娘たちの帰還(カレン視点)
帰りの馬車に揺られながら、私の頭はパンクしそうになっていた。
今朝、ベッドで私を押し倒してきたあの変態男が……本当に、私の『お父様』なの?
アカデミーでトップの成績を誇る私の論理的思考は、時間遡行や若返りなんていう馬鹿げた現象を完全に否定している。
でも、あの証拠写真、同じ青い瞳、そして私が五歳の時のあの恥ずかしい秘密……。あの冷酷な仕事中毒の男以外に、誰が知っているというの?
それに、もし本当に彼がお父様だとしたら、なぜあんなにオーラが違うのよ!?
私のお父様は、もっと堅物で、暗くて、私たちが通り過ぎても顔を背けるような人だった。
でも、今朝のあの青年は?
慌てふためいて、顔を真っ赤にして……うぅっ! なんで若返った顔が、あんなに信じられないくらい『超絶イケメン』なのよ!?
「カレン姉さん、また顔が赤い」
向かいの席から、三女のキレーネが感情のない平坦な声で指摘してきた。
「ち、違うわよ! 馬車の中が暑すぎるだけだから!」
私は慌てて手で顔をパタパタと扇ぎ、言い訳をした。
横をチラリと見る。
次女のロスヴァイセは爪を噛みながら窓の外を睨みつけており、四女のアリーネに至っては、なぜか一人でニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
(くっ……長女として、私が一番冷静でいなきゃダメなのよ!)
もしあいつが詐欺師なら、絶対に追い出してやる。
もし本当に……本当にお父様だとしても、うぅ、絶対に調子に乗らせないんだから!
やがて、馬車はシェローナンハルト邸の前に到着した。
いつもなら、私たちが帰宅した時のこの屋敷は、まるで巨大な墓場のように冷たくて静まり返っている。
しかし今日の夕方は、メインホールに足を踏み入れた瞬間から、何かがおかしかった。極めて異常だった。
廊下の奥で、若いメイドたちが集まってコソコソと囁き合っている。
『ねえ、さっきのアシェン様見た? あの笑顔……もう最高……』
マリーが熱を帯びた頬を押さえながら呟く。
『ええ! 窓を拭いている時のあの背中……あぁ、私、一生このお屋敷でお仕えしたいわ……』
アンナも夢見るような瞳で同調していた。
私の足がピタリと止まった。
眉がピクピクと激しく痙攣する。
アシェン様? 笑顔? 窓を拭く!?
私たちがいない間に、あの胡散臭い男は一体何をしてたのよ!? よくもうちのメイドたちをたぶらかしてくれたわね!
まるで『自分の縄張り(テリトリー)が侵略されている』ような、極めて不快な感情が胸の奥でグツグツと沸き立った。
私は足早にリビングへと向かう。妹たちも、メイドの異変に気づいて足早に後を追ってきた。
リビングの角を曲がった瞬間――。
そこに、彼がいた。
私のお父様だと名乗るその青年は、ダイニングの壁にゆったりと寄りかかっていた。
昔から着ている白いシャツの袖を肘まで捲り上げている。少し縮んだサイズのシャツが彼の体にぴったりとフィットし、細身ながらも引き締まった18歳の青年の肉体美を露わにしていた。
青銀色の髪は汗で少し濡れ、無造作に乱れている。
私たちの足音に気づき、彼が顔を向けた。
私と同じ、透き通るような青い瞳が、真っ直ぐに私を捉える。
そして……彼は笑った。
貴族特有の作り笑いでも、堅苦しい笑顔でもない。
白い歯を少し見せた、本当に私たちの帰りを心待ちにしていたかのような、とびきり温かくて眩しい笑顔。
「やっと……帰ってきたね」
透明感のある、柔らかい少年の声で彼が挨拶をした。
――ドクンッ!
心臓を内側から激しく蹴り飛ばされたような衝撃が走った。
私は急ブレーキをかけ、危うく後ろのロスヴァイセと衝突しそうになる。顔が一瞬にして沸騰した。
(や、ヤバい! なによあの破壊力抜群の笑顔は!? てか、後ろのメイドたちもなんで発情した目で彼を見てるのよ!)
私が固まっているのを見て、青年は体を起こし、こちらへ歩み寄ってきた。
「今日のアカデミーはどうだった? 疲れただろう? 早く着替えておいで、パパが夕食に美味しいものを――」
「そ、そこで止まりなさい!」
私は反射的に右手を突き出し、彼の言葉を遮った。
(主導権を握らなきゃ!)
私は大きく深呼吸をし、胸の下で両腕を強く組んだ。
わざと少し胸を張り、妹たちよりも成熟した自分の体のラインを強調することで、現在の『この家の女主人』としての絶対的な威厳を見せつける。
私は、持てる限りの最も鋭い視線で彼を睨みつけた。
「あなた! メイドたちに一体何をしたのよ!? それに、書類フェチの貴族のくせに、いつから厨房に入るようになったわけ!?」
青年はキョトンと瞬きをした。
私の顔(あるいは、私の強調された胸元?)を見つめながら、首を傾げている。
その困惑した表情が……クソッ、なんであんなに可愛く見えるのよ!?




