天空城 ユグドラシル
「つ、掴まって!!!!」
ヤテンさんはそう言うと、手一杯に伸ばし、自分の体に俺とルルを引き寄せ、風魔法を唱えた。
すると、ゆっくりと勢いが静止していく。
「何あれ?」
雲を突き破る、巨大樹。そして、その上にはあまりに広大な土地が広がっていた。
そして、中央には巨大な城が建っている。
「危ない!!!」
途端、人が扱うには大きすぎる弓矢が、遠方より、
俺たちを目掛けて飛んでくる。
「イシュバルト!!!!」
ルルが、弓矢を止めてくれる。
「ダメ。とりあえず降りないと。」
ヤテンさんは、土地に近づき、何とか俺たちは降り立つことができた。
「ここは?」
森、なのだがあまりに静かだ。
風の音すら聞こえない。
ヤテンさんは、額の汗を手で拭い、斜め上を見上げる。
「大きいお城。」
「そうだね。見たことないくらい大きい。」
「でかい像とかも並んでるな。」
神々しい装飾、壮麗な女神像、雄大な戦士の像がまるで城を守るかのように要所に置かれていた。
「とりあえず、進もう。」
弓矢で射られたことから、相手に既に居場所を把握されている可能性が高い。それに、逃げるとしてもここは雲の上、外は断崖絶壁だ。
「それにしても……」
空気がとても澄んでいて、心地いい。
「なんだか、体が軽いわ。」
ルルが両手を上にあげて、深呼吸をする。
「空の上の土地……聞いたことがないけど、エデンの伝記には書かれていなかったはず。それどころか、森を抜けてから辿り着いた場所はどこにも、記されていなかった。」
ヤテンさんは、辺りを見渡した。
森……のはずなのだが、
生き物の気配を全く感じない。
「ここは、一体………」
すると、周囲からフフフッと、優しい笑い声が辺りに響くように聞こえてくる。
「な、何の声!?」
ルルは驚き、辺りを見渡す。
しかし、声の主は見当たらない。
そして、しばらくすると、その声は遠ざかり、
いなくなった。
「一体何だったのかしら……?」
ヤテンさんは不思議そうに、森の木々を眺める。
「一本一本の木に、聖の力が纏われている。こんなの初め見たわ。」
「とりあえず、進んでみよう。何かあるかもしれない。」
俺がそう言うと、2人は頷いて、俺たちは前へと進んだ。
しばらくすると、大きな湖が見えてきた。
「水だ!喉乾いてたんだよね!」
ルルは嬉しそうに、飛び上がって、湖のほとりに駆けていく。俺たちもそれにつられるように、湖に歩いていく。
「わぁ、美味しい。」
ルルが水を手ですくって、口に運び、
驚いた表情を浮かべている。
「本当、驚くほどおいしい。」
ヤテンさんも、俺も思わず感心してしまうほどに、
その水は透き通っていた。
甘くて、体の隅々にまで浸透するような、生き返るような心地がした。
そのときだった。
「わ、わぁ!?」
俺は飛び上がった。
何故なら、目と鼻の先に、大きな鹿がいたからだ。
ヤテンさんとルルも驚いたように辺りを見渡す。
「い、いつのまに………。」
「ど、どうなっているの?」
辺りには、これまでいなかった、鳥や馬、そして、鹿、熊といった生き物まで、存在していた。
「あの人………」
ルルが向こう岸を見る。
するとそこには、木で編まれたカゴを手にかけ、草木を摘む、優しそうな金色の髪の女性がいた。
「すいませーん!」
俺たちは声をかける。
女の人を気がついたようにこちらを見る。
すると、困惑した表情でこちらに向かってきた。
「あの、あなた達、人間よね?」
女性は尋ねる。
「私たち旅のものでして……もしよければ、この地のことを教えて頂きたいのですが。」
ヤテンさんは、これまでの経緯などを軽く女性に説明した。
「なるほど……おおよそ分かりました。何故この地に降り立ったかは不明ですが、今すぐ離れなければなりません。」
どうしてですか?……と、そう問う前に、
遥か上空、後ろから大矢が急襲する。
「し、しまった!?」
俺たちは不意を突かれ、今度は反応できなかった。
その時だ。
「オーディンよ。落ち着きなさい。」
黒い閃光が、大矢を止める。
女性が、手を掲げていた。
それを睨むように、上空、天馬に跨り、巨大な槍を掲げた男がこちらを見る。
「侵入者だ。排除する。」
オーディンは天馬から、飛び降り、
地に降りる。その衝撃だけで、
辺りは酷く、荒れ、気づけば動物達は、
いなくなっていた。
「むっ。貴様、神の力を有しているな。」
俺に向けられた、殺気のこもった眼差しに、
俺は思わず仰け反りそうになる。
(こ、この力は……….!?)
