【31話】ロボットの勇者
久しぶりの投稿です。
午前11時。
営業部。
正義は、いつものように自分の席でパソコンに向かっていた。
カタカタカタ。
キーボードを打つ音が、静かなオフィスに響いている。
その時だった。
「……はぁ」
正義が顔を上げる。
前方を見ると、課長が自分の机に座ったまま、深いため息をついていた。
「……」
正義はしばらく課長を見る。
そして、立ち上がった。
「課長」
「ん?」
課長が顔を上げる。
「何かありましたか?」
「え?」
「今日は元気がないようですが」
課長は少し驚いたような顔をする。
「……分かる?」
「はい」
「そう……」
課長はしばらく黙っていた。
そして、小さな声で言った。
「……実はね」
「はい」
「欲しかったプラモデルの予約ができなかったのよ」
「……」
正義は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「プラモデル……ですか?」
「そう」
課長はスマートフォンを取り出す。
「これよ」
正義の前にスマートフォンの画面を見せる。
そこには、巨大なロボットのプラモデルが映っていた。
「限定品なの」
「……」
「昨日予約開始だったんだけど、仕事が終わってから見たら、もう完売」
課長は肩を落とす。
「予約開始から何分だったんですか?」
「三分」
「……三分」
「三分で終わったのよ」
正義はスマートフォンの画面を見る。
巨大なロボット。
細部まで再現された精密な造形。
「そんなに人気なんですね」
「そうなのよ……」
課長は悲しそうに画面を見つめる。
「再販、あるんですか?」
「分からない」
「そうですか」
正義は再びパソコンへ向き直る。
「……」
課長はスマートフォンをしまう。
「欲しかったなぁ……」
営業部に、課長の小さなため息が響いた。
――そして数時間後。
正義のパソコンに、見慣れた通知が表示された。
【指令】
対象:ロボットの勇者
罪状:ロボットによる一般人の虐殺
任務:抹殺
「……」
正義は画面を見つめる。
そして、先ほど課長が見せてくれたスマートフォンの画像を思い出す。
「……ロボットか」
正義は静かにパソコンを閉じた。
「正義くん?」
課長が顔を上げる。
「昼食に行ってきます」
「え? 今日はまだ十一時よ?」
「……早めの昼食です」
「ずいぶん早いわね」
正義は鞄を手に取る。
「では」
「……いってらっしゃい」
正義は営業部を出ると、そのままエレベーターへ向かった。
「……」
ボタンを押す。
チン――。
扉が開く。
正義は中へ入った。
そして、いつものように何もせず立っている。
扉が閉まる。
ウィーン……。
エレベーターが動き始める。
階数表示が変わっていく。
十階。
九階。
八階。
……
やがて表示が消えた。
「……」
正義は腕時計を見る。
しばらくすると――
チン――。
エレベーターが停止した。
扉がゆっくりと開く。
「……」
正義は一歩、外へ出る。
そこは――
会社の廊下ではなかった。
巨大な石造りの門。
その向こうには、青空と広大な草原が広がっている。
そして門の中央には、淡い光を放つ巨大な魔法陣が浮かんでいた。
異世界へと続くゲート。
正義は何の迷いもなく、光の中へ歩いていった。
ゲートをくぐった瞬間――
「……」
正義の目の前に広がっていたのは、草原ではなかった。
爆発。
轟音。
大地を揺らすほどの衝撃が、次々と響いている。
「――!」
正義は反射的に身を伏せる。
頭上を何かが高速で飛んでいった。
遠くでは、兵士たちが叫んでいる。
「前線を下げろ!」
「敵が来るぞ!」
「負傷者を後方へ運べ!」
正義は周囲を見渡した。
剣を持った兵士。
槍を持った兵士。
そして――
遠くの炎から見える影。
「……ロボットか」
正義は一瞬だけ目を細める。
どうやら、かなり大規模な戦争らしい。
正義は自分の服装を見る。
いつものスーツ。
この場所では、あまりにも目立つ。
「……仕方ないな」
正義は物陰へ移動する。
そして――
次に姿を現した時。
その姿は、この世界の兵士へと変わっていた。
服装も武器も、周囲の兵士と同じ。
正義は何事もなかったように、近くの兵士たちの中へ紛れ込んだ。
「おい、そこの兵士!」
突然、上官らしき男から声をかけられる。
「はっ!」
正義は反射的に返事をする。
「前線へ向かえ! 敵の機甲兵器が接近している!」
「了解しました」
正義は前線へ向かいながら、敵のロボットを注意深く観察していた。
「……」
大きさは、およそ三メートル。
巨大というほどではない。
しかし――
全身を覆っているのは、分厚い鉄の装甲。
兵士たちが剣で斬りつけても、甲高い音が響くだけだった。
「くそっ!」
「弓も効かない!」
放たれた矢が装甲に突き刺さることなく、次々と弾かれていく。
正義はその様子を見ながら、冷静に考える。
「……剣や弓では役に立たないか」
ロボットが腕を振るう。
ガンッ!
