許さないけど、離さない
言葉にならない声が漏れる。体が小さく震え始めた。視線が揺れる。
何かを必死に繋ぎ合わせるように、目が泳ぐ。
「……あ」
小さな声。そのまま動かなくなった。沈黙が落ちる。風が、路地を抜けた。誰も何も言わない。数秒。いや、もっと長かったかもしれない。少女はゆっくり俯いた。肩が、わずかに震えている。一拍。
そして――不意に立ち上がった。落ちていた尖った石を迷わず掴む。迷わず自身の首へと向ける。
「シオン!」
アネモネが叫ぶ。
だが少女――シオンは躊躇わない。
「っ!」
俺は反射で動いた。腕を掴む。
石は、数センチ手前で止まる。
「離してください」
シオンの声は静かだった。感情が、何もない声。
「離してください」
もう一度言う。
「私」
俯いたまま。
「護れなかった」
短剣を握る手が震える。
「ガーディアンなのに」
「マキア様を」
声が崩れる。
「護れなかった」
路地に静かな声が落ちる。
「そんな私に」
石を強く握る。
「生きてる意味なんてないです」
俺は、腕を離さない。
「……あのさ」
シオンは顔を上げない。俺は少し困ったように言う。
「前世の俺が悪かったんだから気にすんなって」
「……え?」
ゆっくり顔を上げる。
俺を見た時、シオンの体が、完全に固まった。
「……え」
目が見開かれる。呼吸が止まり、シオンの唇が震える。信じられないものを見る目。震えながら、声が漏れる。
「……マ」
喉が詰まる。もう一度。
「……マキア」
涙が一滴落ちた。
「……様?」
俺は苦笑した。
「おう」
頭をかく。
「久しぶり」
シオンの顔がぐしゃっと歪んだ。
次の瞬間――ドンッ!!思い切り突っ込んで来た。
「ぐはっ!?」
腹にシオンの頭がめり込む。そのまま服を掴まれる。シオンは泣いていた。ボロボロに。
「なんで」
声が震える。
「なんで一人で死んだんですか」
拳が震えている。
「なんで」
涙が止まらない。
「護れなかったじゃないですか……!」
俺は何も言えなかった。ただそっと言う。
「……ごめん」
シオンの肩が震える。そして――俺の胸に顔を押しつけて、泣き崩れた。
「……ばか」
その声は、とても小さかった。でも確かに、昔と同じ声だった。ようやく落ち着いてくれたようで俺は、少しだけ安心して――ゴンッ!!
「痛いっ!?」
視界が揺れた。頭に鈍い衝撃。何が起きたか理解する前に、俺は片膝をついた。犯人は一人しかいない。
シオンだった。石を振り抜いた姿勢のまま、立っている。
アネモネが叫ぶ。
「ちょっ!?」
リナリアも驚く。
「シオン!?」
シオンは震えていた。でも目は、怒りで燃えていた。
「……もう」
石を握り直す。
「失わせません」
俺の襟を掴む。
「二度と」
ぐいっと引きずる。
「絶対に」
アネモネが慌てて言う。
「ちょっと待ちなさい!」
シオンは振り返る。
「あぁ。久しぶりですねアネモネ。リナリアも」
そしてリコリスへと目を向ける。
「あなたは……どなたかご存知ないですがおそらくマキア様を護っていてくださったんでしょう。ありがとうございます」
俺を引きずる。
「ですが、放っておくとまた死ぬので」
「いや待て!?」
俺は抗議する。
「本人の意思とか――」
ゴンッ!!
