第50話 招集
八人目の女が死んだ三日後、教会から使いが来た。
灰色の衣の若い男が、診療所の戸を叩いた。
「クレイ殿でいらっしゃいますか」
「そうだ」
「ヴェイン様より、お伝えするようにと」
男は、そう言って、一枚の紙を差し出した。
読める字で、こう書かれていた。
------施療院の一室にて。街の医療に携わる方々の集まりを来月の初めに催します。薬の配分と、この冬の疫について、お伝えすることがございます。ご出席いただければ幸いです。
俺は、その紙を二度読んだ。
「これは、なんだ」
「年に幾度か、教会が催しております」
男は、丁寧に答えた。
「街で医療に携わる方々にお集まりいただき、薬の配分や、注意すべきことをお伝えする場です」
「前から、有ったのか」
「はい。ずっと」
「俺は、呼ばれてなかった」
「今回が、初めてかと」
俺は、その言葉を噛んだ。
ヴェインは言っていた。この街に外部の医療者は二十七人、あなたで二十八人目だ、と。
数えられた。
数えられたから、呼ばれた。
「何人、来る」
「例年、十数名かと」
「二十八人、この街には居るんじゃないのか」
男は、少し驚いた顔をした。
「…よくご存じですね。ですが、全員は来られません。遠方の方や、来ても仕方がないと思われている方もおりますので」
「そうか」
「ご出席、いただけますか」
俺は、少し考えた。
行けば、何が起きるか。
俺は、この場を知らない。誰が来るのかも、何が話されるのかも知らない。行けば、俺の顔が、この街の医療者全員に知られることになる。
腹を開ける医者として。
危ない。
だが------
俺は、産婆の言葉を思い出していた。
多いかどうかなんて、誰が決めるんだい。
比べる相手が要る。基準が要る。この街の産で、どれだけ女が死んでいるのか。それを知る者が、俺以外にどこにいる。
産婆が四人。医者が二十八人。
------全員、そこに来る。
そこでしか、聞けない。
比べる相手が、要る。基準が、要る。この街の産で、どれだけ女が死んでいるのか。その数を、俺は、持っていない。
持っているのは、この街の医療者と、産婆と、そして、全部を数えているヴェインだ。負けるとわかっていても、その数は、あの部屋にしか、ない。
「行く」
俺は、そう答えた。
「行くのですか」
その夜、リィシャが、そう訊いた。
彼女は、まだ外仕事を止められたままだった。週に一度、雑務の合間に抜けてくるのがやっとになっている。
「行くさ」
「危ないです」
「知ってる」
「ヴェイン様がいます」
「いるだろうな」
俺は、そう言った。
「あの男が、開いてる会だ」
リィシャの顔が、こわばった。
「では、なぜ」
「数が、欲しい」
俺は、帳面を叩いた。
「この冬、何人産んで、何人死んだか。それを知ってるのは、その場にいる奴らだけだ」
「訊けば、答えてくれるでしょうか」
「わからない」
俺は、正直に言った。
「でも、訊かなければ、絶対に分からない」
リィシャは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「私も、行きます」
「だめだ」
俺は、即座に言った。
「あんたは、外の仕事を止められてる。その場に出たら、何でいるのかを聞かれる。そして、それに答えられない」
「でも」
「あんたが、そこに居て、俺の味方をしたら、それで、終わりだ。あんたの仕事も、住むところも、全部、無くなる」
リィシャは、俯いた。
「…私は、何もできないのですね」
「そうじゃない」
俺は、首を振った。
「あんたには、あとで、やってもらうことがある」
「何を」
「数えることを」
俺は、帳面を開いた。
「その場で、俺が聞いたことを全部、書きとる。それをあんたと、並べ直す」
リィシャは、顔を上げた。
「…はい」
「それに」
俺は、続けた。
「俺は、多分、敗ける」
彼女が、俺を見た。
「敗けた時に何をするかを決めておきたい」
「負けると思っているのですか」
「数が、足りない」
俺は、そう言った。それが事実だ。
「俺の記録には、洗わなかった場合の数が無い。洗わないで触ったことが無いからだ」
リィシャの目が、見開かれた。
「では、比べられない」
「そうだ、比べられない」
俺は、頷いた。
「俺の数字は、『俺が見た患者ではこうだった」としか、言えない。それだけだ」
「それは…」
「弱い」
リィシャの瞳が揺れる。
「弱すぎる」
俺は、自分の帳面を見た。
千五百枚。五年分。三月かけて数えた下水口の人口。リィシャの三十四人。
その全部を積んでも、この一点だけは、埋められない。
俺が線を引いたから。
洗わずに触らないと決めたから。
その決断は、正しかったと思っている。今も思っている。
だが、その正しさが、俺の証明に穴を空けている。
洗わずに触らない、と決めた。その決断は、正しい。今も、正しいと思っている。
だが、正しく振る舞ったせいで、俺の記録には、洗わなかった群が、ない。比べる、片方が、欠けている。正しさが、証明の穴になる。皮肉だが、これも、記録しておくべきことだった。
「クレイ」
「なんだ」
「それでも、行くのですか」
「いく」
俺は、答えた。
「敗けると分かってても行く。行かなければ、何人死んでるかも、永久にわからないままだ」