近くにいた兵士が吹き飛ばされた。
「……」
正義は距離を取る。
真正面から戦えば、こちらに勝ち目はない。
「……今は無理だな」
剣も弓も通用しない。
正義はそう判断すると、戦場から静かに離れた。
「おい! どこへ行く!」
近くの兵士が叫ぶ。
「負傷者を後方へ運びます」
正義はそれだけ答えると、兵士たちの間を抜けていく。
戦場から離れ、誰もいない場所まで来る。
正義は岩陰まで移動すると、そこで一息ついた。
「……」
さすがに、あれだけの攻撃を受け続ければ、兵士たちも持たない。
遠くから、爆発音が響いている。
正義が戦場の方を見ていると――
「……くそっ!」
一人の若い兵士が、ふらつきながらこちらへやってきた。
まだ若い。
おそらく、二十歳にもなっていない。
「どうした?」
正義が声をかける。
若い兵士は肩で息をしながら答えた。
「くそ……第一隊が……」
「第一隊が?」
「ほぼ全滅だ……」
若い兵士は拳を握りしめる。
「あいつ……剣も魔法も、ほとんど効かない……」
「魔法もか?」
「ああ……火の魔法を何発撃っても、装甲が少し焦げるだけだ」
正義は黙って聞いていた。
「他の隊は?」
「第二隊も壊滅寸前だ……」
若い兵士が悔しそうに俯く。
「このままじゃ……全員殺される」
「……」
正義は再び戦場を見る。
遠くで、ロボットがゆっくりと歩いている。
その姿は、まるで巨大な鉄の壁だった。
正義は小さく息を吐く。
「……そうか」
若い兵士が顔を上げる。
「あんた……怖くないのか?」
「まあな」
正義はロボットを見つめたまま答えた。
「……おまえは、まだ若い」
「え?」
「逃げろ」
正義は静かに言った。
「ここにいても、死ぬだけだ」
若い兵士は俯く。
「……逃げられない」
「なぜだ?」
若い兵士はしばらく黙っていた。
そして、戦場の向こうを見る。
「このまま敵が進めば……俺の生まれ故郷の村に来る」
「……」
「村には、家族がいるんだ」
若い兵士は拳を握りしめる。
「だから……逃げられない」
正義は黙って若い兵士を見る。
遠くから、爆発音が響いた。
ドォォン!!
「俺が逃げたら……誰が村を守るんだ」
若い兵士は剣を握り直す。
「うおおおおっ!」
声を上げ、敵へ向かって走り出した。
正義はその姿を見送る。
「……」
若い兵士は、戦場の中へ消えていった。
正義は小さく息を吐く。
「……無茶するなよ」
しばらくすると――
あれほど響いていた爆発音が、聞こえなくなった。
戦場が、静かになる。
正義は足を止めた。
「……」
耳を澄ます。
兵士たちの叫び声もない。
剣がぶつかる音もない。
ただ、風が草原を抜けていく音だけが聞こえていた。
正義は戦場の方を見る。
「……終わったか」
そう言うと、正義は戦場へ戻った。
歩を進めるにつれて、辺りの様子が見えてくる。
そこには、焼きただれた兵士たちの死骸が、いくつも横たわっていた。
焼けた鎧。
折れた剣。
そして、まだ消えきっていない炎。
鼻を突く、焼けた匂いが辺りに漂っている。
「……」
正義は、そのままロボットのいた場所へ向かった。
しばらく歩くと――
巨大なロボットの姿が見えてきた。
「……」
ロボットも正義に気付いた。
次の瞬間――
ガシュン!