これまで感じたことがない。
リヴァイアサンや、ティマイオスよりも、
遥かに………
それに、何故かクロノスさんに近いような、そんな感じがした。
「覚悟しろ。」
オーディンは槍を構える。
「まずい!?」
女性は俺たちの前に出て、
両手を前に掲げる。
オーディンが槍を繰り出すと、
とてつもない衝撃波が前方に広がり、
女性が作り出してくれたであろう、俺たちを囲う暗いオーラのような何かが、衝撃波から俺たちの身を守ってくれた。
「そ、そんな………」
ルルは後ろを見て震えた声で、顔を青くし、
ヤテンの袖を掴む。
遥か先見えない場所まで、まるで柔い土を削り取ったかのように巨大な痕跡が広がる。
動物たちは倒れ、傷つき、見るも無惨な、残酷な様子で、その衝撃の凄まじさを物語っていた。
「………くっ。」
女性は両膝をつく。
その手は血塗れになり、息は乱れ、
今にも倒れそうだった。
「人など構うからだ。愚か者め。」
「おい。」
俺は前に出る。
「何で傷つけた?」
「邪魔をするからだ。我は主神、オーディン。
万物の神なり。」
「そうか。」
俺は、瞬間、オーディンの顔面に殴りかかる。
「あまい。」
オーディンは片腕で、俺の手を摘み、放り投げた。
「ぐぁっ!?」
地面に叩きつけられた、
とてつもない衝撃が身体に走る。
リヴァイアサンに尾で叩かれた時以上の衝撃だ。
俺はすぐに身を翻し、跳んだ。
再び、オーディンの右斜め上前方、拳を下に向けて、全力で振り翳す。
「むっ!?」
オーディンは片腕で受け止めるが、地は大きくへこみ、一瞬の隙ができる。
「ヤテンさん!ルル!女性を抱えて逃げろ!!!」
「分かったわ!」
「うん!」
2人は女性を抱えて、懸命に走る。
「逃すか。」
オーディンは槍を再び、振り翳す。
「させるか!!」
俺は槍ごと足裏を地面に叩きつけた。
鎧の奥の眼光がこちらを睨む。
「貴様………」
オーディンは槍から片方の腕を離し、
俺に拳を向ける。
俺はそれに向かい合うように拳を全力で向けた。
お互いの拳がぶつかり、その衝撃とともに大地が揺れる。
「このオーディンと打ち合える者、そうはおらん。」
俺の拳からは衝撃に耐えられず、血が吹き出した。
「ぐっ!?」
「よかろう。貴様の成長を待つとしよう。」
オーディンは、降りて来た天馬に跨り、
空に駆け、遥か上空まで昇った。
空に響くように声が聞こえる。
「この先、この地ユグドラシルは貴様に試練を与えよう。その試練を乗り越えれば、自ずと道は開けるであろう。」
気づけば天馬とオーディンはその姿を消していた。
「この森の木々達は、一つひとつに精霊が宿り、聖樹の性質を持っています。」
「一つひとつが聖樹の性質を……?」
ヤテンさんは驚いたようにそう尋ねる。
「えぇ、ここは神の地ユグドラシル。本来人が立ち入れる場所ではないのですが、ある神の意図があなたたちをここに導いたようです。」
ある神……というと老竜イデロスだろうか?
