銀と姉弟
2016/10/02 あとがき訂正。アルカイン王国は二千年前から。二十万年だと銀河連邦建国になってしまう。
「いえ、ですから!わたしたちはちゃんとボルダの正規の神官なんです!中央神殿のドゥ・カール所属です!」
「ああなるほど、じゃじゃ馬所属かの。やっぱりのう」
姉弟の自己紹介を聞いたルドのじいさまは、そのトカゲ顔を歪ませて楽しげに笑った。
……これ、笑ってるんだよね?トカゲの笑いって何か怖いんですけど。
「すみません、ドゥ・カールってどういう部門なんですか?」
「ん?」
じいさまは私の方を見て、それもそうじゃなと納得した。
「中央神殿のドゥ・カールというのは、言い換えれば愚連隊じゃよ。よく言えば未知数、悪く言えば規格外のヘンなヤツを入れるとこなんじゃな、つまり」
「うわぁ……」
思わずふたりの顔を見てしまった。
「まぁドゥ・カールならばむしろ納得じゃ。今、ボルダに問い合わせておるからちょっと待て……おや噂をすれば」
じいさまが手元の操作をすると、空中にウインドウが開いた。
む、テレビ電話みたいなものか?
『こちらボルダ中央神殿、神官長オルド・マウ。お久しぶりですルド翁』
映像の向こうにいるのはアルカイン系、つまり人間の男性だった。地球人とほとんど変わらない。
ただ、なんか全身黒ずくめでマントまでつけているのが、なんかどこぞの暗黒卿みたいだなぁ。兜はかぶってないけどね。
「こちらルド。すまんがちょっと緊急問い合わせでな、自称ドゥ・カールの神官という子供二匹を保護しておるが」
『保護ですか……ということはまさか』
「定期便に密航して、船虫のとこに泊めてもらっておったらしい。少年と少女の二人組じゃ。わかるか?」
『その組み合わせで定期便に密航、船虫に気に入られてオン・ゲストロまで無銭旅行ですか。
その手のおもしろコンビで想像つく組み合わせがひとつだけありますな。今年の成績トップ者であるモルム・バボム姉弟というのですが』
「とりあえず自称は大当たりっぽい」
「だ、そうじゃ」
『そうですか……これはまた失礼を』
いやぁ、まいったなと画面の向こうで笑う男。
うん。
オルドさんとやら、なかなかの好青年なんだけど……なんか笑顔が黒いな。
てーか全身真っ黒って、どこの中二病患者だよ。夜な夜な「デン、デデデデン、コーパー!」とか言ってたらどうしよう。
ただちょっと気になったこと。
なんていうか……なんで黒目黒髪?
いやま、だからどうってわけじゃないけどさ。
『ちなみにオルド・マウという名前は襲名制になっていまして、初代は20万年飛んで61日程度前までたどれます』
『はぁ……20万年!?』
余談だけど、サコン氏は私に脳波のようなもので語りかけている。
何を言いたいかというと、年月日とかの単位は、サコン氏は自分の基準で説明していて、それを私は自分の解釈で受け取っている事になる。
つまり、この場合の20万年飛んで61日というのは、もちろん地球時間に直した長さってこと。おそらく当人は『約10万年』みたいな感じで言ってるんだろうけど、翻訳されるからヘンな端数が出るわけね。
しかし20万年続いてる襲名制って、なにごと?
そんなことを考えている間にも、当事者を交えて上役の会話は続いていく。
『なるほど、つまり掲示は彼女に……じゃじゃ馬の娘に会えという事だったんだな?』
「はい神官長、それともうひとつ。こちらの星に残り、巫女様の真にお役に立てる時まで修行せよと」
『なるほど事情はわかった。おまえらこれ以上なく啓示型だからな、それは仕方あるまい。
だがふたりとも、行動する前にはちゃんと断れという注意を忘れたのか?ん?』
「う……すみません」
「すんません、おれがねーちゃんをちゃんと止めていればこんな事には!」
「あんたは黙ってなさい、姉のわたしが上なんだから悪いのはわたしなの!」
「でもねえちゃん」
『あーあーわかった、仲がいいのは結構だが指示は次からちゃんと守れ。
一度こっちに戻ったらその時は、ふたりともダルガに土下座しとけ。あいつ、ハゲるんじゃねえかってくらいおまえら心配してたんだからな、いいな?』
「はい神官長、すみません」
『うむ』
通信の向こうでオルドさんは少し考えると、じいさんの方に目を向けた。
『ルド殿、すまないが当面彼らを頼めるかな?』
「そうじゃな、こちらもひとつ頼み事があったんじゃが、それに応じてもらえるなら全然構わぬが?」
『ほう……ちなみにそれはナーダの件の事だろうか?』
「いかにも。今年はお嬢の結婚騒ぎがあるじゃろう?いかに楽器工房が独立機関といっても、同じ星にある連邦政府が大騒ぎしていたら影響がないとはいえまい。
実際、コルフォ・ナーダの取引額があがりそうなんじゃが、それは避けたいんじゃよ」
『ふうむ、問題ありし時はボルダの割当から回せばいいんだな?それで何箱ほど待機させておけば?』
「十七」
『じいさん、いくらなんでもそりゃ無理ってもんだ。せめて一桁にしてくれ』
「そうか?しかし、わしの方になんのメリットもないからのぅ。十三」
『七』
「そう堅いことをいうな、十二箱すらも用意できぬというのか?」
『そっちこそ、どうしても欲しいなら始祖母どのに頼むのだな、そっちに向かっているのだろう?八だ』
「む、貴様その情報をどこで……いやいや、しかし今回の注文にはボルダの顧客も多いのだぞ、せめて十箱、いや十一箱は確保できんと困るんじゃが?」
『どうせ一箱分くらいはは相当品ですます気だろう?十箱だ、それ以上は譲れん』
「ふうむ……まぁよかろう。では十箱で頼む」
『やれやれ、神官にこんな話をさせるとは罰当たりな爺様だよ』
「はははっ!」
なんか笑い合う異星の神官とトカゲの大将。
どっちも負けずに黒い。狐と狸のバカしあい見てる気分。
まぁ、いっか。
通信はもう終わりのようだった。
モルム・バボム姉弟は、じいさんとこで預かりになった。おそらくここから私のように学校に通うなり、何かバイトさせてみるなりするのかな?
