ガラスの靴を履いた猫1
「グレータ?大丈夫?」
閉じこもってしまったグレータを心配しながら、ルルーはドアをノックする。
しかし、部屋からは何の返事もない。
「……まあ、色々ショックだっただろうし、もう少しそっとしておこうか……」
ルルーはため息をついてそう呟く。
一度にあんなに沢山の事実を聞かされたのだ、パニックになっても仕方がない。
もしルルーが同じ立場でも、同じことになっていただろう。ルルーはグレータの返事は諦め、みんながいる部屋にもどった。
一方、グレータはベッドの中でシーツにくるまり、亀のように丸まり固まっていた。
ルルーの声は聞こえていたが、答える気になれなかった。
朝、目が覚めてから知らされた事実はそう簡単に飲み込めるものじゃない。自分が実は魔女だったというだけでも驚きなのに。レオがイケメン人間で魔法使いとか……正直、レオに言われた言葉は今でも意味がわからない、なんでいきなりあんなことを言い出したんだろう。
「う……うう……せめてもうちょっと小出しにしてくれれば………」
ぶつぶつとグレータは恨み言を言う。
グレータが「魔女」という事実は理屈としては一応納得はできた、実は夢でしたと言われても納得できる内容だったけど。
「うぅ……いきなり魔女とか言われてもな……」
今までそんなこととは無縁の生活をしてきたのだ、むしろルルーに会うまで本当に魔女がいることさえ知らなかった。
魔法の仕組みさえよく知らないのに、どうしたらいいのか……
そして、更に問題なのはレオのことだ。
猫にしては頭が良いし普通の猫とは違うんだろうなとは思っていた、でも魔女が飼っている猫なんだしと思って、そこまでおかしいとは思っていなかった。
それが実は人間で、あんな綺麗な顔をした男の子だったとは。
「あれは、無理だよ……」
グレータは特に人見知りなわけではないが、一応女の子だ。この家に来てから自分が喋った事を聞かれていたと思うと、全身がみるみる真っ赤になる。
ルルーは年上で、ヘルフリートは兄妹だ。グレータはその関係に甘えて、暴言を吐いていたところがあった。
女心は複雑なもので、同年代のしかも男の子にはそういう姿はあまり見られたくないものだ。
グレータは昨日、薬草を摘みに行った時、ドヤ顔で男女の関係のことをレオに話していたことを思い出す。
「うわ〜〜〜〜バカバカ!〜〜〜〜私のバカーーーー!!!」
グレータはシーツにくるまったままベッドの上を転げ回る。
その他にも、きっとわからないだろうと思っていた数々の独り言を思い出してプルプルと震える。
更に変な汗までかきはじめた。
ルルーやヘルフリートは心配しているだろうし、このままずっとこうしてはいられない。
でもグレータはレオと顔を合わすのは恥ずかしくて、丸まったベッドから動けない。
穴があったら入りたい、いやむしろできることなら今すぐにでも家出したいとグレータは思った、もちろん1人で。
とそんなことを延々と考えながら、グレータはベッドの上で転がっていた。
自分が魔女だという事実を整理しようとしても、レオの顔を思い出すと恥ずかしくなり、考えが堂々めぐりになる。
そうすると無駄に時間が経っていく。そうすると今度はお腹もすいてきてグレータはだんだん腹が立ってきた。
よくよく考えたらルルーもレオも酷い、ずっとレオが人間だって黙っていたのだ。
話してくれても怒ったりしないのに……
そう思ってグレータは口を尖らせる。
それとも猫だと思って話しかけてた私を陰で笑っていたんだろうか。
そう思うとますます腹が立つ。言ってくれていたら、あんな変な独り言とか変な鼻歌を言ったりしなかったと、恨み言を言う。
「私、一人でバカみたい……」
そもそもレオの顔が綺麗すぎるのだ、あまりに綺麗であまり直視できなかったが肌は陶器のようにすべすべだし、髪の毛は光っているのかと思うぐらいキラキラで、見たことがないぐらい見事な白銀だった。まつ毛が長くて目も大きくて、女の私よりよっぽど綺麗ってどういうことだ、あんなにかっこよくなかったらここまで恥ずかしくなかったのに。