「その通りです。」
ウルズ様は目を閉じ、下に俯いて話した。
「事情があるとはいえ、少し無理をし過ぎている。そろそろなのかも、しれませんね。」
俺は、なんだか含みのある言い方に聞き返そうとしたが、ヤテンさんが足を止めた。
「あ、あの………」
「どうしましたか?」
ウルズ様が聞き返す。
「光に阻まれて、これ以上、前に進めないのですが……」
「ん………」
ウルズ様は緑に透き通る美しい目を、ヤテンさんに向けて、言った。
「闇の、未来が見える。」
「闇の……未来?」
「闇の未来ってどういうことですか?」
俺は少し食いぎみに聞き返す。
「あなたは、近い将来闇に魅入られます。」
そして、顔を顰めて言った。
「あなたは仲間たちの敵になるでしょう。」
その言葉に、俺は怒鳴り声を上げた。
「なっ!?そ、そんなわけない!!!ヤテンさんが、俺たちの敵になるわけない。」
「……もちろん決まった未来ではありません。」
ウルズ様は顔を俯いて振り、
残念そうに呟いた。
「しかし、この中の誰かが死にます。」
俺たちはその言葉に、目の前が暗くなった。
その時、ルルが無理をして明るく話した。
「大丈夫!!私が何とかするよ!!ヤテンが死にそうになったら、私が代わりに……」
「馬鹿なこと言わないで!!!」
ヤテンさんは拳を握りしめ、下を俯いて怒鳴る。
「その未来はどうすれば回避できるのでしょうか?」
ウルズ様は首を振って、答える。
「避けようがありません。」
その言葉に、俺は眩暈がした。
「けれど、私がいることは幸いです。死の兆候、そらを知る原石をあなたに渡しておきます。」
ウルズ様は俺に黒く光る原石を渡した。
「死の兆候、その分岐点が近づくにつれて、その原石は光りを増していきます。」
彼女は言った。
「奇跡を起こしてください。」
ウルズ様はこちらに振り向き、
「それが、私があなた方に与える試練と致しましょう。」
そう言うと、ウルズ様は手を前に掲げ、光の結界を破ったようだった。
嫌な記憶がよみがえる。
馬鹿な私が騙されて、
仲間をたくさん殺した。
火で焼いた街の光景が目に浮かぶ。
「お前がいなければ。」
「よそ者のお前がなんで。」
「子どもが……子どもがぁ………」
やめて、やめて
目の前の私が言う。
「お前が死ねばいいんだ。」
そうだ。私が死ねばいい。
この2人に何かあるくらいなら、
私は今すぐにでも命を差し出してもいい。
私は、誰ももう失いたくない。
「……テンさん、……ヤテンさん!!!」
はっとして後ろを向く。
そこには心配そうに私を見る、
素空の顔が見えた。
「ヤテンさん、やっぱり顔色が悪い、少し休もう。」
「いや、いいんだ。しかし、私が一緒にいっても大丈夫だろうか?ウルズ様があのように仰っているのだから、大人しく、私は外で待っていたほうが……」
「外で待つと言う選択肢は、お勧めできません。」
ウルズ様は言う。
「そうなれば、いよいよあなたの運命は悲惨な未来を辿ります。」
「じゃあ、外でなんて、絶対待っちゃダメだよ!わたしがさせない!!」
ルルが怒ったように言う。
「私がヤテンをたすけるよ。絶対に一人になんてさせない。」
ルルはヤテンさんの両手をギュッと掴む。
ルルは目に涙を浮かべて言った。
「ヤテン、私ね。幸せだよ。」
ルルは言う。
「ヤテンと出会って、沢山のことを教えてもらった。料理の作り方とか、人との接し方とか、間違えたときはたくさん怒ってくれて、あのね、わたし、すっごく嬉しかった。わたしは、ヤテンと出会えて、すごく幸せになれた。」
ルルは強い眼差しを向ける。
「ヤテンは私が守る。私が、ヤテンの盾になるよ。」
ヤテンさんは、ハッとしたように顔を上げ、そしてため息をついて言った。
「ルル………盾になるなんて、言っちゃいけません。みんなで乗り越えるのよ。」
ヤテンさんは笑った。
「ごめんね。辛気臭い顔しちゃって。
わたし、2人がいればどんな相手にも絶対に負けない気がする。わたしがみんなを守るわ。」
「いや、俺が守る!!!」
「ちがう、わたしが守るの!!!」
わぁー、わぁーといつもの言い合いになったが、それを見たウルズ様は笑って、言った。
「フフッ、あなたたちは面白いですね。思わず、力を貸したくなります。けれど、人の問題は、人が乗り越えないといけません。私は、見守らせていただきます。」
ウルズ様は目の前にあった門に手を翳す。
「くれぐれも、他の神に無礼のないように。」
門がゴゴゴゴ……と音を立てて開いていく。
そのときだった。
