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天間明と家族

見送りに出ていた、おじいちゃんとおばあちゃんにお別れの挨拶をした。


横で鈴音が明の手を握って待ってくれている。


外はもう暗くて、玄関から伸びる光の中に明たちは立っていた。


「元気でやるんだよ」

 

そう言って頭をなでてくれるおばあちゃんと別れるのは寂しかった。


でも僕はお母さんとお父さんと暮らしてみたい。


「鈴音ちゃんも元気でね。明のことをよろしく頼むよ」

 

おばあちゃんの言葉に「うん」と鈴音は元気よく答えている。


おじいちゃんは少し不機嫌そうな顔で頷いていた。


「じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃん。行ってくるわ」

 

明はそう言うと、鈴音の手を引き、門の前に止まっている車に走っていく。


車にはもうお父さんとお母さんと五十鈴が乗っていた。明は運転するお父さんの後ろに座った。


隣にはチャイルドシートに座らされている五十鈴が座り、反対側には鈴音が座る。


「明、もう別れの挨拶はすんだ?」


「うん。お母さんたちはええの? 別れの挨拶しないん?」


「お母さんたちはいいの」


そう言うお母さんの言葉を聞いて、やっぱりおじいちゃんとお母さんは仲が悪いんだなと明は何となく感じ取っていた。

 

車がスッと進んでいく。


だんだんと遠ざかっていく家を見て、明は少し寂しさを感じた。


「ちょっと遅くなっちゃったね。あなた大丈夫? 明日仕事でしょう?」


「なあに。高速をかっ飛ばせばいいさ」

 

両親の会話を聞きながら、寂しさとわくわくする気持ち合わさって、明は体を揺らして歌をうたった。


明はずっと両親と鈴音と会えるお正月が来るのを待っていた。


これからはずっとお正月なのだ。


ずっとみんなと一緒に入れるのだ。


しかも五十鈴と言う妹までいる。


嬉しいな。


楽しいな。


「明、そんなに体を揺らさないでシートベルトを締めなさい」


「うん」と明はシートベルトを締める。

 

明はお父さんとお母さんと鈴音としりとりをしながら、ドライブを楽しんだ。


車は高速道路に入り、どんどんとスピードが上がっていく。


明は流星のように過ぎ去っていく外灯を眺めた。

 

空は雨雲のため真っ暗で、少しずつ雨が降ってきた。


だんだんと雨音がうるさいほどになってくる。


鈴音も寝てしまったので、明は一人で五十鈴のぷにぷにした頬を触って遊んだ。

 

そのとき、お父さんの叫び声が聞こえ、前を見るとトラックの光が一瞬だけ見えた。


体にシートベルトが食い込み、世界がぐるぐると回った。


木から落ちてしまったときのクラクラした感じの何倍もひどいクラクラが襲ってきた。

 

フラフラとした頭で横を見ると、お父さんの座っていた椅子が横に来ていた。


前はぐちゃぐちゃの鉄の壁みたいになっていた。体が全く動かない。


嫌な臭いがした。


血の臭いがした。


「お母さん、お父さん、鈴音姉ちゃん。誰か返事して。返事してー」

 

誰の声も聞こえなかった。


五十鈴の泣き声も聞こえない。


嘘だと、思った。


こんなのは嘘だ。


こんなのは夢だ。


ありえないよ。


夢なんだあ。


そのとき、明の頭にカレンダーが浮かんでいた。

 

そして気が付くと、明は布団の中にいた。


良かったと明は心の底かはホッとした。


やっぱり夢だった。


凄く本当みたいで変な夢だったけど、夢で良かった。

 

このとき明が戻ったのはその事故にあった日の朝である。


予知夢かもと言う思いはなかった。


今まで見た予知夢は断片的な記憶があるだけで、一日をすべて覚えていると言うことはなかったからだ。


でも夢で見た一日と全く同じように進んでいくので、明はさすがに怖くなった。


だから車に乗った瞬間に言った。


こういう夢を見た。


もしかしたら予知夢かもしれないと。


でも両親はあまり気にしなかった。


「鈴音はそんな怖い予知夢を見た」とお母さんが聞く。


「ううん。見てないよ」


「鈴音が見てないなら大丈夫よ。鈴音は怖いことが起こると必ず予知夢を見るの。明のはただの夢よ」

 

そう言って明の言葉を取り合わなかったのだ。

 

