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ミラーハウスの魔法

 階段を上がる順二の姿を扉から差し込む光が照らしたが、将司たちが扉を閉めると、円形の吹き抜けは再び暗闇に包まれる。

 だが、順二の階段を上るスピードは変わらない。

 上の階に逃げるということは、地上から離れるということ。まさか、空中を飛んで逃げるつもりでもあるまい。奴らは、自分たちで退路を断ってしまった。あとはじっくりと追いつめるだけだ。

 順二は暗闇の中でほくそ笑んだ。

 やがて、階段を登り切り、壁に手を当て扉の位置を探る。

 そして、扉のノブを見つけると、ためらうことなく扉を開けた。

 順二はそこに、豪奢な貴賓室のような部屋があると思っていた。だが、実際はドリームキャッスルの様相と全然違った。

 そこは鏡に覆われた部屋だった。

 そこに将司たちの姿はなく、すべての壁が順二の姿を映し出す。

「ここは、・・・・ミラーハウス・・・・・」

 順二はつぶやいた。

 そう、そこはドリームキャッスルではなく、その奥に建つミラーハウスだった。

 ドリームキャッスルの1階は、平らなようでいて、実は奥へ行くほど地下に下がっていたのだ。ドリームキャッスルの建物の奥行に対して、部屋の奥行があったのはそのため。香澄や博史たちが感じた圧迫感は、地下へと下がっていく感覚を体が感じていたためだった。香澄がとらえられていた一番奥の部屋は、地上ではなく完全な地下にあり、その上はちょうどミラーハウになっていた。

 順二は、地上から上に上がっているつもりで、実際は地下から地上に上がっていただけだったのだ。

 順二は、後ろを振り返った。

 だが、扉は締まっており、鏡を押してもまったく動かない。

 部屋を見渡すと、壁には妙な角度があり、四角くない。五角か六角の部屋だったが、鏡の乱反射で何角形の部屋か想像もつかない。

 順二は、今押した隣の鏡を押す。ここも、びくともしない。

 さらにいくつかの鏡に同じことを試していくと、開く扉が見つかった。

 次の部屋も、やはり鏡に覆われている。

 部屋の中を進むと、ある瞬間、鏡同士が三面鏡の合わせ鏡のようになり、鏡の中に無数の順二の姿が現れる。順二はそこで立ち止まった。

 全く同じ格好で静止している順二の複製。

 いや、複製ではない。無数に存在していても、それは間違いなく順二そのもの。

 順二の意志により、動き、止まり、そして、話す。

 だが、それに逆らい、鏡の中の無数の順二のうちの一人が、突然勝手に話し出した。

「なぜ、そんなところで止まる!奴らを探せ!無垢なる女の魂をささげるのだ!」

 鏡の中の順二は、すべて同じ姿のままだ。どの順二がしゃべっているのかはまったく分からない。

「お前は誰だ?」

 本物の順二が、相手がわからないまま問う。

「わたしは、お前だ。そして、お前は、わたしなのだ」

「お前がわたしなら、なぜお前はわたしに逆らうのだ」

「お前は、わたしに隷従するものだからだ。わたしの意志は、彼女とともにある」

「彼女とは誰だ」

「お前に言う必要などない。お前は、わたしに隷従し、彼女にそのすべてをささげればよいのだ」

「名前のないものなどに、わたしは従うつもりはない。お前はわたしだと言ったな。ならば、わたしの名前を言ってみるがいい」

「三木島順二」

「そうだ。それがわたしの名前だ。わたしには名前がある。彼女に名前がないのなら、彼女こそ、わたしに従うべきだ」

 しばらくの沈黙。

「・・・・・お前は言ってはならないことを言った。その代償は、おぞましいものになろう」

 突然、声のトーンが変わった。

「なら、どうする。その鏡から出てきてみろ。わたしに隷従しているのはお前だ。お前は三木島順二なのだ。お前が隷従すべきは、名前もない彼女にではない。このわたしなのだ」

「彼女にも名前はある!」

「それが本当なら、その名前を言ってみるがいい」

 そのとき、無数にいる鏡の中の順二のうちの一人が突然動き出し、順二の方を向いた。そして、叫ぶ。

「ゴルモンピチャカだ!」

 その瞬間、鏡にひびが入った。

 いや、鏡にではない。

 動き出した鏡の中の順二にひびが入ったのだ。

 ひびはみるみる鏡の中の順二を覆い、そして、割れてバラバラに砕けた。

 砕けた破片は青白い光を発し、空中に浮かび上がって一つにまとまると、鏡の奥に飛び去って行った。

 順二は、突然腕の痛みを感じて腕を抑えた。

 将司に三つ又の槍で刺された部分からはまだ出血が続いていた。

 順二は、痛みをこらえながら、一つ一つの鏡を押していく。鏡が動くと、鏡にその血の印をつけていった。その方法で、いくつか鏡の扉をくぐりぬけると、鏡に自分以外の姿が映った。

