悪魔の復活
光を乱反射する鏡の部屋から出てきたばかりの将司たちには、電灯に照らされていてもなお、遊園地は暗く沈んでいるように見える。
空を見上げると、瞬く星が見える。
雨雲は完全に去ったようだ。
「星が見えるわ。もう、雷雨の心配もない。こんなところ、早く出ましょう」
穂波が言う。
「待て」
穂波と一緒に歩き始めた博史たちを将司が止める。
「ゴルモンピチャカは、9つの体を持つ。わたしが香澄のとらえられていた部屋に入ったとき、ゴルモンピチャカが封印された青白い光は全部で8つだった」
「あとの一つは、三木島さんにとりついていた奴だろ。今頃、9つ全部そろっているさ」
義明がこともなげに言う。
「ゴルモンピチャカは、若い女の魂で封印が解かれる。ゴルモンピチャカに乗っ取られていた園長は、香澄の魂を使って封印を解こうとしていた。ドリームキャッスルの奥の部屋にあったガラス瓶。あのガラス瓶に入っていたのは、香澄の魂だ。9つ全部を封印しても、あれが一つでも残っていたら、それでゴルモンピチャカの封印は解かれてしまう」
「穂波、あのガラス瓶は全部割ったんだろ?」
博史が穂波に聞く。
「うん・・・・、いや、でも、・・・・たぶん」
「確かめなければ」
将司が言うと、
「あの建物にまた入れっていうのか?冗談じゃないぜ。行くなら、あんた一人で行ってくれ!俺はこんなとこ出ていく!」
義明が歩き出す。
「おい、待てよ、ヨッシー。何か忘れていないか?」
道也が義明を呼び止める。
「忘れてる?何を?」
「あの黒い化け物だよ。お前と、紀子を飲み込んだ。あいつは、まだその辺にいるんじゃないか?」
義明は、それを聞いて立ち止まった。
「・・・・でも、俺も紀子も生きているぞ。どういうことだ?」
「ガラス瓶より、あの化け物だよ。あれを何とかしなくちゃ、どうやってここから逃げる気なんだ?」
「待った」
順二が、片手を出してストップをかけた。
「言い合いをするのはやめてくれ。そのかわり、君たちが恐れているものの正体を教えよう」
「正体?あの黒い化け物の正体か?なぜ、あんたがそんなことを知っているんだ」
義明が突っ込む。
「わたしは、ゴルモンピチャカにただ13年間体を乗っ取られていたわけではない。その間にわたしは、奴らの知識のすべてを自分のものにした。だから分かるのだ。この遊園地は、関所のようなものだ。良き行いをする者には楽しみを与え、悪しきものはとらえて排除する。子供を守ろうとする心は、ゴルモンピチャカの邪な心を覆い隠してしまう。子供たちから守護者を引き離さなくては、ゴルモンピチャカを見抜くことはできないのだ。ゴルモンピチャカは、ここを訪れる何年も前に、みきしま学園に入り込んでいた。裏野氏が講演に来たあの時から、学園は古代の悪魔に魅入られていたのだ。マリアの像は血まみれになり、お祈りの時間には先生たちが倒れる。聖書は落書きのようなもので全く読めなくなってしまった。おかげで、マリア像は撤去、祈りの時間はなくなり、読めなくなった聖書は廃棄した。裏野氏から聞いた古代の悪魔の話もわたしは全く信じていなかった。学園の中に悪魔が姿を変えた子供がいるなんて誰が信じられる?だが、その言葉を無視したことで、ゴルモンピチャカは誰にも気づかれることなく、みきしま学園という守護者のもと、すくすくと育っていったのだ。そして、13年前、みきしま学園の遠足でこの裏野ドリームランドを訪れたとき、ゴルモンピチャカはここを覚醒の場に選んだ。覚醒するには、引率する大人たちは邪魔だった。引率した大人たちから離れたゴルモンピチャカは、自ら守護者の庇護から離れるという過ちを犯したのだ。その結果、ゴルモンピチャカは、正体を見破られ、覚醒する前にこの遊園地に封印された。だが、一匹のゴルモンピチャカが、子供の体を捨て、大人の中に意識だけ入り込めば正体を見破られないと知り、とらえられる直前に大人たちの所に戻った。そして、一番最初に出くわした大人にとりついた。それがわたしだったのだ。わたしにとりついたゴルモンピチャカは、他の8人を見つけ出そうとした。まず見つけたのは、彼らが『彼女』というゴルモンピチャカ本体。だが、彼女をとらえる力はあまりに強く、その一部しか取り戻せなかった。それは実体を持たないまま、今もこの遊園地内をさまよっている。その後、残りの7人を探したが、何とか見つけ出せたのは2人だけ。だが、その2人は、子供の姿をしていなかった」