ところで、ちょっとさっきの会話で気になる事があった。
「なぁじいさん」
「ん?なんじゃメル?」
「マライアって誰?」
その質問をした途端、じいさんの顔が少しだけひきつった。
「じいさん?」
「あー、わしがおまえさんよりずっと小さかった頃、姉のように懐いていたお人がおったんじゃよ。わしはあの方の庇護下で少年時代を過ごし、そして今に繋がる商売の最初のネタを掴んだんじゃ。
そういう、懐かしい人物じゃよ」
「へぇ……で、その人がこっちに来るわけ?」
じいさんが小さい頃に懐いていたって事は、さらに年上って事だよね?ふーむ、どんな凄いバアさんがくるんだろ?
そんなことを考えていると、じいさんは楽しげにクックッと声をたてた。
「な、なに?」
「いや……ねえち、いや、あの方がおまえさんに会ったら、おまえさんはどんな顔するんだろって思ってな」
フフフと笑うじいさんに、俺は思わず突っ込んだ。
「じいさん。今『ねえちゃん』って言おうとしなかったか?」
「ん?空耳じゃろ?」
「いや、あんた確かに今、ねえち……」
「そういや今さらですまぬが、そこにいるのはサコン・ココカカ・カムノ殿ではないかね?」
『いかにも、光栄ですルド翁』
「いやいやこちらこそ、挨拶が遅れてしまってすまない。こちらこそカムノの天才学者に出会えて光栄の極みだよ」
へ?天才学者?
「おや、知らぬのか?彼はカムノ族のアーロンと呼ばれるほどの賢者で、たくさんの偉業を挙げている人物なんじゃが?」
なにそれ初耳。
その後は姉弟も交えて、ちょっとした飲み会に発展した。
ナーダ・コルフォ
マドゥル星系にある楽器工房の星で、少なくとも連邦時間で百万年は昔から楽器製造を続けている。
作られている楽器は『ナーダ』。これは銀河系におけるアルカイン族人類を象徴するような有名な楽器であり、だからこそナーダの名は連邦における楽器という言葉の代名詞にもなっている。
彼らは常に最高級のナーダを作り、そこには誇らしく『楽器工房』と飾り文字で刻まれている。
近郊に、同じマドゥル星系の神聖ボルダがある。
なお、ナーダ・コルフォは二千年ほど前から、故あってアルカイン王国を名乗り銀河連邦の中枢としての仕事もしている。
だが、これらの政は楽器工房には全然関係ない話なので、楽器工房は今も王国政府などまるっと無視して、常にナーダには『楽器工房』と刻み続けている。
ナーダ
ギターやマンドリンに似た形の小型擦弦楽器で、主にアルカイン族の人類が愛用している。
基本4コースの擦弦楽器だが6コース以上のモデルもある。民族や文化によって弦の数や調律が異なるので、四弦にしたり六弦にしたりといった小変更に柔軟に対応できるようになっているが、どれでも美しい音を奏でるように長年の経験から工夫されている。
ちなみにメルの中の人が使うとフォークギターになってしまう。子供の頃は弾かなかったそうだけど、大人になってから礼文島のユース・ホステルで最初の手ほどきを受けて弾くようになったという。
ただし近年は楽器禁止のアパートにいたので、しばらくご無沙汰していた。
ナーダという言葉の本来の意味は『弦』。
これは、地球のトルコにある弦という楽器と同様、単刀直入なので弦楽器には最もよく使われる呼称といえる。たとえばシタールの元の意味はペルシア語のسهتار で三弦という意味だし、日本の三味線だって、元の名称は三絃つまり三本弦という意味だそうであるが、ナーダにもティナーダ、トリナーダ等、似たような呼び方で類似形態の楽器がたくさんある。