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「今どこにいんの」
「……どこでもいいでしょ」
「なんか不機嫌だね」
「あなたと話すことなんて何もないし、あなたの声を聞くと不愉快だし、私はとても苛々する」
「うん、知ってるよ」
「じゃあ何嫌がらせ?」
「そんなつもりはないんだけどな」
私はカフェテリアの二階にいる。窓際、一番奥の席。席の場所に大したこだわりはないけれど、自分で選べるのなら私は窓際が好きだ。見下ろす屋根の下の小さな頭。
「しいて言うなら、千裕の声が聞きたいから」
「馬鹿じゃないの」
「はは、言うと思った」
機械のノイズを通した声は私には雑音にしか聞こえない。今の携帯はハイテクだからノイズなんて聞こえないよクリアだよ、って誰しも言うけれど。合成音。ロボット。ヒトの温もりが、空気に含まれるトーンが無いと私の心にはどんな台詞も響かない。
それを分かってて、あえてそんな気障な台詞が吐ける誓のメンタルの強さには呆れるし感動するし馬鹿だと思う。私には出来ない。だからむしろ誉め言葉なんだ、これは。
「いつからそこにいたの」
「さあ、覚えてないな」
「倒れてから私のせいだと言わないでよ」
「俺はそんなヤワじゃないよ」
ヒステリーを起こしそうな真夏の陽気の中で、なんて涼しそうに喋る男なんだろう。電話越しの空気は全く熱を持っていないように感じてしまう。
「どうせあなた、今から授業には戻れないでしょ」
「そうだね」
「ずっとそこにいるつもり?」
「それはさすがに辛いかな。会いに行っていい?」
「キャラメルマキアート追加で買ってきてよね」
「…了解」
電話が切れる。その後の電子音が頭に響く。なんで誓はいつも先に電話を切るんだろう。本人に他意はないだろうが、私はその音も嫌いなのだ。電話そのものを受け付けないのかもしれない。が、とにかく、その切ない沈黙に私はいつだって不安になる。しつこいほど私に構うのに、引き際はあっさりしているのが誓だ。だから嫌い。とにかく嫌い。
男の子、を実感させる行動をとらないでほしい。誓は中立でなくてはならないのだ。私の中での女の子は伊織ただ一人、男は存在しない。
「今のうちに準備しなきゃ」
私は気合いをいれるとバリケードを作り始めた。誓が来るまで時間は本当に僅かしかない。その上でどれだけ綺麗なそれが作れるかが勝負なのだ。意味があるのか無いのか、そのくらい些細だとしても、あるのとないのでは全く違う。物理的にはもちろん精神面で非常に重要なことなのだ。一種のおまじないのような。
そうこうしていると彼が姿を現した。
「お待たせ」
「あなたは待ってない」
「うん、だから、キャラメルマキアートお待たせしました、って意味で」
「…なに得意な顔してんの」
先制攻撃を受けた私の脳内はくるくる回る。ばっかじゃないの、馬鹿みたい。馬鹿みたい。動揺したら終わり。
「…ねぇ帰れば」
「それは無理」
「そんなとこだけ何で即答するのよ」
「千裕の想像通りだと思うけど」
「あ、そう」
訳分かんない人は嫌いよと私が呟くと、彼は遠慮もせず声を出して笑った。知ってるよ、って。私は何もかも見透かしたような人も嫌いなのに。
「知ってるなら話ははやいじゃない。用事がないなら帰ればいいよ」
「分かんないかなあ千裕は。誰かと一緒にいたい気持ちには理由とかないの。用事の有る無しでも勿論無くって」
「私は別に」
「俺は、そうだよ」
「いつになればあなたの気まぐれが終わるんだか」
いつ終わるのか分からない彼の気まぐれ。そんなものにすがる気はない。こんだけ長い気まぐれがあるものなのか、って疑ってしまえば終わり。期待して裏切られて傷つくのは自分だもの。腐れ縁と呼ぶのがぴったりな中学校からの六年間。不本意ながらも伊織の次に長い関わりを持つこの男の真意が私には今だ読めない。
「千裕」
「何」
「コーヒー覚めるよ」
飲まないの、と訊いてくる誓を軽く無視する。どれだけ無理のある話題転換の仕方をするのだろう。そしてカップに伸ばされたその手は何?それは私のキャラメルマキアートじゃない?
「何してるの」
「飲ませて欲しいのかと思って」
「私のこと馬鹿にしてる?」
「してない。要らないなら俺が貰おうと思って」
「そういう甘いの好きなの?」
「普通にね。てか、千裕、今始めて俺のことに興味持ったね」
誓の嬉しそうな笑顔に私ははっとして口をつぐんだ。無意識だったんだと思う。ああ油断してた。人を引き寄せないためのコツは疑問系の言葉を使わないこと。特に、相手を知るための質問は控えること。
うっかりしていた、じゃもう遅い。
何かが変わってしまう。おそらく誓ではない。誓との関係性でもない。私の中の何か。
「私、帰る」
「は?」
「私、帰る」
二回繰り返した同じ言葉。多分私は混乱している。壊さないで。私は変わりたくない。これ以上私に近づかないでお願いだから。
勿論それは言葉に出なくて、私は慌てて椅子から立ち上がった。鞄とキセキと折り畳み式の日傘を握りしめて。使い終わったトレイを気にするような大人の余裕なんて私には全然無くて、ただその場から走って逃げ出した。
キャラメルマキアートを置き去りにしたことを思い出したのは最寄り駅の改札を抜けたあと。無我夢中で走った名残は乱れた髪と熱い体。未練は無いかと言われれば少しある。
「私のキャラメルマキアート…」
ふと漏れた呟きに、こんなときまで欲望に忠実なものなのか自分の心って、と私は感心してしまった。自己中心的にもほどがある。逃げた後悔より誓のあの柔らかな笑顔が怖い。罪悪感よりずっとずっと誓への恐怖が強いだなんて。
苦笑いを浮かべたつもりが、ガラスに反射した私の笑顔は今にも泣きそうな顔にしか見えなかった。
何がしたいんだろう私。
訳分からないのは私も同じ。




