【27話】追放された勇者
翌日、営業部。
正義はパソコンの画面を見つめていた。
手は動いている。
だが意識は別の場所にあった。
――琥珀はどこへ連れ去られたのか。
――まだ無事なのか。
考えても答えは出ない。
それでも頭から離れなかった。
そのときだった。
「何度同じミスをするの!」
フロアに怒声が響く。
課長が若い社員を叱りつけていた。
机の上には書類が広げられている。
「申し訳ありません……」
部下は肩を落としたまま頭を下げる。
だが課長の怒りは収まらない。
「今回のミスは大きいのよ!」
勢い余ったように指を突き付ける。
「そんなに失敗ばかりするなら、追放よ!」
営業部の空気が一瞬だけ凍り付いた。
正義は静かに顔を上げる。
部下は困ったように顔を上げた。
そのとき。
「まあまあ」
正義が静かに口を開いた。
「課長も落ち着いてください」
席を立ち、二人の間に入る。
「ミスは確かに問題です。でも、追放は言い過ぎですよ」
課長は「あっ」と我に返ったような顔をした。
「……そうね。少し言い過ぎたわ」
部下もほっとしたように息を吐く。
営業部の緊張がゆっくりとほどけていった。
営業部の空気が落ち着きを取り戻した、そのときだった。
――ブルッ。
正義のスマホが震える。
視線を落とす。
届いていたのは一通のメールだった。
差出人は――虎。
正義の目がわずかに細くなる。
メールを開く。
敵の居場所が判明しました。
-金物屋に集合してください。-
短い文章。
正義は静かにスマホを閉じる。
「課長」
席から立ち上がった。
「少し外回りに行ってきます」
課長は手を振る。
「はいはい。気を付けてね」
正義は軽くうなずくと、そのまま営業部をあとにした。
商店街の外れにある金物屋。
正義は足早に店へ向かった。
入口の引き戸を開く。
――カラン。
鈴の音が鳴った。
店内に入ると、すでに二人の姿があった。
「来ましたか」
虎がいつもの落ち着いた口調で言う。
その隣では、竜美が壁にもたれかかりながら腕を組んでいた。
「よう」
軽く片手を上げる。
虎は作業台の前に立つと、おもむろに口を開いた。
「この前の自動販売機ですが――」
正義と竜美が視線を向ける。
「内部データの解析に成功しました」
竜美が眉を上げる。
「早かったな」
虎は小さくうなずいた。
「正直、もっと時間がかかると思っていました」
そう言いながら、数枚の資料を机に広げる。
「ですが、意外とあっさりデータを引き出せました」
正義が資料へ目を落とす。
「罠じゃないのか」
「その可能性も考えました」
虎は淡々と答えた。
「しかし、情報の整合性は取れています。少なくとも偽情報ではなさそうです」
竜美が鼻で笑う。
「敵さん、ずいぶん親切じゃねえか」
「ええ」
虎は珍しく同意した。
「だからこそ、不自然です」
店内に短い沈黙が落ちる。
虎は一枚の資料を指先で叩いた。
「ただ、一つだけ確かなことがあります」
その目が鋭くなる。
「琥珀さんは生きています」
正義の表情がわずかに動いた。
「場所も分かったのか」
虎は静かにうなずく。
「はい。敵の拠点も判明しています」
正義と竜美の視線が集まる。
虎は静かに告げた。
「スロタニアです」
その名前に、正義の眉がわずかに動く。
「スロタニア……」
虎は続ける。
「自動販売機から回収したデータによれば、琥珀さんは現在そこへ連れ去られています」
竜美が腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「ずいぶん分かりやすいじゃねえか」
「ええ」
虎は資料へ目を落とす。
「ただし、問題があります」
店内の空気が引き締まる。
「敵は一人ではありません」
虎は資料を机の上に置いた。
「少なくとも数人の転生者が確認されています」
正義は黙って聞いている。
「そして――」
虎は一度言葉を切った。
「その背後には、黒幕がいると思われます」
竜美が口元を歪めた。
「面白くなってきたな」
「確定ではありません」
虎は冷静に訂正する。
「ですが、自動販売機の転生者ですら末端だった可能性があります」
沈黙が落ちる。
もしそれが事実なら。
今回の件は、単なる誘拐ではない。
監視者を巻き込んだ大規模な計画ということになる。
虎の説明が終わる。
だが竜美は腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「ごちゃごちゃ言ってもしょうがねえだろ」
不敵に笑う。
「居場所が分かったなら、いっちょ乗り込むか」
正義は小さく息を吐いた。
虎も諦めたように肩をすくめる。
「分かりました」
虎が手をかざす。
空間が歪み、黒い裂け目が現れた。
スロタニアへ続く転移門。
