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暴走転生勇者を最強監視者が必殺しちゃいます。〜罪は世界を選ばねえ〜  作者: がお


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【4話】死に戻りの勇者

三月十四日。

 会社の空気は、やけに張り詰めていた。

 いや、戦場だ。

「正義ちゃん?」

 背後から甘ったるい声。

「ちゃんと持ってきたわよね?」

 振り向けば、うちの課長。

 今日も完璧なメイクと、完璧な圧。

「もちろんですよ。社会人ですから」

 紙袋を差し出す。

「まあ♡ サイズ感がいいわ。重さも合格」

「重さで測らないでください」

「愛は質量よ」

 意味が分からない。

 課長は袋を覗き込み、満足げに頷いた。

「三倍には届かないけど、二・五倍ってところね。誠実」

「物価高です」

「言い訳も可愛いわね」

 周囲では、男子社員が処刑を待つ囚人のような顔をしている。

 返す者。

 返せない者。

 逃げた者。

 人間関係の縮図だ。

「ねえ、正義ちゃん」

 課長が少しだけ声を落とす。

「やり直せたらいいのに、って思ったことある?」

「何をですか」

「恋とか、人生とか」

 急に重い。

「ないですね。失敗はそのまま飲み込む主義です」

「あら。かっこいい」

 課長はくすりと笑った。

 定時。

 パソコンを落とそうとした、そのとき。

 画面が暗転する。

【抹殺指令】

【場所:リゼーラ王国】

【対象:死に戻り勇者】

【罪状:私欲による歴史改変】

【備考:対象は複数回の死に戻りを確認】

【執行】:抹殺

 ホワイトデーの白が、急に冷たくなる。

「……死に戻りか。甘かねえな」

 空が、わずかに歪んだ。



 視界が白く弾けた。

 次の瞬間、足裏に硬い石畳の感触。

 空気が違う。

 湿り気を含んだ、鉄と土の匂い。

 顔を上げる。

 石造りの城壁。

 尖塔。

 見慣れない紋章を掲げた旗。

 ――リゼーラ王国。

 行き交う人々は中世風の衣装。

 露店からは香辛料の匂い。

 子どもが笑い、犬が吠える。

 平和だ。

 少なくとも、表面は。

 俺は歩き出す。

 任務は単純。

 死に戻る勇者の抹殺。

 それだけだ。

 だが。

 通りを横切った瞬間、違和感が走った。

 同じ光景が、二度目のような感覚。

 パンを落とす女。

 謝る店主。

 転がる林檎。

 既視感。

 いや――。

「……巻き戻しの残滓か」

 誰も気づかない。

 だが、空気がわずかに軋んでいる。

 世界が、疲れている。

 遠くで歓声が上がった。

 人だかり。

「勇者様だ!」

「さすがです!」

 視線を向ける。

 中央に立つ青年。

 整った顔立ち。

 白銀の鎧。

 穏やかな笑み。

 周囲には三人の仲間。

 剣士の少女。

 魔導士。

 大盾を背負った男。

 信頼に満ちた距離。

 理想的なパーティーだ。

 勇者は子どもの頭を撫でる。

「大丈夫。もう魔物は来ないよ」

 歓声が上がる。

 光景は、完璧だった。

 ――だからこそ。

 俺は確信する。

「……こいつか」

 勇者の視線が、こちらを向いた。

 一瞬だけ。

 笑みが、消えた。


 しかし、勇者は、すぐに笑みを戻した。

 気のせいかと思うほど自然に。

「旅の方ですか?」

 柔らかな声。

 人垣が割れ、視線が集まる。

 俺は軽く会釈する。

「まあ、そんなところです」

「リゼーラはいい国ですよ。少し物騒ですが」

 冗談めかす。

 周囲が笑う。

 空気を支配している。

 ――完璧だ。

 仲間の剣士の少女が口を挟む。

「勇者様はさっきも魔物を一瞬で!」

「大したことじゃないよ」

 勇者は首を振る。

「仲間がいるから戦えるんだ」

 自然な視線配り。

 自然な距離感。

 疑う余地がない。

 だが。

 その言葉の直後。

 勇者の目が、ほんの一瞬だけ細くなる。

