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天間明とヨガの出会い その2

「片付けるからそのダンボールも開けて」


 明の新居である八畳一間のワンルームのアパートに五十鈴は手伝いに来ていた。

妊娠六ヶ月の五十鈴のお腹は少し目立っている。


「もうお腹大きいねんからそんなに動かんでもええで」


「だって、お兄ちゃん服の仕舞い方めちゃくちゃじゃん。せっかくおばあちゃんが畳んで入れてくれているのに、何でそんな風になっちゃうのよ」

 

そう言われて、明は自分が仕舞った衣装棚を見てみる。

確かに服が猛毒で苦しむ蛇のような格好になってしまっていた。


「ううむ。小さい頃からすべておばあちゃんがやってくれたから、よく考えてみれば自分で服を畳んだことないな」


「お兄ちゃんもう二十五歳でしょう。よく生活出来たね」


「男は家事をするなと言うおじいちゃんの教訓が体に染みこんでいるからなあ」


「時代錯誤だよね。じゃあ、料理もやったことないの?」


「台所が立ち入り禁止だったから、家の冷蔵庫に触ったこともないな」


明の言葉に五十鈴は目を丸くしていた。


「じゃあ、ちょっと喉渇いたときとかどうするの?」


「おばあちゃんに頼む」


「おばあちゃんがいない場合は?」


「お手伝いさんに頼む」


「誰もいないときは?」


「我慢するか外に買いに行く」


「もうそこまで行くと逆に自慢出来そうだよね」

 

五十鈴は呆れたのを通り越したのか、笑っていた。


「じゃあ、お兄ちゃん早く彼女作らないとまともな生活できないじゃない。でもそこまでひどいのがばれたら彼女に逃げられそう」


「そうかな? でもやろうと思えば家事を出来ないことはないと思うで」


「じゃあ、これ畳んでみて」

 

そう言って五十鈴がTシャツを明に渡す。

明は少しTシャツを手でもてあそぶとそのまま衣装棚に突っ込んでしまう。


「ほら、出来てないじゃない」


「いやあ、何だろうね。服を畳むのってさ、ほら、男の仕事じゃないやん」


「完全におじいちゃんの教育に毒されているじゃん。時代錯誤!」


「むう」


結局、明の引越しの整理整頓は五十鈴がほとんどやっていた。

とはいえ明が持ってきた物は衣服と布団くらいのものだったので、大した量ではない。


それから二人で台所用品を買いに行く。西友に着くと、日用品フロアを見て回った。

今日は少し右足の古傷が痛むなと明は思っていたが、さすがに自分の買い物を、妊婦の五十鈴に持たすわけにもいかない。

明の右足は両親と鈴音を奪った交通事故のときに、傷めている。

切断の可能性もある大怪我だったが、医者の腕と、若さが持つ回復力で軽く走れるほどには治っていた。


「考えてみればお兄ちゃん料理する気あるの?」


言われて明は首を傾げてみせた。


「やる気なさそう。まあ、いいか。私が行って作ることがあるだろうし、彼女が出来たらどうせいるだろうしね」

 

五十鈴はそう言うと、包丁やまな板などを明の持っている買い物籠に入れていった。

鍋やお皿などが加わり、どんどんと荷物は重くなっていく。


次にヨドバシカメラに移動して、ガスコンロを買うことになった。

五十鈴が明の意見をまったく聞かず独断と偏見で買い物をしていく。


「やっぱりコンロは二口ないと料理しにくいからこっちにしよう」


「でも俺の部屋、狭いし小さいほうがいいんやない?」


「駄目駄目。一口だと効率が悪くなるから」

 

こんな会話で強引に五十鈴が買うものを決めていった。

もちろんお金を出すのは明である。

そして、買った物のポイントはしっかりと五十鈴のポイントカードに付けられていた。


掃除機に冷蔵庫、洗濯機に乾燥機なども買って、十万円ほど掛かった。

秘書をしていたときはぼちぼちの給料をもらっていて、しかもほとんど使っていなかったので明の貯金はそこそこある。

十万円ほど使っても、別に何とも思わなかった。

それに本当にお金に困ったらおばあちゃんが融通してくれるので心配はいらない。

 

電化製品は郵送してもらったが、それでも明が両手に持つ荷物は重かった。

台所用、お風呂用、洗濯用などさまざまな洗剤も買い物袋には入っている。

荷物の重さのためか、ますます右膝が痛み出した。


「いたた、ちょっと待って」

 

明は袋を商店街の石床に下ろすと、右足をさすった。


「足痛いの? 荷物少し持とうか?」


「いや、大丈夫だよ。それに力仕事は男の役目だし」

 

明は一息つくと、両手に袋を持って立ち上がる。

少し、歩くと綺麗なお姉さんから五十鈴がチラシを受け取っていた。


「ここら辺にヨガスタジオが新しく出来るんだって。お兄ちゃん行ってみたら。腰痛や膝の痛みが改善されるって書いてるよ」

 

そう言って五十鈴は読みやすいように明の目の前にチラシを出した。

 

綺麗な女性が座禅を組んでいる写真が目に飛び込む。


『自分を知って、より良い自分に生まれ変わろう』

 

写真の横に書いてあるその言葉が、明は気に入った。


もしかしたらヨガをやれば力を取り戻すことが出来るかも知れない。


そう思ったのだ。

 

明がヨガライク吉祥寺店を訪ねたのはそのチラシをもらった三日後である。


それまでは生活必需品を揃えて片付けてくれる五十鈴を、見守ると言う役目があったのでいけなかったのだ。


目的のビルに着き、一階の耳鼻科に間違えて入った後、横にあった階段を上ると、三階にヨガライクはあった。


男性様も大歓迎と書かれた黒板がドアの横に置いてある。


その黒板を見て勇気付けられると、明はヨガライクのドアを開いた。


玄関のすぐ先は藍色の絨毯が引かれており、靴を脱ぐべきか足元を見ながら考えていると「こんにちは」と声を掛けられた。


顔上げるとそこには町で一日中散歩していてもまず出会うことのなさそうな綺麗な女性がいた。


顔ももちろん整っているが、その立ち姿が惚れ惚れするほど美しいのだ。


鎖骨がスッと横に開いていて、体のバランスが黄金比のように整っている。


別にモデルのようにポーズを取っているわけでもないのにそれだけで絵になっていた。


「体験レッスンをご希望ですか?」


 美女ににっこりと微笑まれながらそう言われたので、明は少しどぎまぎした。


「えっと、このチラシを見て来ました」


「ああ、チラシですね。もしよければ次のレッスンを受けていきますか? 予約が入っていないので、私のマンツーマンレッスンになっちゃうと思いますけど」


「そのつもりで来ました。服装はジャージで大丈夫ですか」


「ええ、大丈夫ですよ」


そう言われて、明は更衣室に案内されると、黒いジャージに着替えた。


それからスタジオに行き、初めてヨガマットの上に座る。


ヨガマットのほかに、大きなブランケットとティッシュ箱ぐらいの大きさのブロックとベルトが横に置いてあった。

 

スタジオは大きな窓が連なっていて、太陽の光がたくさん部屋に入り込み、とても開放感があった。


穏やかで清潔な空気が部屋を包んでいるように感じられる。

 

少しヨガマットの上で待っていると、さっき案内してくれた女性がスタジオに入ってきた。


明の前に引いてあるヨガマットに女性が胡坐で座る。座り姿も背筋が伸びていて、とても美しかった。


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