 それは、義明の姿だった。順二が振り向くと、そこに本物の義明が立っていた。

「君は・・・・」

 順二が、義明に声をかけた瞬間、鏡の中に別の誰かの姿が映った。

 それは、紀子だった。

「ヨッシー!生きていたのね!」

 義明は、紀子に抱きつかれた。

 突然現れた紀子は、まるでたった今鏡から飛び出してきたかのようだった。

「ここは・・・・俺、どうしてたんだろ」

「お前、黒い怪物に飲み込まれたんだよ。紀子もな」

 順二の横に、いつの間にか、体格のいい若者が立っていた。

 道也だった。

「ミッチー!他のみんなは?」

 紀子が聞く。

「さあ。あのあと、いかだが黒い怪物にやられてみんなバラバラになったんでな」

「君たち、久しぶりの再会のようだが、まずこの目の回る空間から抜け出さないか。話はそれからでもゆっくりできるだろう」

 順二が話を遮る。

「あなたは?」

「わたしは三木島だ。おそらくわたしは、君たちのいう他のみんなと会っている。彼らは無事だ。この鏡の建物のどこかにいるはずだ」

 そう言うと、順二は再び鏡の壁を押し始めた。

 義明たちもそれをまねる。

「あっ、ここ動くぞ!」

 道也が言う。

 その壁に血の印をつけていく。

 1人から4人に増え、開く壁を探すスピードは一気にあがった。

 そして、いくつかの壁を潜り抜けると、そこに将司たち4人が立っていた。

「ヒロクン!」

 紀子の声に、鏡の壁を押していた博史は振り向いた。そして、そこに義明や道也も立っているのに気づいて言葉を失った。

「紀子!ヨッシーにミッチー!みんな生きていたのね!」

 先に言葉を発したのは穂波だった。

 そして、紀子に駆け寄り抱きしめる。

「お化けじゃないよね?ほんとに生きているんだよね?」

 博史が順二の方を見て、義明と道也に声をかける。

「ヨッシー、ミッチー、その男から離れろ」

 義明が、博史の視線の先を見て順二を振り返る。

「この人がどうかしたのか?ここまで俺たちを案内してくれたんだぜ?」

「だまされるな!そいつは人間じゃない。ゴルモンピチャカって悪魔だ!」

「悪魔・・・・?」

 道也が、慌てて順二から離れる。

 義明も、順二の方を見ながら博史たちの方に後ずさりする。香澄が、かけられた上着の襟を両手で抑える。

 順二は、出血が止まった手のけがを見た。そして、自分の体を見下ろす。

「・・・・確かにさっきと外見は何も変わっていない。君たちに信じろと言っても無駄だろうが、わたしは、自分の意志を取り戻した。今のわたしには、もう君たちを跳ね飛ばせる力はない」

「自分の意志を取り戻した?じゃあ、今まであなたはその・・・・何とかいう悪魔に体を乗っ取られていたってこと?」

 義明が言う。

「そうだ。13年前のあの事件の時から、わたしの意識はあれに乗っ取られていた」

「でも、いったいどうやって、自分の意識を取り戻したんだ?」

 道也が問う。

「分からない。鏡の中の自分が、突然話し出したのだ。その瞬間、わたしは自分の言葉を取り戻した。わたしがしたことは一つだけ。名前を聞いたのだ。わたしを、わたしの意志を束縛し、暗い牢獄の中に13年間も閉じ込めさせたもののその名前を」

 順二の言葉に、将司が反応する。

「で、そいつは言ったんですか?その名前を?」

「言った。ゴルモンピチャカと」

「・・・・絶対神ベーゼと同じだ」

「絶対神ベーゼ?」

 穂波が将司に聞き返す。

「・・・・文献にはこうあった。かつて、いくつもの文明を滅ぼした悪魔ゴルモンピチャカ。子供の姿で無邪気に近づき、すべてを食らい、破壊しつくす。人間の子供との見分けは、神でさえもつけることができなかった。人間たちは、おぞましいその悪魔の名を口にすることをためらった。そこで、絶対神ベーゼは、自らの正体を隠して地上に降臨し、子供たちに謎かけをした。『誰もその名前を口にしなければ、いずれそれは忘れ去られる。人間はその名前を子孫たちが永遠に引き継いでいく。いくつ文明を滅ぼそうと、その名前が忘れ去られてしまうのであれば、それは人間より劣る』と。ゴルモンピチャカはそれを聞いて怒り、ベーゼに自らの名前を名乗った。人間の子供であれば、その名前を口にすることはない。ベーゼはそうやって、子供に化けたゴルモンピチャカを探し出し、その名を口にした9人の子供たちを封印の祠に封じ込めたんだ。園長は、それと同じことをやった。ならば、再びゴルモンピチャカは封印されたはずだ」

 順二は、将司たちを見渡した。

「・・・・わたしの潔白は証明されたかな?」

「その腕・・・・申し訳ありませんでした」

 突然、将司の口調が業務用言葉に早変わり。

「もう少しお手柔らかな方法があったような気がするが、あの場ではやむをえまい。どうやら、血は止まったようだし」

「それはよかった」

「だが、もし医者にかかるようなことがあったときは医療費を請求するぞ」

「それは、弁護士事務所の方によろしくお願いします」

 将司と順二のやり取りに、義明が口をはさむ。

「ああ、そういう事務的な話はこの建物を出てからにしてくれませんかね」

「でも、いったいどうやって出る?さっきから行けども行けども鏡の部屋ばかりだ」

 その博史の言葉に、順二が答える。

「ここまでの扉には、印をつけてきた。印のついた扉をたどっても外には出られない。その扉以外をあたるんだ。そうすれば、必ず外に出ることができるはず」

 順二の言ったその方法を使い、将司たちはようやく鏡の迷路から抜け出すことができた。 

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