ロボットの肩が開く。
「!」
ドンッ!
発射されたミサイルが、正義へ向かって飛んでくる。
正義は横へ飛び退いた。
ドォォン!!
ミサイルが地面に突き刺さり、大きな爆発が起こる。
正義は爆風を避けながら立ち上がった。
「……いきなり撃ってくるか」
ロボットは正義を見据え、再び腕を構える。
正義はロボットを見ながら、周囲を確認する。
正面から戦っても勝ち目はない。
その時、少し離れた場所に森があることに気付いた。
「……あそこか」
正義はロボットに背を向けると、森へ向かって走り出した。
「……」
ロボットは正義を追うように動き始める。
ズシン……ズシン……
大地を揺らしながら、ロボットが迫ってくる。
正義は森の中へ入った。
木々の間を走りながら、後ろを確認する。
「……来たな」
巨大なロボットも森へ入ってくる。
木々が次々となぎ倒されていく。
正義はさらに奥へ進んだ。
そして――
森の中で足を止めた。
「ここなら……」
正義は周囲を見渡しながら。
森の中を走りながら、時折ロボットを振り返る。
そして、わざと攻撃を誘うように立ち止まった。
「……ここだ」
ロボットが正義を捉える。
次の瞬間――
ドンッ!
ミサイルが発射された。
正義は直前で横へ飛び退く。
ドォォン!!
木々が吹き飛び、大量の土煙が舞い上がる。
「……」
正義は再び走り出す。
そして、また立ち止まる。
「こっちだ」
ロボットが正義を狙う。
ドンッ!
ドォォン!!
さらに爆発。
煙が森の中へ広がっていく。
やがて、周囲は白い煙に包まれた。
ロボットの姿も、正義の姿も見えなくなる。
「……」
その時だった。
煙の中から、正義が飛び出した。
「……!」
一気にロボットの懐へ飛び込む。
正義が狙ったのは、装甲ではなかった。
足元。
装甲の隙間から見えているケーブル。
正義は手にした剣を振り抜いた。
ザンッ!
ケーブルが切断される。
「……これだけだ」
直後――
ロボットの動きが止まった。
「……?」
ガクンッ。
足の一本が崩れる。
ガシャァァン!!
ロボットはバランスを失い、そのまま地面へ倒れ込んだ。
森に、巨大な金属音が響き渡った。
ロボットは倒れながらも、まだ動いていた。
「……」
倒れた状態で、正義へ向けて照準を合わせる。
ガシュン……
肩のミサイル発射口が開く。
「まだ動けるか」
正義は身構える。
だが――
正義はミサイルが発射される直前に駆け出した。
そして、ロボットの側面へ飛び込む。
ザンッ!
装甲の隙間にあったケーブルを切断する。
「……」
ロボットの動きが止まる。
照準が外れる。
そして――
ガシャン……
正義は動かなくなったロボットを見つめる。
そして、装甲の隙間から見えるケーブルを一つずつ切断していく。
ザンッ。
ザンッ。
ザンッ。
腕。
脚。
肩。
各関節へ繋がっているケーブルを、確実に切っていく。
やがて――
ロボットの関節は、完全に動かなくなった。
正義は最後に、ロボットの顔を見上げる。
そこには、カメラと思われるレンズがあった。
「……これで最後だ」
正義は剣を振り上げる。
ガシャンッ!