唐突に、
後ろ上空から大矢が飛来する。
ウルズ様は手を翳すと、矢は黒い塵となって霧散した。
「貴様、人間に手を貸すつもりか。」
「何のつもりです。オーディン。」
空中から馬に乗り、降り立つのは、
戦神オーディン。
「そこの娘、闇の力に与している。そして、もう1人、小さい娘。お前は、我が力を契約外から、1度行使したな。代償を支払ってもらうぞ。」
オーディンはその手に持つ、
唯一無二、伝説の槍グングニルを、
俺たちに向ける。
「覚悟。」
オーディンは、ヤテンさんに向かって、
一足で間合いを詰め、グングニルの一撃を放つ。
俺は、槍の柄の部分を思い切り下から蹴り上げ、軌道を逸らそうとした。
「重っ……!?」
わずかに軌道を逸らしたが、
戦神オーディンの眼光が俺に向く。
すると、足を掴まれ、
無造作に軽く投げられた。
「がぁっ!?」
地が大きく薙がれる。
リヴァイアサンに尾で叩かれたときより、
さらに大きな衝撃が俺を襲った。
「素空!!!!」
「人の心配をしている場合か?」
オーディンはその槍を、
ヤテンさんの首に向かって横に薙ぐ。
しかし、黒き閃光がそれを阻んだ。
「貴様、ここで一戦を俺と交えるつもりか。」
「あなたがその娘に手を出すのなら。」
ウルズとオーディンの睨み合いは続く。
「イシュバルト!!!」
オーディンの周囲が一瞬揺らぐ。
「ヤテンから離れて!!!!」
「……………」
オーディンは槍を地に突き刺した。
「うわぁ!?」
地全体が大きく揺らぎ、
ヤテンとルルはあまりの風圧に吹き飛ばされる。
オーディンは残ったウルズに向かって言った。
「貴様、何故ここまで人間を庇う。」
ウルズは言った。
「私があの者たちを好いているからです。」
「はぁ………」
オーディンは溜め息をついた。
「やめだやめだ。興が削がれた。」
オーディンは槍を降ろし、馬に戻る。
背を向けながら、オーディンは話した。
「神候補の人間と聞いて来てみたが、
ウルズ、お前は認めるのか?」
「それはまだわかりません。
彼等が試練を乗り越えれば、あるいは………」
「はぁ、人は手が掛かるな。
……ここには、あいつがいる。
俺が力を貸した方がいいか?」
「いえ、今回は彼等に委ねましょう。
まだ、その時ではありません。」
「……………分かった。」
オーディンはスレイプニルと共に駆ける。
上空から、自らが吹き飛ばした男を見る。
いちちっ、と頭をかき、立ち上がる姿が見えた。
オーディンは言った。
「また、会おう。」
しばらくして俺たちは、また城前に集合し、いよいよ城に入ることになった。
「それでは、心の準備はできましたか?」
「「「はい!!!」」」
「それでは、行きましょう。」
扉が開く。
すると、綺麗な鐘の音が鳴った。
上を見上げると、白い鳥が空へと羽ばたいていく。
「さぁ、ついて来てください。」
下を向くと、そこには長く続く、黄金色の紋章に彩られたレッドカーペット、奥から照らされる日の光は眩しく、手でまぶたを隠してしばらく歩いていると、
「着きました。」
と声が聞こえる。
俺は手をどけて、前を見てみる。
そこには、両端に半円を描くように上階まで続く黄金装飾の階段、中央の奥には赤く黄金に彩られた扉があった。
天井は果てなく、光が強く差し込んで、中央には斜めにぶっきらぼうに刺されたひび割れた聖剣を照らしている。
「さぁ、あなたたちには選択肢があります。」
俺たちは唾をゴクリと飲んで話を聞く。
「中央の扉を開き、『現在』の試練を受けるか、それとも上階にあがり、『未来』の試練を受けるか、それともここに止まり、私と共に試練を受けるか。」
「……よくわかんねぇけど、俺は『現在』の試練を受けるぜ。」
俺は、中央の扉へ向かう。
「みんなも行くぞ!!」
「「おぉー!!!」」
すると、ウルズ様が立ちふさがる。
「ど、どうしたんですか?」
「1人だけ。」
「1人………?」
「そう。1人ひとつの道。あなた達は、ここで一度別れなければならない。」
「なっ!?」
俺は、嫌な予感が頭をよぎった。
「それって!?」
「そう。ここからは1人の戦い。」
ウルズ様は手を掲げる。
「決して後悔のないように。」
辺りが暗闇に包まれる。
「健闘を祈ります。」
最後にそう聞こえたとき、俺の意識は途絶えた。
暗闇の中、私は過去を思い出していた。
私は、逃げている。
過去から、そして現在から、未来からも。
私は、本来1人でいるべき存在だ。
私は周囲に恵まれすぎている。
私は、このままでいいのだろうか?
