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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二日『銀河文明の学び舎にて』
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別れ

 翌日、私はソフィアとアヤを港まで見送った。

 港という日本語には「さんずい」が付いている事からもわかるように海の港の意味がある。だから空の港は空港だし、宇宙に港を造れば、それは宇宙港という事になるんだろう。

 だけどここ、ンルーダルのある惑星イダミジアでは『港』にあたる言葉がそもそも宇宙港を意味する。なぜなら、海に浮かぶお船の港がその歴史上、作られた事がないからだ。

 この星は昔、無人の惑星だったそうだ。

 オン・ゲストロは昔、さまよえる国(レムリア・アルダス)という名前だったらしい。文字通り母星をもたず、商売をしつつ宇宙を、というより銀河をまたにかけて放浪する民だったそうで、誰もいないが住めそうな星をテラ・フォーミングして環境を整え、そこを自分たちの勢力圏の中心とした。それがこの星、イダミジアなんだって。

 この広大な宇宙を、一族もろとも商売して歩く旅の一族ねえ。

 なんというか。スケールがでかいんだか小さいんだか。

 そういやソフィアの属する銀河連邦ってやつも、要は商業連合らしい。しかも両方の勢力圏をあわせると、この銀河系の主要文明の九割近くをしめている事になるとか。

 そんな規模の団体同士の仲がよくないんだから、困ったもんだ。

 だけど、そうだね。

 私個人としては、共通語思想を中心に全てを平均化する事で交流を促す連邦思想より、ごちゃまぜで混沌で面倒くさいけど、色々詰まってる感じのオン・ゲストロの方が魅力的かなぁ。難しいことも多いだろうけど、可能性もあると思うからだ。

 ほら、地球の音楽だってそうでしょう?

 ネットで耳を傾ければ、いろんな国のいろんな音楽が聞こえてくる。

 これがもし、世界中どこにいっても同じ音楽ばかりになったら、それは寂しすぎるんじゃないかなぁ。

「お」

 おっと、話がずいぶんとそれちゃった。

 視線を戻すと、窓口で手続きが終わったらしいアヤがソフィアは何か話している。そしてふたりがこちらにやってきた。

「それじゃあ、私たちは行くわ。頑張ってねメル……いえ、誠一さん(・・・・)。男性化の事とか、相談事があったら遠慮なくおじいさまに言ってね」

「うん、ありがとうソフィア」

 今さらだけど、ソフィアはやっぱり私が男に、いえ、正しくは生身の人間に戻るだろうって思ってるみたいだなぁ。

 まぁ、確かに戻れるものなら戻りたい。

 戻りたいんだけど。

 

 だけど、ただの人間に戻ったら、仕事が見つかるかどうかも全然わからないし。

 それに。

 それに……男に戻ったら、唯一の適職らしい『巫女』には絶対になれないわけで。

 

 え、仕事で性別選ぶのかって?

 そうは言うけどさ、考えてみてくれないか?

 社会的立場がハッキリしないって事は、老後の保障もあるかどうかわからないわけだろ?

 じゃあ、どこかに家族でも持つか?

 だけど地球なんてこの銀河じゃ誰も知らない、得体のしれないド田舎に過ぎない。

 そんなとこ出身の男が結婚して家庭を持てるとも思えない。

 

 うん、はっきり言おう。

 現状の私がもし男に戻ったら……未来はないと思う。

 あったとしても、社会の底辺で死ぬまで食うや喰わず、みたいな人生かもしれない。

 

 だったら。

 だったら……適職だっていう自分を目指してみるのもアリだと思うんだよ。

 たとえそれが……女の子に生まれ変わって人生やりなおすっていう、安物ファンタジーの定番みたいな事を意味したとしても。

 

 つか、はるばる宇宙の果てまで来て『巫女さん』だもんなぁ。

 なんでこう、いかにもSF的な仕事じゃないんだ?宇宙船の乗組員(クルー)とかさ。

 昔の友達とかきいたら、絶対指さして大笑いされそうだよ。

 

 そんなことを考えていたら、今度はアヤが近づいてきた。

「メル」

「うん」

 現時点ではまだ、アヤは私より頭ひとつぶんは背が高い。

 アヤは少しかがんで目線をあわせてきた。

 と、その時。

『聞こえてる?』

『うん』

 直接通信に切り替えてきたっていうことは、内緒話かな。

『わたしの推測に間違いがないなら、わたしたちが留守の間に、メルをひとが訪ねてくると思う』

『来訪者?』

『ええ』

 一瞬、あの夢の中で逢う女の子の姿が浮かんだ。

『そこでメルがどんな選択をするのか、それはメルに任せる。だけど選択次第では、直接会って、こうして普通にお話できるのはこれが最後になるかもしれないの』

『……そうなの?』

『ええ。あくまで可能性のひとつだけどね』

『そう』

『何か言い残した事ってある?通信などでなく、直接言いたいような事で』

 それは。

『……うん、ある』

『そう……なに?今、言える?』

『うん』

 

 うん、あるとも。

 

 妻どころか恋人もなかった俺。

 そのうち、愛だの恋だのって歳ではなくなってしまって。

 

 なのに、何年ぶりかに心がざわめいた。

 

 それは小さな事。

 でも、確かに事実。

 

 ふふふ……。

 

 昔の『俺』なら、こんな小さな気持ちは決して口に出さなかったろう。墓場まで持っていったに違いない。

 それが大人ってもんだろうしな。

 だけど。

 だけど、今の『私』なら。

 

『えっとね』

『?』

『私、アヤのことが好きだったよ』

『あらそう?ありがと』

 う……やっぱり伝わってないか。

『いや、そういう意味じゃなくてその……お』

『お?』

 おい、なんで覗き込んでくるんだよ?

