番外編_信仰は深めのスリットに宿るらしい
すごくキャラ崩壊注意
秋も深まる頃、王都では毎年、一風変わった祭りが催される。
元を辿れば、収穫を祝い、翌年の豊穣を願うための祭事だった。
人々はその年に獲れた作物を持ち寄り、神への感謝を手製の衣装で思い思いに着飾って交換する。
それがいつの頃からか、着飾ること自体が主目的となった。
王都中の人間が、この日のために数ヶ月も前から布を買い、針を持ち、己の技術と情熱の全てを注ぎ込む。
騎士が悪魔になり、商人が妖精になり、パン屋の主人が何故か巨大なパンになる。
毎年、祭りが近付けば王都の仕立屋から黒と橙の布が消えるほどだった。
そして当然、教会も参加する。
教会前の広場を開放し、子供たちに菓子を配るのが恒例となっていた。
神官たちもそれぞれ趣向を凝らした仮装を披露し、毎年それなりに盛況である。
そんな中。
「はい。並んで」
テオドール・フォン・シェルナーは、黒い布を三角に切っただけのものを二つ、いつもの帽子に貼り付けて頭に乗せていた。
以上である。
「……シェルナー様、それ何……?」
「猫」
「猫……?」
子供が不満そうな顔で差し出した籠へ、テオドールは小さな赤い実をひとつ入れた。
「はい。甘いもの」
「…………」
「次の子」
「…………なにこれ」
子供が身を摘んでまじまじ見る。
赤い実はつやっと丸く、今年も豊穣でしたと言わんばかりだった。
「トマトだけど」
「いらない」
子供の顔が露骨に歪んだ。
「収穫祭だよ」
「クッキーがいい」
「トマトも甘いよ」
「いらない」
子供はテオドールの籠にトマトを戻し、隣の列へ走っていった。
トマトは悪くない。ただ、需要と供給が合っていなかった。
毎年、テオドールの列だけ明らかに人が少ないが、本人は特に気にしていなかった。
そして今年も、そんな収穫祭の時期がやって来た。
「お前、今年もあれ?」
祭りを数週間後に控えたある日。
魔術師塔を訪れたルキウスが、研究机に腰掛けながら尋ねた。
「あれって?」
「頭になんか付けるだけのやつ」
「うん」
「やめろよ」
テオドールの手が止まった。
「……なんで?」
「ショボいから」
テオドールは固まった。
「しょ……ショボ……?」
「他の神官は結構ちゃんとやってるじゃん。去年なんか全身包帯巻いてた奴いただろ」
ルキウスは机の上で足を揺らしながら続ける。
「お前、一応宮廷魔術師なんだから、ちゃんとやれよ。子供に『宮廷魔術師ってショボいんだ』って思われたらどうすんだよ」
「…………」
「あ、やべ。兄上に呼ばれてんだった。じゃ、俺行くわ」
「……うん……また後で……」
ルキウスはひらひらと手を振って出て行った。
扉が閉まる。
テオドールは動かなかった。
「…………」
ショボい。
ルキが、ショボいと言った。
「…………」
これはまずい。
宮廷魔術師の威厳については、正直どうでもいい。
子供たちに毎年ハズレ扱いされていることも、別にいい。トマトは甘いもの扱いにしていい。
だがルキにショボいと思われるのは、非常にまずい。
テオドールは立ち上がった。
*
祭りまで、あと七日。
「テオドール様?」
「何」
「それは……何をなさっているんですか」
「今年の収穫祭の衣装を作ってるんだよ」
ユリアンは床を見た。黒い布があった。
「これは」
「ここから魔獣になるから」
「収穫祭、七日後ですよ」
「なる」
テオドールの言葉が妙に力強かった。
しかし、いつも“整理を怠るな”と冷たく言い放っているとは思えない程に、机に糸や鋏が散らばっている。
「あの、それこそ魔術でお作りになられては」
「駄目だよ」
「何故」
「この祭りは、自らの手で作った作物への感謝を、自らの手で作った衣装を身に纏うことで示すものだから。魔術だと問題があるかもしれない」
「本来はそうですけども……」
ユリアンは気付いていた。
テオドールが針に糸を通そうとしてから既に2時間経っていた事を。
*
街が橙色で飾られ、人々が浮かれ出す。
祭りまで、あと一日。
「テオドール様」
「何」
ユリアンが布を持ち上げる。
端処理も何もあったものではない、ただぺらぺらの布が謎の形に切り取られただけの代物。
