山賊のアジト
ダーブルとラディエスの爺さん二人が魔術ギルドでパラスミ先生を脅している頃……カリグラとナダルはまだ森の中で迷っていた。
右往左往しながらも斜面を登っていくと再び崖があり、それを登り終えると三人の山賊が襲い掛かってきた。見張りだろう。
「まだ傭兵どもの生き残りが居たか! 死にさらせっ」
カリグラがロングソードを抜いて、山賊が投げてきたナイフを三本全て弾き落とす。
「ナダルは周辺を警戒してくれ。他に潜んでいるかも知れない」
「分かった」
カリグラが地面に落ちているナイフの刃を一目見て、毒塗りではないと確認する。
「黒き狼団も、甘く見られたものだな」
山賊はナイフしか持っておらず、カリグラとナダルが持つようなロングソードで武装していなかった。これでは勝負にすらならない。
左右からナイフを手に体当たりしてきた山賊をバックステップで回避し、たったの一振りで二人の山賊の首を斬り飛ばした。
頭を失った二人の山賊の首から真っ赤な血柱が噴き上がった。それを容赦なく蹴り倒し、悲鳴を上げて森の奥へ転がるように逃げていく生き残った一人の山賊を見て、次いでナダルに視線を流した。
ナダルが瞬きする。それで他に潜伏している敵が居ない事を知ったカリグラが、ロングソードを投げた。
唸りを立てて剣が飛んでいき、途中の木の枝を数本斬り飛ばして山賊の後頭部に突き刺さった。悲鳴すら上げる事ができないまま即死して、「ドサッ」と腐葉土の上に倒れる山賊。
断末魔の痙攣をしてガクガク震えているのを無視して、カリグラが後頭部に突き刺さっているロングソードを引き抜いた。大量の血と黄色い脳漿がザックリと開いた頭の傷から溢れ出ていく。
ロングソードの刃を近くの木の葉で拭いて、鞘に納刀せずに片手に持つ。柄先にある皮紐を右手の手首に巻きつけた。これで剣を落としてもすぐに拾える。
「これが普通の山賊だよな。ダークエルフって異常に強いのか……」
ナダルが山賊の死体を改めて、ため息をつきながら首を振った。
「何も持ってないな。しかし、山賊のアジトは近そうだ。物音を立てずに進むぞ」
その頃。爺さん二人は既に、その山賊のアジトに到着していた。立て看板を片付けるように、簡単に門番の山賊を十名ほど斬り殺してアジトの中へ入っていく。
アジトはこんな山奥ながらも二階建ての木造屋敷だった。山賊ごときが建てられるような規模を超えている。普通は洞窟や粗末な小屋だ。
ダーブルが血糊まみれになったロングソードを、斬り殺した山賊の服で拭きながら、感心して見上げている。彼の皮製の鎧服も相当量の返り血を浴びて、赤く染まっていた。
「ほう。ずいぶんと裕福そうな山賊だな。これだけの金があれば、山賊稼業などせずに普通に投資業をすれば良いだろうに」
ラディエスのブロードソードには血糊がほとんど付いていない。普段着のシャツには返り血すら付いていない。しかし、斬り殺した山賊の人数は既にダーブルの倍だ。剣はオーガンの武器屋で売っている普通の量産品なのだが。
「山賊の人数も多いのう。給料も良さそうじゃな。冥界へ行くのは無料なんじゃが、それを知らぬ奴が多すぎるわい」
ダーブルが自身の血まみれ姿を省みて恥じた。
「師の剣技ディオセーガをいまだ習得できず、恥ずかしい限りです」
ラディエスが数メートル先で悲鳴を上げて逃げている数名の山賊に、たやすく追いついて左右の袈裟切りを同時に放った。それぞれの山賊の体が四つに斬り分けられ、血と臓物を撒き散らしながら床に散乱する。
「そうだぞ、ダーブル。この不出来者めが」
かくして、サクサクと山賊を百人以上あの世へ送っていったのだが……屋敷の地下室の格子扉に進撃を阻まれてしまった。ラディエスが格子に手を触れて、残念そうに首を振る。
「いかんな。この扉は特殊じゃわい。鍵がなければ開かぬぞ」
ダーブルも触れてみて同意する。
