第七話:スライムは情報を聞き出す
宿を取り、オルフェとニコラがぐっすり眠ったのを見届け、偽スラちゃんを護衛のため三体配置する。
最近は偽スラちゃんの作り方を工夫することで強さを調整できるようになった。
今回、護衛のために生み出した偽スラちゃんたちは、通常の偽スラちゃん十体分の細胞を圧縮して生み出しているだけあって、かなりの強さを誇る。
彼らならただの一流の暗殺者レベルなら瞬殺できるだろう。
何かあれば即座に俺を呼ぶように命令している。たとえ、強い偽スラちゃんを三体倒すほどの相手でも、初手の不意打ちさえ防げばオルフェとニコラが対応できるし、俺が着くまでの時間稼ぎはできるので、安心して留守にできる。
そして、俺はこっそりと宿から抜け出す。
目的は酒場でニコラを暗殺しようとした奴から情報を聞き出すためだ。
「ぴゅい、ぴゅいぴゅ……(スライムスリー、まだレオナと合流できないのか)」
レオナと、先行して向かわせたスライムスリーが合流できていれば、もっと質のいい情報が手に入るのだが、スライムスリーの話ではレオナが手紙で指示してきた場所に彼女はいなかったそうだ。
スライムスリーたちは手分けをしてレオナを探している最中らしい。
ここからできることは少ない。レオナが無事であることを祈りながらスライムスリーに捜索を任せるしかない。
◇
宿を抜け出した俺は街の裏手にある森へとやってくる。
俺が姿を現すと大樹の前の景色が歪む、体を透過させていた偽スラちゃんが、その力を解いたのだ。
「ぴゅいっぴゅ(ごくろう。さっそく例の男を出せ)」
「ぴゅいっさー!」
偽スラちゃんが体内に隠していた、暗殺者を吐き出す。
偽スラちゃんたちはいくつかの毒を使い分けることができる。
敵を殺すことが目的の劇薬、敵を無力化させることが目的の睡眠薬、敵から情報を引き出すための自白剤。
偽スラちゃんたちは、【収納】が使えないために【分裂】する際に細胞に毒を保持させている。これがあると戦闘のほかにもいろいろと便利だ。
毒の原料は、文字通り俺が定期的に食べている”道草”。そして、魔物の成分。
男は、睡眠薬で意識を失っていた。
「ぴゅい(起こせ)」
「ぴゅいっさー!」
偽スラちゃんがスライム触手で鼻の穴に突っ込み、気付け剤を吹き付ける。
すると、男が跳びあがり、偽スラちゃんはスライム触手で地面に叩きつけたあと、両手両足を縛りあげ動けなくする。
ふむ、なかなかいい仕事をする。
その間に、俺はスライム細胞を変質させて声帯を作り出す。
完全な人間に変身を繰り返すことで、スキルに頼らなくてもこれだけのことはできるようになっていた。
「目が覚めたか。これから俺の問いに答えてもらおう。それ以外の発言は許可しない。すべてを話し終われば傷を癒して解放してやる」
「スライムが言葉を!? なんだこれ、手も、足も動かねえ」
言葉を話すスライムが珍しいのか、男が驚き、目を見開いている。
「聞こえなかったか? 俺の問い以外の発言は許可しないといったはずだ。やれ」
「ぴゅいっさー!」
偽スラちゃんが消化液を、男の足にかけると、男が悲鳴を上げた。
逃げようとするが、偽スラちゃんの触手拘束から逃れられない。俺の分身だけあって、人体の構造は深く理解している。この芸術的な締め上げを力任せに引きちぎるのはひどく難しい。
「いいか、もう一度だけルールを説明してやる。俺の問いに正直に答えろ。それ以外の発言は許可しない。また、俺には嘘がわかる。下手なことを言えば、痛い目に合う。だが、すべてを素直に話せば治療して解放してやる」
男がこくこくと何度も頷いた。
良かった。自白剤を使わなくて済んで。
あれを使うと、思考が朦朧として素直になってくれるのはいいが、頭に浮かんだことをそのまま口に出すだけの状態になるので、情報の取捨選択が難しい。本人の推察、伝聞、事実の境界線があいまいなのだ。
「酒場でおまえは【錬金】のエンライトと【魔術】のエンライトと知ったうえで彼女たちを襲ったのか」
「そうだ」
なるほど、少なくとも敵はオルフェとニコラの容姿を把握しているというわけか。
「誰の命令で襲った」
「……グランリード王家の命令で」
ふむ、レオナに助けを求めた王家が、裏切ったと言いたいわけか。なるほど、よくわかった。
俺のことを舐めていることが。
「やれ」
「ぴゅいっさ!」
さきほどとは反対の足に偽スラちゃんが消化液をかける。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」
「最初に言ったはずだ。嘘はばれると」
体温の上昇、心音、脈拍、瞳孔、表情、それらを見れば嘘を言っているかどうかはわかる。