石がもう一回振り下ろされた。
「黙ってください」
アネモネが呆然とする。
「……誘拐?」
リコリスが腕を組んで頷く。
「誘拐だな」
リナリアは少し考えてから言った。
「……でも」
シオンを見る。
「気持ちはわかる」
「味方いない!?」
俺は叫ぶ。
しかしシオンは止まらない。
俺の襟を掴んだまま、ズルズル引きずっていく。
「帰ります」
淡々と言う。
「私の家で保護します」
「さらっとやばいこと言ってない!?」
「そういえばこのスラムに私の家は無かったかも知れませんね。そのあたりで奪いますか」
シオンがスラム根性を見せる。アネモネが頭を抱える。
「……この娘ってこんなだったっけ」
リコリスが肩をすくめる。
「誘拐されても場所は魔力の流れでわかる。シオンが落ち着くまではマキアと二人で話させた方が良さそうだ。」
そして言う。
「見捨てるぞ」
リナリアが頷く。
「うん」
三人は、普通に王都の中心部へと戻って行った。俺はスラムの奥へ引き摺られていく。
「誰か助けろぉぉぉ!!」
俺の叫びは、スラムの路地に虚しく響いた。
◆
ギィ……。古びた木の扉が開く。
俺は、椅子に縛られていた。両手。両足。腰。背もたれまでロープでがっちり固定。しかも妙に手慣れている結び方だ。
「……」
目の前にはシオン。
「逃げようとしたので強化しました」
「まだ逃げてないんだけど!?」
「その目が信用できません」
俺は深くため息をついた。
「なあシオン」
「はい」
「これ誘拐って言うんだよ」
「保護です」
「拘束されてるんだけど」
「保護です」
「監禁じゃん」
「保護です」
無敵じゃねぇか。シオンは真顔だった。完全に本気で言っている顔だ。
机の上には皿が置かれた。
「食事です」
「お、おう」
スープだった。パンもある。シオンはスプーンを持つ。
「口開けてください」
「いや自分で食える」
「ダメです」
「なんで!?」
「最悪死にます」
理屈が飛躍している。
「死なないよ!?」
「前回もそう言ってました」
「言ってない!」
シオンは少し目を細めた。
「マキア様は」
静かに言う。
「自分の命を軽く扱いすぎです」
「……」
「だから私が管理します」
俺は頭を抱えた。
「シオン」
「はい」
「俺はみんなと違って前世を完璧に思い出せたわけじゃないんだ」
「そうなんですね」
「シオンのこともまだ完全には思い出せていない」
「はい」
「だから、さ?一緒に世界を巡って思い出集めにでも行かない?」
「大丈夫です」
「大丈夫なの!?」
シオンは真剣だった。
「もう失いたくないんです」
小さく言う。
「……マキア様を」
俺は黙る。少しの沈黙。……くそ。こういう言い方はずるい。でも。
「それでも」
俺は言う。
「俺は行かなきゃいけない」
「ダメです」
即答だった。
「魔王が暴れてるんだ」
「ダメです」
「頼む」
「ダメです」
「あの」
「ダメです」
「話聞いてる!?」
シオンはスプーンを差し出す。
「口開けてください」
「話進まないんだけど」
「口」
「……あー」
俺は観念して口を開けた。スープを食べさせられる勇者。何やってんだ俺。
「おいしいですか」
「……うまい」
「よかったです」
シオンは少しだけ嬉しそうだった。
◆
王都。勇者パーティの宿。
リナリアが机に突っ伏していた。
「……遅くない?」
アネモネが腕を組む。
「遅いわね」
リコリスは窓の外を見ていた。
「そろそろ三日だ」
静かに言う。
「さすがに長い」
「一応誘拐だしね」
リナリアが言う。
「そもそも」
アネモネが頭を抱える。
「勇者がスラムで誘拐されて三日って何よ」
リコリスは肩をすくめた。
「マキアならどうにかすると思ったんだがな」
「そうね」
リナリアが顔を上げる。
「でもさ」
「うん?」
「マキア」
少し考える。
「むしろ抵抗なんてしてないんじゃないかな?」
アネモネがため息。
「あり得る」
リコリスが頷く。
「精神的に弱いからな」
「勇者なのに」
リナリアが言う。少し沈黙。そして、アネモネが立ち上がった。
「行くわよ」
「救出?」
リナリアが聞く。
「違う」
アネモネは言う。
「回収」
リコリスが笑った。
「妥当だ」
三人は立ち上がる。
「スラムね」
「マキアの魔力はあっちに繋がっているようだ」
リコリスがスラムの方を見やる。
「監禁現場まで案内してやる」
「言い方」
リナリアが言う。そして三人は歩き出した。
数十分後。スラムの奥の古びた家の前。
アネモネがドアを見た。
「ここ?」
リコリスが頷く。
「ああ」
中から声が聞こえた。
「だからさシオン」
勇者の声。
「俺お前がいないと生きていけないの」
「ダメです」
「お願い!!」
「ダメです」
「ほら、後で俺のこと好きにしてくれてもいいから!!」
「ダメです」
三人は顔を見合わせた。
アネモネがため息。
「……」
ドアを開けた。バンッ。中。壊れた椅子。散らばっている食材たち。慌てている勇者。今にも泣き出しそうなシオン。完全な事案だった。
沈黙。数秒。リナリアが言った。
「……何してるの?」
俺は叫んだ。
「助けて!!」




