5話:無銘の精霊
X(旧Twitter)にて活動をはじめました。
更新情報などを発信していますので、ぜひフォローや拡散をお願いいたします。
「――と、言う感じです」
そこまで言って、なんか痛いヤツに見えていないか心配になってきた。
泉の彼女はまた、驚きで固まって動かなくなってしまった。
「まぁ――」
「あなた、本当に特異だったのね!」
「わたしね、神様にお願いしたの」
「家族をくださいって」
「そうしたらね、あなたが光の中から現れたのよ」
「あなたはわたしへの、神様の贈り物なのね」
意外なことに、すんなりと受け入れられた。
そういえば、彼女が寂しがっているから、その家族として精霊に転生させると言われた気がする。
でもどうしてスライムなのか。スライムって精霊だっけ?
「……神様ってそんな簡単に転生させて、願いを叶えてしまうものなの?」
泉の彼女は真摯に答えようとしてくれているようで、少しばかり唸っている。
「わたし、ずっとここにひとりでいたから……詳しいことは知らないけれど、そんなことはないと思う」
「でも、過去に転生してきた人たちは、みんなすごい力を持っていたそうよ」
「スライムとか……魔物、魔族に転生したという話は聞いたことがないけれど、わたしが知らないだけで、過去にもいるのかしら」
他人から話を聞くと、ようやくファンタジーが現実みを帯びてきた。
「わたし、神様に願いを聞いてもらえて、本当によかったわ」
「あなたも、わたしの元へ来てくれてありがとう」
そう言うと、歩み寄られて撫でられた。柔らかく、温かい手つきだった。身体を撫でられているととても落ち着く。
「わたしも、あなたの元へ来られてよかったです」
ありきたりな返事ではあるけれど、嘘ではない。きっと、意識を失う前に聞こえたあの悲しそうな声は、彼女のものだったのだろうと思う。
「わたし、ずっとひとりだったから……」
「だからね、あなたが光の中から現れたとき――」
上の空になっているわたしを見て、泉の彼女は大げさに身振りをしてみせた。
「もう、本当に驚いたのだから!」
泉の彼女は、光の中から現れたわたしを、神様からの贈り物だと思い、気にかけていたそうだ。
意識が芽生える前のわたしは、基本的に泉から離れることはなく、住み着いていたらしい。スライムだから。と、どこかで諦めてはいたけれど、ずっと泉に居てくれる存在はいなかったらしく、毎日話しかけていたという。
……わたしは光の中から現れてから、どれくらいの時間が経っているのだろう。と、疑問に思った。ならば、訊いて見るしかあるまいと、問い掛ける。
「うーん……冬が来て、もうそろそろ春がくるんだと思う」
となると、短くて四ヶ月位か、長くて一年位は経っているのかもしれない。
別にいつ来たかは知らなくても困らないからいいのだけれど、長くて一年近くも意識がなかったと思うと、よく生きていたなと思う。運がなければ、別の魔物に斃されていただろうと考えてしまう。
そうなると、泉に落ちて、拠点として活動していたのは幸運だったと言える。
「この辺り、魔力が豊富だから生き物は多いけれど、ずっと泉にいてくれる子はいなかったし……」
「ずっと寂しかったけれど、あなたが来てくれてよかったわ」
そう言ってもらえると少しばかり恥ずかしいけれど、嬉しいものだ。
と、思い出したことがある。
まだ、名前を知らない。
「あの、そういえばなのですが……」
「あなたのお名前をお伺いしても?」
「えっと……その、ないの」
名前は無いらしい。個の証明が必要のなかった彼女には、必要のないものだったのかもしれない。
そういうわたし自身、自分の名前を思い出せない。
これは、ある一種のチャンスとも言えるかもしれない。
前世の知識があると、その前世に引っ張られるけれど、名前という概念的要素に縛られないのならば、わたしは全く新しいわたしだと言ってもいいかもしれない。
もし、新しく生まれ変わるのなら、花の名前が良い。
……今、スライムであることは、この際忘れようと思う。いつか人間に擬態できるスライムになれればいいや。と、気長に考えることにした。
そして、わたしは提案することにした。
「それでは、お互いに名前を付け合いませんか――?」
◆
名前。それは、とても意味のあるものだ。人にとっても、初めての贈り物として、一生涯大切にするものだし、個をたらしめる最も原初的な器だと思う。
「本当に!? 名前を付けてくれるの?」
泉の彼女は、食い入るようにわたしに迫った。
「はい、できるなら、あなたのことは名前で呼びたいですから」
わたしは彼女の様子に驚きながらも、冷静に答えるよう努めた。美しいという言葉が最も似合う、可憐な乙女が少しばかり乱れる姿は、なんというか、素晴らしい。
決してやましい気持ちはないけれど、そう。大変、大変なのである。
「じゃ、じゃあ、最後に同じ名前を名乗りましょう?」
「姓みたいなものですか?」
「それはよくわからないけれど……わたしたちが同格で、同じように加護を授けられるようにするの」
そういう意味も、この世界ではあるのか。と思う。前世と同じように、ファミリーネーム、家族のようなものと考えて大丈夫そうだった。
「家族のようなものかなぁ」
「家族……」
泉の彼女はそう呟いていた。
――そしてわたしは、敢えて言葉にする。
「名前はやっぱり……花の名前がいい」
「あなたはきっと、白い小さな花で、愛されるべきだと思うから」
「うん、ライラックの花……リラがいい」
「あなたの名前は、『リラ』だ」
「それで最後の名前は、フォンテーヌにしよう」
フォンテーヌは外国でファミリーネームとして使われている地域もあったはずだ。
この世界でどうかは知らないけれど、精霊や妖精にとって、名前は最も意味のあるものだと言ってもいい。それはその精霊や妖精の存在を現す言葉そのものだと聞いたことがある。
だから、彼女にはその姿に相応しい、その名前に相応しいものをつけたいと思った。
「リラ・フォンテーヌ」
「泉という意味がある」
「泉の精霊であるあなたには、ぴったりだと思う」
このときわたしは、丁寧に言うのをやめていた。とは言っても、なんとなくその方が、雰囲気を出せる気がしたから。という理由しかないのだけれど。
「それじゃあ、わたしの番ね」
「お名前……そうね……どうしましょう……」
「青……青い……?」
「えっと、サフィ……は、どうかしら」
せっかく名前を考えてくれたのに、拒否するだなんてことはしない。初めての友人とも言える子からの、初めての贈り物だ。一生の宝物である。
「サフィ……ね。ありがとうございます」
「今日から、わたしの名前はサフィ・フォンテーヌですね」
「わたしはリラ・フォンテーヌ」
泉の彼女……リラは、その名前を大切に、胸の中へしまうようにして咲った。
すると、彼女の胸元が温かな光を放った。わたしも光っていた。身体の内側から、力が湧き上がってくるような感覚があった。
「これは……?」
わたしたちはお互いに驚き、言葉を失っていた――。
やっと名前がつきました。
前置きが長くなり申し訳ありません。
転生前の名前を出していないのは他の誰かであるということを固定させないためでした。