「そうですね、ラディエス師。これには精霊神ヴォールによる防御魔法がかけられているかと。それと、一部分には暗黒神ゼヴァも関わっているように思われます」
ラディエスがハゲ頭を「ペチペチ」叩く。
「ここのダークエルフが信仰する神なのじゃろう。よほど供物が良質だったと見えるわい。さて。魔法には魔法で対処するしかあるまいな。わしの自室へ戻って、ベースドライブ魔法書を取ってくるか。ダーブルはどうする? ここに残るかね?」
ダーブルが頭を振って否定した。
「いえ。師に同行いたします。その魔法書は貴重ですから、私のサインも必要かと」
ラディエスが明るく笑った。
「そうしてもらえると助かるわい。冒険者ギルドのマスターでも、最近は経理がうるさくてのう。何かと文句を言って邪魔してくるんじゃよ」
ダーブルが一度だけ周囲を確認した。通路の向こう側の様子も何となく察知できるようだ。
「……残るは山賊が数人とダークエルフ一人ですね。それ以外の気配は感じられませぬ。やはり隊長二人は既に殺されたか」
ラディエスも同意した。
「そうじゃな……ダークエルフはせっかちで困るわい。では、いったん戻るぞ。テレポート魔法書を持ってきて正解じゃったわい」
「はい」
爺さん二人がアジトをテレポート魔法書を使って去り、オーガンの町へ戻ってからしばらくして、ようやくカリグラとナダルが屋敷に到着した。全身が枝葉まみれである。すでに午後になっていた。
カリグラが入り口付近に折り重なって倒れている多数の山賊の死体を見ながら、ナダルに告げた。
「ナダルよ……もう少しシーフ技能を磨いた方が良いな。しかし、これはどうした事だ? 仲間割れでも起こしたのかな」
ナダルが仏頂面で全身の枝葉を払い落として、不承不承でうなずく。
「うむむ……シーフギルドで少し訓練するよ。この死体の山だが……恐らくは、洞窟の前線基地に蓄えてあった食糧や武器の取り分を巡って争ったのだろう。かなりの量だからな、あれは」
カリグラが赤みがかった茶髪を軽くかいた。
「ガズが知ったら卒倒するだろうな。彼だけなら半年分くらいの量はあるだろうし」
百人分の食糧と武器なので、かなりの量がある。この世界では百日間で一ヶ月だ。数日分の食糧となるため、ガズ独りでは膨大な量になる。
屋敷の中へ警戒しながら進入してみたが、生きている山賊は誰一人、居なかった。部屋は意外に豪華なつくりで、家具などの調度品も良質だ。
カリグラが軽くジト目になり、棚に手をかける。
「おいおい……狼団の本部よりも豪華なんじゃないか? 本当に山賊のアジトなのか?」
ナダルも不思議そうに首をかしげるばかりだ。
「どこかの金持ちが有していた屋敷を山賊が占拠したのかもな。売り払いたいが、こうも血まみれだとな。いわく付き家具としてしか売れないな、これじゃ」
確かに、山賊の血がそこらじゅうに付いている。天井もベッタリと血糊と何かの体組織片が貼り付いている所ばかりだ。
カリグラが屋敷の最深部まで到着して、小さな声で嘆いた。
「むむむ? ここまでだぞ。誰も居なかった。どういう事だ?」
ナダルが聞き耳を立てるが、何も聞こえなかったようだ。仏頂面で首を否定的に振る。
「つまり、別の入り口がどこかにある……という事だろう。途中に隠し扉は見当たらなかったから、いったん屋敷の外に出よう」
カリグラがジト目になった。
「ナダルよ……」
ナダルが仏頂面のままで言い訳する。
「シーフ技能が未熟なんだから、仕方ないだろ。こういう事もある」
カリグラとナダルがいったん屋敷の外に出て、他の出入り口を探した。屋敷の周囲をぐるりと回って調べていく。
ナダルが目を鋭く光らせた。
「ん? ここが怪しいな」
それは、ちょうど屋敷北面の石壁だった。カリグラにはどこにも不審な点は見られなかったのだが、ナダルが石組みの一つを押すと、石組が動いた。そして、隠し扉が眼前に出現する。
カリグラが目を丸くして感心している。
「おお。やるじゃん、ナダル」
