55話:精霊と妖精
アタシはオオカミの仔の頭の上の特等席に座って、全身に風を感じていた。アタシじゃ飛べないような速さで野山を走っていたの。そのせいかしら。少し調子に乗って、手を離したら後ろに飛ばされちゃって、置いていかれちゃうかと思ったわ?
でも、シャナっていう仔がアタシを受け止めてくれたから、置いていかれずに済んだの。
シャナはアタシと同じ妖精だった。身体は大きいケド、アタシと同じだったの。ちょっぴり嬉しくなっちゃった。
シャナはもともと人間だったンだって。人間って妖精になれるのね? それがどういう意味を持つのかアタシにはわからないケド、一緒のお友だちができて嬉しく思うの。
「ねぇねぇシャナ? シャナはどうしてそんなに大きいのン?」
「私は元々この大きさだし……前は人間だったからかな?」
「シャナってば、本当に妖精なのン? サフィやリラと同じ精霊じゃなくって?」
「えぇ、妖精よ」
「少し難しいかもしれないけれど……精霊は自然そのものが力となって、概念が抽出されたもの。精霊の本体は概念だから形を……つまり肉体を持たず、魂を持たないのよ」
「その概念が消滅しない限りは死を迎えることのない存在なのね」
「でも、妖精は先にその器ができて、後から概念が付随するの」
「あなたならその身体が魔力で作られてから、フラワーフェアリーという役割が後から付いてくるのね」
「わたしだったら人間だったこの器にこの山の守り人としての役割が、概念が付いてきた……そんな感じかしら」
「あなたや私という存在はひとりしかいないけれど、死を迎えると新しい全く別のわたしたちが生まれてくるの」
「シャナってば、難しいことを言うのね? サフィみたい」
「そうなの? サフィは妖精と精霊の違いについて知ってた?」
「え、わたし?」
サフィはリラに付きっきりで、話を振られると思ってなかったみたい。失礼しちゃうわね。
アタシには難しいことはよくわからないケド、シャナはアタシと同じ妖精なんだって。同じ妖精なのに、こんなにも身体の大きさが違うのは生まれ方が違ったからかしら?
でも、そんなことを気にする必要はないかなって思ったの。だって、同じ妖精、同じ愛しの隣人、全部同じでしょ?
アタシたちはお話に付いてこれなかったサフィをからかって、一緒になって咲っていた。いっつも優しいお顔をしているサフィが困ったお顔をしているのがおかしくって、楽しくなっちゃったの。
アタシはそんなサフィのことが愛しくなってしまって、サフィのお顔に飛んでいってほっぺたにごめんなさいのキスをしたの。そしたらサフィは呆れたように咲って、アタシを許してくれた。
「もう……エフェリア、せっかくの特等席はもういいの?」
「いいのっ。風が強くって前が見えないんだもの。それに、髪が乱れちゃうわ?」
「それじゃあ仕方ないか。せっかくかわいくしたもんね」
「飛ばされないようにだけ、気をつけてね」
サフィはそう言って、アタシのほっぺたを撫でてくれた。ちっぽけなアタシが痛くならないように、優しく触ってくれるの。その気持ちが嬉しくって、ついつい笑顔になっちゃう。
アタシはサフィのお膝の上に座って、どんどんと過ぎていく景色を眺める。いつの間にか、とっても遠いところまで来てしまった。もう、アタシひとりじゃ帰れそうにもないくらいね。
もし、もしも。
アタシがひとりだけだったら、こうやってお外に出てみようと思ったのかしら――。
そんなことを考えていた。
毎日お花のお世話をして、元気のないコがいるか見て回る。ちっぽけなアタシにとっては広い、広いお花畑では、それだけで一日が終わっちゃう。
あのコたちは元気にしているのかしら。アタシがいなくってもきっとなにも変わらないと思う。あのコたちはアタシよりもずっと、ずっと強いから大丈夫なんだと思う。ケド、やっぱり少しだけ心配になっちゃう。
「ねぇ、フラワーフェアリーのアタシがお花のお世話をやめちゃったら、どうなるの……?」