博史はその瞬間、赤い無数の触手に覆われた女の子の顔を思い出し、ゾクッとした。
「『彼女』の本体がとらえられ、魔力が弱まったためだったが、わたしを乗っとったそれは、その2人を人間の目に触れないように山に逃した」
「わたしたちが、拾った男の子と女の子は、その2人だったということ?」
穂波が聞くと、、将司はうなづいた。
「どうやったかは分からないが、子供の姿を取り戻した2人は、裏野ドリームランドに封じ込められた他の6人を解放するため、生贄になる若い女の魂を求めてあなたたちの前に現れたのだろう。そして、まんまとあなたたちをこの遊園地に誘導した。だが、あなたたちから離れたが最後、その正体を見破られ、とらえられてしまう。他の6人を探し出すまでは何としても、あなたたちから離れるわけにはいかなかった」
「俺たちが子供たちから離れることで、悪しきものは封印される。この遊園地にとって、俺たちは邪魔ものだったってことか」
義明が言うと、順二は続けた。
「トンネルだ。この遊園地は、トンネルに網を張っている。ゴルモンピチャカはトンネルを恐れた。このわたしさえも、大人の姿をしていれば大丈夫と知りながらも、トンネルでは、宮崎君の手を握らずにはいられなかった」
「だから、子供たちはトンネルの前で止まったんだ。・・・・じゃあ、あの時俺の背中にさわったのは・・・・」
義明がその瞬間を思い出し身震いする。
「だが、君はトンネルを逃げだした?」
順二が義明に問う。
「ああ」
「つまり、君たちは、トンネルでは引っかからなかったわけだ。だから、黒い怪物は現れたのだ。子供たちからあなたたちを引き離すために」
「つまり・・・・」
「黒い怪物は、あなたたちを取って食おうとしている化け物なんかじゃない。逆に、あなたたちをゴルモンピチャカから救うために現れたのだ」
道也は、義明の方を見る。
「そういえば、黒い化け物が追ってきて、ジェットコースターに逃げ込んだとき、男の子がめちゃくちゃ暴れたんだ。そのあと、ジェットコースターが勝手に動き出してから分かったんだけど、・・・・・確かにその先にトンネルがあった」
「これでわかったかな。黒い怪物は恐れることはない」
「黒い怪物の正体はわかったわ。だけど、分からないのは、・・・・この遊園地って何なの?裏野さんて人がここ作ったのよね。その人って何者だったの?悪魔をとらえる遊園地を作るなんてまるで・・・」
「神様みたい」
穂波の言葉を受けて、紀子が言う。
「そう。それよ。そんなことってあるの?」
将司と順二が笑う。
「確かに、神っているところはあったな。何しろ、世界をまたにかけた冒険家だったから。でも、保証しよう。彼は神様なんかじゃない。間違いなく人間だった」
将司が言う。
「だが、ゴルモンピチャカは彼を恐れていた。彼の生前は、この遊園地に手を出すことはできなかった。彼が亡くなって、ようやくあれは動き出した。この遊園地を手に入れるために、わたしを乗っ取ったあれは、ありとあらゆるところに手を回し、彼の公正証書もすり替えた」
順二が言う。
「やはりそうだったんですね。あれほどこだわっていたこの遊園地に関する遺言がないのはおかしいと思っていたんです。彼は、生前この遊園地のことを保険と言っていた。つまり、この遊園地に悪しきものをとらえる力があることを知っていた」
「なぜ、人間が作った遊園地にそんな力が?」
紀子が言う。
「実は、ここの建設を請け負った業者は次々と変わっていて、着工後も何社も変わっている。にもかかわらず、この遊園地は、異様に短い工期で完成した。最終的に完成まで請け負った業者はその後倒産し、今はない。この遊園地の建設には不可解な点が多い。しかしそのことを聞けるものは誰もいないんです。一番知っているはずの裏野氏ももういない。わたしは、裏野氏の膨大な文献の中にそれを求めた。ゴルモンピチャカについてもそこで知った。そして、裏野氏がこの遊園地を作る前に、ある伝承について深く研究していたことを知った」
「伝承?」
「怪しげな妖術を使うとして祖国を追放され、その素性を隠しながら日本各地を転々とした、いとべという放浪の民についての伝承だ」
「いとべ?」
将司の言葉に、博史が反応する。
「いとべの民のことを知っているのか?」
「爺さんが話してくれたんだ。いとべの民は、日本各地を転々として、最後はこの地に落ち着いたって聞いた」