グレータがそんな理不尽なことを考えていた時、部屋のドアがノックされた。
「グレータ?お腹すかない?何か食べた方がいいわよ?」
ルルーのその言葉にグレータのお腹がグーっと鳴った。もうすぐお昼になろうとしてる時間だった。街で暮らしていた時は貧乏で、1日一色しか食べれないこともあった、だから一食くらい抜いても大丈夫だったのにあっと言う間にお腹がすく。
ここでは仕事をしなければいけないが、食事はきちんと毎日三食食べられるしかも美味しい。おかげで1日、三食食べないと我慢出来ない体になってしまった。
またもや顔が赤くなる、それでも腹が立ったが腹も減った。
我慢しきれなくてレータは渋々、ベッドから出た。
ドアを開けると、ルルーはホッとした顔をして微笑む。
「良かった、お昼はグレータの好きなシチューだよ。みんなで食べよう」
グレータはまだちょっと恥ずかしくて目を合わせられなくて黙ってコクンと頷いた。
時間を置いたお陰か、朝よりは気持ちは落ち着いてきていた。それでも、すこし気まずい気持ちをかかえながら、グレータはテーブルについた。
ヘルフリートが心配そうに「大丈夫か?」と言ってきたのでグレータはうんと頷く。
その時、向かいにいたレオと目が合う。
レオは当然のように人間の姿で、何年もそこにいましたとでも言うように座っていた。
しかし、よく考えたらグレータたちが来るまで、ずっとそうやって座っていたのだから、当たり前だ。
レオはグレータと目が合うと微笑む、グレータは顔を赤くさせ慌てて目を逸らした。
やっぱりまだ気恥ずかしい。
「はい、グレータ」
そう言ってルルーがシチューをグレータの前に置く。
「い、いただきます……」
グレータはそう言って食べ始めた。
ルルーが作る食事は相変わらず美味しかった、ルルーが言った通り大好物のシチューは具もたくさんであっという間にお腹がいっぱいになる。
食事の時間は和やかに進み、お腹いっぱいになったグレータはやっと精神が落ち着いてきたと感じる。
終わってしまったことはしょうがない。まだ少し恥ずかしさは残っているが、そうやって割り切ってしまわないと先に進まない。
後は、自分が魔女だという事実を真剣に考えないと。とグレータは思い直す。
「そういえばグレータ、足をくじいたの腫れてない?なんだかうやむやになって、ちゃんと確認してなかったわ」
ルルーにそう言われて、グレータはそういえば崖から落ちた時に、足をくじいていた事を思い出した。色々ありすぎて忘れていた。
とはいえ昨日から歩いたり走ったりしていたのだ、特に問題はないだろう。
ルルーはグレータの前に跪き、足を手に取ると状態を調べる。
グレータも自分で動かしたり歩いてみた、一晩寝たのも良かったのか少し痛みはあるが歩くのに支障はなかった。
ルルーにそう言うと「じゃあ、念のために冷やすために湿布をしておきましょう」といって薬草を擦って作ったものを、くじいたところに貼り付けて包帯を巻いてくれた。
「そんなにしなくても大丈夫だよ……大げさだな……」
さっきから手取り足取り世話されて、なんだか幼い子供に戻ったみたいでグレータは照れる。
そう思うとなんだかさっき子供みたいに叫んでしまったことが、逆に恥ずかしくなってきた。
また口を尖らせてしまったグレータに、ルルーはいつもの調子が戻ってきたと思い、ホッとしたように笑う。
「まあ、なんにせよグレータが無事で良かったよ」
そう言ったのはヘルフリートだ。
グレータが帰ってこなくて一番心配していたのはヘルフリートだ。しかも、家でずっと待っていることしかできなかったから、余計だった。
しかも帰ってきた頃には真夜中になっていて、グレータはぐったりと気を失った状態で。気を失っているだけだと聞かされても、そう簡単に安心はできなかったのだ。
妹が実は魔女だと聞かされたことはまだ複雑な気持ちだが、元気でいてくれたことは何よりホッとした。
「それにしても問題はグレータとレオの関係だ、恋人なのか?いつの間にそんな関係になったんだ、俺はまだ認めんぞ」
ヘルフリートは突然キリっとした顔をして、父親のようなことを言い出す。
