バルクス病院②
「あの時、もっと違う言葉をかけるべきでした。」
白蘭
白刃の妹
そして5日後の今日、作戦は実行された。まずロイス、アルド、クリス、白刃、そして有栖の5人が病院に潜入。有栖を除く4人は臓器売買の証拠入手と院長『ナダル』の 捕縛、そして患者達の救出である。一方、有栖は白刃の妹を救出することになった。時刻は夜の9時になろうとしていた。
「確か、203号室だったよね?」
白刃から聞いた情報を頼りに、有栖は部屋に向かった。ロイスから突然お願いされ、最初は困惑していたが、事情を聞いたことで了解した。ちなみに有栖は今、ナースの姿で救出に向かっている。何故ナース服を着ているのかというと…。
「ナースなら妹さんも警戒しないだろう。万が一、誰かに見つかっても怪しまれないからな。」
と、ロイスが言ったからである。
「全然似合わない…。」
そう思いつつ、有栖は目的の部屋に辿り着いた。周りに誰もいないことを確認し、有栖は患者達を起こさない様にゆっくりと部屋に入った。部屋には左右に3つずつベッドが置かれており、左に2人、右に1人、患者が眠っていた。そして右側に眠る1人の少女が、目的の人物であった。
「この子が、白刃さんの…。」
ストレートな白髪に色白の肌。傷1つない、整った顔立ち。静かに眠る姿は、まるでおとぎ話に出てくる囚われのお姫様のようである。彼女が白刃の妹、『白蘭』である。寝息を全く立てずに眠る姿に、有栖はしばらく見惚れていた。
「兄妹揃って美形だなぁ…。」
白刃も色白で顔立ちは整っている。この兄妹が並んで街を歩いていれば、誰もが振り向くだろう。
「私とは大違いだなぁ…。」
同時に、自分の顔と比べ、落胆する。くせ毛な髪。傷や火傷だらけの顔。そして、左目は失明している。醜女な顔をした自分とは違う彼女の美しさに、いかに兄から愛されてきたかが分かる。
「俺にとって、唯一の家族…か。」
白刃が言ったことを思い出し、呟く。そして羨ましいと感じる。彼女にも、かつて帰る家があり、温かく迎えくれる家族がいた。貧しかったが、笑顔の絶えない幸せな日々を過ごしていた。それがある日、突然終わった。親の様に慕っていた、ある人物によって…。
「…やめよう。もう終わったことだし。」
嫌な過去を思い出した有栖だったが、すぐに気持ちを切り替え、当初の目的である白蘭の救出に移ろうとした。その時…。
「…何をするつもりですか?」
「!?」
眠っていたはずの白蘭が突然目を開き、有栖の方を見た。
「な、何で…?」
「気配を感じたので目が覚めました。私は眠っている時も常に警戒を解かないようにしていますので。」
さすがは白刃の妹というべきか、彼女も純粋無垢な少女というわけではない様だ。
「貴女は何者ですか?お兄様の名前を仰った様ですが?」
(…あっ、私の独り言を聞いていたのね。)
「えっと…貴女のお兄さんに、これを頼まれて…。」
そう言うと、有栖は制服のポケットから1通の手紙を取り出した。この手紙は、有栖が病院へ潜入する前に白刃から渡されたものである。
「…突然のことに妹は警戒するだろう。俺が手紙を書いて説明する…。妹と会ったら、これを渡してくれ…。」
白刃から託された手紙を妹の白蘭は受け取り、広げ、そして目を通した。
妹へ
色々と説明しなければならないが、今は時間がないため、重要なことだけを話す。
私は最近、バルクスについてのある情報を耳にした。それによると、バルクス病院は患者達を解剖して臓器を取り出し、秘密裏に売買しているらしい。このままでは、おまえも狙われるかもしれない。おまえは手紙を届けてくれた香坂有栖さんと一緒に病院を抜け出せ。彼女は悪い人ではないから、彼女の指示に従えば大丈夫だ。無事を祈る。
私は片付けなければならない仕事がある。出来るだけ早く終わらせる。寂しい思いをさせてすまない。病気が治ったら、一緒に街へ出かけて買い物しよう。約束だ。
では、また。
白刃より
「えっと…信じてもらえたかな?」
有栖は白蘭に聞いた。手紙を読み終えた白蘭は、ゆっくりと有栖の方へ視線を向けた。
「有栖さん、ですよね?」
「は、はい!有栖です…。」
「兄とはどういう関係ですか?恋人ですか?」
「へ!?違う違う違う!白刃さんとはそんな関係じゃないよ!ただ、私が働いている銭湯にやって来て、怪我をしていたから手当てをして、その後色々あって…。」
「なるほど、そうですか。」
(あれ、納得してくれた?)
突然知らない人が現れ、兄が書いたという手紙を渡す。そして関係性を聞かれ、焦り口調で答える。どう見ても疑うべきであろう。そもそも、その手紙が本当に兄が書いたものかも分からない。それなのに、何故こうも簡単に信じてくれたのだろうか?
「何で信じてくれたのか、と思っていますね?」
「え?!い、いや、あの…。」
「ふふふ。大丈夫ですよ。手紙の文字を見て、兄が書いたとすぐに分かりました。何回も見ていますので…。それに、貴女のことはお聞きしていますので。」
「え?どういうこと?」
「最近、噂になっていますよ?眼帯をした栗色髪の少女が銭湯で働いていると。」
「そ、そうなんだ…。」
(変な噂じゃなきゃいいんだけど。)
少し心配になる有栖。控えめな性格をした彼女にとって、目立つのは苦手なのである。
「貴女が銭湯で兄と会ったと仰った時にピンときたのです。この人が、噂の人だと。それに、兄はあまり他人に興味を持ちません。ですが手紙には、貴女が悪い人ではないと書かれていました。兄が他人に興味を持つことは、それだけ貴女のことを信頼しているからだと思います。兄が信頼しているのであれば、私も貴女を信頼します。ですから、有栖さん。私をここから連れ出してください。」
そう言うと、白蘭は微笑み、有栖に右手を差し出した。綺麗に切り揃えられた爪と長く細い指、傷や荒れのない綺麗な肌、そんなとても美しい手に有栖は戸惑った。
「あっ、えっと…了解です。」
有栖は少し躊躇いながらも自分の右手を差し伸べた。
「!その手…。」
「…汚い手、でしょ…。」
有栖は嘲笑する。有栖の手は、白蘭と対照的だった。肌は荒れ、掌には火傷の跡がある。手の甲から腕にかけて無数の傷跡があり、中には縫合されたものもある。そして、小指の第1関節から上が欠損していた。
「ごめんね、こんな酷いもの見せて。つなぎたくないよね…。」
「い、いえ…。驚きはしましたが、気にはしません…。」
「…ありがとう。さあ、行こう。」
「はい…。」
白蘭は有栖の手をしっかりと掴んだ。有栖は白蘭を連れ出し、部屋を出た。そして、2人は周囲を警戒しながら暗い夜の廊下へと消えていった。