4-1話:流れる時、目醒めの季節【泉の精霊視点】
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飛んで踊って喜びます。
それはもう軍鶏みたいに。
――あの日からいくらか時が過ぎた。
吐息が白く形を持って、世界へとけていくのが目に見える季節。深い、深い意識の海の底から現実へと浮かび上がる。濡れた身体はまだ重く、波に揺られては夢と今の間を浮沈する。身体は温かな巣から旅立つのは億劫で、太陽でさえも毎日寝坊する始末だった。世界の輪郭がだんだんとはっきりとしていく時間を、夢から醒めた夢のようにすごせるのは好きだけれど、雪の日はそうもいかない。泉が凍って、外へ出られなくなってしまうから。
放って置くと、叩き割るのも中々難しい。この季節の日課として、水中から凍てついた水面に向かって水魔法を放つ。
すると、わたしのすぐ横をヌルリと通り過ぎて、一足先に外へ遊びに行こうとする影がひとつ。
あの日、泉の上に生まれた仔。
半透明でまんまるの身体をしていて、中にキレイな石のようなものがある。抱いているとほんのりと温かい。
この仔はスライムと言われている魔物だった。
「あら、おはよう」
「抜け駆けなんてズルいじゃない」
返事はない。けれど、わたしは毎日のように話しかけている。
この仔はわたしのことを認識しているのかさえわからない。それでもときどき、声に反応するように、その丸い体を捻らせるような仕草をすることがある。
水魔法で穿った穴から外へと出る。一面の銀世界には、一切の音が存在していないように感じた。
凍った泉の上を、ふたりして滑る。この季節には毎日こうしている。日が頭の上まで昇り始めると、氷が薄なってうまく滑ることができない。精霊であるわたしも、この仔も水に沈むことはないけれど、特別感がなくなってしまう。だから、日が昇り切る前、まだ夜の気配を湛えている朝に滑って遊ぶ。
後ろ向きに滑って、氷を蹴って飛ぶ。数回、回転して着地する。勢いをつけると、たくさん回ることができて少し楽しい。
あの仔は楽しめているのかわからないけれど、毎日外に出ては、わたしと一緒に氷の上を無作為に滑っている。
滑るのに満足したら、雪を転がして塊を作る。簡単に形を整えれば、あの仔の完成。
「みてみて、今日もうまくできたよ」
「また家族が増えちゃったね」
隣には同じような雪の塊がいくつもある。あの仔みたいな、葉っぱの上で光っている雫のような形をした雪の塊。そして、まんまるに太った体と頭を持った不格好な雪の塊。わたしだ。
この季節には、泉の周りに日に日に増えていくこととなる。ときどき、泉の周りに遊びにくる動物たちを模したものも作る。いっぱい作って、大家族のできあがり。こうしてしまえば、いくらか寂しさも紛らわせることができる。
あの仔はそんな家族たちの上に登って戯れているようにみえる。そして、そのまま解かして台無しにしてしまう。
「あー、もう。また解かしちゃうんだから……」
せっかく作ってあげた家族たちを解かしているこの仔を抱き上げると、名残惜しそうに解かした雪の塊に少し伸びる。
そんなことをするなら、解かさなければいいのに……。もしかしたら、この仔は遊んでいるだけのつもりで、身体が水っぽいから勝手に解けていってしまっているのかもしれない。
手のひらに収まる小さな雪玉をいくつも作って、凍った泉の上に少し間隔を開けて置いていく。すると、あの仔はそれに誘われるように、順番に覆いかぶさって飲み込んでいく。そして最後はわたしの下までやってきて、捕らえられる。
「ふふっ、つーかまーえた」
この息の凍る寒い季節には、毎日このようにして遊んでいた――。
◆
――目をこすり、夢の名残を吐き出そうと、その小さな口をめいっぱい広げた。
淡い光が薄布のように泉に差し込んで、その布を静かに揺らし部屋の中に朝を注ぐ。遠く澄んだ真珠のような歌声が、空へ溶けていくのが聞こえる。
息の凍る寒い季節は終わり、太陽も寝坊することがなくなって、暖かくなってきた。
草木も生き生きとした葉っぱでオシャレをするようになって、遊びに来なくなった動物たちも、ときどき水を飲みにやってくる。
この季節になると、『冒険者』を名乗る人たちがやってくることもある。
彼らは色々なことを知っていて、たくさんお話をしてくれる。
今の季節のことを春ということ。わたしは精霊で、彼らは人間という種族であること。人間は他にもたくさんいて、家族の暮らす家があって、村があって、街があること。
人間は食事をしないと生きていけないこと。
精霊は魔力さえあれば生きていける存在。これはスライムであるこの仔も同じようで、泉の中にたくさん生えている魔氷晶をときどき吸収している。
泉の底から留めなく溢れてくる湧き水には、純粋な魔力が大量に含まれていて、それらが水に溶けきれなくなると、魔氷晶というとても硬い石になるらしい。これも、冒険者という人たちが教えてくれた。
魔氷晶はとても希少で、価値がある? らしい。加工? も難しいと言っていた。
わたしは、この魔氷晶はキレイだから腕輪などを作って遊んでいたこともあった。だから、たくさんお話してくれたお礼にあげたことがある。すると、とても驚いてどこで手に入れたのかを訊いてきた。
泉の底にいっぱいあると言えば、さらに驚いたようにして、言葉を失っていた。
そのときに、この魔氷晶について詳しく教えてもらった。
そんなことを思い出して、あの仔をモチモチしようと辺りを見渡す。クセになるような柔らかさで、ほんのり温かい。いつまでも腕の中に抱いていたくなるようなスライムの仔。
けれど、あの仔はどこにもいなかった。あの仔の魔力を探ってみても、どこにも感じない。きっと、ひとりで外に出かけたのだろう。こういうことは、ときどきあった。始めこそ、どこへ行ってしまったのか探し回ったけれど、泉の近くを彷徨いているだけで、時間が経てば帰って来ることがわかった。
だから、たまには好きにさせてあげることにした――。
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