姉弟
港から転送ポートを使って、地上の駅に降り立った。
そこから学校までは飛んで行ってもよかったんだけど、サコン氏がいる事から乗り物を呼ぶ事にした。
少し待つと、長方形を思わせるカタチの乗り物が、音もなくスーッとやってきた。
『どうぞ』
「ありがと」
触手にエスコートされるのは最初違和感があったけど、結構すぐ慣れた。
サコン氏と親しくなって気づいたが、彼は人間、つまりアルカイン族とのふれあいを妙に好む傾向があった。何しろ、見た目や生命活動をエミュレートしているのにすぎない私にすら触ってくるのだから。
理由を尋ねてみたら、なかなかこれが面白い事情だった。
『おいしいんですよ』
「は?」
『アルカイン族というより、哺乳類タイプの生物が皮膚から出している老廃物がいいんです。おやつみたいなものです』
「……えっと、でも、私の身体はドロイドだけど?」
『汗や老廃物までエミュレートされてますからね。ちょっと変わっていますが美味です』
「……ぉぃ」
『心配ないですよ、老廃物だけです』
まさかの食欲だった。
視覚的に美しい光景ではないだろうから描写しないけど、汗をかいたりすると接近してきて触手プレイ状態になる事がある。
なんじゃそりゃと最初に思ったけど、生命工学の進歩しまくった銀河文明には似たようなものがあるので困ったもんだ。たとえば、空気に浸かる「偽物という意味じゃないエア風呂」がある横で、何やらなぞの粘体生物に全身まさぐられるその名も「スライム風呂」なんてものも冗談でなく存在するんだよね。で、地球にあるような普通のお風呂やシャワーもあって、それらが種族や好みによって混在している。
ちなみにアルカイン系、つまり人間タイプの種族に最も愛されているのは水やお湯のお風呂だって話だけど、スライム風呂や触手風呂もなかなかに人気らしい。お風呂好きになると、気分で複数使い分ける人も多いんだとか。
さすが宇宙文明、お風呂にもいろいろあるんだなって、そうじゃなくて!
問題は触手風呂だ。まぁお風呂というよりマッサージサービスだそうだけども。
ほら、スーパー銭湯とかにサウナがあるだろ?ああいう感じで付加的に使うもので、触手にのまれてコネコネされると気持ちよいらしい……ほんとかよ。
なんかこう、別の気持よさじゃないのかそれ?
『以前はよくアルバイトしましたよ?』
「いぃ!?」
『あれ結構実入りがいいんですよね。しかも、いろんな方の老廃物が得られますし』
「ここでもやったの?」
『ンルーダルは駄目です。ここにも触手風呂ありますけど、人造の軟体生物を使っているんですよね』
人造の軟体動物ぅ?
「それってまさか、触手風呂用に開発されたとか言わないよね?」
『専用と聞いてますが?』
「……」
お風呂用の触手モンスター開発……また地球の一部マニアが大喜びそうな。
マジでどうなってる宇宙文明?
『触手風呂は元々、我々カムノに似た軟体動物を利用していた地域のものだったようです。そこが銀河文明化した事で、その特有の感触を面白がった人々によって広がったのだとか』
「そうなんだ。ひとつ質問するけど」
『なんでしょう?』
「君たちはそういうアルバイトに違和感はないの?」
『実は故郷にゾラって動物がいるんですよ。あまりアルカイン人のいる星では話題に出さないんですが』
「?」
『話題に出さない理由なんですが……ゾラって野生でなく家畜種なんですが、実はアルカイン人に近い生き物なんです。銀河ではアルカイン人を不愉快にさせるだろうって事で、外に出たカムノは話題にしない事を基本にしているんですが』
「人間によく似た家畜?」
『はい。ちなみにご想像通り、触手で老廃物をとりやすいよう、分泌物が多くなっています』
「……」
この瞬間、私は顔をひきつらせたと思う。
「グロいなぁ……でもまぁ、そんなもんかぁ」
『はい、そうですね。アー系族の皆さんも、我々に似た軟体動物をたくさん食してますしね』
「あはは……ちなみにひとつ質問いい?」
『なんなりと』
ちょっとこわい気もするけど、確認はしとかないと。
「そのゾラとかって家畜動物、歳とったらどうなるの?そのままを食用にする事はあるの?」
『いや、それはないですね』
「そうなの?なんで?」
『あくまで欲しいのは老廃物ですし、正直ゾラ肉はおいしくないので勘弁です。
それから大事な事なんですが、野山で元気に暮らしている個体の老廃物が一番おいしいんですよ』
「そうなんだ」
『はい。だから基本、ゾラ用繁殖惑星を作ってその中で普通に暮らさせています。病気が流行ったりすれば別ですけど、基本的に環境維持以上の干渉はしません』
「あー……なるほど、放牧みたいなもんか」
『ホウボク……ああ、今、メルさんの意識から意味を読み取りました。はい、その認識で合っているかと』
要するに、サコン氏に私たちは乳牛か何かみたいに見えてるってわけか。
ちょっと複雑だなぁ。
複雑だけど……。
でも、触手風呂ってなんかクセになるんだよね……うん。
話を戻そう。
乗り物の中は自由に座れるようになっていて後部座席のようなものはないので、そのまま適当なところに場所を決めた。
そして乗り物はそのまま走り出した。
【行き先はどちらになさいますか?】
「市街地に行って」
【かしこまりました】
指定通りにビークルが走り出すと、サコン氏が質問してきた。
『学校に戻るのではないのですか?』
「え?あ、うん……あれ?」
そういえば今私、町にいけって言ったっけ?