一応何かの型紙には当てたらしく、布の端に印がついていた。
「テオドール様、これ、まだ布ですが」
「服だよ。ほらこれ袖」
「テオドール様、これ右袖が二つあります」
「えっ」
*
祭り当日。朝。
「…………」
テオドールは床に座っていた。
目の前には布がある。かなり服には近付いた。
胴体がある。袖も二本ある。襟もある。
ただし、全部が繋がっていない。
着れるかどうかもわからない。
着れたとしても多分ショボい。
「…………」
全然普通に間に合わなかった。
国内最高峰の宮廷魔術師が己の敗北を悟っていた。
魔獣の群れなら一人で殲滅できる。
複数の転移術式を同時展開できる。
王都を覆うほどの結界だって張れる。
しかし、服は作れなかった。
「…………」
どうしよう。
今から方向転換して布を被って“おばけ”ってやってもいい。一応仮装にはなる。
だが。
「…………」
駄目だ。それでは去年とあまり変わらない。
またルキにショボいと思われる。
それだけは駄目だ。
かといって、今から完成させることも出来ない。
魔術を使えば一瞬だ。
しかし、それでは祭りの趣旨に反する。
どうすれば。
「テオドール」
聞き慣れた声に、肩が跳ねた。
振り返る。
「……父上」
いつからいたのだろうか。
教皇セドリック・フォン・シェルナーが、扉の前に立っていた。
床一面に散らばった布。
針。糸。型紙。
そして、その中央で途方に暮れている息子。
セドリックはしばらく無言だった。
「出来上がらなかったのですね」
テオドールは俯いた。叱られる。
計画性がないと。
己の技量を把握せず無謀なことをしたと。
実際、その通りだった。
セドリックは何も言わなかった。
やがて静かに息を吐く。
「テオドール」
「はい」
「祈りなさい」
テオドールが顔を上げる。
セドリックは持っていた紙袋を差し出した。
「…………」
「父上これは」
「開けなさい」
言われるがまま受け取る。
紙袋を開くと、白い布が見えた。
「…………」
白い頭巾に黒い長衣。
胸元を飾る白い布。
慎ましい装飾の施された、教会式の修道服。
「…………」
テオドールは黙った。
セドリックも黙っている。
テオドールは修道服を見てから、そして父を見た。
もう一度、修道服を見る。
「…………父上これは」
「修道服です」
「そうですね」
「衣装が必要なのでしょう。親の作ったものを子が着る。神の意に反しません」
「何故よりにもよって女物の」
「祈りなさい。テオドール。神への祈りに性別は関係ありません」
「…………」
何を言ってんだ、真面目な顔で。
「時間がありませんよ」
「…………」
「テオドール、祈りなさい」
テオドールは、もう一度修道服を見た。
*
「おっせえな、テオ」
教会前の広場は、既に大勢の人で賑わっていた。
色鮮やかな衣装を纏った人々が行き交い、子供たちは菓子を求めてあちこちを走り回っている。
ルキウスは教会の壁に寄り掛かりながら、人混みの向こうを眺めていた。
今年はちゃんとやると言っていた。
何になるつもりだったのか、結局教えてもらえなかったが、まあテオドールの事だからなんだかんだ魔術でいい感じになるだろう。
「ルキ」
「お、テオ、遅……」
聞き慣れた声に振り返る。
ルキウスは黙った。
テオドールも黙った。
黒い修道服。白い頭巾。
胸元には小さな十字架。
長い髪は普段より丁寧に纏められ、顔周りだけが白い布の間から覗いている。
衣装そのものの出来は、非常に良かった。
非常に。
「…………」
「…………」
「テオ」
「何」
「…………シスター?」
「…………」
テオドールは目を逸らした。
「……うん……」
「お前が作ったの?」
「…………」
「テオ?」
「…………父上が」
「教皇が!?!?!?!?!?」
その日、教会前の広場に響いた声の中で、それが最も大きかった。
その年、宮廷魔術師の仮装は例年になく好評を博した。
子供たちからは褒められ、用意していた菓子も全てなくなった。トマトは残った。
なお、テオドール・フォン・シェルナーの威厳と、父親に対する好感度だけが地に這っていた。
息子にシスター着せる教皇、あまりにも嫌




