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悪魔の子

 *

 オーラル王国、王都レプタ。オーラル城、アンジュの自室。

 衰弱(すいじゃく)したアンジュがベットに横たわり、その周りを家族や使用人達が囲んでいる。アンジュが息子に何かを語りかける。話し終えると、満足したように優しい笑顔でフッと笑い、静かに目を閉じた。アンジュ崩御(ほうぎょ)。息子は父の手を取り呟いた。

「見ていてください父上。俺がこの国をよりよいものにしていきます」

 *

 オーラル王国。二つの国からなる大陸、イスカル大陸の北に位置する寒冷な国。王都はレプタ。この国には古くから『女王は王国に災いをもたらす』という言い伝えがあった。それが言われ始めたのは、長い歴史の中で過去二回起こった王国が滅亡しかねない出来事が原因である。これは世紀の大厄災(だいやくさい)として、王立図書館にそれに関する書物が多数貯蔵(ちょぞう)されている。


 ジゼル女王の時代。過去最恐の大寒波が王国を襲った。寒波(ゆえ)食物が育たず、王国全土で食糧難に(おちい)る。人々は餓死、王国は滅びる一方だと思われたが、不思議なことにジゼル女王が亡くなると寒波は止み、食物も豊かに実り人々に食糧が行き届くようになった。

 エチカ女王の時代。原因不明の疫病(えきびょう)が流行る。それに感染すると、皮膚が(ただ)れてしまう。科学者達がその治療法を研究し始めたが、結局分からなかった。感染者は隔離していったが、感染者はどんどん増えていくばかり。またもや王国は滅びる一方だと思われていた。だが、前回と同様エチカ女王が亡くなると感染者の肌は綺麗に治り、王国に蔓延(まんえん)していた疫病も消え去った。技術が発達してきた今でも感染源はどこだったのか、それはいまだに分かっていない。

(『厄災の女王様』より一部抜粋)


 オーラル王家であるララシャール家の当主、アンジュの崩御から数日が経った。息子のベレトが代理で国王を務めていたが、この度正式に国王に就任することとなった。数年後、ベレトはララシャール家の使用人であったイザベラと結婚。そしてその数年後にイザベラは第一子を妊娠する。

「愛する我が子よ。君はどんな立派な国王になるのかな。早く可愛い顔を見せておくれ。会えるのが楽しみだ」

 ベレトはイザベラの腹を撫でながら子に優しく語りかける。そんなベレトの様子をイザベラは愛おしそうに眺めていた。

 イザベラの妊娠期間、彼女の身の周りのことは全てベレトがこなしていた。動き回るベレトに

「ベレト様は国王の執務でお忙しいのですから、ゆっくりなさってください。お身体を壊してしまいます。ベレト様とイザベラの身の周りのお世話はわたし達の仕事です」と声をかけたが、

「気遣いありがとう。だが妻は今お腹の中に俺の子を(みごも)っている。俺の子を産む為に頑張ってくれている。俺はそんな妻を支えてあげたい。だから自分にできることは全部自分でやりたいんだ。まあ、難しいことがあったら手伝ってもらうかもな」と返されてしまった。

 昼は国民のことを第一に考え、一人一人の声に耳を傾ける良き国王。夜は妻に負担をかけさせないよう身の周りのことを進んでやる良き夫。それらを踏まえるとベレトは完璧で理想な男性像だと使用人達の間で話題になっていた。顔も良すぎるという声もあったとか。

 数ヶ月後、いよいよイザベラの出産が始まった。勿論ベレトもそれに立ち会う。ベレトの意向で出産に立ち会うのは彼だけだった。イザベラはあまりの痛さに声を(あら)らげ、その声は部屋中に響く。出産が始まってから数時間後、赤ん坊が産声を上げた。

「イザベラ様、よく頑張りました。お疲れ様でした。赤ちゃんは元気な女の子でしたよ」

 ベレトはしばらく黙ったのち、「……そうか」と呟く。

「すまないが二人にしてくれないか? イザベラと話したいことがあるんだ。それと、産まれた赤ん坊のことはしばらく黙っておいてくれ」

「分かりました。失礼致します」

 部屋から出ていく助産師を見送ると、ベレトはイザベラの方を向き直る。そして彼女の胸ぐらを掴んだ。

「どうして女を産んだ? この役立たず。この子の存在が知られてしまえばララシャール家の地位が下がる。そうなれば俺は一族の恥晒しだ。いいかイザベラ、この子が死なない限り災いが起こることは確実だ。そうなる前にこの子を始末しろ」