「行きますよ」
三人は迷うことなく、その中へ足を踏み入れた。
次元の歪みを抜けた三人は足を止めた。
目の前には巨大な建造物がそびえ立っている。
黒い石で造られた大聖堂。
尖塔は空を突くように高く伸び、不気味な存在感を放っていた。
「でけえな」
竜美が見上げる。
虎は資料を確認した。
「間違いありません」
静かに告げる。
「ここが敵の本拠地です」
正義は大聖堂を見つめた。
その奥に琥珀がいる。
そう考えただけで胸の奥がざわつく。
「行こう」
短く言った。
竜美は拳を鳴らす。
「話が早くて助かるぜ」
三人は大聖堂の巨大な扉へ向かって歩き出した。
そのとき――。
ギギギギギ……。
誰も触れていないはずの扉が、ひとりでに開き始めた。
まるで最初から来ることが分かっていたかのように。
大聖堂の扉をくぐる。
内部は異様なほど静かだった。
高い天井。
赤い絨毯が真っ直ぐ奥へと続いている。
正義たちは警戒しながら通路を進んだ。
足音だけが広い空間に響く。
しばらく歩いた、そのときだった。
「やはり、来たか。」
男の声。
三人が足を止める。
通路の先。
一人の男が壁にもたれかかっていた。
黒いコート。
気だるそうな表情。
だが、その顔に正義は見覚えがあった。
「お前は……」
男が口元を歪める。
「よく、ここが分かったな。」
それは、自動販売機との戦いのときに姿を見せた男だった。
竜美が拳を握る。
「お前が琥珀をさらったのか」
虎は静かに一歩前へ出る。
「琥珀さんはどこです」
男は笑う。
「ちゃんと厚待遇でもてなしてるよ。」
「本人は喜んでないみたいだがな。」
不気味な笑みを浮かべる。
その態度が気に入らなかったのだろう。
竜美が一歩前へ出た。
「どうも、こいつ――」
拳を握る。
「いけすかねえな」
全身から闘気が立ち上る。
男は面白そうに口元を歪めた。
「へえ」
「やる気か?」
竜美はニヤリと笑う。
「最初からそのつもりだ」
そのときだった。
「正義さん」
虎が静かに声をかける。
「私たちは先を急ぎましょう」
竜美が正義たちを見て言った。
「おう、任せときな」
竜美は振り返らない。
「八丁堀、虎、宜しくな」
正義はうなずく。
「ああ」
そして正義と虎は男の脇を抜け、大聖堂の奥へと駆け出した。
「じゃあ始めるか」
竜美は背中のギターを手に取った。
男が眉をひそめる。
「楽器で戦うつもりか?」
「楽器だから戦えるんだよ」
竜美は不敵に笑う。
指先でピックを弾いた。
次の瞬間。
キィン――。
銀色のピックが高速で飛ぶ。
男は身をひねって回避した。
だがピックはそのまま飛び去らない。
大きく弧を描き、ブーメランのように戻ってくる。
さらに戻ってきたピックも、最小限の動きでかわす。
竜美は口元を歪めた。
「へえ」
感心したように言う。
「あんた、器用に避けるね」
男は肩をすくめた。
「よく言われるよ」
飛来するピックを横へ跳んでかわす。
「俺は器用貧乏でね」
余裕の笑みを浮かべる。
「それぐらいなら余裕さ」
竜美の目が細くなる。
「そうかよ」
「なら、これはどうだ!」
同時に指先が動いた。
透明な弦が何本も放たれる。
まるで蜘蛛の糸のように空間を覆いながら男へ襲いかかった。
左右。
上。
そして背後。
逃げ場を塞ぐように張り巡らされる。
だが――。
男は笑った。
「甘いな」
身体をひねる。
身を沈める。
跳ぶ。
紙一重。
常人なら避けられない軌道を、最小限の動きだけでかわしていく。
弦が壁を切り裂く。
石柱に深い傷が刻まれる。
それでも男には当たらない。
竜美が舌打ちした。
「ちっ」
男は着地すると肩をすくめる。
「だから言っただろ」
余裕の笑みを浮かべる。
「それぐらいなら余裕だってな」
竜美の口元が吊り上がる。
男は軽く首を鳴らした。
「さて」
腰の剣に手をかける。
「じゃあ次は俺の番だな」
スラリ――。
刀身が鞘から抜かれた。
次の瞬間。
男の姿が消える。
「っ!」
竜美の目の前に現れた。
鋭い斬撃。
だが竜美は慌てない。
身体をわずかに傾ける。
剣先が鼻先をかすめた。
「へえ」
さらに二撃。
三撃。
四撃。
男は流れるような剣さばきで攻め立てる。
だが竜美もまた、一歩も引かない。
身体をひねり、
頭を下げ、
紙一重で攻撃をかわしていく。
剣が空を切るたびに風が唸った。
男は一度距離を取る。
「なるほど」
感心したように笑う。
「避けるのはお前も得意みたいだな」
竜美は肩にギターを担いだ。
「見切れる範囲ならな」
余裕の笑みを浮かべる。
「もっと速くしてみろよ」
男の口元がわずかに吊り上がった。
「言うじゃねえか」
男の表情から笑みが消えた。
「そろそろ本気で行くぞ」
次の瞬間。
床を蹴る音が響いた。
ドンッ!
