知らなかった真実
「香奈、どうしたんだよ今日は。何か変だぞ」
「変って……守の方こそ」
「俺が? ……取り敢えず、場所を変えて話すか」
守は私の腕を掴んで立たせてくれた。一緒に駅前の広場に移動する。ベンチに私を座らせた守は、自動販売機で紅茶を買って来てくれた。
「ありがとう」
温かい紅茶を受け取って、一口飲む。守の優しさが、じんわりと染み込んでいくようだった。
気持ちが落ち着いてくると、一人で勝手に取り乱して逃げ出し、守の手を煩わせた挙句、子供のように泣いてしまった事が、途轍もなく恥ずかしく思えてくる。
「落ち着いた?」
その声に隣を見ると、コーヒーを手にした守が、優しく微笑んでいた。
「うん。ごめんね、今日は。色々迷惑かけちゃって」
「別に俺は、迷惑かけられた記憶なんてないけど?」
自己嫌悪に陥っていた私は、不思議そうに首を傾げる守に、目を丸くする。
「え……だって、今日一日機嫌悪そうにしていたじゃない。電車の中とか、スポーツ用品店で買い物していた時とか……。カフェに入ってからは、ずっと眉間に皺を寄せていたし……。私に付き合わされて、嫌だったんじゃないの……?」
肯定の返事をされるのは怖かったけれども、思い切って訊いてみると、守はばつが悪そうに視線を逸らした。
「あー……。えっと、それは香奈に付き合うのが嫌だったからじゃない。……くそ、香奈にバレちまうなんて、俺もまだまだだな」
「え……? どういう意味?」
頭を掻いた守は、暫くの間、言いにくそうに、口元を片手で押さえたり、視線を彷徨わせたり、頭を抱えたりとそわそわしていたが、やがてコーヒーを一気に飲み干して、口を開いた。
「それは、周りの男が、香奈の事見ていたから牽制していたんだよ。今日は香奈、いつもよりも可愛い格好しているし、鼻の下伸ばして見てくる男が多かったから……」
「え? ええ!?」
鼻の下……!? そんな人いたっけ!? え、いやその前に、今、可愛いって言ってくれた!?
「ったく、ミニスカート止めてもらって正解だったよ。これ以上香奈をあんな奴らの視線に晒したくないからな」
「そ、そうだったんだ?」
急な事過ぎて、頭が付いていかない。
守は何を言っているの? な……何だか、やきもちを妬いてくれているような……私に気があるような言い方に聞こえるのは、気のせいかな?
「そんな訳で、俺は香奈に付き合うのが嫌だという事は、断じてない。分かった?」
顔を赤らめながらも、守が私の目を見てそう言った時、私は目を見開いた。
これって、千載一遇のチャンスじゃない!?
「分かった。じゃあ私と付き合って、守!」
「え!?」
いきなり私が身を乗り出したからか、守は若干仰け反りながら狼狽えた。
「付き合うの、嫌じゃないって、たった今言ったよね!?」
「嫌じゃないけど、そういう意味では……って、お前、さては分かっていて言っているな!?」
何が面白かったのか、守はブハッと吹き出したかと思うと、お腹を抱えて笑い出した。
むむむ。何故笑う。
私が唇を尖らせていると、漸く笑い終わった守が、私に向き直った。
「じゃあ、改めて。俺は香奈が好きだ。俺と付き合って欲しい」
「え……!?」
思ってもみなかった守の告白に、私は真っ赤になって固まってしまった。
「香奈? 返事は?」
蕩けるような視線で、嬉しそうな笑顔を見せながら催促する守に、私はおずおずと口を開く。
「わ……私も、守が好き! だから、その、宜しくお願いします!!」
心臓が飛び出るような思いをしながらも、必死で頑張って、何とか告げると、守は私が大好きな、やんちゃな笑顔を見せてくれた。
「良かった! でも、この事が香奈の親父さんにバレたら、俺相当恨まれそうだな」
「え? どうして?」
苦笑いする守の言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。
「俺、香奈の親父さんに、香奈に変な虫が付かないように見張ってくれって頼まれているんだよ。俺も香奈に他の男を近付けたくないから、丁度良い口実になっていたんだけど、見張りを頼んでいた俺自身が、実は香奈を狙っていた狼だったって分かったら、親父さんにブチ切れられそうでちょっと怖い」
「……何それ」
私は呆れて頭を抱えた。
全く、お父さんったら……。何時の間にそんな協定を結んでいたんだろう。過保護にも程がある。
「大丈夫。もしお父さんがブチ切れたら、私が言い返すから。何なら、お母さんと大翔を味方に付ければ、お父さんは絶対に勝てないから」
「いや、香奈だけでも十分心強いよ。親父さん、香奈には激甘だからな」
「そんな事ないと思うけど」
「いや、そんな事あるよ。お前に冷たいツッコミを食らって袖にされた翌日は、必ず親父さんが面白いくらいに凹みながら俺の父さんに愚痴っているから」
「……嘘」
「本当」
守が面白そうに口角を上げ、私は再び頭を抱えた。
守のお父さん、すみません。父がとんだご迷惑を。まさかそんな事になっていたとは露知らず。
これじゃ、優の事を鈍いとか言えないよ、私。
「まあ、親父さんには、後日俺から謝っておくとして。あまり暗くならないうちに、そろそろ帰ろうか」
立ち上がった守が、手を差し出してくれた。
「うん。でも、お父さんが守に難癖付けたら嫌だから、その時は私も一緒に居るね」
「お、そりゃ心強い」
守の手を握りながら私が言うと、守は私が大好きな、やんちゃな笑顔を浮かべてくれた。つられて私も、満面の笑顔になる。
帰ったら、優に報告しなくちゃ。きっと優の事だから、自分の事以上に喜んで祝福してくれそうな気がする。
あの時はちっとも現実味が湧かなかったけれども、優と約束したダブルデートが凄く楽しみに思えてきて、我ながら現金だなと、内心で自分に苦笑した。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
活動報告に登場人物を簡単にまとめてみましたので、宜しければご覧ください。