「…………………ヤテン。」
暗闇から声が聞こえる。
綺麗な女性だ。
どことなく、懐かしいような。
私に似ているような。
「あなたを置いていって、すまなかったわね。」
わたしは自然と歩みを進めていた。
「お母、さん…………?」
「ヤテン。」
「お母さん………お母さん!!」
わたしは駆け出した。
ぎゅっと、暖かな温もりが伝わる。
抱きしめられている。あたたかい。
とてもあたたかい。
「これまでよく、頑張って来たわね。」
「えっ?」
「お母さん、あなたのことをちゃんと見てましたよ。」
「私のこと、ちゃんと見てくれてたの?」
「えぇ、もちろんよ。ヤテン。」
じっと、優しい私に似た瞳で見つめられる。
「愛してるわ。」
涙が溢れる。
ずっと、なんで私だけ親がいないんだろうって思ってた。
本当は、お母さんに甘えたかった。
それに、本当は…………
「ヤテン。」
後ろから私を呼ぶ声がする。
「お父さん…………?」
後ろで私を見つめる若い男性。
そっか。ずっと見てくれてたんだ。
私は、しばらくの間、
お父さんとお母さんに、抱きしめてもらった。
私は、目に溜まった涙を拭き、お父さんとお母さんから一歩離れて、話す。
「私、行ってくる。」
お父さんとお母さんは驚いたように言う。
「もう、行くの?」
「えぇ!大事な仲間が待っているもの!」
「そう。わかったわ。」
お母さんは、少し残念そうに、でも嬉しそうに目を閉じた。
不意に体が浮く。
「わぁっ!!」
わたしは気づく。
お父さんに肩車されている。
気づけば、わたしは小さな頃の子どもの姿になっていた。
「ずっと、一度はこうしたかったんだ。」
お父さんは、涙を流しながら私に言った。
「お父さん、大好きだよ。」
「あぁ、わたしもずっと、ヤテンを愛しているよ。」
すっと、優しく降ろしてくれる。
私は歩き出し、段々と歩を早める。
「お母さん、お父さん、行って来ます!!!」
「はい、行ってらっしゃい。」
「体にだけは、気をつけなさい。」
「はい、わかったわ!!!」
わたしは駆け出した。
もう、何も迷うことはない。
バリィンッと、空間が破れる。
そこは元の世界。
目の前にはウルズ様がいた。
「早いわ。もう戻って来たのね。」
ウルズ様は嬉しそうに笑う。
「はい。」
わたしは頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「かまわないわよ。」
ウルズ様は、私に優しく微笑んだ。
「しばらく、ゆっくりと休みなさい。」
わたしは、不意に涙が少しずつ溢れてきた。
段々と止まらなくなって、
わたしは、少しだけ後悔していた。
「仲間を選んだ。」
ウルズ様はわたしの頭を撫でてくれる。
「その選択は誇らしいことです。」
私は、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。
後悔が柔らいだ。
お父さんとお母さんの顔を、
思い出してふっと、笑顔になれた。
ハッと、する。
「素空は………?ルルは!?」
「彼女たちなら、懸命に戦っていますよ。」
ウルズ様は少し険しい表情をする。
「私ほど、優しい試練ではないことは確かです。無事を祈りましょう。」
「みんな………」
わたしは、心配になり。
祈りを捧げる。
光が私に降りそそぎ、暖かな温もりを伝えてくれた。
「信じます。仲間を。」
「えぇ、信じましょう。」
湖の上、
「はぁ、はぁ………」
俺は肩で息をする。
目の前には、槍を掲げた戦神。
オーディンがいた。
「あなたは本当に望むのですか?」
雲間から、彼女の声が聞こえる。
ヴェルダンディ。
『現在』を司る女神。
最初に彼女はこう言った。
「あなたの望みを叶えてあげましょう。ただし、私はその望みが叶うに値する、試練を与えます。」
俺は言った。
「仲間を守れるだけの力を。」
彼女は言う。
「守るとは、どのような者から?」
俺は再び答えた。
「全てから。」
彼女は驚いた表情で言った。