サフィに訊いたのか、シャナに訊いたのか、アタシはお空に向かって独り言のように呟いていた。今のアタシは、その役割を果たしていない。もしもこのままサフィやリラと一緒にいたら、アタシはフラワーフェアリーじゃなくなるのかしら。
「役割を放棄したら、いずれ消えちゃうと思うよ」
「私たちはその役割があるから生きているようなものだもの。何者でもなくなっちゃったら、存在している意味を失っちゃう。そうしたら、私たちは泡になって消えちゃうの」
「あ、でも、名前を持っているエフェリアは大丈夫よ。これは私も同じね」
「名前を持っているということは、唯一無二の存在になったということ。つまり、世界にとって価値のあるものになったということよ」
「それはつまり、エフェリアはフラワーフェアリーだけど、他の仔たちはエフェリアにとって代われないってことでいいの?」
サフィは少し前かがみになってシャナの目を見る。
アタシにはよくわからなかったケド、アタシはこのままで良いみたい。サフィがアタシにお名前をくれたから、家族になってくれたから、アタシはアタシでいられるみたい。
あのとき、サフィとリラに遇えて良かったと思うの。ヘンテコなサフィに、弱っちいリラ。危なっかしくて目を離すことなんてできやしないわ? しっかりしてるアタシが、ちゃんと見ていてあげないとね?
今だって、リラはサフィの肩に頭を預けて気持ちよさそうに眠っちゃってる。かわいいお顔をしてるからイタズラしたくなっちゃうケド、今は風に飛ばされて置いていかれちゃうからしないでいてあげる。
そうやってみんなの幸せそうなお顔と、キレイな景色を見ていたら、いつの間にかあの赤の所までやって来ちゃった。
あっという間で、少し物足りないかもって思っちゃったの。でも、きっとこれからもっと楽しいことが待っているのよね。だって、サフィとリラがいて、今じゃシャナも一緒にいるもの。
アタシたちはその赤が見える所から少し離れているところで降ろしてもらった。お眠りさんのリラを起こして、伸びをする。
「アナタもお疲れさまっ、ありがとね♪」
アタシはオオカミの仔の頭を全身で撫でてあげた。その仔は舌を出して、尻尾を振って、とっても喜んでくれた。サフィはその仔を転がしてお腹を撫でていたわ。そしたらリラとシャナも一緒になって撫でるものだから、アタシもまぜてもらったの。
気が済むまで戯れたら、いよいよ人間の住む街まで出発ね。
「じゃあ、私たちとはこれでお別れだね。いっぱい楽しんで来てね」
オオカミの仔は人間たちを怖がらせちゃうから帰ってもらうんだって。でも、どうしてシャナも一緒に帰ろうとするのかしら。アタシたちと一緒に遊んでいけばいいのに。そのことをシャナに訊いてみたら、ヘンテコなお返事が返ってきたの。
「今は用事があるわけじゃないし……あまり一緒にいすぎるとお別れがツラくなるもの。それに私は山の守り人だから……その役割をちゃんと果たさないとイケないでしょ?」
「じゃあさ、わたしたちの案内をしてくれない? わたしたち、ここには初めて来るからなにがあるかわからないし、知ってる人もいないからさ」
「シャナが一緒にいてくれるといいなって思うんだけど……ダメかな?」
「そうよ! それに、アタシたちはもうお友だちなンだから、一緒にお家にだって住みましょうよ」
アタシはそう言って、シャナの手を引いた。
アタシたちは人間の住む街にアタシたちも暮らそうとしていることを話した。そこにシャナもいてくれたらいいなって、アタシは思ったの。だって、洞窟の中でひとりぼっちだなんてつまらないじゃない?
シャナは愛しい隣人たちがいるから寂しくないだなんていうけれど、アタシにはそうは思えなかったの。だって、そう言っていたときのシャナのお顔、とっても寂しそうだったもの。
ちょっぴり、アタシに似てるって思ったの。
だからサフィがアタシにしてくれたみたいに、アタシもシャナに同じようにしようって思ったの。
「……アラ? アタシ、なにかヘンテコなこと言った?」