レンズが砕け散った。
ロボットは、完全に沈黙した。
しばらくすると――
ロボットの後部から、
プシュ――
と、空気が抜ける音がした。
「……?」
正義が振り返る。
すると、ロボットの後部にあるハッチが、ゆっくりと開いていく。
ガコン……
中から、一人の男が這い出してきた。
「……」
男は地面に転がるように降りると、荒い息を吐いた。
そして、正義を睨みつけた。
「くそっ! 何でこの時代にロボットの弱点を知ってるんだ!」
男が声を荒らげる。
正義は男に近づく。
そして――
スッ……
刀を抜いた。
男が一歩後ずさる。
しかし、正義はさらに一歩近づいた。
そして刀の切っ先を、男の喉元へ当てる。
「……」
男の顔から、血の気が引いていく。
男は慌てて両手を上げた。
「待て! お前も転生者なんだろ!」
正義の表情は変わらない。
「……」
「頼む、助けてくれ!」
男は必死に訴える。
「分かるだろ! こんなロボットを持ったら……男だったら、こうしたくなるよな!」
「……」
「ロマンだよな! 巨大ロボットだぞ! 乗ってみたくなるだろ!」
男は興奮したように話し続ける。
正義は男を見つめたまま、静かに口を開いた。
「……ロマンと、蹂躙は違う」
男の顔がこわばる。
「……なに?」
正義は刀を構える。
そして、一言だけ告げた。
「罪は世界を選ばねえ!」
次の瞬間――
ザンッ!
正義の刀が振り抜かれた。
男はその場に崩れ落ちた。
正義は刀についた血を振り払い、静かに鞘へ収めた。
「……任務完了」
正義は、静まり返った戦場を歩いていた。
辺りには、数人の兵士の死体が横たわっている。
「……」
その中に――
先ほどの若い兵士の姿があった。
正義は足を止める。
「……」
しばらく、若い兵士を見つめる。
しかし、何も言わなかった。
正義はそのまま歩き出す。
やがて、目の前に淡い光を放つゲートが現れた。
正義は振り返る。
誰もいない戦場を一度だけ見渡す。
そして――
ゲートをくぐった。
光が消える。
正義の姿も、戦場から消えていた。
朝の営業部。
正義は、いつものように既に出勤していた。
パソコンに向かい、黙々と仕事をしている。
カタカタカタ……
しばらくすると、営業部のドアが開いた。
「おはよう」
課長が少し遅れて入ってくる。
「おはようございます」
正義はいつも通り挨拶をする。
課長は自分の机へ向かい、鞄を置いた。
そして――
「……え?」
課長の動きが止まる。
机の上には――
欲しくても予約できなかった限定品のプラモデル。
しかも、箱に入った新品ではない。
すでに組み立てられていた。
「……うそ」
課長はプラモデルを手に取る。
細部まで精密に作られた巨大なロボット。
「これ……昨日の……」
課長は何度も眺める。
「どうして……?」
正義はパソコンの画面を見たまま答える。
「ああ、それですか」
「うん」
「作り終わったんで、差し上げます」
「……え?」
課長が目を丸くする。
「差し上げますって……これ限定品よ?」
「はい」
正義は淡々と答える。
「私、プラモデルって作り終ると急に興味がなくなるんで」
「……」
課長はプラモデルを手に取り、細かい部分を眺める。
「……すごい」
ロボットの各パーツを、じっくり確認していく。
「合わせ目もない……」
さらに近づけて見る。
「塗装も綺麗……しかも、汚しまで入ってる」
課長は感心したように呟く。
「これ、本当に正義くんが作ったの?」
「はい」
課長はプラモデルを眺めながら、笑った。
「意外な特技ね」
「そうですか?」
「ええ。仕事してるところしか見てないから、こういう趣味があるなんて知らなかったわ」
正義は少しだけ笑う。
「まあ、趣味というほどでもありません」
そして、再びパソコンへ向かった。
カタカタカタ……
誰も知らない。
正義の机の引き出しには――
昨日、買ってきたばかりのプラモデルの箱が入っていることを。
ダンバインって今思い出しましたけど、転生ものでしたね(笑)




