過去へのやり直し
仕事とは、呪いである。
少なくとも、全てが手遅れになってから、私はようやくそのことに気づいた。
領地を治める貴族として、そして男手一つで娘たちを育てる父親として。
私は常に考えていた。山積みの書類や領民の苦情、政治的な交渉を片付けることこそが、家族を守る唯一の手段なのだと。
私は一人で必死に働いた。ただひたすらに、働き続けた。
しかし、疲労で盲目になっていた私には分かっていなかった。
娘たちが本当に必要としていたのは、富でも安全でもなく――『父親』という存在だったのだ。
彼女たちの態度は徐々に冷たくなっていった。
その突き刺さるような言葉は、今でも私の頭の中で鮮明に響いている。
「私たちより、その死んだ書類の相手でもしてればいいじゃない。邪魔はしないから」
長女のカレンの視線は、常に失望に満ちていた。
「一人でできますわ、お父様。ありがとうございます。お父様は仕事に集中してください。今は助けなど必要ありません」
次女のロスヴァイセは、優雅だが氷のように冷たい声で私の助けを拒絶した。
「……ありがとう、お父様。私は……大丈夫だから」
三女のキレーネは常に無表情の顔を背け、影のように私を避けた。
「パパ……私たちのことは心配しないで。もう一人でできるから」
四女のアリーネでさえ、いつも沈んだ顔に無理やり作り笑いを浮かべていた。
そして、私のすべてを破壊する決定的な出来事が起きた。
あまりにも馬鹿げた、くだらない勘違い。
疲労の極みで半ば意識を失っていた時、私は実の妹(娘たちにとっては叔母)と非常に……誤解を招くような体勢になっているところを、長女のカレンに目撃されてしまったのだ。
そもそも、私の妹は昔から距離感がおかしく、極度のスキンシップ過多(というより変態)だった。
私は何もしていない! 断じて何もしていないのだ!
しかしカレンの目には、私が『子供を放置して実の妹と不純な関係を持つ、最低の色情狂』に映ったのだろう。
翌朝、リビングのテーブルには一枚の手紙だけが残されていた。
『パパはおば様とここで仲良く暮らしてね。私たち姉妹は家を出ます。私たちのいない人生を一人で楽しんで。さようなら』
――ドガァァァンッ!
脳天に架空の雷が落ちたかのように、私の正気は粉々に砕け散った。
彼女たちは私によって精神的にネグレクトされ、そして今、本当に私の元を去ってしまったのだ!
私は息を詰まらせ、喉を締め付けるような罪悪感に駆られながら、すぐさま馬を走らせた。
昨日から密かに出発していた豪華な馬車に追いつくために。
すべてを説明しなければ! 謝罪しなければならない!
だが、山道での追跡の最中、私の目はある光景を捉えた。
事故だ。
二人の少年がパニックになりながら、崖の下に向かって必死に木の枝を伸ばしている。
その下の脆い岩の足場には、落としたクマのぬいぐるみを拾うためだけに取り残され、恐怖で泣き叫ぶ小さな少女の姿があった。
私は何も考えずに馬を止め、飛び降りた。
手を伸ばしてみたが、距離が遠すぎる。
私も降りるしかない。
しかし、悲劇は起きた。
少女の近くの岩場に足を下ろした瞬間、地盤が崩れ始めたのだ。
私は純粋な本能で少女の小さな手を掴み、残された全ての力を振り絞って彼女の体を崖の上へと放り投げた。
――メキッ!
私が掴んでいた木の枝が折れた。
私は谷底へと真っ逆さまに落下していった。
耳元で凄まじい風切り音が轟く。
上を見上げると、泣き叫ぶ少女の顔、絶句する護衛、そして呆然と立ち尽くす二人の少年の姿が見えた。
(これが……私の最期か?)
私は心の中で静かに諦めた。
(本当は……あの子たちとの関係を修復したかったのに……。神よ……もし戻れるのなら……あの忌々しい書類なんて全て投げ捨てて、あの子たちを全力で甘やかすと誓うのに……。許してくれ、私の愛しい娘たちよ……)
私の世界は白く染まり、そしてゆっくりと暗闇に包まれた。
***
カチッ。カチッ。カチッ。
私はまだ目を閉じていた。
ここは……最後の審判の部屋なのだろうか?