ようやくナダルがドヤ顔になった。慎重に気配をうかがいながら、音を立てずに隠し扉を開ける。鍵はかけられていなかったようだ。
そのドヤ顔がすぐに深刻なものに変わる。
「血の臭いが凄いな。ここでも仲間割れを起こして殺し合ったようだ。しかし生き残りが居るかも知れない。警戒してくれ」
カリグラがナダルの前に進んだ。既にロングソードを構えている。今は右手だけで剣を持つ構えだ。狭い通路内での戦闘なので、半身の姿勢である。ちょうどフェンシングの試合での構えに似ている。
「ああ、分かった」
カリグラがナダルの前を歩きつつ、通路を警戒しながら進んでいく。そこかしこに山賊の斬殺死体が転がっていて、石畳の床は血の海だ。天井からも場所によっては血が滴り落ちている。
カリグラが死体を避けて進みながら、違和感に気がついた。
「もしかして、これ。たった二人に斬られたんじゃないか? 切り口の特徴が二種類しかないんだが」
ナダルが青い顔になった。
「おいおい……そんな凄腕の剣士が敵に居るのかよ。気配を感じたら、全力で逃げるぞ。いいな?」
「了解だ」
通路は地下へ向かう階段となり、すぐに東西に分かれた。血の海となっていて死体が多数転がっている東側の通路を進んでみる。しかし、丈夫な格子扉で行き詰ってしまった。
ナダルが格子に触れて揺すってみる。しかしビクとも動かない。
「鍵が必要だな」
カリグラがジト目になって、周辺に転がっている山賊の斬殺体の群れを見つめた。十体以上はあり、数センチメートルもの深さになっている血の池の中に横たわっている。
「げげ……こいつらのポケットの中を探るのかよ」
ナダルが両目を閉じて仏頂面になった。
「それしかないだろ。もたもたしていると、二番、三番隊の隊長が危険だ。嫌がらずに探せ」
血の池の中で、カリグラとナダルがせっせと死体の追い剥ぎ行為をしていると、いきなり野太い男の声がした。
「なんだ、うぬら。もしやアジトに忍び込んだ連中の仲間か」
ナダルが驚愕している。気配を察する事ができなかったためだ。代わりにカリグラが立ち上がってロングソードを構えた。
「貴様らか! 仲間を殺したのは」
山賊はかなりの大男で、腕まわりはカリグラの脚ほどもあって太い。大柄だ。屋敷の周辺警備をして戻ってきたのだろうか。
「うぬらこそ、我らの仲間を何人も殺したではないか。うぬらの仲間は、我らの支援者が倒してくれたわい。そして、うぬらはここで死ぬのだ!」
カリグラが手に持っていた、血をたっぷりと吸った山賊の上着を敵に投げた。
その上着の影に隠れて突撃し、大柄な山賊の背後に回り込んだ。同時に、付き添いの普通体型の山賊二人に斬りつける。
「ぎゃ!」「ぐえ!」
手首を斬られて悲鳴を上げる二人の山賊。大柄な山賊が吼えた。
「野郎! ちょこまかと小癪な!」
その時、大柄な山賊の視線がカリグラに向けられた。その隙を逃さず、ナダルが山賊の死体から奪ったナイフを四本同時に投げる。そのうちの一本が大柄な山賊の脇腹に突き刺さった。
「ぐおおっ」
再び吼えた大柄な山賊が、突き刺さったナイフを引き抜いてナダルに投げつける。さすがに手馴れているだけあり、ナダルに命中した。
しかし左腕で守ったため、辛うじて腹部への直撃は避ける事ができた。左腕はザックリと裂けてしまったが。
そのナイフを左腕から引き抜いて右手で構える。自身のロングソードは、近くに転がっている山賊の死体に突き刺していて、いつでも持てるようにしている。
その隙にカリグラが二人の普通体型の山賊に斬りつけた。腹ワタがはみ出したので、必死で押さえる山賊の首をカリグラが刎ね飛ばす。真っ赤な血柱が二つ上がり、天井が血で洗われていく。血の池の水深も少し増えた。
その山賊の体を盾の代わりにして、カリグラが大柄な山賊に突撃した。
「ぐおおお!」
大柄な山賊が吼えて、刃こぼれが点々と目立つ刃渡り一メートルほどの山刀をカリグラに振り下ろしてきた。