「ああごめん、そういえばそうだよねって……あれ?」
と、そんな時だった。
『何かありましたか?』
えっと。
「なんていうか……こう、ひっかかるというか引っ張られるというか」
うまく説明できないが、感覚にひっかかる違和感がある。
違和感の方向は……町?
もしかして、これのせい?
「何だかよくわからないけど、町の方に何かいるのかな?」
『ほう?』
サコン氏が興味深そうに反応した。
『敵味方の識別などにも何もないですね。相手についてわかりますか?』
「なにも。ただ、すごく惹かれるだけ」
『なるほど、それで市街地と。……では行って確かめてみましょうメルさん』
「え?でも」
一応だが、私たちは午前中のうちに戻る予定のはず。
『もしかしたら、その感覚は巫女としてのものかもしれない。確認しておいたほうがいいんじゃないでしょうか?』
「あー……たしかに」
気の所為なら、それまで。
でも、何かあるならたしかに確認は必要か。
「了解。別にサコンさんはそのまま戻ってくれちゃっていいよ?」
『とんでもない、面白そうなので是非同席させてください』
「そう?」
『はい、ぜひとも』
私たちはそんな会話をしながら、ビークルに目的地変更の指示を出した。
市街地の入り口でビークルから降りた。
ンルーダルの町は大きいが、同じくらい森の大きな町だ。
駅が木造だったのは覚えているだろうか?
どうもそういう趣向が市街全体に広がっているようで、至るところに巨大な街路樹がはびこり、銀河文明とは思えないほどシックな建物も乱立しているんだよね。そして、そんなデザインなのに同時に超文明の産物らしき、浮いて走る乗り物なんかがたくさん見られる。
ハイテクを駆使した地下の飲み屋といい、いろんな意味で、銀河とか文明とかってものの見方を考えてしまう町だよね。
さて、問題の違和感の元だけど、どこかな?
意識をこらすと、違和感は今もハッキリと感じられる。迷わずその方向に向けてあるきだす。
『方向は間違いないのですか?』
「たぶん」
センサーにはなんの反応もない。でもわかる。
こっちに誰かがいる。
そんな想いを抱いたまま歩き続けていると、
「……あれかな?」
十字路の角のところに、小学生くらいかな?ふたりの子供座っていた。
年上らしい方がお姉さんで、下が弟って感じだろうか?
ただしお姉さんの方は、地球のイスラムの方にある黒いブルカって衣装に似た格好をしていた。全身のほとんどが包まれ、隠されている。だから身体の大きさはともかく、中身の美醜はよくわからない。
そして弟君の方は、帯剣していた。これがまた地球のシャムシールって細い曲刀によく似ていたり。
それに。
「……あの剣」
『あれはエネルギーを帯びていますね。メルさんの杖に近い性質のものでしょう』
ああ、やっぱり儀礼用なんだ。
「どこの子たちかわかる?私にはさっぱりなんだけど?」
『私も詳しくは。ただ、ひとりの身に着けているルーファじみた全身覆いには見覚えがあります。神聖ボルダの砂漠地帯で愛用されている衣装によく似ています』
「ボルダって……ああ、あのボルダ?キマルケに並ぶ宗教国家だっていう?」
『はい、そのボルダですね』
それは、アディル先生に習ったばかりの星の名前。
銀河にあまねく文明あれど、宇宙文明をもち、なおかつキマルケに似たスタイルの宗教国家となると数は非常に少ない。そして、その筆頭にあるのがそのボルダなる国なんだという。
ボルダとキマルケはよく似ているが、ひとつだけ大きな違いがある。
それは、キマルケが純粋に今の科学と異なる体系の文明を持っていたのと違い、ボルダは今の銀河文明にも通じるバイオテクノロジーを持っているという事。
彼らはその特有の魔法とバイオ技術を組み合わせ、各地と商売もしているのだとか。ただし大人の事情で銀河連邦とは全くつきあいがなく、オン・ゲストロをはじめとするいくつかの文明とやりとりしているらしいが。
「なるほど、するとあの子たちはボルダ人なのかな?」
『そうかも……ああ、こちらに気づきましたね』
姉の方が弟を無言でつっついて、そしてふたりともこちらを見た。
「あら……綺麗な目」
日本人とほとんど同じ目をしていた。
ただしやっぱり人相的にはエスニックな感じかなぁ。よく似合っているんだけど。
ふたりは立ち上がり、そして男の子の方が敷物を片づけはじめた。その間に女の子の方は先に歩いて、そして私たちの前に来た。
「はじめまして巫女さま。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「え、巫女って……」
でも、こっちの困惑など置き去りにして、女の子は目を優しく細めた。
「わたしはモルム、あちらは弟のバボムです。あなたにお会いするために、遠く神聖ボルダが首都、カルーナ・ボスガボルダより参りました。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
