台所という名の戦場
顔を真っ赤にしてうつむくメイドによって、なぜか異常な早さで準備された温かいお風呂から上がった後。
私は倉庫から引っ張り出してきた昔の服に着替えた。
少し体にフィットする長袖の白いシャツと、動きやすいスラックスだ。
私は鏡の前で腰に手を当てた。
完璧だ。
今の私は、頼りがいのあるお兄ちゃん……いや違う、頼りがいのあるパパに見える!
さて、次の計画は何にしようか?
もちろん、アカデミーから帰ってくる愛娘たちを出迎えることだ!
彼女たちのパパが180度変わったということを証明しなければならない。
もう書類の山で出迎えるのではなく、愛と愛情で出迎えるのだ。
そして、愛情を伝える最良の方法といえば、手料理に勝るものはないだろう?
その通りだ。私が料理を作ろう!
自信に満ちた足取りで、私は屋敷のメインキッチンへと向かった。
私の登場に、料理長と助手たちは一瞬で顔面を蒼白にさせた。
「ア、アシェン様!? お、お食事に何かご不満でもございましたでしょうか!?」
恰幅の良い料理長がその場に土下座し、厨房のスタッフ全員がそれに続いた。
普段は書斎に引きこもってばかりの主人が、突然美少年の姿で厨房を侵略してきたのだから、無理もない。
「落ち着け、落ち着きなさい。立ってくれ」
私は手を挙げ、彼らを宥めるように合図した。
「怒っているわけじゃない。今日は、私に厨房を任せてくれないか。愛する娘たちのために、私が夕食を作る!」
「は? ご主人が……お料理を?」
料理長はポカンと口を開けた。
彼らの困惑などお構いなしに、私は白いエプロンを手に取り、腰にしっかりと結びつけた。
広い調理台を見つめる。
私の目には、この大理石の台はただの調理場ではなく、巨大な軍事戦略マップに見えていた。
鍋、フライパン、包丁は私の武器だ。
肉、野菜、そして調味料は我が軍の兵士たちである。
目的は一つ:愛娘たちの胃袋を陥落させること!
ミッション、スタートだ!
私はまな板の上の玉ねぎを鋭く睨みつけた。
これが第一の防衛線だ。
敗北の涙を流さないよう、正確無比な一撃で切り捨てねばならない!
――トントントントンッ!
手にした包丁が軽快に動き、電光石火の速さで玉ねぎをみじん切りにしていく。
目に染みて手が少し震えたが、耐えるんだ、アシェン! お前は家長だろう!
次は、肉の煮込みの味付けだ。
私はこめかみに冷や汗をかきながら、並べられたスパイスの瓶を凝視した。
今の緊張感は、隣国の領主と和平条約を結んだ時よりも遥かに凄まじい。
「ふむ……」
私は顎に手を当て、目を細めて分量を分析する。
「ニンニクを多めに配置すれば、風味が鋭くなりすぎて陣形が崩れる」
「だが……塩が少なすぎれば、防御が薄くなり、彼女たちの舌にあっさりと突破されてしまうぞ」
私は黒コショウをひとつまみ手に取り、深い疑念を抱きながら見つめた。
「では、このコショウはどうだ? 奇襲用の騎兵隊になり得るか?」
「それとも……後方支援として砂糖を追加すべきか……?」
私の背後で、料理長と使用人たちが口を開けたまま顔を見合わせていた。
あまりにも深刻な私の表情を見て、古代の呪いでも詠唱しているのだと勘違いしているのかもしれない。
「ああもう! 頭が痛い!」
私はフラストレーションのあまり、青銀色の髪をクシャクシャに掻きむしった。
調味料の配分を考えるのは、領地の税金計算よりも遥かに複雑じゃないか!
「ええい、もうどうにでもなれ! 全軍突撃! 全部ブチ込んでしまえ!」
私は自暴自棄になって叫んだ。
蛮族のようなスタイルで、煮え滾る鍋の中に様々なスパイスを放り込んでいく。
そのデタラメな分量を見て、料理長はあわや気絶しそうになっていた。
私は気合いを入れて肉の煮込みをかき混ぜる。
戦略がなんだ! 時として、父親の直感こそが戦場で最も強力な武器になるのだ!
やがて、非常に強烈で香ばしい匂いが鍋から立ち上り、厨房全体を満たした。
私はスープを一口味見してみた。
「おお?」
私は目を丸くした。
味は……カオスだったが、魔法のように奇跡的なバランスを保ち、強烈で後を引く旨味を生み出していた。
少なくとも、これなら間違いなく食べられる!
「よくやったぞ、アシェン将軍」
私は自分自身に呟き、誇らしげにエプロンをポンポンと叩いた。
私の背後では、厨房のスタッフたちが信じられないといった表情で、若返った主人を見つめていた。
半分は私の恐ろしい調理法に対する恐怖で。
もう半分は――35歳の男性にしては、私の顔があまりにもキラキラと輝きすぎていたからだ。
これで、夕食の防衛陣は整った。
あとは、娘たちの軍勢が帰還し、父親の料理の前に陥落するかどうかを待つだけだ!