「よく知っているじゃないか」
「でもその話をみんなにしたら馬鹿にされた。そんなこと聞いたことないって、みんなから嘘つき呼ばわりされたよ。それから、自分の中でいとべという言葉は禁句になった」
「いとべの民は、人々に迫害されていた。その里があると知られたらどんな目に遭わされるか。それが知られないような場所だったからこそ、いとべはここに居ついたんだ」
「それなら、いとべの民は今どこに?嘘つき呼ばわりされたとき、俺は、県立図書館まで行って色々調べたんだ。昔、この辺は『はだけずり』と呼ばれていて、狐狸しか住まない未開の地だったと江戸時代の記録書に書いてあった。江戸時代には、ここに里はなかったということだ」
「この辺が『はだけずり』と呼ばれた理由を?」
将司の問いに、博史は首を横に振った。
「このあたりはめったに雨が降らない土地で、たまに降る雨は土地の表面しか湿らせなかった。そのため、このあたりの山林の木の根は、地下深くまで伸びず、何年かに一度豪雨に見舞われると、土砂崩れが起きやすかった。土砂崩れが起きると、その部分の土が丸見えになり、山はだが削られたようになる。これが『はだけずり』の語源さ。そんな厄介な土地だったからこそ、人々はこの土地に住みつかなかったんだ」
「そんな厄介な土地で、いとべはどうやって生活していたんだ?」
「巨人だ」
「巨人?」
「いとべは、ある街でいざこざを起こし兵に追われたが、それを助けた巨人がいたんだ。その巨人は、いとべの民がここに住み着いた後も、災害からいとべの民を守ったと言われている」
ダイダラボウのことだ。
博史は穂波と顔を見合わせた。
「それなら、なぜ江戸時代にはもうここに里はなくなっていたんだ?」
道也が、博史になり代わって聞く。
「いつの時代のことかは不明だが、巨人が留守にしたときに、ここを巨大な土砂崩れが襲ったんだ。巨人が戻ったとき里は跡形もなかった。巨人は涙を流し、その涙が、いとべ川を作ったと言われている」
その時、ごおおというかすかな、しかし腹の底に響くような音がし始めた。
「・・・・・あの嫌な音はなんだ」
義明がつぶやく。
「待って、いまだにここに人が住み着いていないということは、今も豪雨の後の土砂崩れが続いているってこと?」
穂波は誰にともなく聞く。
「俺たち、その豪雨に遭ったよな・・・・てことはあの音は・・・・」
その鳴動は、足の裏からも感じられるほど強くなっていた。
「山崩れだ!」
山は暗く裏野ドリームランドの背後に佇んでいたが、崩壊した山の一部が白い煙を巻き上げながらすさまじい勢いで迫ってきているのが、暗闇の中、博史たちの目にも分かった。
「逃げろ!」
「逃げろってどこに?」
「高台だ!高台を探せ!」
「だから、そんなもんどこにあるんだよ!」
突然襲ってきた自然の災厄に、博史たちは恐慌をきたしていた。
無理もない。
そのスピードの速さは、誰の目にも明らか。今から逃げようと走り出しても、到底土石流のスピードにかなうはずがかなった。
将司は、香澄を抱きしめた。悪魔の手のうちから取り戻した最愛の人を、再び失うつもりはなかった。
穂波は、山の方を見ながら隣にいた博史の手をギュッと握りしめた。博史は、穂波を見た。
白い煙は眼前に迫っていた。
「・・・・もうだめだ」
道也がつぶやいたその時、突然目の前にあったミラーハウスが空中に浮き始めた。それにつられるように、手前にあるドリームキャッスルも空中に浮き始める。何かの力で引き上げられているかのように。ミラーハウスの地下に埋められていたドリームキャッスルの奥の部屋も地上に現れた。
2つの建物は、まるで折り紙を折るように変形し、合体し、夜空に向かって立ち上がっていく。
同じ時、ドリームキャッスルの中。
その一番奥にあった部屋は、床が垂直に立ち上がり、一本だけ残っていたガラス瓶が、真下に向かって落ちていった。今は床になった壁にぶつかって割れるガラス瓶。ガラスから飛び出した光はオレンジ色になって、戻るべき体を求めて空中に浮きあがった。だが、次の瞬間、オレンジ色の光は何かにとらえられたように固まり、端から再び青白くなっていく。そして、そのまま窪みの中で光っていた青白い光の一つに吸い込まれてしまった。
そのころ外では、博史たちが信じがたいものを目の当たりにしていた。
博史たちの背後から、ゴトンゴトンと重いものが動く音がし始めた。
「今度は一体何だよ」