 仲間の配置。

 逃走経路。

 周囲の人間の数。

 確認。

 ――計算している。

「もしよければ、王都までご一緒しませんか?」

 勇者が言う。

「このあたり、最近妙な噂があって」

「妙な?」

「時間が歪む、なんてね。はは」

 冗談のように笑う。

 周囲も笑う。

 俺だけが笑わない。

「……面白い噂ですね」

 勇者の視線が、また一瞬だけ止まる。

 探る目。

 俺を。

 値踏みする目。

「あなたは、どう思います?」

「やり直せるなら、やり直したい人間は多いでしょう」

 わざとらしく答える。

 勇者は頷く。

「ええ。失敗は、修正できる方がいい」

 言葉は穏やか。

 だが、その奥。

 “修正”という単語に、微かな熱。

 仲間たちは気づかない。

 絶対の信頼。

 疑いゼロ。

 その中心で。

 勇者は、静かに微笑む。

 ――何度でも。

 やり直せる者の顔で。


 王都へ向かう途中、日が落ちた。

 街道脇の林に野営を張る。

 焚き火がぱちぱちと音を立てる。

 鍋の中でスープが煮える匂い。

「今日も助かりました、勇者様」

 盾の男が笑う。

「さっきの奇襲、完璧だったな」

「偶然だよ」

 勇者は首を振る。

「少し運が良かっただけさ」

 嘘だ。

 あれは偶然じゃない。

 魔物が飛び出す“前”に、動いていた。

 未来を知っている動き。

 だが仲間たちは疑わない。

 絶対の信頼。

 それが、焚き火よりも眩しい。

 夜が更ける。

 見張りは交代制だという。

「最初は僕がやるよ」

 勇者が自然に申し出る。

「いつもすみません」

 魔導士の少女が頭を下げる。

 勇者は微笑む。

「君たちを守るのが、僕の役目だから」

 正しい言葉。

 非の打ちどころがない。

 やがて、仲間たちは眠りにつく。

 焚き火の向こう。

 勇者と二人きりになる。

「……あなたは、旅人ではないですね」

 穏やかな声。

「どうしてそう思う」

「目が違う」

 勇者は火を見つめたまま言う。

「何かを、斬る目だ」

 否定はしない。

 沈黙が肯定になる。

 少しの間。

 薪が爆ぜる音だけが響く。

「ねえ」

 勇者がぽつりと呟く。

「人は、どこまで許されると思います?」

「何を」

「失敗を。過ちを。取り返しのつかない選択を」

 火の光が揺れる。

 その横顔は、真剣だ。

「もし」

 勇者は続ける。

「それをなかったことにできる力があるなら」

 間。

「使わない方が、罪だと思いませんか?」

 善意の顔。

 だが、その奥にあるものは。

 救済ではない。

 ――支配だ。

「やり直せるなら」

 勇者は小さく笑う。

「もっと、うまくやれる」

 その声に、後悔はない。

 迷いもない。

 ただ、確信。

 焚き火が揺れる。

 一瞬。

 炎の向こうで。

 勇者の表情が消えた。

 無機質な目。

 仲間の寝顔を順番に見ていく。

 位置。距離。呼吸。

 確認。

 そしてまた、優しい顔に戻る。

「……あなたは」

 勇者がこちらを見る。

「やり直したいことは、ありませんか?」

 夜は、静かだ。


翌朝。

「少し、付き合ってもらえますか」

 勇者は穏やかに言った。

 森の奥。

 人の気配が消える場所まで歩く。

 勇者が足を止める。

「二回目です」

 笑っていない。

「あなたと対峙するのは、二回目だ」

「……だろうな」

「一度目は、ここで僕が死んだ」

「おめえ、また斬られたいか?」

 勇者は舌打ちする。

「どうかな」

 その瞬間。

 草を踏む音。

「勇者様……?」

 剣士の少女が、森へ踏み込んでくる。


「ふふふ、、」

 勇者が不適に笑う。

 その時

 勇者の腕が伸びる。

 少女を引き寄せる。

 喉元に剣。

 迷いは、ない。

「勇者様……どうして……」

「すまない」

 声は優しい。

「戻れば、なかったことになる」

 少女の瞳が揺れる。

 勇者は俺を見る。

「あなたは厄介だ。二回とも、僕を追い詰めた」

