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第二王子の退屈しのぎ

まだルキもテオも10代で、第一王子が生きている頃。

 ルキウス・ヴァレリウス第二王子は機嫌が悪かった。


 上っ面で滑るような意味の無い式典に、媚び諂うだけの挨拶が続く。

 隣の兄上――第一王子は貴族達に上手く声を掛けていたが、ルキウスはあまりの退屈さに殆ど仏頂面だった。

 こんな無駄な時間を過ごすくらいなら部屋に戻って絨毯の模様でも数えていた方が随分ましだ。

 そのうえ今日は、ルキウスの提案した救民倉庫の設置案について、古い貴族たちが遠回しに文句を言う日だった。


「いやはや……殿下のお考えにはいつも感心致します。戦でもないのに街道に食糧を置くとは実に慈悲深い。乞食供がさぞ殿下を讃えるでしょうなあ」


 そう言ったのは、グライスナー伯だった。

 白い髭を整えた、いかにも立派そうな老人。

 立派そうな顔で、立派そうな声で、立派そうなことを言う。


「発想が突飛……いえ、革新的でいらっしゃる。第一王子殿下は何事にも堅実で、王家の伝統をよく重んじておられますが、第二王子殿下はまことに自由なお方だ」


 部屋の隅に控えていたテオドールがほんの少しだけ目を伏せた。

 ああ。あいつまた何か思いついたな、とルキウスは察す。


「なるほど。伯はそう思うんだな」


 ルキウスの声は明るかった。

 怒っているようには聞こえない。むしろ機嫌が良さそうにすら見える。


 グライスナー伯は、満足げに頷いた。

 若い第二王子をやんわり諭したつもりなのだろう。

 

 テオドールは口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。

 テオドールが微笑んでいる時は大抵ろくでもないことを考えている。

 それを知っているのは、この場でおそらくルキウスだけだった。


 *


「ルキ」


 式典が終わり、大人たちの視線が離れた瞬間、テオドールが小さくルキウスを呼んだ。


「伯、明日の晩餐にも出るんだろう?」

「ああ、祝辞読む予定だが」

「じゃあさ」


 テオドールがルキウスに耳打ちする。

 ルキウスは一拍だけ黙った。

 本当にこの親友は、性格と底意地が悪い。

 そして、最高に退屈しない。


「……お前は優秀な魔術師だよ」

「今知ったのかい?」


 テオドールが目を細めると、ルキウスは声を殺して笑った。


 翌日の晩餐は、予定通り開かれた。

 長い卓には白布がかけられ、銀器は磨き上げられて輝き、燭台には惜しみなく火が灯されている。

 部屋の奥では楽師が穏やかな曲を奏で、貴族たちはその音に合わせるように、にこやかに互いの腹の中を探り合っていた。


 ルキウスは杯を傾ける。

 隣にはテオドールが座っていた。いつも通り、静かで、行儀がよく、少しも悪事に関わっていない顔をしている。


「ルキウス、顔」

「悪い」


 小さく咎められて、ルキウスは慌てて口元を引き締めた。


 グライスナー伯は、まだ何も知らない。

 知るはずもなかった。昨夜、自分が読み上げる祝辞の草案を確認した時も、伯は満足げだったという。


 もちろん、その草案は本物だ。

 王宮の文官が書き、正規の手順で伯の手に渡り、伯自身が封蝋を確かめた。

 

 ただし、そこに重ねられた認証術式の底を、テオドールが少しだけ()()()

 

 伯が自ら口にした建前と、伯が過去に署名した文書と、伯の領地から提出された備蓄報告。

 その三つが矛盾しないよう、祝辞の言葉が()()()導かれるようにしただけ。


 心を操るわけじゃない。勿論、やろうと思えばテオドールにはそれも出来た。

 だが無から有を生み出すもの、つまり、思ってもいない事を言わせる魔術は、性質上足がつきやすい。

 だから、本人が積み上げた言葉の中から、一番逃げ場のないものを選ばせる。


「では、グライスナー伯。祝辞を」


 司会役の声に、伯がゆっくり立ち上がる。

 白い髭を整え、衣の前を直し、王と貴族たちへ恭しく一礼する。所作も礼儀も完璧だ。


「畏れながら、王家の御前にて一言申し上げます」


 グライスナー伯は巻紙を開き、小さく咳払いをする。


「我らがヴァレリウス王家の千年に及ぶ御威光は、剣と叡智、そして神の御加護により守られて参りました。民は王家の御名のもと安らかに日々を営んでおります」


 そこまでは、なめらかだった。

 王家の繁栄。神の加護。国境の安寧。

 どこにでもある、美しいだけで中身のない言葉。


「しかしながら……近年、国境沿いの村々において魔物の影が濃くなり、街道を行き交う民の安全にも、少なからぬ不安が生じております」


 グライスナー伯の眉がわずかに動く。


「かかる状況において、ルキウス殿下がご提案なされた王領街道救民倉庫の設置は……」


 一拍、間が空いた。


「……まことに、先見の明ある御施策と申せましょう」


 卓の空気が、ほんの少し揺れた。

 ルキウスが杯を傾け、にやける口元を隠す。


 グライスナー伯の目が、紙面を追う。唇が一度閉じる。

 しかし、止まれない。

 ルキウスがちらりと横を見ると、テオドールもルキウスを見ていた。

 滲む愉悦を隠そうともしていない。


「これを子供じみた理想論と笑う者があるならば、その者こそ現場を知らぬ者。飢えた民に必要なのは名誉ではなくパンであり、明日の糧でございます」


 グライスナー伯の声が、ほんの少し硬くなる。

 貴族たちの間に、細いざわめきが走った。

 それもそのはずだ。昨日まで“子供じみた理想論”だと笑っていたのは、他ならぬグライスナー伯だったのだから。


「反対しておられたはずでは」

「方針を変えられたのかしら」


 視線がグライスナー伯へ集まっていく。

 伯は巻紙から目を離せないまま、次の一文を読んだ。

 

