第3話 はみゅ、初めてのボス戦です!
ゴブリンの森の中は、昼間だというのに薄暗かった。
木々の隙間から差し込む光が、地面にまだら模様を作っている。
その名の通り、この森には数多くのゴブリンが生息しており、森の奥にはボス級モンスター『グレートゴブリン』が待ち構えているという。
ボスのいる場所へ向かう道中、はじゅはゲームの基本システムについて説明していた。
「このゲームには、パッシブスキルとテクニックスキルっていう二種類のスキルがあるんだよ」
「フムフムでいうアビリティみたいなもの?」
「うん。そんな感じ。テクニックスキルは自分で使う技で、パッシブスキルは自動で効果を発揮するスキルだね」
「なるほど〜。受け身のスキルってことなんだ」
「そうそう。ダメージを軽減したり、状態異常に強くなったりするんだよ」
「分かった! 覚えておくね!」
「ちなみに、武器や防具のテクニックスキルは、一度でも習得したら装備を手放しても使えるようになるよ。だから、どんな技を覚えられるかはちゃんと確認しておいた方がいいね」
「へぇ〜」
「ただし、パッシブスキルは特別枠を除いて、その装備を身につけていないと効果が出ないから注意だよ」
「色々ややこしいんだね〜」
「うん。でも慣れれば大丈夫!」
さらに、装備には複数の強化ルートが存在する。
ステータス重視のルート。
多彩な技を習得できるルート。
そして、その中間に位置するバランス型。
どのルートを選ぶかによって、同じ装備でも性能は大きく変わる。
そんな説明を聞きながら、はみゅは自分のステータス画面を確認していた。
しばらく進んだところで、はじゅが片手を前に出す。
「はい、ストップ」
「どうしたの?」
「ここ、練習にちょうどいいよ」
草むらの中には、数匹のゴブリンがうろついていた。
「よーし! 活躍して、はじゅちゃんに褒めてもらうぞー!」
「はみゅならできるよ。あたしは期待してるからね」
「うん!」
はみゅは虹色の弓を構え、草陰のゴブリンへ狙いを定めた。
深く息を吸い、動きを見極める。
次の瞬間、放たれた矢が空気を裂き、ゴブリンの額を正確に射抜いた。
HPバーが一瞬でゼロになり、ゴブリンは光の粒となって消える。
「ねぇ見た!? 見た!? はじゅちゃん! 命中したよ!」
「ちゃんと見てたよ。連続で三回当てたら、はみゅの実力を認めてあげる」
「言質取ったからね!」
その後、はみゅは次々とゴブリンを撃ち抜いていった。
「さっすがはみゅー!」
はじゅは勢いよく飛びつき、はみゅに抱きつく。
「はみゅならできるって信じてたぞっ!」
「本当かなぁ?」
苦笑いを浮かべるはみゅに、はじゅは満面の笑みを向けた。
「ほんとほんと! じゃあ、このままボスに挑んじゃおう!」
「えぇっ!? いきなりボス!?」
「レベル13だから余裕余裕!」
そうして二人は『ゴブリン洞窟前』へとテレポートした。
洞窟の前には、白い石碑が静かに佇んでいる。
「これはボスを再出現させる『再臨碑』だよ。手をかざしてみて?」
はみゅは言われた通り、石碑に手をかざした。すると、目の前に
『BOSSモンスター グレートゴブリン Lv13に挑みますか?』
という文字が浮かび上がった。
はみゅが『はい』を押すと、ウィンドウの表示が切り替わった。
『パーティーを募集中』の文字が現れ、その下には『このパーティーで挑む』と『プレイヤーを待つ』の二つのボタンが並んでいる。
「『このパーティーで挑む』を押せばいいの?」
「うん! それで大丈夫だよ!」
はみゅが『このパーティーで挑む』を押した瞬間、フィールドの周囲に半透明の障壁が展開された。
「なにこれ?」
「ここから出られないってことだよ。頑張ってね〜、はみゅ〜」
そう言って、はじゅは障壁の外で手を振った。
「えぇぇぇぇっ!? はじゅちゃんも一緒じゃないの!?」
「だって、パーティー組んでないもん」
「そ、そんなぁぁぁぁっ!」
その時だった。
洞窟の奥から重々しい足音が響いてくる。
ズシン、ズシン、と地面を揺らしながら現れたのは、通常のゴブリンを遥かに上回る巨体の怪物だった。
身長は三メートルを超え、緑色の筋肉が全身で隆起している。右手には、人間の胴体ほどもある巨大な棍棒を握っていた。
突き出た下顎からは鋭い牙が覗き、血走った赤い目が獲物を睨みつけている。鼻息は荒く、そのたびに白い息が漏れ出した。
「ひ、ひぃぃぃっ! こんなの勝てっこないよぉ!」
「レベル差があるんだから大丈夫!」
『ウム……? ナンダ、キサマハ。ムラノイケニエジャナイナ?』
「あ、初めまして! はみゅと言います!」
律儀に頭を下げるはみゅを見て、はじゅはお腹を抱えて笑い出した。
「あははっ! モンスターに挨拶してる!」
