第一話 未配達
西新宿では、上を見て歩く人が多い。
ガラス。
広告。
空。
だから下の変化に気づく人は少ない。
閉店した店。
消えた通路。
昨日まで置いてあった椅子。
街は静かに更新される。
榊悠人は、その更新を見つけるのが少し得意だった。
三十一歳。
高層オフィスビルの夜勤警備員。
仕事は単純だ。
巡回して、異常がないことを確認する。
異常がないことを記録する。
誰にも気づかれないまま朝を迎える。
それだけだった。
だから異常というのは、たいてい大したものではない。
開けっぱなしの会議室。
消し忘れた照明。
たまに迷い込んだ酔客。
それくらい。
その夜も同じだった。
二十三時五十分。
二十七階。
榊は巡回ルートどおり廊下を歩いていた。
オフィス区画は消灯済み。
窓の外には、西新宿のビル群。
無数の明かり。
誰かが働いている。
誰かが帰っている。
誰かが終電を逃している。
見慣れた景色だった。
廊下の突き当たりに赤い光が見えた。
立ち止まる。
宅配ロッカーだった。
ランプが点灯している。
榊は少し考えた。
ここは夜間停止設定のはずだった。
二十二時以降、荷物は受け付けない。
利用者もいない。
管理端末を開く。
異常通知なし。
配送履歴なし。
受取履歴なし。
もう一度ロッカーを見る。
確かに点いている。
近づく。
画面が自動で点灯した。
配送先:
東京都新宿区角筈二丁目十三番地
榊は止まった。
角筈。
聞いたことがあった。
昔の地名だ。
今は使われていない。
西新宿になる前の名前。
だが、住所の最後まで読む。
二丁目十三番地。
知らない。
少なくとも今は存在しない。
管理画面から解除コードを入力する。
ロッカーが開いた。
中には封筒が一通。
白かった。
会社名もロゴもない。
宛名もない。
妙なくらい何もない。
榊はしばらく見ていた。
触る。
軽い。
中身がある。
取り出す。
封を開く。
紙が一枚。
短い文章。
手書きだった。
黒いインク。
こう書かれていた。
「まだここにいます」
榊は顔を上げた。
誰もいない。
空調の音。
非常灯。
窓の外。
いつもの西新宿だった。
封筒を持って警備室へ戻る。
記録を確認する。
配送ログ。
なし。
カメラ。
確認。
二十七階廊下。
二十三時。
誰も通っていない。
再生。
早送り。
停止。
戻す。
何か引っかかった。
二十三時四十七分。
一瞬だけ映像を止める。
宅配ロッカーの前。
誰か立っている。
黒いコート。
顔は見えない。
次のフレーム。
誰もいない。
榊は巻き戻す。
もう一度。
止める。
胸元だけ鮮明だった。
社員証。
名前。
文字。
読めた。
一文字目だけ。
榊。
その瞬間、警備室の電話が鳴った。
内線だった。
表示。
二十七階。
榊は受話器を取った。
無音。
数秒後。
知らない男の声がした。
「まだ届いてないですか」
通話は切れた。




