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謎解きは美術品の前で  作者: てるてる坊主
第1章

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9 怪盗の拠点をつきとめよ

旅にでたい。

一人旅がいいな。

目的もなくただボーッとできる所へいきたい。

出張でもいい。

こことは別の空気を吸いたい。

そう思うと、伯爵家の出向は仕事だったが、少しゆっくりできたように思う。

三食食べれて睡眠時間もまずまずとれていた。

伯爵家から外廷に戻って既に四日だ。

今では懐かしいとさえ思うのだから不思議だ。


***


朝から元気な声が執務室に飛び交った。

「どうだ?あの変な絵は解読できそうか?」

他部署の先輩が執務室に事あるごとに顔を出す。

同じセリフを何度きいたかわからない。


「鋭意努力中です」

わたしは起立して敬礼をとる。


容疑者の押収物の一つに絵画の鑑定があった。

先日、怪盗「夜王の騎士」の居場所が描かれているという絵画を入手したのだ。

先輩方はその解読の結果を早く早くとせがんでくる。

新月まであと三日。

絵画の解読は今のわたしの最優先事項だ。


「何か分かったらすぐ知らせるんだぞ」

「もちろんです」

目がギラギラしていて怖い。


「あの執事はな、『変な絵』だけよこして、何もいわん。黙秘を続けていて腹が立つ。拠点について一切口を割らない!あまつさえ、解けるものなら解いてみろという挑戦的な態度だ。早くあの執事の鼻をあかしてやりたいんだ!!」