 しかも、目をそらしたのに回り込んでくんな。

『お?』

『……なんだ、その、い、異性として』

『……あぁ』

 私の言葉に少し考え込むと、アヤはにっこり微笑むと、ポンと手を叩いた。

 

 ちくしょう、なんて可愛いんだ。

 そのしぐさのひとつ、ひとつまでが。

 

誠一さん(・・・・)……ロリコン?』

『違う!』

 クックッと楽しげに笑うアヤ。

『自分でもどういう感情だったのかわからないんだ。

 でも、どうしてだろう。

 今、言っておかないと後悔する。そう思ったんだ。

 ……いきなり何いってんだって感じだろう?ごめんな?』

『え?ううんいいよ別に』

 そういうと、なぜか私は抱きしめられていた。

 

 えっと、あの、なに?

 

 女の子に抱きしめられたって、もう何十年ぶりだろうか?

 覚えてない、おぼえてないけど。

「……」

 ふと気づくと、涙がこぼれていた。

 そして、声が響いた。

 

『今、それを告げるっていうことは……決心したんだね?』

『決心というか……可能性があるなら、できるならやってみたいと思ったんだ』

 

 適職として提示されたもの……巫女。

 本来の適性らしい、キマルケって国はもうないらしいけど。

 でも似たような神事を行う国は今もいくつかあって、キマルケ式の巫女ならお仕事もあるんだとか。

 

 ただし。

 この道を選ぶという事は、男に戻る道は自動的に閉ざされるってこと。

 

 だけど、どのみち地球でやっていた技術屋(エンジニア)を続けられるわけもない。

 ならば。

 それが適職というのなら、男を捨てても進んでみたいとも思ったんだ。

 

『……』

 アヤは私の選択について何も言わなかった。ただひとこと、

『うん、わかった。またいつか会おうねメル、きっとだよ?』

 そんな。

 まるで長い別れになるような事をつぶやいて。

 そして私も。

『あ、うん』

 わけのわからないままに頷いた。

 

 ドロイド体同士の私たちの場合、通信によるやりとりはほとんど一瞬の時間にすぎない。泣いていたのも感覚共有上の幻のものだ。当然、現実の私たちは泣いてなんかいない。

 

 だけど、どうしてだろう。

 やっと私を開放したアヤの顔が、ぼやける。よく見えない。

 

「アヤ」

「なぁに?」

 今度は口に出した。

「あげられるものが何もないけど……これ、あげる」

 そういうと、私はソフィアの見ている前で、ひとつのファイルをポンと送りつけた。

 その中身は日本語で、これだけ書いてあった。

 

『命名:(あや)

 

「これは?」

「アヤの名に日本語の漢字をあてたんだよ。

 アヤって黒髪黒目だろ?

 もしアヤが日本人なら、こんな名前だろうかってね」

 

 要するに、私の勝手な妄想の垂れ流しだ。

 だけど。

 ドロイドは人間じゃないから、私有財産のようなものは持っていない。

 だからこそ、カタチになるものでなく名前や言葉を贈るというのは、アヤには意義がある気がしたんだ。

 

 で、アヤなんだけど。

「そう……ありがと」

 そういって、花が咲くように微笑んだのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ふたりの姿が遠くなっていくのを、メルは半泣き顔で見続けていた。

 しばらくしてポケットからハンカチをとりだし涙をふいた。

 そうして再びあげた顔は、ちょっと涙の跡があるものの普段のメルの顔だった。

『さて、いこっかサコンさん』

『気づいておられましたか』

 壁際に異形。

 クラゲのような、タコのような。明らかに非人類型の触手異星人(サコン)がそこにいた。

『アディル先生の教え通り、気配をバッチリ消したつもりだったんですけどね……』

『ソフィアが気づいてないから大丈夫だと思うよ』

『しかしメルさんは気づいた。じゃじゃ馬はどうだったのでしょう?』

『たぶんバレてた。知らんぷりしてたけど、一瞬目が動いたもん』

『ダメでしたか……やれやれ、私も未熟者ですね』

『いいじゃん。さ、学校かえろ?』

『ですね、参りましょう』

 仲よく並んで去っていく。

 

 ちなみに余談だが、ここの港湾スタッフもしっかりサコン氏に気づいていた。

 ただ、メルの関係者と認識された時点で対応を情報共有にとどめているだけである。

「……」

 そんな中に、売店のブースに座っているバイト少年らしき者がいた。

 少年はメルたちの姿を確認すると、どこかに通信するように耳を押さえた。

「おい姉ちゃん、姉ちゃん聞こえるか?」

『聞こえるよ、なぁに?』

「無事見送った。だけど非人類系かな、妙な連れがいるっぽいぜ」

『隠れてた?』

「隠れてる」

『あー、それきっとカムノね。名前は聞こえた?』

「サコンだと思う」

『おっけー、それはウチの子だから大丈夫。他にある?』

「ねえよ」

『ありがと。お礼は支所に払っとくからちゃんと取りに来るのよ?』

「おう!サンキュな!」

『はいはい』


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