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第二十一話

 そう言ったものの、探し物を見つけ出すのは難航した。

 地下通路はある所から迷路のように入り組んで行き止まりが多くなり、思うように前へ進むことができない。それに下手な道を進んで神舎(しんしゃ)から出てしまうのは避けたかったので、慎重にならざるを得なかった。

 そんな場所でも完全に闇でないのは、壁に埋め込まれた石材のおかげらしい。白く乳白色の石はそれ自体淡い光を放ち、それが通路の足元と天井付近に等間隔に埋め込まれているのだ。都もこれが途中から出現したことは気付いていたが……。

「この石は北のアバディーアで採れるの。神舎にも使われている部屋があるから、それと同じ頃に作られたんじゃないかしら。」

「ついでに地図か案内板も作ってくれたらよかったのに。えと、ここも行き止まり。コギンちゃんと気分の悪い所探してる?」

 けれどコギンはぱたぱたと飛び回っているばかりで、都のほうを向こうともしない。

「コギン。聞こえてる?」

「うぎゃ!」

「ん?」

「どうしたの?」

「コギンが何か見つけたみたいです。」

 ネフェルがコギンを追いかけて頭上を見上げると、コギンが「何か」を押し上げるところだった。

 それは一見すると他の天井と同じ、石を円弧(えんこ)に組んで漆喰(しっくい)で固めたように見える。けれど良く見ればそこだけ「()」ではなく「平ら」になっており、コギンが身体を使って押し上げると、程なく天井に四角い人の通れそうな穴がぽっかり開いた。

 うきゅ、と鳴いてコギンが穴に入っていく。

梯子(はしご)があれば登れますよね?」

「でも人が入れるとは限らないわ。風を取り入れてるだけかもしれない。」

「そうだよね」と呟いてから、よし、と顔を上げる。

「苦手だけど……仕方ないか。」都はそう言うと呼吸を整え、言葉を口にする。

 次の瞬間、目の前に薄暗い部屋の様子が広がった。

 本当は真っ暗なのかもしれないが、コギンが見ている光景なので何があるのか認識できる。いわば暗視カメラ越しに映像を見ているようなもの。

 そうやってしばらく頑張ったが、やはり銀竜(ぎんりゅう)の小刻みな動きについていくには限度があった。目を閉じているのに目が回りそうになって、都はその場にしゃがみこんだ。

「銀竜の『目』を使ったのね?」ネフェルがそっと背をなでてくれる。

 彼女は都を通路の端に導くと、壁を背もたれにして座るよう促した。

 しばらく休んで落ち着いたところで、都は先ほど目に映ったものを整理する。

「ちゃんと高さのある部屋……みたいだった。がらんどうで……天井が少し明るくて、それと壁に何か線があった。」

 どこかで見た気がする、というのは言わなかった。

 がたん!と大きな音がした。

 見上げると、コギンが天井板を元に戻しているところだった。そのままふわりと降下して、都の膝に着地する。

「怪しい気配はなかったのね?」

 ネフェルが問いかけるとコギンは「うな」と同意した。

「地上だとどの辺になるんでしょう?」

「光の庭……古い礼拝堂から遠くないような気がする。」

「古い礼拝堂?」

「私も夕べ知ったところ。だってこんな場所、来たことなかったもの。だからこういう隠し部屋があってもおかしくないと思うわ。」

 コギンが都を心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫。前より慣れてきてるから。ネフェルもごめんなさい。」

 ううん、とネフェルは首を振る。

「私には想像もつかないことしてるんだもの。」言いながら並んで腰を下ろす。

「それと、そんなに丁寧な言葉遣いじゃなくていいわよ。」

「でも……」

「ミヤコ、いくつ?」

「年?十七です。」

 ほら、とネフェルは微笑んだ。

「一つしか違わない。」

「え?一つ……って、ネフェル十八?」

「そうよ。」

 都は改めて隣に座るネフェルを見た。

 地味な(ドレス)に身を包んでいるが、背の高さに合わせて程よく女性らしさを帯びた体型。編み上げている髪は金色で、下ろせばもっと綺麗に見えるのだろう。それに緑の瞳が印象的で、同姓の都でさえ美人だと思う。