いつのまにか敷物を回収した弟君が、後から加わった。敷物は袋みたいなので背中にしょっているようだ。
「私に会いに来たってこと?いったいどういうことかな?誰に聞いたの?」
「いえ、誰にも聞いておりません。わたしたち姉弟はただ、見える未来に向かって歩いているだけのこと」
「見える未来?」
「あー姉ちゃん、それじゃわかってもらえないって」
「ボム、あんた巫女様の前でなんて口きくの!」
「姉ちゃんこそ、ナニを借りてきたピーナみたいにやってんだよ。中身はベルラのくせしやがって……うわっとっ!」
「こら待ちなさい!」
「……」
『……』
何やら姉弟喧嘩が始まってしまった。
んー、でも仲良しでいいなぁ。
『どうしたのですか?』
「いや、実は地球に姉がいてね」
もう何年も行き来がなかったけど、とりあえず死んだという話は聞いてない。
まぁ、いま私がこの通りだし、地球は一千光年単位の彼方。当分は確かめようもないけども。
『そういえば、お姉さんがいるとおっしゃってましたね』
「仲良しとは言えない状態だったし、こっちが家族もない甲斐性なしなのもあって近年は交流もなかったしね。元気かなぁ」
走り回っている姉弟を見て、そんなことを思った。
さて。
「はぁ、はぁ……いいわ、この決着は後でつけましょう」
「望むところだ!」
あはは、やっぱり仲いいなぁ。
それに暑くなったせいでお姉ちゃんの方がかぶりものを脱いだようで、顔もよく見えた。
うん、こりゃあ美少女だわ。
それにサイボーグ化も一切してないって事はまるっきりの天然モノでしょう?
弟君の方も可愛い顔してるし、これはなかなか。
で、挨拶は仕切り直しになった。
「大変失礼をいたしました。改めてご挨拶を」
「ええ、こんにちは。私はメル、よろしくね。
それよりふたりとも、結局どういういきさつでここまで来たの?
あと、誰のところに身を寄せているのかしら?まさか二人っきりって事はないよね?」
ここからボルダって、地球と方向違うけど大差ない距離のはずだよね?
まさか、そんな彼方からふたりっきりって事はないだろう。
でも、いきなり交差点の横に敷物しいて座ってたあたり。
どうも、誰か保護者がいるって感じがしないんですが?
そして、そのいやなま予感は大当たりとなる。
「は?いえ、わたしたちは定期便でボルダから先日来たばかりで、もちろん二人だけですけど?」
「……それで、どこに泊めてもらうとか、あてはあるの?」
「いえ別に。啓示にはなかったですし、まぁ何とかなるかなと」
「……」
ちょっと待てやオイ。
「まさかと思うけどあんたたち、ちゃんと普通に船に乗ってきたんでしょうね?」
「もちろん普通に定期便ですよ?ちょっと日数が長かったので水と食料の持ち込みが大変でしたけど」
「……」
食糧持ち込み?
サコン氏の方を見ようとしたら、脳裏にボソッと声が響いた。
『こりゃあ密航かな、もしかして』
ンなバカな!?
だけど。
「おかげさまで、ふなむしのおじいさんのとこに泊めてもらいまして。後半はスープも飲めるしあったかいし、本当にいい旅でした」
「……うわぁ」
船虫っていうのは大型船に勝手に住み着いているエンジニアや職人くずれのお年寄りの事。
つまり、この時点で確定。
私はためいきをつくと、サコン氏に目配せした。
「サコンさん、どうしよ?じいさんとこに連れてって保護願いしよっか?」
『そうですね、それがいいかと。普通の浮浪者や家出人なら学校か警察に連れて行くのがおススメですが、ボルダからとなると』
一千光年だもんねえ……ははは。
「オッケーわかった、ごめんサコンさん手伝って」
『了解ですメルさん』
「え?え?」
状況がわかってないらしい姉弟に盛大にためいきをつくと、サコン氏とふたりで両名をがっしりとつかまえた。
「え、あの?」
「よっしゃ確保した。家出姉弟ふたり、じいさんとこに連行ー!」
「いえあの、家出って違いますから、あのっ!」
『メルさん、本部の方に連絡を。迎えに来てもらうのもいいですけどビークルで行きましょう』
「了解わかった!」
「話を聞いてくださいぃっ!」
ふなむしのおじいさんについて:
船虫というのは銀河的表現で、大型宇宙船のエンジンルームなんかに住み着いている住所不定無職の浮浪者の事です。彼らはもともとエンジニアや機関士なんですが、あまりにも船に乗り続けたあげくに帰る家がなくなってしまい、いつのまにか船から船へと渡り歩いて警備システムをだましたり話をつけ、設備の隙間などに勝手に住み着く存在になったものです。船虫とか船じじいとか呼ばれています。
住んでいる船特有の変なクセや、壊れやすい区間などに大変詳しい。飛行士や船員たちも知っていて、船の備品か何かのように思われている事が多い。
なおその性格上、老人が多い。




