10 絵画を解析せよ
起きたら部屋は暗く静かだった。
かなり長く寝てしまったようだ。
時計は二十時を過ぎていた。
その中に燭台の前で資料を読んでいる人がいた。
この時間にいるとしたらヴェネーノ長官か?
「おはようございます。お疲れ様です」
資料から目を離し、わたしの方に目線を移す。
長官ではなかった。
「お疲れ様です。アリア嬢は今日も来られていたんですね。調べ物の資料はありましたか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。ルーク殿は無事に解読できたとお伺いしました。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
アリア嬢はにこりと微笑みまた視線を資料に戻す。
アリア嬢はこの諜報部では珍しく自由に資料が閲覧できる人間だ。
長官の話しでは事件の調査をしているらしい。
士官学校の学生らしいが、詳細は話して貰えない。
士官学生がなぜ、諜報部に出入りでき、資料閲覧できる上、どんな事件を調べているのかとヴェネーノ長官にきいたことがある。
しかし詮索はするなと言われている。
学生といえど軍の幹部候補生なのだろう。
何を警戒してかはわからないが、少なくともわたしが一緒にいる時に文字を書いたりはしていない。
筆跡鑑定されるのが嫌なのかもしれない。
アリア嬢は赤みがかった髪に白い肌、瞳は金色がかり整った顔立ちだ。
国王陛下に似ている面差しから、近親者の可能性がある。
女性の士官学生は意外に多い。
地方役人の娘などは教養と軍部のステイタス、出会い欲しさにわざわざ入学する者もいるくらいだ。
士官学校の学生服を着てはいるが王侯貴族の中でも身分の高い令嬢なのだろう。
仕草や姿勢が洗練されている。
歳はソルヴェーグ嬢と変わらない十五歳前後だろう。
まだあどけない面立ちだ。
この年齢の女性で絞りこむとその正体は大体予想はできる。
触らぬ神に祟りなし。
とりあえず、わたしはわたしの仕事をするだけだ。
自分の机に燭台を置き、紙とペンを用意する。
わたしはさっき解読した絵を複写することにした。
実際描いてみて気づくこともあるからだ。
描かれていない建物のことも気になる。
明日にでも水路と描かれていない建物を調査してみるか。
「ルーク殿は伯爵家で家庭教師をされていると長官からお伺いしたのですが、どのようなことをされていたんですか?」
アリア嬢が珍しく声をかけてきた。
昨日などはわたしも必死だった。
声をかけないで欲しいオーラをだしていたからかもしれない。
「伯爵家では語学と数学、美術でしょうか」
美術はどちらかというとわたしがソルヴェーグ嬢の品を鑑定して、それを解説するのが授業のようなものだった。
「それは面白そうですね。ぜひわたしにもお願いしたいです」
社交辞令とは言え、そう言って貰えると嬉しい。
「よろこんで」
「今は何をされているんですか?拠点の目星はついたのに絵を複写されて」
「ちょっと気になることがありまして。明日は現地調査をしようと思うのですが、押収品を持ち歩くわけにもいかないので」
「大変なんですね。ちなみに何が気になるかお尋ねしても?」
軍部をあげて怪盗を捕まえることになっている。
アリア嬢は軍籍なので、言うのは構わないだろう。
「下水処理施設が拠点と考えているのですが、その周囲の他に公会堂や共同墓地と教会、ごみ処理施設が公共の施設の中では描かれていなかったので、何か秘密があるのかと。実際、平面の地図を見ているのと現地で立体的な建物を見るのとでは印象も違いますから」
事実、王都のことはあまり詳しくない。
遠方から出てきた上、仕事でゆっくり街を散策できていなかった。
「絵をみてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
アリア嬢の前に絵を持っていく。
「なるほど、確かにそうですね。しかしこの位置は……。」
「何か気になることでも?」
アリア嬢は口に手をやり考えこんでいる。
「百年以上前のことですが、この国ができる前は神都と呼ばれる国があったんです。領土拡大のため神都と戦争し我が国が勝利しました。今のこの王都は神都の土台の上に建っています。問題は先ほどの建物です。公会堂は神都では官邸、共同墓地と教会は軍の本部、ごみ処理施設は神殿、下水処理施設は王の居城というように主要な建物があったそうです。神都の建物の上から今の建造物を建てているので、今でもその名残りはあるはずです亅
戦争とはいえ、神都の人の信仰心などを蔑ろにしている気がして正直悲しかった。
もう少し神都の人を尊重した建物の配置はなかったのだろうか。
「それはつまり、その建物も拠点となっている可能性があると?」
「下水処理施設を中心に水路が集まるようになっているので、怪盗を取り逃がした時に先ほどの建物は潜伏先になり得るかと」
各建物まで押さえておかないと、怪盗を取り逃がしてしまうということだ。
急ぎ、ヴェネーノ長官に知らせないと。
少し見えてきたのは神都の人にしたら恨みがある。
怪盗は神都の人間の可能性があるということだ。