 見れば見るほど年齢が近いとは思い難い。

 がっくりと肩を落として溜息を吐き出す。

「どうしたの?」

「自分に色気のないこと再認識。」

「え?」

「だってネフェル、大人っぽいんだもん。」 

 きゅ?とコギンが手を伸ばして都の頬に触れる。

「銀竜にまで慰められた。」

「違うって言ってるのよ。」くすくすとネフェルは笑う。

「ミヤコは可愛いわ。」

「チビだもん。」

「私はもう少し小柄なほうがよかったけど。」

「人事だと思ってるでしょ!」もー、と頬をふくらませる。

 ネフェルが目をむく。

「それ、考えようによっては私が老けて見えるってことよね。」

「え?」

「どうせ語り部なんて地味な仕事だもの。」

「そ、そんなこと言ってない!」

「いーえ。」

「ち、ちが……」

 言いかけてお互い顔を見合わせる。

 くすり、と笑いがもれる。やがてそれは大きくなり、二人は声を上げて笑った。

 ほうっと息をついたネフェルが、指先で目元を拭う。

「こんなに笑ったの久しぶり。」

「笑ってる場合じゃないのにね。」

「ええ。」

 思い出し、顔を見合わせもう一度笑みを交わす。

「ねぇ、彼のこと聞いてもいい?」ネフェルが切り出した。

 都は頷く。

「さっき、彼のことを『感じる』と言ったでしょ。もしかしてそれは契約の力によるもの?彼はあなたの……」

「今はまだ……お付き合い。でも契約の力は当たってる。」

「そう」とネフェルは溜息のような声を漏らす。

「でも詳しいことは聞かないで。わたしもよくわかってないから。」

「でも契約って一生のことでしょ。ご両親は反対しなかったの?」

「えと……」

 まさか知り合ったばかりの彼女に、命の瀬戸際(せとぎわ)で交わした契約だとも言えない。

「わたし……ネフェルと同じで両親がいないから。」

「そう……なの?」

「父親は名前も知らなくて、教えてくれないまま母親は事故で亡くなって……あ、でもわたしは一人じゃなかったから。母親の親友で小さい時から一緒で……血はつながってないけど親戚みたいな人がずっと一緒にいてくれたの。だから普通に学生やってられるんだけど……でも彼とのこと、最初は凄く反対された。わたしは知らなかったんだけど、実家に乗り込んで彼のこと殴ったんだって。」

 ネフェルは目を丸くする。

「でも……それだけミヤコのことが心配だったのね。」

「もうちょっと信用してくれてもいいんだけど。」都は苦笑する。

「っていうかわたしが信用してもらえるように、しっかりしなくちゃいけないんだよね。」

「偉いのね。」

「ダメダメだよ。契約は互いが支えあうって言うけど、わたしはリュートに支えられてばっかり。コギンがいなかったら何もできないし……」

「そんなことないと思う。だって彼がミヤコのこと話すとき、とっても穏やかで楽しそうだった。だからミヤコは今のままでいいんじゃないかしら。それにコギンもミヤコに凄く懐いている。それだって凄いことよ。」

「他の人にも言われたけど……そういう感覚もなくて。」

「何より。こうして私を助けてくれたじゃない。」

「ネフェルだって神舎で迷子になったとこ、助けてくれた。」

 むきになって言い返す都に、ネフェルは「そうね」と首を傾ける。そして言った。

「じゃあ、私たちおあいこね。」

「え?そ、そうなのかな?」

「ええ、そうよ。」

 本当にそうなのだろうか?と思いつつ、彼女の笑顔に誘われて都も頷いた。


 話しているうちに気分も落ち着いてきたので、二人はもう少し辺りを探してみることにした。

「いい?コギン。嫌な気分になったら教えるんだよ。」

 曖昧な要求だと了解しているが、探し物が具体的でない上、それが銀竜にどんな影響を及ぼすかわからないので仕方ない。

 コギンはふわりと舞い上がり、きょろきょろ辺りを見回した。

 行き止まりの道をぐるっとUターンしたりしながら、その先へ進む。

 しばらく進むと、ぱたぱたと空中でホバリングしたまま都を振り返った。すとんと地面に降りると、「ぎゃう!」と鳴く。

 都とネフェルは顔を見合わせた。

 そこはどう見ても通路の真ん中。

 変わっていると言えば、先ほどから地面が土でなく壁と同じ石を敷き詰めた姿になったくらい。

「ええと……」どうしよう、と思ったとき、コギンが石と石の間の目地(めじ)から何かを引っ張り出した。

 それは取っ手のようなもので、コギンは小さな手で掴むとそのままパタパタと浮き上がった。

 都は床に(かが)んだ。

 壁が発するほのかな明かりを頼りに足元の目地(めじ)を指でなぞる。と、コギンが持ち上げたのとちょうど対角の辺りで指先に何かが触れた。引っ張り上げると、同じ取っ手状のものが現れた。細い金属質で目地と同じ(ほこり)まみれなので一見してそれとわからなかったのだ。