 ベレトは口汚くイザベラを罵る。

「でもこの子は大切なわたし達の子供……」

 イザベラは言い返そうとするが、

「元は使用人のお前が俺に口答えするのか? その瞳が気に入ったから俺がお前を妻に貰ってやったんだ。使用人以下の生活を送りたいか?」と遮られてしまった。

「……分かりました。お城は人が多いので、人目がない森などでやってきます。出かける準備をしますね」

「口答えせずに最初から素直に従っておけばいいんだ」


 着替え終えたイザベラは、娘を抱き抱え南方の森へやってきた。人の姿もなければ動物の姿もない。これなら誰にも見られずに人を殺せる。だが、やはりイザベラの心には愛する娘を殺したくないという気持ちがあった。

 元使用人のわたしがベレトに逆らうなんてできない。でも娘をこの手で殺すことはもっとできない。

 しばらく考えを巡らせ、イザベラは娘に語りかけた。

「貴女を守れなくてごめんね。離れ離れになってしまうけれど、わたしは貴女を心から愛しているわ。……そうだ、これをあげる。ベレトから貰ったの。王家の証のブローチ。わたしなんかより貴女が持っている方が相応しいわ。だって貴女には王族の血が流れているんですもの。何が起こっても、そのブローチが貴女を守ってくれる。いい人に拾ってもらって、素敵な女性に育ってね」

 ブローチを娘のおくるみに付けると、じゃあねと額にキスをし森を後にした。


 イザベラが城に戻ると、いつもなら出迎えてくれる使用人が今日はいない。自室に向かおうと二階に上がると、夫妻の寝室から声が聞こえた。扉を開けるとベレトがイザベラの元に勢いよく駆け寄り力強く抱きしめる。痛いわと少し引き離すと、ベレトの目からは大粒の涙が(こぼ)れ、子供のように泣きじゃくっていた。

「イザベラ、大変だったわね」と一人の使用人が悲しそうにイザベラに声をかける。

「え? 何の話?」

「わたし達に気を遣わなくていいのよ。ベレト様から聞いたわ。赤ちゃん亡くなったんだって。それでイザベラは悲しみで一人になりたいと言って外に出て行ったって。赤ちゃんは? みんなで埋葬してあげましょうよ」

「いや、イザベラが一人で埋葬したんだよな?」

 そう言ってベレトは再びイザベラの首元に顔を(うず)めた。

「本当は俺も一緒について行くべきだった。でも娘の亡骸(なきがら)を見るのもそれを自分達の手で埋めるのも怖くてできなかった。辛いと思ったんだ。俺よりイザベラの方が何倍も辛いのにな。お前だけに辛いことさせてごめん。俺は謝ることしかできない。他に何と言ったらいいか言葉が見つからない。本当にごめん」

 ベレトの泣きじゃくる声が室内に響く。

「ベレト様は悪くありません。この件は誰も悪くありませんよ。だからご自分を責めないでください」とベレトを慰めるが、みんなこの男に騙されている。ベレトは我が子の殺害を命じる悪魔のような男だ。名誉の為なら他者が犠牲になることも(いと)わない。自分をよく見せる為ならどんな嘘でも平気でつく。だからこれもどうせ嘘泣き。内心笑っているに違いない。だが、ここでベレトの本性を言いふらしたところでどうなる? ベレトは国民のことを第一に考える良き国王だ。みんな信じはしないだろう。それに、後からベレトにどんなことをされるのか分からない。それ故そんなことは口が裂けても言えないイザベラだった。


 二年後。イザベラは元気な赤ん坊を出産した。ベレトが待ち望んでいた男の子だった。

「よく頑張ったね。ありがとう。見てくれイザベラ。とても愛らしい顔をしている。君に似て美しく優しい人になるだろうね。本当によく頑張ったね、イザベラ。愛しているよ」

 そうイザベラに(ねぎら)いの言葉をかけると、優しくキスをした。赤ん坊にも同様に

「産まれてきてくれてありがとう」と語りかけると、額に優しくキスを落とす。

 男の子はシャルムと名付けられ、イザベラは勿論のこと、主にベレトからたくさんの愛情を注がれ育った。

 娘を捨てた時は人生のどん底に堕ちたように沈んでいたイザベラだったが、シャルムを育てているうちにそんな心の傷など忘れ、親子三人で日々を暮らす幸せを噛み締めるようになった。

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