義明が言いながら振り向くと、その目の前を観覧車が転がっていく。
観覧車は、ドリームキャッスルとミラーハウスに派手にぶつかった。その勢いで、垂直に立ち上がった建物が、前にかがむように折れ曲がる。そして、それが再び反り返ると、さっきまでなかったものが建物の下から現れた。腕と足だ。折り曲げていた膝を伸ばし、胸元でクロスしていた腕を振り上げ、さらに伸び上がると首が現れ、頭が現れた。
観覧車を背中に背負った巨人。
その大きさは黒い怪物とは比べ物にならない。
黒い怪物の何倍もの大きさの巨人が、星々を覆いつくすかのように博史たちの前に立ちはだかっていた。
巨人は、ジェットコースターのレールをつかんで引き上げると、それを一直線に横に伸ばした。ジェットコースターのレールは巨大な一本の棒になり、黄金色の光を放った。巨人はその巨大な黄金の棒を地面に突き立てると、地面に線を引きかのように横に動かした。その線に沿って、大地が陥没する。ドリームランドと迫りくる山津波の間に巨大な亀裂ができた。眼前まで迫っていた山津波はその亀裂の中に消えていく。亀裂の中に土石流が飲み込まれていく様子はさながら、ナイアガラの滝が流れ落ちる様子を上から見ているかのよう。やがて、山の鳴動が収まり、亀裂の中に落ちていくものがなくなると、巨大な亀裂は静かにその口を閉じた。
巨人が、黄金の棒を一振りすると棒は縮まる。棒の長さが、巨人の背の半分くらいになると、巨人はそれを背中の観覧車に突き刺した。
そして、振り向くと、博史たちを見下ろした。
「・・・・・ダイダラボウ・・・・・」
博史が、巨人を見上げてつぶやく。
穂波が博史の方を見る。
「これが、・・・・・この巨人がダイダラボウなの?」
「なんだよ、ダイダラボウって・・・・・。こ、この巨人がその・・・・何とかいう悪魔じゃないのか?」
義明が言うと、博史は首を横に振った。
「この巨人は、そんなんじゃない。爺さんの言っていたことは本当だった。ダイダラボウは実在した。かつて、いとべの民を助けるために、自らの体を町に変身させたように、今度は遊園地に姿を変えて、俺たちを、いや、この世界を救ってくれたんだ」
それを受けて、将司が続ける。
「これで謎が解けた。なぜ、業者が次々変わったのか。工期が異様に短かったのか。この遊園地は、実際には建設なんかされていなかった。ここはダイダラボウがその姿を変身させたものだったんだ。それを裏野氏は、いかにも業者がきちんと建設したように見せかけた。もしかすると、最終的な業者の倒産も裏野氏の計画の内だったのかもしれない。いずれにせよ、この遊園地がダイダラボウであることは、裏野氏だけしか知らないこととなった」
「・・・・ゴルモンピチャカの知識の中にも、そんなものはなかった。あれが知っていたのは、ただ、この遊園地が、自分たちを排除しようとする危険な力を持つということだけ。まさか、その正体がこんな巨人だったとは・・・・」
順二が、ダイダラボウを見上げながら言う。
「ダイダラボウが先か、いとべの民のことが先かは分からないが、この地の伝承を調べていくうちに、裏野氏はこれらが実在したことを知ったに違いない。ダイダラボウは、かつて、追ってきた兵たちを自らのうちに取り込んで武器を奪い、いとべの民を救った。それと同じように、ダイダラボウであれば、悪しきものを取り込んでその力を封印し、この世界を救うことができると、裏野氏は信じたんだ。これが、彼の言っていた保険だった」
将司はそういうと、ダイダラボウを見上げた。
巨人の表情は柔和で、ようやく分かってくれたかというような笑みを浮かべている。
だが、次の瞬間、その柔和な表情は、苦悶の表情に変わった。
苦しそうに、自らの胸を押さえる。
「なんだ?・・・・どうしたんだ?」
次の瞬間、ダイダラボウの胸を突き破り、青白く輝く何かが飛び出してきた。
青白く輝く何かは、空中に浮いたままその場に止まった。
背負った観覧車のゴンドラの一つがはね飛び、そこから飛び出した青白い光が胸から飛び出した光のところに飛んでくる。その2つが合体すると、青白い光が仰々しい赤色に染まり、そこから黒い羽根が飛び出した。
それは、炎のような長い髪をなびかせた美しい女性の姿をしていた。
「・・・・・彼女だ・・・・・」
順二がつぶやく。
「彼女?」
「ゴルモンピチャカの本体だ」
「あれが・・・・」
ゴルモンピチャカは、博史たちの方を見下ろした。




