第二話 古地図
夜勤明けの街は、昼とも夜とも違う。
西新宿は特にそうだった。
出勤する人。
帰る人。
清掃員。
配送車。
街が一度、裏返る時間。
榊はビルを出たあと、駅へ向かわなかった。
昨夜のことは報告していない。
ロッカー異常。
配送履歴なし。
不審者なし。
内線記録なし。
報告する内容がなかった。
封筒だけが机の引き出しに入っている。
会社の備品袋に入れて持ち帰った。
本当なら捨てるべきだった。
だが、捨てられなかった。
理由は分かっていた。
角筈。
その名前だった。
どこで見たか思い出せない。
知らないはずなのに、妙に古い感じがした。
榊は地下通路を歩いた。
西新宿の地下は不思議だった。
地上より道が多い。
曲がる。
上がる。
また下がる。
何度も歩いたはずなのに、たまに知らない出口へ出る。
街が地下に予備を持っているみたいだった。
資料閲覧室に入る。
空いていた。
受付。
検索端末。
キーボード。
榊は入力する。
角筈。
検索。
大量に出る。
町名変更。
都市計画。
再開発。
区画整理。
住宅地図。
古地図。
年代を下げる。
一九七〇。
一九六五。
一九五八。
もっと前。
画面が切り替わる。
今の西新宿が消えた。
道路が違う。
高層ビルがない。
代わりに、小さな建物が並んでいる。
細い道。
空地。
四角い区画。
榊は現在の勤務先付近まで拡大した。
二十七階。
警備室。
あるはずの場所。
そこに建物はなかった。
違う住所が表示されていた。
角筈二丁目。
十三番地。
榊は目を止めた。
クリック。
住民情報。
表示された。
世帯主:
榊 修一
家族:
妻、長男、次男
現況:
不明
転出:
記録なし
榊は画面を閉じた。
もう一度開く。
同じ。
修一。
祖父の名前だった。
偶然かもしれない。
名字は珍しくない。
名前もあり得る。
そう思った。
世帯情報を開く。
備考欄。
一行だけ。
小さい文字。
「移転対象区域」
その下。
更新日。
空欄。
榊は顔をしかめた。
空欄?
資料に更新日がない。
そんなことあるか。
もう一度クリック。
詳細。
読み込み。
画面が変わる。
表示。
住所:
東京都新宿区角筈二丁目十三番地
居住状況:
継続
榊は止まった。
継続。
過去形じゃない。
現在形だった。
その瞬間。
端末の右上に通知が出た。
利用者情報照合。
検索対象と一致しました。
榊は動かなかった。
意味が分からない。
次の表示。
照合完了。
居住者:
榊 悠人
現在地:
西新宿二十七階
資料閲覧室の空調が急に大きく聞こえた。
榊は画面を閉じた。
履歴削除。
終了。
席を立つ。
受付を出る。
歩く。
外へ出る。
地下通路。
昼。
人がいる。
現実だった。
ポケットで紙が擦れる。
封筒。
昨夜の封筒。
何となく開く。
紙を出す。
昨日は一行しかなかった。
「まだここにいます」
その下に、増えていた。
昨日はなかった文字。
「帰る時は地下を使わないでください」
榊は顔を上げた。
地下通路の案内板。
出口表示。
西新宿方面。
その矢印の下に、小さな白い紙が貼られていた。
手書き。
こう書いてあった。
二十七階はこちら。