「コギン、そっち持ち上げられる?」

「ぎゃう!」

「手伝うわ!」ネフェルが都の傍らに来て手を添える。

 二人と一匹でそれをひっぱり上げる。

 想像していたよりあっさり持ち上げたのは、石の舗装(ほそう)をそのまま模した四角い(ふた)だった。持ち上げて傍らに置くと、床には四角い穴がぽっかりと空いている。

 そういえば近所の遊歩道のマンホールもこんな感じだっけ……と都は取りとめのないことを思い出す。

「天井の次は床って、どれだけ隠し部屋が好きなんだろう。」と、都。

「聞いたことがある。ううん。本で読んだのかもしれないけど、ずっと昔、国の(まつりごと)と宗教が密接だった時代、異端として問われた人達を神舎が(かくま)っていたことがあるって。」

「じゃあ隠し部屋って人を匿うため?」

「それにこの地下通路もそういう人達を逃がしたり、自分たちが隠れるのに使ったのかもしれない。」

「それ、いつ頃の話なんだろう。」

「私も専門家じゃないからそれ以上は……」

「ごめん。そうだよね。」

「父さまだったら知ってたかもしれないけど……」

 そういう意味ではリュートの父、早瀬加津杜もこういうことに詳しいのではないかと思う。

 コギンが喉を鳴らす。

「え?だって気分悪いところなんでしょ?」

 銀竜は首を振る。

「何かあったらすぐ戻るんだよ。」

 コギンはきゅ、と鳴いて穴に飛び込んだ。

「中の様子見てくるって。」

「言ってること、わかるの?」

「まぁ……なんとなく。すぐ戻ってくるって雰囲気だったけど……」

 言い終えるか終えないうちにコギンが戻ってきた。

 布に包まれた四角いものを両足でぎゅっと掴んでいる。都が受け取るとそのまま肩に止まった。

 布を慎重に開くと中から出てきたのは一冊の小さな本だった。古そうだがしっかりした造りで、当然都は読むことができない。くるんであった布ごとネフェルに渡すと、彼女も慎重に検分する。

「これが嫌な感じだったの?」

 都が問いかけるとコギンは頷いた。

「他にも本があったの?」

 再び頷く。

「古い本ね。『賢者の料理』……」ネフェルは表題を読み、注意深くページを開く。

「料理の本?」

「だと思うけど……でも……なんだかおかしい。」

「どういう風に?」

 都の質問にネフェルは戸惑う。本を閉じ、表紙に書かれた文字を目で追う。

「なんとなく……としか言えないんだけど、全てがばらばらなの。言葉遣いとか材料の名前とか。」

「美味しくなさそう?」

「それ以前の問題。もしかしたら……」ネフェルは顔を上げた。

「母から聞いたことがある。術を記した本は禁じられてるから、別の本を装ってることがあるって。」

「別の本?」

「一見すると普通の本だけど、ある法則に従って読むと呪術文字を読み解くことができるの。もちろんそういう本も処分されてしまうから実物は見たことないけど。でも銀竜がこれを持ってきたということは……」

「ネフェル、呪術文字って読めるの?」

「全部でないけど判別くらいは……」

「だったら明るいところで見て調べてみない。人目につきにくい場所、地上にもあるよね。」

「そうね。」ネフェルは頷いた。

「でもその穴は、戻しておいたほうがいいわ。」

 ネフェルの言葉に従って、二人は舗装を模した蓋をもう一度元に戻した。

 都がカバンに本をしまおうとした時。

 突然コギンが妙な声を発した。

「え?何?」

 驚く都の耳元で「ぎゅ!」と短く鳴くと、そのままぱたぱた羽ばたいて行ってしまった。

 あっけにとられている都の傍らで、ネフェルも何が起きたか理解できず唖然とする。

「どうしたの?」

「すぐ戻るから待ってて……って言われた気がする。」

「待ってて?」

 若干の不安を覚えながら、都は頷いた。

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