具は全てシーフ向けばかりだった。試しに手に取ってみる。
(なるほど。ナイフが主だな。ってオイ。これ『毒仕込みナイフ』って書いてあるじゃないか)
商店の売り子がニヤリと笑った。
「文字が読めるんですね。軽々しく触れない方が良いですよ。ラーバス神殿へ緊急搬送されますぜ」
他の道具を改めてよく見ると、『毒薬』と書かれている袋ばかりだった。思わずドン引きするカリグラ。
(や、やべえ……こんなモノを一般向けに売るなよな、もう)
そう思って店内の客層を見ると、皆なにかしらの思惑があるような雰囲気を漂わせている。
(むむむ……騎士団や魔術ギルドとはまた別の雰囲気だなあ)
そこへウィルマがやって来た。
「やあ。カリグラ隊長。もう来てたんだ。ナダル隊長はもう少し聞き込みするって」
カリグラがウィルマに小声で話しかける。
「ウィルマよ……こんな危険な商品を売っている店を利用しているのか? 毒薬とか毒ナイフとか」
ウィルマが機嫌を損ね、小声で囁く。
「普段は普通の店で買ってます。ここの商品はシーフしか使えないモノばかりだから、普通の狼団隊員には適してないの」
ほっとしたカリグラに、軽いジト目を向けるウィルマ。しかし、すぐに商品を物色し始めた。
「何か新商品ある? 奥の裏ギルド商店には、収納ポーチが売ってたから買ったけど」
商店の売り子がドヤ顔になり、大きめの糸巻き筒を取り出してウィルマに見せた。
「自動糸巻き器っすね。手がかりさえあれば、高所や低所を自在に行き来できますぜ」
どうやら、糸を飛ばして引っ掛け、筒を巻く事で移動する道具というものらしい。糸を巻くのは自動なので、非力なシーフでも簡単に上り下りできる。
カリグラが感心しながら、その自動糸巻き器を眺めた。
「へえ……そんな便利な魔法具があるのか」
しかしウィルマは残念そうにため息をつくばかりだ。カリグラに値札を見せる。そこには金貨千枚と書かれてあった。
「簡単には買えない値段だけどね。狼団にシーフが増えたら、購入も考えてみるけどさ。今はちょっと無理かなー」
この値段を見ては、カリグラも諦めて同意するしかない。
「うむむ……たしかに」
売り子も苦笑している。
「高いっすよねえ。一般客も来る、この商店に置いてるんですがねえ。まだ一つも売れてないんですよ。困ったもんです」
カリグラとウィルマ二人で揃って腕組みしていると、ナダルがやって来た。
「何やってんだ? オマエら」
カリグラがナダルに、あの山賊についての情報を聞いてみたが……ナダルは仏頂面になって首を振るばかりだった。
「特にこれといった情報は得られなかった。あのダークエルフ二人は所属不明、出自も不明だ。
山賊の方は、元海賊という事だ。海賊どうしの抗争に負けて、陸に上がったのだろう」
カリグラがうなずく。
「そうなんだ。海賊とは戦った経験が無いんで、よく知らないな」
海賊は大所帯である事が多い。水夫として船を漕ぐ必要があるためだ。漕ぎ手の人数が多いほど、船の機動力は上がる。
ナダルやウィルマと共にシーフギルドの建物から出て、最後に冒険者ギルドへ立ち寄ってみた。しかし、多くの人で混雑していて、建物に入るには整理券が必要だと知る。
軽く肩をすくめて諦めるカリグラ。
「こりゃあ、ダメだな。ギルド長のラディエスさんに面会するのは無理だろう。言付けだけしてくるよ」