 正義の眼光が光る。

「いくらやっても、変わらねえよ、」

「黙れ」

 勇者は剣を引く。

 血が噴く。

 少女の体が崩れる。

 その瞬間。

 勇者は自らの胸を貫いた。

「次で終わらせる」

 視界が白に染まる。

 だが。

 今回は。

 白が、完全には閉じない。

 時間が軋む。

 巻き戻る直前。

 地面に倒れた少女が、俺の裾を掴んだ。

 血に濡れた手。

「……お願い……」

 息が浅い。

 目は、まだ死んでいない。

 首元のペンダントを引きちぎる。

 勇者パーティーの紋章。

「勇者様を……止めて……」

 喉から血が溢れる。

「わたし……何度も……」

 言葉が途切れる。

「怖かった……」

 勇者は、彼女を見ていない。

 ただ、自分の胸の剣を深く押し込む。

「依頼、受けた」

 俺は言う。

 少女の手からペンダントを受け取る。

 次の瞬間。

 世界が、巻き戻る。

 朝。

「勇者様、起きてください」

 少女の声。

 無傷。

 笑顔。

 勇者が目を開ける。

 そして。

 俺を見る。

 確信を帯びた目。

 ――覚えている。

 俺の掌には、冷たい感触。

 ペンダント。

 消えていない。


早朝

夜露の匂いで目が覚めた。

焚き火は灰になり、白い煙を細く上げている。

東の空がわずかに明るい。

小鳥の声。

静かな朝だ。

「勇者様、起きてください」

剣士の少女の声。

明るい。無垢だ。

勇者がゆっくりと目を開ける。

「……ああ。おはよう」

穏やかな笑み。

まるで昨夜、森で少女の喉を裂き、自らの胸を貫いた男とは思えない。

だが。

勇者の視線が、俺を捉える。

ほんの一瞬。

笑みが、止まる。

――覚えている。

俺は何も言わない。

焚き火の灰を足で崩す。

勇者が立ち上がる。

「少し、散歩でもどうですか」

穏やかな提案。

周囲に聞こえるような声量。

自然だ。

だが、その目は探っている。

俺は肩をすくめる。

「朝の空気は嫌いじゃない」

森へ入る。

前回と同じ道。

同じ湿り気。

同じ小さな倒木。

勇者が足を止める。

「二回目です」

笑っていない。

「あなたとここで向き合うのは、二回目だ」

「……だろうな」

勇者の目が細くなる。

「あなたは何者ですか」

「通りすがりだ」

嘘だと分かっている顔。

「僕を殺しに来た?」

否定しない。

沈黙。

それが答えだ。

勇者は小さく息を吐く。

「困るな」

穏やかな声音のまま。

だが瞳の奥が冷える。

草を踏む音。

「勇者様……?」

剣士の少女が、森へ入ってくる。

前回と同じタイミング。

勇者の腕が伸びる。

速い。

少女を引き寄せる。

喉元に剣。

「勇者様……どうして……」

「すまない」

優しい声。

「戻れば、なかったことになる」

俺は一歩も動かない。

「戻らねえよ」

勇者の目が、わずかに揺れる。

「何を言っている」

剣が、少女の皮膚を薄く裂く。

血が滲む。

勇者は自らの胸へ刃を向ける。

迷いなく、貫く。

血が噴き出す。

倒れる。

――白。

来ない。

風が揺れるだけ。

鳥が飛び立つ。

少女の悲鳴が、生のまま森に響く。

勇者の体が、ゆっくりと光を帯びる。

傷口が塞がる。

肉が繋がる。

立ち上がる。

世界は、そのままだ。

勇者が空を見上げる。

「……遅延か」

冷静を装う声。

俺は言う。

「転移経路、塞いだ」

勇者の視線が鋭くなる。

「何をした」

「肩だ」

勇者が自分の肩に触れる。

指先に触れる、薄い紙片。

小さな護符。

黒い文字が、じわりと滲んでいる。

「時間転移封鎖」

勇者の笑みが消える。

「君は……」

再び、勇者は自分の胸を貫く。

倒れる。

再生。

世界は戻らない。

少女は崩れ落ちたまま。

血は消えない。

勇者が立ち上がる。

呼吸が、わずかに乱れる。

「問題ない」

三度目。


自害。

再生。


四度目。

再生。


今度は再生が、ほんの少し遅れる。

勇者が、初めて眉を寄せる。