「それは過ぎた願いです。」
「しかし、俺は守らなきゃならない。」
おれは手をぎゅっと握った。
「大切な人を、失いたくないんです。」
彼女は目を閉じ、言った。
「………分かりました。」
彼女は、手を下に掲げる。
「くれぐれも後悔のなきように。」
暗闇が晴れる。
そこは、優しい月の照らす湖水の上。
優しい暗がりに彼は立っていた。
「…………うし。」
俺は気合を込める。
絶対にもう、後悔しないように。
体中が痛い。
口から血が滴る。
懐かしい。ずっと、こうやってボロボロになりながら、俺は自分の守りたいものの為に、戦ってきた。
それでも、何か引っ掛かる。
大切なものを、人を忘れている気がする。
朧げな記憶が、甦る。
今の俺に足りないもの。
「ねぇ、素空はどうしていつも無理しちゃうの?」
涙を手で拭ってくれた。
優しい姉のような存在。
あぁ、どうして忘れていたんだろう。
俺は、俺の力不足で、一度、
大切な人を、失っている。
雨の日、いつも傘を差してくれた。
「早く、入りなさい。」
体を寄せて、俺を中に入れる。
俺は恥ずかしくなって、少し離れる。
すると、ぎゅっと手で体を寄せられて、
俺は赤面しながらも、言った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
その人は優しく俺に微笑んだ。
「綺麗な月だ。」
吹っ飛ばされて湖の水上に浮かびながら上を見上げる。
降り出した雨に顔が濡れる。
彼女の顔が、頭に浮かぶ。
俺は、彼女のことが好きだった。
ずっと一緒にいれると、思っていた。
でも、そうじゃなかった。
「素空!!危ない人に手を出すのはやめなさい!!!」
「だってよ!!!俺がやらなきゃ、助けられなかった!!!」
腕に大きな傷を作って、帰ってきた俺は、
彼女に包帯を巻いてもらった。
「もう、無茶をしないで。」
彼女の涙がポタポタと、肩に落ちる。
俺は、後悔していた。でも、
俺がやらなきゃ助けられなかった。
俺は、間違っていない。
「…………はっ?」
ある日のことだった。
それは唐突に、しかし彼女のいうことを聞かなかった当然の因果として、起こった。
血の中に、ポツポツと雨が模様を作っている。
突然、体を押されたと思ったら、
大切な人が目の前で、
血塗れになっていた。
「姉……ちゃん……?」
もう、こりごりだ。
大切な人が目の前で死ぬのは。
「これは………?」
私は月の見える空に、浮かんでいる。
上空から、彼を見ていた。
意気消沈したように見えた、
彼が急に水面から姿を消した。
途端、湖の水が、遥か上空の私の視界から月を遮るほどにまで浮かび上がった。
水の消えた湖の底で、私が模造した、
仮の姿のオーディン様は、
姿を半分消失していた。
「一体何が………?」
湖の底、獣が見える。
「あぁ、………人そのものの姿が現れましたね。」
「ん?」
城の中央、ウルズ様は目を瞑り、
何かに集中しているようだった。
「これはまずい。ついて来てください。」
ウルズ様は中央の扉へ駆ける。
「ま、まずいって………?」
「話は後です。早く。」
ウルズ様は扉を開く。
すると、光が差したかと思うと、
そこは夜の月照らす空の上だった。
「下を見て。」
見ると、辺りは酷い有様だった。
木は大きく薙ぎ倒され、土は大きく抉れ、
とんでもない破壊音の連鎖が響く。
『天牢』
夜天に声が響く。
見ると、月に人の影。
そこには、ノルンの女神が一人。
ヴェルダンディがいた。
彼女の、声と共に、
瞬く間に、大湖と並び立つほどの信じられない太さの、大樹が夜空に伸びていく。
その中心には、人が囚われていた。
「素空っ!!!!!」
手と足を、太い木の幹で繋がれて、
俯いている。
「そこまでです。ヴェルダンディよ。」
ウルズは、彼女に呼びかける。
月に映る彼女はよく見ると、
肩で息をしていた。
「いえ、まだです。」
ヴェルダンディはそう答える。
途端、大樹が破裂音のような音を立てて、
倒れていく。