「ゆえに、私グライスナーは……ルキウス殿下の御慧眼に深く感服し、この救民倉庫設置案が速やかに進められることを、心より願うものであります」


 最後の一文を読み終えた伯は、顔を上げた。


「……王家の御繁栄と、ルキウス殿下の御健勝を祈りまして、私の祝辞とさせていただきます」


 ルキウスとグライスナー伯の目が合う。

 ルキウスは目線を合わせたまま、ゆっくり手を打った。

 誰もが様子を窺いながら、隣が打ったから自分も打つ、という具合だった。

 だが一度始まってしまえば、それはもう祝福の形を取るしかない。


 王の御前で、グライスナー伯が自らルキウスの施策を褒めた。

 そして今、ルキウスがそれを称えている。

 ならば周囲の貴族たちも、拍手しないわけにはいかなかった。


 乾いた音が、長卓の上をゆっくり広がっていく。

 グライスナー伯は、巻紙を持つ指に力を込めたまま、深々と頭を下げた。

 その顔は、見事なほど笑っていなかった。

 

「見事な祝辞だった」

 

 ルキウスが口を開く。

 グライスナー伯の肩が、ほんのわずかに動いた。

 それでも長年王宮に立ち続けた男らしく、顔を上げる頃には、どうにか礼儀正しい表情を作っていた。


「……恐悦至極に存じます」

「特に、飢えた民に必要なのは名誉ではなくパン、という一節がよかった。俺も同感だ」


 卓の端で、誰かが小さく息を呑んだ。

 グライスナー伯の白い髭が、わずかに揺れる。

 ルキウスは杯を置き、何食わぬ顔で続けた。


「明日の評議では、ぜひ今の言葉をもう一度聞かせてほしい」


 逃げ道が、またひとつ塞がった。

 グライスナー伯は一瞬だけ、ルキウスの隣へ視線を滑らせた。

 そこには、何食わぬ顔で座るテオドールがいた。


「……殿下のお望みとあらば」


 グライスナー伯は、ようやくそれだけを絞り出した。


「実に頼もしい」


 ルキウスはにこりと笑う。

 その笑みは、昼間に伯へ向けたものとよく似ていた。

 だがグライスナー伯は、もう同じようには受け取らなかった。


 晩餐は何事もなかったように続いた。

 楽師は穏やかな曲を奏で、給仕は皿を運び、貴族たちはまた笑顔で腹の中を探り合い始める。

 ただ、先ほどまでとは少しだけ違っていた。


 誰もが、ルキウスを見る。

 そして同時に、その隣に座るテオドールを見る。

 王子の言葉と、宮廷魔術師の沈黙。

 その二つが並ぶと、どれほど面倒なことになるのか。

 少なくとも今夜、その場にいた者たちは思い知った。


 *


 ルキウスとテオドールは晩餐会を早々に抜けた。

 もうこの場には欠片も興味が無い。

 王族として必要な挨拶を済ませ、ルキウスは静かに席を立った。

 テオドールも当然のように後に続く。

 二人を、誰も引き止めなかった。


 廊下に出た後、両開きの豪奢な扉が閉まる。

 二人とも黙ったままほんの少し横並びで歩き、やがて同じタイミングで吹き出した。


「あぁっはっははははは!!!! 見たか!? あのおっさんの顔!!」

「見ないわけないじゃないか!! あんな面白いの!!」


 ルキウスは涙を流し、テオドールは腹を抱えていた。


「『飢えた民に必要なのはぁ、名誉ではなくパンであり、明日の糧でございます』」

「んぐっ、ルキ、似てる、やめて、んっふふ……!」


 晩餐の間では、今頃大人たちが顔色を変えながら今後の出方を探っているのだろう。

 救民倉庫設置案の反対派、その筆頭であるグライスナー伯が王の御前で賛成の意を唱えたのだから。

 これでまた明日やはり反対だなどと言えばグライスナー伯の言葉の信用は地に落ちる。

 何にせよ、ルキウスの勝ちだった。

 

「あー、明日の評議であれをもう一度読むのかと思うと……」

「ルキウス、君、性格が悪いね」

「お前にだけは言われたくないな!」


 また同じタイミングで笑った。

 テオドールは窓の外へ視線を向ける。夜の王宮の庭に、燭台の光が細く落ちていた。

 

 ルキウスは笑いの余韻を残したまま、軽く息を吐く。


「ありがとな、テオ」


 その一言だけで、テオドールの表情がほんの少し柔らかくなる。


「君が望んだからね」

「流石、俺の親友」


 ルキウスがそう言うと、テオドールは少しだけ目を伏せた。

 その顔を見て、ルキウスはまた笑いそうになる。


 誰も死んでいないし、血も流れていない。

 ただ一人の伯爵が、明日から少しだけ王宮で息をしづらくなっただけ。


 だからこれは、まだ悪戯。

 少なくとも、二人にとってはそうだった。

 

なかよしクソガキ。

まあでもこんな事して恨み買わないわけないんですよねえ。そして本編へ、みたいな

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