強烈で香ばしい匂いが鍋から立ち上り、厨房全体を満たした。
私はスープを一口味見してみた。
「おお?」
私は目を丸くした。
味は……カオスだったが、魔法のように奇跡的なバランスを保ち、強烈で後を引く旨味を生み出していた。
「よくやったぞ、アシェン将軍」
私は自分自身に呟き、誇らしげにエプロンをポンポンと叩いた。
今夜これを食べて感動する四人の娘たちの顔が、目に浮かぶようだ。
私は満面の笑みで振り返り、厨房の隅にある大きな振り子時計に目をやった。
――ボーン、ボーン。
時計の針は、まだ『朝の九時』を指している。
私の笑顔が、徐々に引きつっていく。
お玉を握る手が空中で凍りついた。
ちょっと待て。朝の九時?
カレンたちが家を出たのは朝の七時だぞ!
彼女たちが帰ってくるのは夕方の四時だ!
なのに、私はもうこんな豪勢な夕食を作ってしまったのか!?
(しまった! 気合いが入りすぎて時間を完全に忘れていた!)
私は心の中で羞恥に叫んだ。
青ざめた顔で困惑しながら私を見つめている料理長の方を向く。
コホンと咳払いをして、残されたわずかな威厳を保とうとした。
「ええと……料理長、この料理は時間停止の魔法をかけて保存するか、夕方に温め直してくれ」
「その……味がよく染み込むように、わざと早く作ったんだ!」
「は、はいっ! さすがは天才的なアシェン様!」
料理長は深くお辞儀をした。本当に感心しているのか、単に身の安全を図っているだけなのかは分からない。
私はエプロンを外し、厨房を出た。
娘たちが帰ってくるまで、まだ七時間もある。
どうやって時間を潰そうか? 税の書類でも読むか?
いや! 今日はあの忌々しい紙の束には絶対に触れないと誓ったんだ!
私の視線は、廊下の隅で高い窓ガラスを拭いているマリーたち若いメイドの姿に止まった。
ああ、あれだ!
良い父親たるもの、家の清潔さにも気を配るべきだろう?
私は迷わず用具入れの棚に向かい、羽ばたき(はたき)と雑巾を手に取った。
燃え盛るような情熱とともに、掃除中のメイドたちに歩み寄る。
「やあ、もう一度こんにちは! 上の方は私が手伝うから、君たちは下の方をやってくれ!」
私は明るく声をかけ、巨大な窓ガラスの前に陣取った。
瞬く間に、廊下でのすべての作業が停止した。
ガラスをこする雑巾の音が、ピタリと止む。
マリーやアンナ、そして他のメイドたちが石像のように固まった。
彼女たちは目の前の光景に限界まで目を見開いている。
いつもは陰気な主人が、18歳の美しい青年の姿で、背伸びをしながら窓ガラスを拭いているのだ。
体にフィットした白いシャツが、動きに合わせて背中のラインをくっきりと浮かび上がらせている。
こめかみには薄っすらと汗がにじみ、朝の陽光を浴びてキラキラと輝いて見えた。
「ア、ア、アシェン様!? な、何をなさっているのですか!?」
アンナが耳まで真っ赤にしてヒステリックに叫んだ。
「これは私たちの仕事です! あなたの尊いお手が汚れてしまいます!」
「ははは、気にするな! たまには運動するのもいいものだ!」
私は気さくに返し、熱心にガラスを磨き続けた。
「毎日こんな大きな屋敷を掃除して疲れているだろう? 私からのプレゼントだと思ってくれ」
私は後ろを振り返り、手の甲で額の汗を拭いながら、彼女たちに向けて温かい笑顔を向けた。
――ドサァッ! バタンッ!
後列にいた二人のメイドが突然腰を抜かし、床に倒れ込まないように互いにしがみついた。
彼女たちは荒い息を吐き、顔から架空の湯気を出しながら目を回している。
「こ、これは心臓に悪すぎます……」
メイドの一人が胸を押さえながら囁いた。
「あぁ……アシェン様が眩しすぎます……こんな日が続くなら、無給でも働きます……」
マリーが虚ろな目で、頬を真っ赤に染めながら呟く。
私は彼女たちの様子を見て眉をひそめた。
おや、今日は少し暑いのかな? メイドたちの顔がすっかり赤くなっている。
可哀想に、朝から働いてよほど疲れているに違いない。
「おい、疲れているなら先に休んでいいぞ。この廊下は私が終わらせておくから!」
と思いやりを込めて声をかけたが、若いメイドの集団からはなぜか押し殺したような悲鳴が返ってくるだけだった。
その日一日、シェローナンハルト邸は奇妙な現象に見舞われた。
仕事中毒の家長が『愛情に飢えたお掃除青年』へと変貌を遂げ、無自覚なフェロモン攻撃のせいで、女性使用人たちが次々とバタバタと倒れていったのである。