「ヴェルダンディ!!!」
ウルズは声を張り上げる。
夜空にはひとつの影。
素空………
「素空!!!!こっちにきて!!!!!」
すると、暗い影を落としていた、素空はこちらに顔を向ける。
「ヤテン………さん?」
すると、ふと気が抜けたように、急にエンジンが停止したように、ゆっくりと素空が地上に落ちていく。
「素空!!!!!」
私は急いで、風魔法で素空の元に向かう。
お願い。間に合って。
すると、今までが嘘のように風魔法は勢いを増し、
素空に追いついた。
そして、優しく風で支えて、私の両腕で、体で受け止める。
「素空……………」
私は素空の顔を覗きこみ、そして優しく撫でた。
しばらくして、ヴェルダンディとウルズが私と素空の元へやってくる。
「まさかこのような力を発揮するとは………。」
ヴェルダンディは驚いた声をあげる。
「人の身で神の候補に選ばれるほどの者。そういうこともあるでしょう。」
私は、聞き捨てならないような言葉を聞いた気がして、聞き返した。
「いま、何と?」
ウルズ様は答える。
「あぁ、そうですね。………もう伝えておいてもいいでしょう。老竜イデロスの後継に選ばれたのです。人として異常な献身と、無垢な心を持ち、そして、人の身と魂は既に限界を迎えています。」
「…………はっ?」
言っている意味が分からなかった。
神の候補?人の身、魂は、限界?
「無茶をし過ぎたのです。元の世界の人の身は既にボロボロ。1年と持たないでしょう。」
な、何を………
「死んだ後、神となります。」
「もはや、彼はもとの世界はおろか、この世界にいれる時間すら長くないのです。」
「私のせいだ。」
私は知ってしまった。
私の愛する人が、私のせいで、
もうすぐ死ぬのだと。
私がこの世界を創ったせいで、
彼の運命が変わったのだと。
「心配する必要はありません。」
「彼は、神となり生まれ変わります。」
ノルンの女神が1人、
スクルドは私にそう言う。
「彼はただの人間です。」
私は言う。
そうだ、わたしは知っている。
ただ、たくさん傷ついて、たくさん無茶をして、
誰よりも優しくて、誰よりも人想いで、
そして、誰よりも私が愛した、
ただの人なのだ。
「あなたの意思は関係ありません。」
スクルドは続けて言う。
「これは神の選定です。」
「うるさい!!!!!」
わたしは怒鳴り声を上げる。
「彼が生きる未来を、下さい。」
「どのような試練を受けても、ですか?」
「もちろん。」
私は、最初からそのつもりだ。
彼に死の未来があるのなら、
私の未来を犠牲にしてでも、必ず守り抜く。
今度は、わたしが助けるから。
待っててね、素空。
気づけば私たちは、月の見える森の中から、最初に来た城の中央、剣の刺された場所に戻ってきた。
「………ん。」
わたしの膝の上で寝ていた、素空が目を覚ます。
「はっ!?お好み焼き!!!」
涎を垂らしながら、素空は飛び起きた。
「そ、素空………?」
「うおっ!?や、ヤテンさん、ここは?」
「最初にいた場所よ。あんたこんな時に、どんな夢見てたの?」
「夢………あっちこっちに、お好み焼きが……しばらく食ってなかったから………」
「…………ふふっ。そう。」
「………あれ?どうしたんだ?ヤテンさん、目が腫れてる。」
素空は私の目を優しく拭った。
「ちょ、ちょっと!?」
「ごめん。迷惑かけたみたいだ。」
「ううん。」
「素空ーー!!!!」
声が聞こえたと思ったら、ルルが上から落ちてきた。
「ぶはっ!?」
「素空!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫だけど。ルルは怪我はないか?」
「う、うん。大丈夫だよ!!!」
ウルズ様が宙から降りてくる。
「さぁ、みなさん無事ですね。みな、乗り越えたようです。それでは、上に上がりましょう。」
俺たちはこくりと頷いて、左の階段から昇るウルズについて行った。
しばらく暗がりの廊下が続く。