俺は観察する。

左目の焦点が、半拍遅れる。

五度目。

自害。

再生。


立ち上がるが、わずかにふらつく。

「……整うはずだ」

勇者の声が、わずかに掠れる。

俺は静かに言う。

「なかったことには、ならねえ」

森の奥で、風が鳴る。

勇者がこちらを見る。

そこにあるのは、まだ焦り。

狂気ではない。

だが。

限界は近い。

護符の文字が、じり、と焼ける音を立てる。

朝日はもう高い。

逃げ場のない、明るさ。

勇者は六度目の刃を、自分の胸へ向ける。

再生。

――しない。

傷口が半分まで塞がり、止まる。

肉が不完全に繋がり、血が溢れ続ける。

勇者が息を吸う。

吸えない。

目が見開かれる。

「……戻れ」

鼓動が、不規則に跳ねる。

「戻れ、戻れ、戻れ……!」

俺は一歩、近づく。

勇者の瞳に、初めて純粋な恐怖が浮かぶ。

神の顔が、剥がれる。

ただの青年になる。

「……どうしてだ」

掠れた声。

俺は護符を見る。

完全に炭化し、役目を終えた。

十分だ。

「罪は、なかったことにはならねえ」

勇者が、後ずさる。

血に滑り、膝をつく。

「僕は……世界を、守ろうと……」

「違うな」

一歩。

距離が詰まる。

「お前は、自分が気に入らねえ未来を消してただけだ」

勇者の呼吸が乱れる。

「やり直せば……もっと、うまく……」

俺は剣を構える。

「失敗を消す奴に、成功は来ねえ」

振り下ろす。

刃が、正確に首を断つ。

血が、静かに地面を濡らす。

光は起きない。

白も来ない。

時間は、動いたまま。

勇者の体は、動かない。

再生しない。

「罪は世界を選ばねえ」


森は、ただ静かだ。

「そろそろいいだろ」

誰に言うでもなく。

空を見上げる。

歪みは、消えている。

風が吹く。

朝日が、森を照らす。

依頼、完了。


石畳の感触。

 同じ路地。

 同じ角度で差し込む朝日。

 俺は換金所の扉を押す。

 軋む音まで、記憶通り。

 薄暗い室内。

 鉄格子越しの窓口。

「……換金ですね」

 俺は懐からペンダントを出す。

 血の跡は拭った。

 だが細かな傷は消えない。

 勇者パーティーの印。

 剣士が、盾にされて死ぬ間際、握らせたもの。

 ペンダントを受け取り、裏返す。

「銀ですね。細工は悪くないです。」

 秤に乗せる。

 針が揺れる。

 カチ、と止まる。

「……五千円になります。」

 まるで昼飯代の話でもするように。

「それだけか」

 五千円。

 命の値段。

 信頼の証。

 勇者を信じて、最後まで疑わなかった  少女の証。


 三月某日、昼休み。

「正義ちゃーん」

 給湯室に甘い声が響く。

「やり直せたらいいのに、って思わない?」

 またそれか。

「何をですか」

「人生よ。恋よ。あの時こうしてたら、ってやつ」

 課長はコーヒーをかき混ぜる。

 カラン、と音。

「三日前に戻れたら、もっと高いお返しを要求してたわ」

「現実的ですね」

「経済は愛よ」

 意味が分からない。

 俺はコーヒーを一口飲む。

「やり直しても、結果は変わりませんよ」

 課長が目を細める。

「あら、どうして?」

「同じ人間が戻るなら、結局同じ選択します」

 勇者の顔が、よぎる。

「少しズレても、辿り着く場所は大差ないです」

「ロマンがないわねぇ」

「やり直しって、案外不毛です」

 課長はくすっと笑う。

「じゃあ覚えときなさい」

 指を立てる。

「やり直せなくても、選び直すことはできるの」

「哲学ですか」

「人生はバーゲンよ。返品不可」

 チャイムが鳴る。

 去り際、課長が振り向く。

「やり直さなくていい人生にしなさいよ」

「善処します」

 パソコンを起動する。

 一瞬だけ、画面がちらつく。

 ――既視感。

 だが、何も起きない。

 今日も平和だ。



 


















その内、苦情が来そうかな、

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