女神の祝福
二つの国からなるイスカル大陸の南に位置する温暖な国、エルディア帝国。帝都はロージア。帝国では昔からサリサという女神が存在したと伝えられている。
サリサとは、帝国で信仰される慈愛の女神である。見る者によって姿が変わると言われており、子供には少女に、大人には美しい女に見えるという。『慈愛のサリサ』という絵本も刊行されており、帝国で知らない者はいない。サリサに祈りを捧げる礼拝は毎月一回行われるが、各家庭には女神サリサを模した女神像があり、信仰心の強い帝国では毎日のお祈りも欠かさない。それは皇室でも例外ではなかった。エルディア皇家であるグラビニカ家の当主、エドヴィンと皇后イリスは子宝に恵まれず悩んでいた。それ故子供を授かれるよう毎日祈りを捧げている。
執務が早く終わったある日、皇帝夫妻は趣味である狩猟をする為に北方の森に来ていた。銃を構え動物の声に耳を澄ましていると、何かの鳴き声が聞こえた。それを感じ取ったエドヴィンは、すぐさま銃を撃つ。鳴き声は一旦止んだが、しばらくすると再び声が聞こえてきた。よく聞くとそれは赤ん坊の声のようだった。
「ねえエドヴィン、赤ちゃんの声が聞こえないかしら?」
「こんな森の中に? 君の聞き間違いじゃないか?」
「それだったらいいのだけれど……」
イリスを先頭に、声のした方へと歩いていく。次第に声が鮮明に聞こえ始めてきた。声を頼りに探していると、ある木の根元におくるみに包まれている赤ん坊を見つけた。薄っすらと生えている紫色の髪がとても美しい。
「やっぱり赤ちゃんじゃない」
「君の言う通りだったね。それにしても、どうして赤ん坊がこんな森の中に?」
「ねえ見て、何かしら? このブローチ」
イリスは赤ん坊のおくるみに付いていたブローチを外すと、エドヴィンに見せながら訊いてみた。それを受け取ったエドヴィンは裏側までまじまじと見始める。どうやらエドヴィンはこのブローチに見覚えがあるようだ。
それは数十年前。帝国と王国の合同パーティーが開かれた時のことだった。当時の王子と仲良くなった時にブローチについて訊いたことがある。美しい薔薇のブローチ。薔薇は王国の国花だ。そしてその裏には王家の紋章が刻印されている。つまりこれは王家の証のブローチであり、この赤ん坊は正式な王位継承者だった。エドヴィンはしばらく考えたあと、そのブローチを捨てた。
「この赤ん坊のことだが、わたし達で育てないか? まあ、教会に預けるという選択肢もあるが……」
「それはいい考えね。この子はきっと女神様からの贈り物。祈りが女神様に届いたんだわ」
二人は赤ん坊を城に連れて帰ることにした。
エルディア帝国、帝都ロージア。エルディア城。
城に着くと、使用人がエドヴィンとイリスを出迎えた。イリスに抱えられた赤ん坊を見て使用人は目を丸くする。
「イリス様、いつの間にご出産されたのですか?」
「黙っていてすまない。妊娠はしたが、元気な赤ん坊が産まれるとは限らない。出産の時に赤ん坊が死んでしまうこともあるのでな。それを危惧して無事に産まれるまで黙っていた。先ほどイリスが産気づいて教会で産まれたんだ。この子は女神様に見守られて産まれた神の子だよ」
「それは神聖なお子様で。名前は決まっているのです?」
「まだ決めていないの。これから考えるわ。疲れたから早く休ませてちょうだい」
「すみませんイリス様。ご出産お疲れ様でございました。ごゆっくりお休みなさいませ」
使用人との会話を終えると、二人は夫妻の寝室へと急ぐ。
エルディア城、夫妻の寝室。
「それにしても可愛い赤ちゃんね。こんな可愛い赤ちゃんを森に捨てるなんて理解できないわ」
イリスは赤ん坊の鼻や頬をツンツンと突く。その度に赤ん坊は楽しそうに笑っていた。しばらくして、
「決めたわエドヴィン、この子の名前。ベロニカよ。温暖な地でも強く咲く花のように、この子には強い女性になってほしいの。そんな思いを込めたわ」
「素敵な名前だね。ベロニカ、君は女神の祝福を受け産まれた神の子だ。これから先どんなことが起ころうと、女神様が君を守ってくれる。その力で帝国の未来を明るく照らしておくれ」
「今まで世継ぎについてうるさく言われていたけれど、ようやくわたくし達の元に来てくれた。これでグラビニカ家も安泰ですわ。ベロニカに女神様の御加護があらんことを」
数日後、ベロニカが国民の前にお披露目された。
「この子は女神様の祝福を受け産まれた神の子だ! この子には女神様の御加護がある! 故にエルディア帝国はこの先も女神様のお力で安泰である!」
エドヴィンが声高らかに宣言しベロニカを掲げると、
「神の子ベロニカ万歳! 神の子ベロニカ万歳!」と国民は叩頭する。中にはベロニカ様は女神サリサの生まれ変わりだという者まで現れた。
神の子・ベロニカの誕生に帝国ではそれを祝うお祭りが一週間続いたという。