カツ、カツとウルズの履いた鳳翼のヒールが静かに音を立てる。
段々と光が見えてきた。
「ここです。」
わぁっ、と俺たちは感嘆と声をあげた。
目に前には、地に黄金の宝物が飾られ、半円形の壁には4つの荘厳で巨大な像が立ち並び、遙か上、絢爛なカーペットの敷かれた長い階段の先には、玉座があった。
そして、階段の手前には崩れたように大きな穴ができている。
「最後の試練です。」
ウルズ様は俺たちにその穴を降りるように促した。
しかし、ヤテンさんが唐突に、1人前に出て言った。
「あの、ずっと思っていたのですが、私たちは、魔界に向かうためにこの地を移動しています。聞いていれば、神の試練だとかまだ、ちゃんとした説明を受けていません。」
ヤテンさんが俺も気になっていたことをウルズ様に聞いてくれた。
「………そうですね。」
ウルズは目を閉じて、言う。
「魔王は既に死にました。」
衝撃のひと言に、俺たちは思わず仰け反った。
「魔王が………死んだ………?」
俺はポツリと言葉を溢す。
「そうです。」
ウルズは階段をゆっくりと登りながら話す。
「外界まで滅ぼしかねなかった。」
ウルズが立ち止まり、玉座を見上げる。
「主神より、命令が降りました。」
振り返り、俺たちを見下ろし、話す。
「神々により事は終わりを告げています。」
気づけば、辺りは暗がりを帯びていた。
「元の世界へ帰りますか?」
雷鳴が轟き、暗がりの中ウルズの眼が赤く光る。
ジリ、とルルが足音を立てる。
「素空は………素空は、結局どうなるんですか!?」
ルルは言った。
「あなたにもスクルドから伝えられたと思いますが………」
ウルズ様は無情にも告げた。
「死ぬのです。1年もせぬ内に。」
辺りが静寂に包まれる。
そして、俺は思った。
「はぁっ!!!!???????」
声が城中に響き渡る。
そんなこと初めて聞いたぞ!!!!
そして、続けて叫んだ。
「は、初耳なんですけど!!!!
えっ、何、俺、死ぬの!?!?」
俺はあたふたとバタバタする。
「大丈夫。素空は生き残るよ!」
ルルは眩しい笑顔で俺に応えた。
俺はそれに慌てて返す。
「いや、神様が俺、死ぬって言ってんだけど!?」
「大丈夫!」
「いや!何!?その根拠のない自信みたいな!!!」
ヤテンさんは訝しんだように、ルルに告げた。
「ルル、あなた何か隠していない?」
ルルは朗らかに応える。
「ううん。大丈夫だよ。あたしが何とかするから!」
ルルは、ウルズに向けていった。
「約束は守ってもらうよ。」
「あぁ。もちろんだ。」
ウルズは応える。
ルルは前に進む。
「おい、ルル?」
目の前は、どこまで深いかも分からない大穴だ。
「じゃあね、今までありがとう。」
ルルは、振り向いて俺たちに告げた。
「愛してる。」
後ろ向きに穴に飛び込む。
「「ルル!!!!!!」」
俺たちは走って向かうが、ウルズが前に立ちはだかった。
「どいてください!!!!」
「嫌だと言ったら?」
俺は手の指輪を胸の前に掲げる。
「すまない。ヤテンさん、俺は行く。」
「えぇ。」
老神イデロスから貰った指輪が、青い光を帯びる。
そして、俺の姿は消えた。
「なるほど、神具ですか。」
「私も行かせてください!!!」
「それはできません。」
雷鳴が城に響き渡る。
「ルルは、一体どうして……」
「残念ながら、本人の望んだこと。大蛇の贄となるのです。」
ウルズは暗がりの中、俯き応える。
「ヨルムンガンドの神蛇。世界を滅ぼしうる、封印された怪物です。」
「ルル!!!!!!」
俺は真っ暗な中、落ちるルルを抱え込んだ。
「素空!!!戻って、お願い。」
「お前が死ぬなら、俺も死ぬ。」
「素空………」
「でもな、俺が必ず助ける。だから、俺たちは死なねぇ。」
ニッと、笑う。
ルルは、涙を流して俺をぎゅっと抱きしめた。
「バカ。」
「あぁ、………そうだな。」
とんでもない殺気が辺りに、充満している。
濃厚な死の匂いが、鼻をつんざく。
蛇神 ヨルムンガンド
主神トールと相打った、神である。