捜査・尋問担当のユーリ先輩は仕事熱心だ。

その鼻をあかすのは、わたしなんだが……。


「何か欲しいものはあるか?」

ユーリ先輩と同じ部署のアルバート先輩は優しく声をかけてくれる。

「では……人手が欲しいです」

頼めるなら部署から人をまわして欲しい。

「それは長官案件だな」

そんなあっさり……。

じゃぁっと言って先輩方は足早に去っていった。


どこも人手不足だから仕方がないのだが。

長官は毎日会議でこの執務室に帰ってくるのは、いつも夕方だ。


わたしには先輩が二人いる。

一人は潜入捜査のため出張中、一人は別事件の調査で留守だ。

他にも先輩はいたはずなんだが、任務中の負傷やら突然の音信不通、激務から配置転換希望者などがあった。

わたしがここでは最年少だ。

頼れる人がいないというのは、何とも心細い。

元気な二人の先輩が退室して、執務室はいっそう静かになった。


***


怪盗と言えど、義賊であり民衆の支持は高まっている。

こういう時に革命などがおこると内乱に発展しやすい。


トップシークレットだが最近、国王陛下が倒れられた。

御年四十五歳でまだまだお若い。

二十歳でご結婚され三人の王子と王女が一人いる。

元々、心臓の持病があったのだが、心労がたたられたようだ。

第三王子のことではかなりショックが大きかったと聞いている。


今ご公務はほとんど王太子殿下が担当しておられる。

二十五歳になる王太子殿下はお若いながらも政務に積極的で慈善活動にも参加される王室の鏡のようなお方だ。五年前、枢機卿の御息女とご結婚され、後ろ盾としても盤石だ。


ここで国王陛下が崩御されたとなれば、皇太子殿下が即位となるが、モルガン大公の不穏な動きは見逃せない。

あわよくば王位簒奪を考えていたかもしれない。


怪盗のおかげで何も起こらなかったが、油断はできない。

怪盗が敵とも味方とも言えない状況だ。

早く親玉の居場所を探しだしたいところだ。


先輩方がいう『変な絵』をまじまじと見る。


この絵画は一見、王都の絵だ。

城壁から中を描いている。

居城があり、裁判所、迎賓館、大聖堂、役所、軍部の施設、学校、病院といった公共施設が主に地図に描かれている。

描かれていない公的な施設は公会堂、教会と共同墓地、ごみ処理施設、下水処理施設くらいか。

この描かれている公共施設の中に拠点があると言うことか……。


拠点となるような目印を探すが見当たらない。

光にかざしても何も浮かび上がらない。

特に用紙に凹凸もない。

文字は一切書かれていない。


通路を順に辿って行くと途中からだまし絵になっていく。

階段を降りていたのが登っていたり、通路がいきなり壁になったりと、複雑な迷路のようだ。

目の錯覚をうまく利用している。

そうかと思って別の通路を曲がると空や川、橋の裏を通っているので段々腹がたってきた。


同じ要領で一通りの通路を手でなぞるが、行き当たる場所に拠点となりそうな建物は描かれていない。


難解な謎かけというのは燃える。

これを描いた作者は純粋にすごい。

王都という形を残しながら、見る人には分かる隠れ家の地図。

仲間しか分からないと言われている拠点があるらしい。


面白い。挑戦状のようだ。

壁に絵を掛け、遠くでみたり近くでみたりとするが、絵としての輪郭が別に見えたりしてくるから混乱してくるのだ。

なかなかの曲者だ。


今日も残業確定だ。


***


ダニエルが遊びにきた。

一人きりで執務室にいたせいで、人と話すのも久しぶりな気がする。

精神衛生上、ちょっとよくない。

「例の変な絵ってこれかぁ。確かに面白いけど、本当に変な絵だなぁ。これが怪盗の隠れ家の地図かぁ……」

もの珍しそうに眺めてくる。


「ダニエルはわかりますか?どうにも煮詰まってしまって」

第三者の意見をきいてみたい。


「そんなの分かるわけないでしょうが。絵としても地図としてもよく分からないんだし」

「やっぱり分からないですよね」


ヒントがあればと思ったけど、やはり難しいか。

わたしもふぅっとため息をついた。

本当にお手上げだ。

他部署からのプレッシャーもあるし、早く謎を解いてしまいたいのだが。


「はい、やめやめ〜。こんな時はいくらやってもわからないものはわからない!それより昼ご飯にして気分転換した方がよっぽど効率がいいって」


確かにそうだ。

何もひらめくことがないのだから、少しリセットしよう。

「ありがとう。じゃお昼ご飯に付き合ってくれる?」

「そうこなくっちゃ」


軍部の食堂へ行く。

「ちょっと痩せた?」

ダニエルは心配そうに顔を覗きこむ。


「仕事が立て込むと執務室から出るのも億劫で。最近は一日一食しか食べてないからかも。昨日も徹夜だったし」

集中しすぎると、時間を忘れてしまうこともある。


「そこはちゃんと食べないと。倒れたら大変だし。頭の回転も鈍るからさ」

ダニエルはきっとろくに食べもせず引きこもっていると察して顔を出してくれたのだろう。 

こうやって話せるだけでだいぶ気分転換になる。


渡り廊下は雨で濡れていた。

「今日は雨だったんですね」

「何いってるの。真夜中からずっと雨だよ。雨音も耳に入っていないとは、余程集中してたんだな」