その言葉に、グレータはあっという間に真っ赤になる。落ち着いたと思ったのに、一気にレオのことを思い出してしまった。
「だ、だから違うって!レオとは別にそんな関係じゃないし。あれはな、なんていうか言葉のあやっていうか、そもそもそういう意味じゃないし。わ、私は猫のレオに言っただけで……そ、その、か、駆け落ちとか全然そんなつもり……」
グレータは自分で言った、駆け落ちという言葉にまた更に真っ赤になる。うっかりレオと駆け落ちするところを想像してしまったのだ。
しかも言った拍子にばっちりレオと目が合ってしまい、更に恥ずかしくなってゴニョゴニョと語尾が尻すぼみになる。
「え?駆け落ちしないの?」
レオが意外そうに、そう言った。
「あ、当たり前でしょ!こ、この状況で駆け落ちなんてできるわけない……っていうか私は猫だと思ってたから言ったのであって、人間のレオに言ったんじゃないの」
がっかりしながら言ったレオにグレータは焦りつつそう言った。
「どっちも僕なのに」
レオは少し不満そうに言います。
「で、でも私はし、知らなかったし……」
自分がこんなに焦っているのに、レオは余裕の顔で少し腹が立つ。
「まあ、レオはかなりのイケメンだから気持ちはわかるが、顔だけで選ぶとろくなことがないぞ。お兄ちゃんくらい中身も外見もいいならいいが。男は慎重にえらべよ」
「だ、だから。ち、違うって!」
グレータは真っ赤になりながら反論する、なんだか変な風に話が進んでいる。
「レ、レオもちゃんと否定してよ。それに顔だけとか言われてるんだから、言い返しておかなきゃダメでしょ」
「僕はグレータの顔好きだよ」
グレータがレオにをう言うと、レオはとさらりと言った。
「そ!そう言うことは言ってないでしょ!!!……そ、それにす、好きとか……」
グレータはもう身体中が真っ赤で、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
「じゃあ、グレータはどんな人がタイプなの?」
「……う」
レオは真剣な顔をすると、まっすぐな瞳でそう聞いた。
グレータは言葉を詰まらす。
レオの意外な表情に、グレータは焦る。
「そういえばグレータのそう言う話は聞いたことないわね、私も気になるわ」
そう言ってルルーは興味津々で、話に参戦してくる。
「そ、それは……ええっと……」
追い詰められたグレータは、もじもじしながら目をうろうろさせる。はたとヘルフリート見るとヘルフリートも気になるようでグレータを見ている。
全員に注目されてグレータは焦る、今までそんなこと考えたことがなかったのだ。
「!………わ、私は。そのもっと強そうで、私の言うこと何でも聞いてくれて……えっと……あと……なんていうかお金も地位も権力。……それでもって……えっと……白馬の王子様みたいな感じの人がいいの!」
グレータはとりあえず、この場をやり過ごすために適当な男性像を口にする。
なんだかゲスい我儘女みたいな感じになったが、グレータは必死だった。流石にここまで言ったらレオも流石に引くだろう。
「あ、そうなんだ。じゃあこれでどう?」
「え?……うわーー!」
グレータが言った途端レオがニッコリ笑ったかと、思うとあっという間に白馬に変身した。
部屋の中にでかい馬が現れる。
「これでどうかな?王子様ではないけど、実はこれでも昔は貴族だったんだよ」
レオは馬のままでそう言ってそのまま「グレータ好きだよ。僕の恋人になってください」といって鼻をグレータにスリスリ擦り付ける。
「きゃー、こらレオ!こんなところで、馬に変身するのはやめなさい!」
ルルーは慌ててそう言う。
馬は結構大きい、テーブルはひっくり返って周りにいた人間は、パニックにおちいる。
「わ、私が言ったのは白馬に乗った王子様であって、白馬そのものじゃない!もう知らない!!!」
大きな馬に顔を擦り付けられ、極め付けに告白されてグレータは真っ赤になって怒鳴った。
そしてまたもやいっぱいいっぱいになったグレータは、叫びながらもう一度部屋に駆け込んで、閉じこもってしまった。