明はこのときの記憶から考えるに、自分の持っている力は予知ではなく、記憶を持ったまま過去の自分に戻れるのが正しいだろうと思っている。


鈴音がなぜ予知夢を見られなかったのかと言うと、即死したからだろう。


即死したから過去に戻れず、予知夢を見たと勘違い出来なかったのだ。


そう、みんな予知夢を見たと勘違いする。


なぜか知らないが過去に戻ると寝起きの状態で目覚める。


しかも覚えているのは大体断片的な記憶なので、予知夢を見たと思ってしまうのだ。


過去に戻った一回目はほとんど悲劇を再現しただけだった。


そして明はもう一度過去に戻る。


でもそのときに気がついた。


頭に浮かぶカレンダーの一月一日は黒く塗りつぶされて、その日には戻れなかったのだ。


仕方なく明は十二月三十一日に戻った。


十二月三十一日は本来なら両親と鈴音にもうすぐ会える嬉しさでいっぱいだった。


でも今回は違う。


六歳の子供には重過ぎる憂鬱な気持ちで過ごしていた。


また祖父母に予知夢の話をしたら両親と暮らせないと鈴音に忠告されていたのも悪かった。


明は誰にも相談できず、暗い気持ちで元日を待った。


明は十回過去に戻った。


しかも、同じ日には戻れないので、戻るたびに日にちが延びていった。


三度目は十二月三十日、四度目は十二月二十九日と。


緊張と絶望感で、ほとんど食事を取れなくなり、食べても嘔吐し、体は衰弱していく。


みんなを帰らせないため、車に乗らないと言ったこともあった。


何度目にそれをやったのか、同じ日の繰り返しだったので曖昧になっている。


そのときはまた後日迎えに来るという話になり、明を置いて、みんなは帰ってしまった。


そして、みんなは変わらない運命をたどった。


六歳の頭で考えた作戦は巧妙とは言いがたいものだった。


ほとんどはただ駄々をこねていると取られた。


おじいちゃんとおばあちゃんと別れるのが嫌なのかなと思われたのかもしれない。


それでも努力をし、多少の時間をずらす事には成功しているのだ。


前回より数分遅い時間に事故の地点に行った時もあった。


でもなぜかトラックも数分遅れて、ぶつかって来たのだ。


五回目以降は何も考えていなかったように思える。


ただ絶望していたのだ。


絶望しながらも、奇跡を願って、過去に戻っていた。


十回目の戻ったときの日付は十二月二十三日だった。


それは明の六歳の誕生日でもあった。


おばあちゃんが用意してくれたバースデイケーキを食べることもせず、プレゼントの自転車もガラクタに見えた。


絶望へのカウントダウンは始まっている。


元日までの十日間で明の体はやせ衰え、目から光が消えていた。


世界の冷たさに凍えて、自分の無力さに震えた。


何も出来ない自分に失望し、変わらない運命に押しつぶされていた。


誰一人死なせたくないという強い想いと、両親と暮らしたいと言う夢をすべて失いたくない。


でもそれは無理だと悟りつつあった。


雨音はうるさい車内の中で、隣で寝ている五十鈴の寝顔を見る。


その数分後に待ち受ける悲劇を一切感じさせない穏やかな寝顔だった。


その顔を見て、明は涙した。


そして、思った。


五十鈴を救おうと。


何をしても変わらないのは人の死ぬ人数が決まっているのかも知れない。


ここには死神が四人待っているのだ。


だから五十鈴だけ助けて、自分は死のうと明は思った。


この繰り返す地獄にもう明の精神は耐え切れなくなっていた。


もう五十五日間も明は戦ってきたのだ。


明はチャイルドシートのベルトを取ると五十鈴を胸に抱いた。


明の体は横を向いたままだ。


そのとき、衝撃が走った。


五十鈴が助かるように、しっかりと明は五十鈴を抱きしめた。


生命の温もりを感じながら、それをこぼさないように。


気が付くと、明の右足はシートに挟まれ潰されていた。


痛みに歯を食いしばりながら、胸に抱いた五十鈴を見る。


大きな泣き声が聞こえた。五十鈴は泣いていた。


両親と姉の死を心から悲しんで泣いているようだった。


生命の力強い泣き声だった。


明も泣いた。


五十鈴を救えた喜びが少しだけあったが、お母さん、お父さん、鈴音を助けられなかった悲しさで泣いていた。


右足の激痛に衰弱した体が耐え切れず、明は気絶した。


そして、明は次に目覚めたときに、このときの記憶と過去に戻る力を失っていたのである。


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