カリグラが盾にした首なし山賊が袈裟斬りで両断される。その山賊の背骨も簡単に斬られてしまい、さすがに驚愕するカリグラ。
しかし、すぐに冷静になって首なし山賊を投げつけ、大柄な山賊の手首を斬り落とした。同時に、ナダルがナイフとロングソードを一度に大柄な山賊の背中に投げつける。
残念ながらロングソードの方は角度が悪くて弾かれてしまったが、ナイフは背中に突き刺さった。激痛で動きが止まった瞬間、カリグラが大柄な山賊の首を斬り飛ばした。
一際大量の真っ赤な血が首から噴き出し、天井を血で洗っていく。それを邪魔だとばかりに蹴り倒したカリグラが、ガタガタと激しく痙攣している体をまさぐって、ポケットから鍵を引き抜いた。
「これだな」
ナダルの左腕のナイフ傷を迅速に止血するカリグラ。手馴れている様子で、すぐに止血が完了した。
さらに深くなった血の池を歩いて、カリグラが鍵を格子戸に当てると格子戸が透明になった。
「魔法の扉だったのか」
驚くカリグラに続いて扉の中に入ったナダルが、深刻な表情を浮かべている。
「どう考えても、これは山賊じゃないな。ダークエルフといい、もっと巨大な組織だぞ。これは」
カリグラが腕組みをして考え込んだ。
「内乱時代ならともかく、今の平和な王国内にそんなヤバイ組織なんかあるのか? 聞いた事がない……」
突然、カリグラが火だるまになった。次の瞬間、後ろに居たナダルも同じく火だるまになる。
「ぐああああっ……」
血の池と化している石畳の上を転げ回って必死で消火しようとするカリグラとナダルに、扉の奥から悠然と歩いてきたダークエルフが侮蔑の視線を投げた。灰色の髪から見える瞳の色が真っ赤だ。
「こいつらか。アジトへ侵入した愚か者は」
彼の背後には、先程の山賊より巨漢の山賊が居た。大きな戦斧を携えて控えている。こちらは人間だが、人を殺し過ぎて濁った瞳には一切の光が見られない。
「そのようですな。よくも可愛いオレの部下を殺しまくってくれたな」
そう言いながら、血の池で転がっているカリグラの脇腹を蹴り飛ばした。肋骨の折れる音が狭い通路内に響く。
「ぐは……!」
隣のナダルにも同じように蹴りつけた。
「……!」
カリグラとナダルが悶絶し、焦げた臭いが立ち込める血の池の中で動けなくなった。この血のおかげで、既に火は消されている。そんな事には全く気を払わず、巨漢の山賊がダークエルフに振り向いた。
「こいつらの身代金も要求するのですか? 先ほどの人質二人は抵抗したので思わず殺してしまいましたが、こやつらであれば生かしたまま人質にできるかと」
ダークエルフが「フン」と鼻で笑って否定する。
「そろそろ引き上げ時だ。我らのジャトー隊長が、既に新アジトを平野部に完成させたと仰せだ。次の目標は魔法都市オーガン近郊になる。ここのような山奥は不便だからな」
巨漢の山賊が了解し、再びカリグラとナダルの脇腹を蹴り飛ばした。血の池の中に沈みながら、もはや悲鳴すら出せない二人。
「では、その時も、あっしらに仕事を回してくださいな」
ダークエルフが再び「フン」と鼻で笑ったが、その巨漢の山賊の首が斬り飛ばされた。太い血柱が噴き出して、首が吹き飛んで天井に激しく当たり、頭蓋骨が割れる甲高い音が通路内に響いた。
その首を失った巨漢の山賊の死体が、血柱を噴き上げながらダークエルフ目がけて突き飛ばされた。
「く!」
ダークエルフが慌てて精霊魔法を発動させる。巨漢の山賊の体が一瞬で炎に包まれたが、そんな事には一切構わずにダークエルフの華奢な体にぶち当たった。
火だるまとなった巨漢の山賊の体が通路の壁に押しつけられて、一緒に燃え始める。
「ぎゃああああっ! な、何奴だああっ」
そんなダークエルフの誰何には答えずダーブルが、燃え盛る首なし巨漢の山賊の背中を押す。そしてロングソードを抜き、その山賊の体ごと、壁に押さえつけられたダークエルフの胸板に突き刺した。
「ガキン!」金属音がして、ロングソードの切っ先がダークエルフの体を突き抜けて、石壁に食い込む。
