転移門の異変
私は今、砂漠のど真ん中にいる。
見渡す限り、砂、砂、砂。
照りつける日差しに熱せられた空気が、景色をゆらゆらと歪ませている。
私の名はメグル。
世界各地を旅している魔女だ。
私がこんな場所まで来た理由は単純だった。
私たち魔女が「おおばあちゃん」と呼んでいる魔女から、ある頼み事をされたのだ。
「メグル、昔作った転移門に妙な反応があってね。悪いけど、様子を見てきておくれ」
転移門は、門の形をした大型の転移魔導具だ。
問題の一基は、私も以前訪れたことのある、この砂漠の遺跡の奥で眠っている。
どうやって遠く離れた転移門の異常を感じ取ったのかは、私も知らない。
尋ねても、おおばあちゃんは笑うだけで教えてくれなかった。
そして、私が調査役に選ばれたのは、砂漠になる前のこの土地と遺跡内部の構造を、固有魔法「万里図」に記録しているからだ。
私は片手を上げ、目の前に半透明の地図を展開した。
淡い光で描かれた地図には、現在地と遺跡の位置が浮かび上がっている。
万里図は、一度訪れて自分の目で確かめた土地を、地図として記憶できる。
さらに、記憶した地図と現在の地形を重ねれば、以前と変わった場所も見分けられる。
ただし、遠く離れた場所の変化まで自動で分かるわけではない。
現在の地形として映し出せるのは、もう一度訪れて自分の目で確かめた範囲だけだ。
今、地図の上では、現在の砂漠と二十五年前の草原が重なり合っていた。
この土地が砂漠になったのは、二十年前。
そのきっかけは、二十五年前にここで起きた古龍と厄災の戦いだった。
周辺の国や土地にも被害は出たが、戦いの中心だったこの場所ほど壊滅的ではなかった。
大地は削られ、その後、残された魔力の影響で草木は次々と枯れていった。
そして戦いからわずか五年で、この一帯は広大な砂漠へ変わってしまった。
私はあの戦いを直接見たわけではない。
それでも、遠く離れた場所にいた私でさえ、二つの巨大な魔力がぶつかり合うのを肌で感じた。
全身に無数の針を突き刺されるような、恐ろしくて気持ちの悪い魔力。
あんなものは、二度と感じたくない。
砂漠化してからまだ二十年しか経っていないのに、ここら一帯にはすでに凶悪な魔物が何体も住み着いている。
戦いの跡に残った魔力に引き寄せられてきたのか。
それとも、どこか別の場所から移ってきたのか。
まったく、どこから湧いて出たんだか。
そんなことを考えながら歩いていると、砂に半ば埋もれた遺跡が見えてきた。
石造りの入口には何本ものひびが走り、その奥から地下へ続く階段が伸びている。
いやー、あの戦いに巻き込まれて、ひびだけで済んだのはすごいな。
普通なら跡形もなく崩れていてもおかしくないのに。
私は警戒しながら遺跡へ入り、階段を下りた。
内部を見回してみたが、昔訪れたときと大きく変わった様子はない。
よかった。
中まで崩れていたら、遺跡内部の地図を一から記録し直すところだった。
この遺跡は地下四階まであり、無数の通路が複雑に重なり合っている。
構造を知らずに入れば、簡単に迷ってしまうだろう。
内部には魔物も多い。
私は闇の上級魔法「オブリビオン」で、周囲から自分の存在を認識されにくくしていた。
姿や匂いを消す魔法ではない。
たとえ視界に入っても、そこに誰かがいると認識しにくくする魔法だ。
ただし、気配を探ることに長けた相手なら、認識の中にそこだけぽっかりと穴が開いたような違和感から、私の居場所に気づくこともある。
同時に、無属性の上級魔法「サーチ」を遺跡とその周囲に薄く広げていた。
範囲内に存在する生命や魔力の反応を、自分の感覚に流し込む魔法だ。
範囲を広げすぎると脳に大きな負担がかかるため、身体強化魔法で脳と神経を保護しながら使っている。
今のところ、魔物らしい強い魔力反応はない。
昔と同じなら、この遺跡にそれほど強い魔物はいないはずだ。
万里図を頼りに地下三階まで下りると、地下四階へ続く隠し階段があるはずの場所へたどり着いた。
目の前にあるのは、何の変哲もない石壁。
だが、ここは私たち魔女族だけが知っている隠し扉になっている。
確か、この石だったよね。