男の姿がぶれる。
「なっ――」
竜美の目が見開かれる。
速い。
先ほどまでとは比べものにならない。
剣閃が次々と襲いかかる。
キンッ!
ギターで受ける。
だが休む間もなく次の斬撃。
さらに次。
さらに次。
竜美は後退を余儀なくされた。
「チッ……!」
頬に浅い傷が走る。
男は攻撃の手を緩めない。
まるで嵐のような連撃だった。
竜美は避けるので精一杯になる。
額に汗が浮かぶ。
表情にも余裕が消えていた。
男はそれを見逃さない。
「どうした?」
余裕の笑みを浮かべる。
「さっきまでの威勢は」
竜美は答えない。
ただ攻撃をさばき続ける。
男は勝利を確信した。
「終わりだ!」
剣を振り上げ、一気に間合いを詰めた。
竜美の懐へ飛び込む。
その瞬間だった。
竜美がニヤリと笑う。
「――ハマったな」
男の表情が凍る。
「何?」
竜美は肩に担いでいたギターを構えた。
そして――。
柄を引き抜く。
カシャン。
金属音。
ギターのネック部分から細長い刀身が現れた。
「なっ!?」
男の目が見開かれる。
仕込み刀。
完全に予想外だった。
男は慌てて剣を戻そうとする。
だが遅い。
竜美の一閃。
銀色の軌跡が空を走った。
ズバッ――!
鮮血が舞う。
男の身体が大きく吹き飛んだ。
数メートル先を転がり、床へ叩きつけられる。
静寂。
竜美は仕込み刀を肩に担ぐ。
「器用貧乏って割には」
倒れた男を見下ろす。
「最後の詰めが甘かったな」
男は床に倒れたまま苦笑した。
「負けたか……」
竜美は仕込み刀を肩に担ぐ。
「一つ聞きたい」
男が片目を開く。
「何だ?」
竜美は見下ろした。
「何でクーデターなんかに荷担した」
男はしばらく黙っていた。
やがて小さく笑う。
「別に大した理由じゃねえよ」
天井を見上げる。
「俺は元々、勇者パーティーにいた」
竜美が眉をひそめる。
「勇者?」
「そうだ」
男は苦笑した。
「だが追放された」
「能力不足じゃない」
「単純に俺の素行が悪かった」
竜美は思わず吹き出した。
「そりゃ追放されるわ」
男も笑った。
「だろ?」
そして少しだけ表情が変わる。
「そんな時に現れたのが、あの人だった」
「あの人は俺を必要としてくれた」
竜美は黙って聞いている。
「それと、もうひとつ」
『いつまでも監視するだけで満足ですか?』
『見る側ではなく、自分たちで世界を作ってみませんか』
男は小さく笑う。
「正直、面白そうだと思った」
「だから付いていった」
男はゆっくりと天井を見上げる。
「だが――」
かすれた声で呟く。
「新しい世界は……見れそうもないな……」
男の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
そして静かに目を閉じた。
場面は少しさかのぼる。
大聖堂の奥。
正義と虎は長い通路を抜け、礼拝堂へたどり着いていた。
巨大な空間。
色鮮やかなステンドグラスから光が差し込んでいる。
その中央。
祭壇の前に三つの人影が立っていた。
正義は足を止める。
「誰だ……」
虎も警戒する。
三人とも同じ服装だった。
迷彩柄の戦闘服。
防弾チョッキ。
戦闘靴。
そして肩には小銃が掛けられている。
見覚えがある。
正義は目を細めた。
「まさか……」
虎も信じられないような表情になる。
「自衛隊……?」
三人のうち中央の男が口元を歪めた。
「正解だ」
カチャリ。
小銃を構える。
「ここから先は通行止めだ」
礼拝堂の空気が一変した。
その中央にいた男が一歩前へ出た。
年齢は四十代ほど。
鋭い眼光で正義たちを見据える。
「そこで止まれ」
低い声が礼拝堂に響いた。
正義は動かない。
虎も静かに相手を観察している。
しばしの沈黙。
やがて指揮官らしき男がゆっくりと手を上げた。
その動きに合わせるように――
カチャッ。
カチャッ。
両脇の隊員が小銃を構える。
銃口が正義と虎へ向けられた。
そして――
「総員、戦闘準備」
三つの銃口が、ゆっくりと正義たちの急所へ照準を合わせた。
余り引き延ばしは好きではありません




