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天間明の過去 その1

人は前を向いて生きていかないと、当然、前には進めない。


過去に囚われて、その場を動けずにいることもある。


でも、いずれは前を向かないといけない。


人は過去には進めないのだから。

 

それでも明はずっと過去に囚われていた。

 

明は過去で二つの大きなものを失っている。

 

家族と未来を知ることが出来る力である。


それを交通事故で同時に失ってしまう。


特に家族は明にとって、とても特別な存在だった。


明の置かれた状況が少し特殊だったため、家族と暮らすことが明の幼少期の夢だった。


その夢が粉々に砕かれるのを明は止めることが出来なかった。


特殊な力を持つ明でさえ、食い止められなかったのである。


大阪府の藤井寺駅の近くに明の実家がある。


近鉄バッファローズの球場跡地に歩いて五分ほどの立地で、田舎だが、田んぼや畑が広がるほどのものではなかった。


住んでいて不便はないが、刺激的な場所もない、そんなとても平凡な町だ。

 

その町の高級住宅街の一角にある、ひときわ古風で威厳が漂う家が明の実家である。


大小あわせて十五の部屋と蔵が二つある屋敷と言ってもいい大きな家で、明はすくすくと育っていた。


そんな大きな家に明は三人だけで住んでいた。


明を育てていたのは、明の母方のおじいちゃんとおばあちゃんである。


そのため、幼少期の明は、おじいちゃんとおばあちゃんが自分の両親だと思っていた。


それが間違いだと知ったのは明が四歳になった正月のときだった。

 

毎年、元日は天間家に親戚一同が揃う。


本家、分家などが揃い、総勢二十名くらい集まるのが毎年の恒例だった。


その日、お客さんがいっぱいいることに興奮していた明は、屋敷を駆け回っていた。


「内緒の話があるから来て」

 

そう呼び止められ、明は止まり損なって畳の上で転んだ。


「大丈夫? 元気いいね」

 

少女に笑顔で手を差し伸べられて、明は照れ笑いをする。

そして、明はその少女に付いていった。

本棚が並んでいる書斎の絨毯の上に、明とその少女は座り込んだ。

少女は明より年上のように見えた。


「本当に内緒の話だから他の人に言ったら駄目だよ」


少女は大人びた感じで真剣な顔をして言っていた。


「うん」と明は頷く。


「実はね。私は明のお姉ちゃんなんだよ」


「うそやー。そんなのうそやー」

 

明はまだそのときはそこまで達者な日本語を話せなかった。

もう少し大きかったら「そんな話は聞いたこともないよ。僕は一人っ子だよ」とでも言っていたかもしれないが、そのときはそうとしか言えなかったのだ。


「うそじゃないよ。それに明にはお父さんとお母さんがいないでしょ」


「おるよ。お父さんとお母さん。一緒に住んでるもん」


「違うよ。明と住んでいるのはおじいちゃんとおばあちゃんだよ。明の友達のお父さんとお母さんはもっと若いでしょう」

 

そう言われて明は黙った。

確かに明は自分の両親が少し友達のとは違うなと感じていたからだ。


「明の本当のお父さんとお母さんも今日はいるから教えてあげるよ。私のお父さんとお母さんだけどね。明は私の弟だからね」


そう言ってその少女に手を握られて、外の部屋を出たとき、女の人の声が聞こえた。


鈴音(すずね)、どこにいるの?」


「ここにいるよ」と少女が答える。

 

女の人が近づいてきて、僕と少女が手を繋いでいるのを見ると、とても悲しそうな顔をした。


そして、そのままその女の人は泣いてしまった。


「おばさん、なんで泣いてんの?」

 

隠れるように明は女の人に手を引かれて、書斎に入った。


「ごめんね、本当にごめんね」

 

女の人は明に抱きつきながらしくしくと泣いていた。


それを見て鈴音と言われた少女も一緒になって泣き始めた。

 

明はこの大人の女の人は何で泣いているのかわからず戸惑ったが、何だか抱きしめられていると不思議と懐かしい気持ちがした。

優しい日差しの中で日向ぼっこしている気分になる。

とても良い匂いもした。

 

少しの間、女の人は明を抱きしめながら泣いていたが、落ち着いてくるとゆっくりと話し始めた。


「私が明のお母さんなの」

 

今度はうそだとは言えなかった。

何となくうそとは思えなかったからだ。

その女の人から伝わってくる温もりが、とても心地よかったからかも知れない。


「ごめんね。内緒にしていてごめんね。一緒に住めなくてごめんね」


女の人はそう言って、またちょっと泣いた。


「必ず一緒に住めるように。いつか一緒に住めるようにするから、もう少し我慢してね。明が帰ってきたら毎日好きなもの作ってあげるからね。一緒にいっぱい遊びに行こうね」

 

女の人は目に涙をいっぱい浮かべて、必死に笑顔を作ろうとしていた。

明の頭を愛おしそうになでてくれる。

こんなに優しい目で自分を見つめてくれる人を見たのは初めてだった。

たぶん、この女の人は、お母さんは、生まれた僕をこんな目で見てくれたのだろうと感じた。


「ごめんね」と言い残して、唐突に明のお母さんは行ってしまった。


「お母さんは見張られているから、あんまに明の近くにいれないんだ」


鈴音はそう言うと、明の頭をなでた。


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