壁の一部を押すと、重い音を立てながら石壁が横へ動いた。
私が中へ入ると、石壁は背後で自動的に閉じた。
階段を下り、地下四階へ着いた。
そこには入り組んだ通路などなく、広大な部屋が一つあるだけだった。
周囲に魔物の反応がないことを確かめると、私は万里図を閉じ、オブリビオンも解除した。
その中央には、扉のない石造りの門が立っていた。
高さは三メートルほど。
白かったはずの石は長い年月でくすみ、その表面には蔦のように細い魔力回路が刻まれている。
門の上部には紫色の魔石が埋め込まれ、側面には手のひらほどの制御盤が取り付けられていた。
今は門の向こうに石壁が見えるだけだが、正常に起動すれば、何もない空間が水面のような光で満たされ、遠く離れた場所へ通じる道が開かれる。
見たところ、魔石の表面にひびはない。
ただ、門全体から感じる魔力が、ときおり不自然に揺らいでいる。
これが、おおばあちゃんの感じた異常なのかな。
いきなり門を起動するのは危険だ。
まずは僅かな魔力を流して、どこに異常があるのか確かめてみよう。
私は制御盤へ手を置き、点検に必要な分だけ魔力を流した。
その瞬間、制御盤が私の手から強引に魔力を吸い上げ始めた。
「え?」
慌てて手を離す。
だが、すでに転移門はひとりでに動き始めていた。
門に刻まれた魔力回路が一斉に輝き、上部の紫色の魔石が激しく明滅する。
「ちょっと待って! 私はまだ起動してないよ!」
私の声など聞くはずもない。
部屋を覆い尽くすほどの強烈な光が、門から放たれた。
私は反射的に防護結界を展開し、目を閉じた。
次の瞬間、光は爆発することなく門の内側へ吸い込まれた。
腹の底まで響くような破砕音とともに、部屋全体が大きく揺れる。
恐る恐る目を開けると、石造りの門には無数のひびが走り、上部が半ば崩れ落ちていた。
動力源だった紫色の魔石も、真ん中から二つに割れている。
「は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
壊れた。
それも、世界にほとんど存在しないS級魔石ごと。
どうしよう。
おおばあちゃんに、なんて説明しよう。
そう考えた直後、サーチの端に、それまで存在しなかった魔力反応が現れた。
人間だ。
位置は、この遺跡の外――砂漠の地表だ。
まさか、今の転移反応で誰かが現れたの?
でも、どうして門の前ではなく、砂漠の地表に?
座標を定める術式まで壊れていたのかもしれない。
だが、考えている暇はなかった。
さらに、巨大な魔力反応が一つ、サーチの範囲へ入ってきた。
その反応は砂の下を高速で進み、人間へ向かって真っすぐ近づいている。
まずい。
この気配は、サイレント・ワームだ!
地中を音もなく進み、獲物の真下から襲いかかるA級の魔物。
『気づいたときには腹の中』と言われるほど危険な相手だ。
私は人間とサイレント・ワームの距離を確かめ、魔物だけを捉えるように意識を集中させた。
「ライトニング・ピラー!」
私はサーチで捉えた反応へ狙いを定め、その真上に魔法陣を展開した。
地中のサイレント・ワームを狙い、一本の巨大な雷を落とした。
遅れて、落雷の轟音と衝撃が地下にいる私のところまで伝わってきた。
サーチ越しに、サイレント・ワームの反応が大きく揺れた。
だが、その魔力反応はほとんど弱まっていない。
「駄目、浅い!」
視界の通らない地下から、しかもサーチの端にいる相手を狙ったせいで、照準が僅かにずれたらしい。
雷はサイレント・ワームの身体を浅くかすめただけだった。
それでも、痛みで砂の中から顔を出したはずだ。
人間の反応が、サイレント・ワームから少しずつ遠ざかり始める。
よかった。
気づいて逃げてくれた。
でも、あれだけでサイレント・ワームを止めることはできない。
今の距離と精度では、これ以上の遠隔魔法は危険だ。
直接向かうしかない。
私は急いで階段を駆け上がり、隠し扉を抜けると、通路が広くなったところで箒へ飛び乗った。
お願い。
あと少しだけ、持ちこたえて。
私は人間の気配を目指し、遺跡の出口へ向かって一気に加速した。