自分の世界に入っていたなと言いたげだ。


雨……。雨かぁ……。


道であって道でない。

絵でありながら地図。

これで仲間内なら分かるという隠れ家。


もっと違う見方をすればいいのか……。

城の輪郭と別の輪郭があるのだろうか。


「お〜い、早く食べないとランチが冷めるぞ」


ランチを目の前にして意識をとばしていた。

ダニエルの言葉で我にかえる。


「ありがとう。つい考えごとをしてて」

「頭の切り替えは大事だぞ。一回すぱっと忘れろ。ご飯は温かい内に食べた方が幸せだぞ」

ダニエルは美味しそうにパスタを頰ばる。


「ありがとう。そうする」


わたしもパスタを食べてほっと一息する。

サラダにオニオンスープ、カツレツ、海鮮トマトクリームパスタにとどれも美味しい。

本当に、作ってくれた人に失礼だ。

食べる時は食べる。

頭を切り替えないと。


切り替え……。切り替えかぁ……。

何かが頭の中で引っかかる。


「あっ……。あ―!!」

つい思わず立って叫んでしまった。

「急にどうした!?」

ダニエルもかなりびっくりしたようだ。


「分かった……」

わたしの衝撃は言葉にならない。


「何が?」

ダニエルが恐る恐る聞いてくる。

「あの絵の見方が」

多分、見方としてはあっているはずだ。


***


「それで、この絵の見方を説明してくるか」


解説の同席者はヴェネーノ長官、リラ、ダニエル、ユーリ先輩、アルバート先輩だ。

まずは諜報部だけに聞いて貰うつもりだったが、捜査・尋問担当のお二人も昼休みに顔を出した流れで一緒に聞いて貰うことになった。


「はい。結論から申しまして、拠点は下水処理施設ではないかと思われます」


「その根拠は?」

長官が鋭く返してくる。


「この絵の通路がポイントです。城を中心に通路がだまし絵になっています。一見、道路なのですが、途中で途切れたり、階段があったり、上り坂が下り坂になるなど錯覚させています。しかしこれ、階段は水車、道は上水道と下水道で分かれ、上下水道が並走していると途中で道が入れ替わる仕組みになっているのではないかと推測しました。」


国策として治水管理は大切だ。


ペストにコレラ、胃腸炎など人間に脅威のある感染症は排泄物から伝播する。

人口が激減するトピックスは災害か感染症だ。

そのため、この王都をつくる時から上・下水道は緻密に造られていた。


上水道はもちろんだが水不足解消のため、河川の管理、水道橋や貯水池、貯水槽の設置は重要な役割を果たす。


下水処理はこの国では他国に比べて力を入れていた。

下流地域の国や地域に迷惑がかからないように衛生管理は徹底していた。


地下の水路は道路から二メートル下に造られている。アーチ上のトンネルでレンガ造りになっており、地盤強化の目的を果たしていた。

下水に関しては下水処理場を造り、汚泥は焼却、汚水は微生物の分解で浄化し、濾過してから川に流していた。


「なるほど。面白いわね」

リラもはっと気付いたようだ。


「壁に突き当たるのは貯水槽の位置です。道が空に続いているのは雨水用の貯水路、川や橋の下の道は水道橋というように、全て水路と共通しています。下水処理場は南の城壁のすぐ傍に設置されています。公共の施設はこの地図に描かれていますが、下水処理施設の建物が描かれていません。他に公会堂や共同墓地と教会、ごみ処理施設も描かれていないので、怪しいといえば怪しいのですが。水路と関係している施設が拠点と考えるならば下水処理施設は押さえた方がよろしいかと」


怪盗の拠点はあえて描かれていなかった。

絵の中から探せと言われて、探したところで見つからないように工夫されていた。

そういう罠を仕掛けていたのだ。


王都に土地勘がある人間だろう。


「いわれてみると確かに。下水処理施設へは関係者以外いかないからな。しかも水路は一般道と並走していることが多い。地下水路はかっこうの逃走経路か」

ヴェネーノ長官も納得してくれた。


「待て待て。そうなると、今まで治水管理といえばマイロ王子だ。先日、駆け落ち仕損なって、国王陛下には親子の縁を切られたのではなかったか。今、治水管理担当は王太子殿下が対応してくださっていたはずだ」

さすがダニエルだ。治水管理者までよく把握している。


「確かマイロ王子は出奔して郊外の教会の牧師様になったんじゃなかったか。しかし、下水処理施設は捜索許可を貰って怪盗の拠点の証拠をあげようじゃないか」

ユーリ先輩は施設の捜索、証拠の差し押さえをする気だ。


「夜王がマイロ王子ということもあるのか?単純に夜王の騎士というからにはその側近だろうか?」

アルバート先輩もマイロ王子を中心に該当する容疑者がいないかとリストを作っていく。


急にぐらりと身体が傾いたのでソファに座らせて貰った。言いたいことを言って安心したのもある。

睡魔に襲われる。


昼ご飯を食べてお腹が膨れたからか。

頭では起きないといけないと分かっているのに、それ以外の機能が動いてくれない。


「もう寝ておけ。あとは各担当課で動く」

長官は優しく毛布をかけてくれた。

お言葉に甘えてまどろんだ意識を手放した。

ちょっと休憩だ。

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