俺やヘレンであれば、それらすべてを操作してわざとその判定を狂わせることができるが、こいつにそんな真似できないことはわかる。
「さあ、本当の依頼人を話すんだ。話せば、傷を癒すだけじゃない路銀も待たせてやる。どこへでも好きなところに逃げろ」
金貨を男の横に積んでやる。
これらは、今まで仕方なく倒した七罪教団の連中を初めとした人間の財布から脱いで保管してきたものだ。
この男は組織を裏切れば殺される。
だから、こうして逃亡資金という名の飴を目の前に置いてやる。
男が金を見て喉を鳴らした。
「本当の依頼主はレオンハルト少将率いる、革命集団。青いバラの夜明けだ。【王】のエンライトであるレオナが強大な戦力を手に入れれば、厄介だということで、合流前に殺そうとした」
嘘ではないようだ。
なら、二つ疑問がある。
「どうして、レオナが【魔術】と【錬金】に助けを呼んだことがわかった? もう一つ、グランリード王とレオンハルト少将は和解したのではなかったか?」
姉妹の連絡はゴーレム鳥を使い極めて隠匿性が高い。普通の方法では傍受は無理なはず。
和解が終わったのを、即座に蒸し返しているのも気になる。
「……【王】のエンライトの懐にスパイが潜りこんでいる。【王】のエンライトはスパイを信用しているからこそ、増援を呼んだことを話した」
こいつは嘘はついていないが、100%ありえない。
あの子はスパイなど確実に見抜く。
ということは、スパイをあえて見逃し、流したい情報を敵に渡すために放置している。
オルフェとニコラの情報をスパイに話したのは、スパイが正しく機能していると相手に判断させるためと推測できる。
俺がついていれば暗殺は防げる。だからこそ、今回の暗殺をスパイの信用度をあげるために使った。
実に、レオナらしい判断だ。
「では、レオンハルト少将が暗殺の指示を出したかは? 和解したのだろう」
「……レオンハルト少将はもう死んでる。【王】のエンライトとはいえ、ガキに丸め込まれた奴だ。そんなクズはいらない。あの方が、ぶち殺して、新たなリーダーとなり、青いバラの夜明けをより強く生まれ変わらせてくれた」
「あの方とは誰だ」
「それは知らねえ、だけど、あの方はすごいんだ。あの方は神と会話ができる。そして次々と選ばれた戦士たちに神の力をくれた。魔物すら意のままに操る。あの方さえいれば、グランリード王国を正せる」
……十中八九ろくな奴じゃないだろうな。
そうか、レオナはあの方とやらに勝つために俺たちを呼んだわけか。
敵の強さだけが問題じゃない。敵の動きに狂気じみたものを感じる。
何かを疑いなく妄信し、言葉が通じない相手、それはレオナがもっとも苦手とする相手だ。
レオンハルト少将は国をよくするために理想を持ち、聡明な人だし、クーデターの目的もグランリードの民を幸せにするためだった。
だからこそ、グランリードをよりよくするための具体案を出せば納得して和解に持ち込めた。
だが、新しい相手はそういう希望が持てないのだろう。
だいたい裏はわかった。
「約束だ。その傷を癒してやる。どこへでもいけ」
俺が回復用のポーションを吹きかけると、男のただれた皮膚が治療され、手足も動くようになり、偽スラちゃんが拘束を解除する。
男は金貨を掴んで、走っていく。
その背中を偽スラちゃんが追いかけ、丸飲みにした。
偽スラちゃんの口内には消化液が満ちており、すぐに消化されてしまう。
「俺は手を出さない。だが、部下が手を出さないとは言っていない。よくやった」
「ぴゅいっさー!」
その言葉を最後に、声帯を元に戻す。
……ニコラに刃を向けた。その時点で許せるわけがない。
だが、こいつは運がいい。有用な情報を与えてくれたから、俺は楽に死ぬことを許した。
頭の中に、緊急コールがかかる。
スライムスリーからだ。
「ぴゅい(まずは一安心)」
レオナを見つけたらしい。
その部下たちに攻撃されてレオナには着けない。精鋭らしく、倒そうと思えば倒せるが怪我をさせずに無力化は不可能だと言っている。
すでにクリアモードでの侵入と接触を試みたが、そちらも見つかったらしい。
護衛を倒してでもレオナと接触するかと聞いてきたスライムスリーに、レオナを遠くから見張るように伝える。
あとで、ゴーレム鳩で手紙を出そう。
レオナにスライムスリーの特徴を伝えれば、彼らも近づけるだろう。
まあ、今はレオナが生きていることが確認でき、いざというときに駆け付けられる距離にスライムスリーがいるだけで満足すべきだ。
「ぴゅあぁぁぁぁあ」
あくびが出た。
いい運動ができたし、帰るとしよう。
それから、ニコラたちにレオナのいる位置が王都から動いていることを伝えないと。
レオナが無事だと知れば、オルフェたちも喜ぶだろう。