『ヨカロウ。バンサンマエノ、ウォーミングアップトイコウカ!』
セリフが終わるとグレートゴブリンは大きな棍棒をスイングした。
すると、ボス戦のBGMが流れ、グレートゴブリンの真上にレベルとHPバーが出現した。
戦闘が始まると、グレートゴブリンが棍棒を振り上げる。
「ひゃあああっ! まさか、それを振り下ろすの!? そんなの私、ペッチャンコになっちゃうよぉ!」
慌てて回避した直後、棍棒が地面に叩きつけられた。
轟音とともに土煙が舞い上がる。
さらに、洞窟から複数のゴブリンが飛び出してきた。
「えぇぇ!? 増えたぁ!?」
「まずは攻撃を避けて、隙を見つける! ボス戦の基本だよ!」
「そうは言ったって怖いものは怖いのぉ!」
「倒せたら、一週間あたしが家事してあげるよー!」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。まあ、ビビりなはみゅには無理かぁ」
はみゅは深呼吸し、弓を握り直した。
「よしっ! はじゅちゃんにいいところ見せるぞ!」
グレートゴブリンの突進をかわすと、巨体は壁に激突し、大きくよろめいた。
「あれが隙……!」
はみゅは呼吸を整え、弦を引き絞る。
「当たってーー!」
放たれた矢は、グレートゴブリンの額を正確に射抜いた。
HPバーが大きく減少し、残り三割ほどになる。
『グオオオオオオオオオッ!!』
激しい咆哮とともに、グレートゴブリンの全身から黒紫色のオーラが噴き出した。
ボスモンスターの中には、HPが一定以下になるとフェーズ移行するものがいる。
演出を挟んで行動パターンが変化し、新たな技を使うようになったり、姿そのものが変化したりすることもある。
つまり、ボス戦ではHPを半分まで削ってからが本番ということも珍しくない。
「ひぃぃっ!」
グレートゴブリンは大きく跳躍し、はみゅの真上へと飛び上がった。
地響きとともに着地し、はみゅの身体が宙に浮く。
頭上には技名が表示された。
【ストロングスイング】
「えぇぇ!? 私が打たれちゃうぅ!?」
次の瞬間。
グレートゴブリンの棍棒が、野球のバットのように振り抜かれた。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
はみゅの身体は、空の彼方へと吹き飛んでいく。
壁に激突し、そのままずるずると地面へと落ちた。
「いたたたた……」
「はみゅー! リタイアするー?」
「ううん! まだやれる!」
はみゅは親指を立てて答えた。
その時、グレートゴブリンが再び棍棒を振り上げる。
はみゅはその動きを見つめ、敵の行動パターンを読み取った。
「やっぱり……!」
ゴブリンの群れへと飛び込み、攻撃のタイミングを見極める。
振り下ろされた棍棒が、周囲のゴブリンたちをまとめて吹き飛ばした。
「今だ!」
着地したはみゅは、虹神の弓を構える。
「くらえっ! 『虹神の異次元弓撃』!」
弦を引き絞った瞬間、グレートゴブリンの周囲の空間が歪んだ。
虹色の裂け目が次々と出現する。
放たれた矢は途中で姿を消し――
次の瞬間、四方八方の裂け目から無数の虹色の矢が飛び出した。
全方位から放たれた虹の矢が、グレートゴブリンの巨体を容赦なく貫く。
『グオオオオオオオオオッ!?』
七色の光に包まれ、グレートゴブリンのHPバーは一気にゼロになった。
――その時だった。
戦闘エリアの外にいたはじゅの背後にも、小さな虹色の裂け目が静かに開いた。
「えっ?」
裂け目の中から、一本の虹色の矢が音もなく飛び出す。
「ちょっ――!?」
反射的にはじゅは盾を構えた。
「『パーフェクト・ディフェンス』!」
透明な障壁が展開される。
しかし、虹色の矢は何事もなかったかのようにその障壁をすり抜け、はじゅの肩をかすめた。
「えぇっ!?」
HPバーがわずかに減少する。
完全無敵のはずのスキルを、その矢はあっさりと貫通していた。
「う、嘘でしょ……?」
はじゅは目を丸くした。
戦闘に参加していないはずの自分にまで、攻撃が届いていた。
しかも、無敵効果を無視して。
やがてグレートゴブリンは光の粒となって消えていく。
『コ、コノオレガァァァァァ、ニンゲンゴトキニィィ……』
同時に、戦闘エリアを囲っていた障壁も静かに消滅した。
へたり込んだはみゅのもとへ、はじゅが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「はみゅー! おめでとう!」
そのまま勢いよく飛びつき、ぎゅっと抱きついた。
「はみゅならやれるって信じてたぞっ!」
「はじゅちゃーん! 私やったよー!」
初めてのボス討伐。
その達成感に、はみゅの顔には最高の笑顔が浮かんでいた。