カチッ。カチッ。
ああ……きっとこれは、私を裁く神の木槌の音に違いない。当然だ、私は父親失格だったのだから。地獄の拷問を受ける覚悟はできている。
カチッ。カチッ。
……いや、ちょっと待て。なぜ何も起きない?
それに、この音……やけに規則的だな。まるで、時計の針のような?
私はゆっくりと目を開けた。
見慣れた木造の天井が私を出迎えた。
「はぁ? ここは、どこだ?」
私はしゃがれた声で呟いた。
横を向く。
ベッドの脇で、小さな時計がチクタクと時を刻んでいた。
そして、私の視線は机の上のカレンダーに釘付けになった。
――ドガァァァンッ!
架空の雷が、二度目の直撃を果たした。
そこに記された数字と年……これは、娘たちがアカデミーに入学して半年後の日付だ!
「こ、これは……一体どういうことだ!?」
パニックのあまり、私はベッドから飛び起きた。
運悪く、足が毛布に絡まってしまう。
「うわっ!」
――ドタンッ!
私は全く優雅ではない格好で、木の床にキスをした。
痛みに呻きながら這い上がり、窓の外を見る。
朝の陽光は暖かく、鳥のさえずりが美しく響き、窓ガラスには朝露が光っていた。
「どうして……? ま、待て、もう一度確認しなければ」
私は自分の腕を思い切りつねった。
「痛っ! 普通に痛いぞ!?」
夢じゃない!
だが……私はさっき谷底に落ちたはずでは? どうして生きていて、過去に戻っているんだ!?
歓喜と混乱が胸の中で入り混じる。
私はふらつく足取りで洗面所へと向かい、今の自分がどれほど酷い顔をしているか鏡で確認しようとした。
「誰か見知らぬ人が助けてくれたのか? でも、なぜ日付が戻っている? 執事がカレンダーを掛け間違えたのか?」
顔をこすりながら呟く。
顔を上げ、鏡の中の自分と目が合った瞬間――。
私の心臓は口から飛び出そうになった。
「だ、誰だ貴様は!? 侵入者か!?」
私は後ろを振り返って叫んだ。
誰もいない。空間は空っぽだ。
「は?」
もう一度鏡を見る。
その見知らぬ青年は、まだそこにいた!
「誰だと聞いている! 私の家から出て行け!」
怒鳴りながら、洗面所の隅々まで見渡す。やはり誰もいない。
「どういうことだ!?」
再び鏡に向き直り、青年の顔をビシッと指差す。
「お前!……えっ?」
なんて図々しい、鏡の中の青年も私を指差しているではないか!
しかも、私と全く同じ困惑の表情を浮かべている。私の動きを真似するなんて、どこの不届き者だ!?
「私の真似をするな、小僧!」
腹が立った私は、自分の頬を思い切りひっぱたいた。
――パァンッ!
「ああっ! 痛い!」
私は悲鳴を上げた。
奇妙なことに、鏡の中の青年の頬も赤くなり、彼は痛みに顔を歪めていた。
なぜこの見知らぬ小僧まで一緒にアザを作っているんだ!?
私は痺れる頬を撫でた。
鏡の青年も、全く同じ動きをした。
その瞬間、ようやく私の鈍い『父親の脳髄』が事態を理解し始めた。
私はその影をまじまじと見つめた。
ストレスによるシワ一つない、つるんとした肌。美しい銀髪。澄んだ青い瞳。細身だが、引き締まった体。
(い……威厳に満ちた家長の顔はどこに消えた!?)
(なぜ鏡の中には、少し怒鳴られただけで泣き出しそうな、甘い顔立ちのベビーフェイスの美少年が映っているんだ!?)
震える手で自分の前髪を引っ張り、それが現実であることを確かめる。
「これは……まさか……」
私の声は震えていた。
「私は……若返ったのか!? はぁ!?」
突如として訪れたアイデンティティの崩壊を脳が処理しきれる前に、静かな朝を破る音が響いた。
――コン、コン、コン。
誰かが、私の部屋のドアをノックした。
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