そして、なおも精霊語で語りかけ精霊魔法を追加発動させようとするダークエルフの喉をナイフでかき切った。
「……!」
ダークエルフは巨漢の山賊と共に燃えて、生きながら炭と化していった。血の池の水深がまた増えていく。
剣で敵二人を串刺しにしているダーブルも共に炎に包まれたが、大したヤケドを負う事も無くバックステップで炎の中から抜け出した。
ダーブルが懐から魔法書を取り出して、床に捨てる。炎に耐性を付与する魔法書だったのだろう。それでも彼の両手はヤケドを負っていた。
「この魔法書でも敵の炎の精霊魔法を、完全に防ぎきれぬか……連続して食らっていたら危うかったな」
このダークエルフが使用した精霊魔法だが、契約した炎の精霊が術者の指示に従って、敵に体当たりして燃やすというものである。
本来は術者に魔法効果は及ばないのだが、ダーブルの攻撃で術者の精神集中が乱されたのだろう。炎の精霊が制御不能になり暴走して、術者も燃やしてしまった。
ちなみに精霊は下級であれば、精霊魔法使い以外の者には見えにくい。そのため、人体が突然発火したように見える。
ダーブルは精霊魔法使いではないため、この炎の精霊魔法については詳しく知らない様子だ。
炭になったダークエルフには振り向きもせず、ダーブルが気絶状態のカリグラとナダルに治療魔法の魔法書を使う。
しかし折れた肋骨が数本ほど修復されただけだった。加えて、軽度とはいえ全身ヤケドも治っていない。頭も髪が半分ほど燃え落ちている。
ダーブルが嘆いた。
「むう……やはり、この治療魔法書では足りぬか。しかし応急措置はできたな」
ダーブルがこの時に使用した治療魔法書は、クレリックが使用する治療魔法のライトワンズに相当するものだった。
このライトワンズは主に軽傷の治療で用いられる魔法だ。しかし軽度とはいえ、全身ヤケドと肋骨を骨折している患者二人を、この治療魔法書一冊だけで対処する事は、さすがに無理があったようである。
ここでは、その上のシリアスワンズ以上の治療効果を有する治療魔法書、もしくは治療薬を二つ用意しておくべきだっただろう。
先程、侵入した際に隊長二人の生存が望み薄だったと察していたため、彼自身用の治療魔法書しか持ってきていなかった。まさかカリグラとナダルの二人が、ここへ侵入して負傷しているとは想定していなかったようだ。
意識が戻ったが、まだもうろうとしている二人に、ほっと安堵の表情を浮かべるダーブル。
「間に合ったか。折れた肋骨は肺などを傷つけていなかった様子だな。幸運に感謝しろ、このバカ者が。命令違反をしおって」
そこへラディエスが通路の奥から戻ってきた。腰に巻いているポーチを「ポン」と叩く。
「黒き狼団の隊長とおぼしき死体を二つ回収したぞい。体は灰の状態じゃが、隊員章は燃え残っておるから身元確認はできるじゃろう」
落胆の表情を浮かべるダーブル。
「そうですか……隊長二人を救えなかったのは、わしの判断が遅れたせいだな。気の毒な事をした」
ラディエスが話題を変えた。
「奥の部屋にテレポート魔法陣が二つあった。残念じゃが、転移先が変更されておってな。海中になっておったわい。ダーブルよ、敵はただの山賊ではないな。騎士団詰所に報告しておくと良かろう」
ダーブルが、まだ意識が混濁したままで、目に光がないカリグラとナダルを肩に担ぐ。そしてポケットからテレポート魔法書を取り出して起動させた。
「分かりました。では、とりあえずオーガンのラーバス神殿へ向かいます。ジュンパ司教に予約を入れてありますので、負傷者の治療は何とかなるでしょう。その後で騎士団詰所と魔術ギルドへ報告します」
ラディエスも素直にうなずく。
「そうじゃな。その魔法書では応急措置しかできぬからのう。次からは高価でもラーバス神殿の神官から、もっとマシな魔法書を買うことぢゃ。
で、魔術ギルドじゃが、人質用の金を用立てるためにパラスミを脅すなら喜んで手伝うぞい」