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第十二話 工場探索

 パステルグリーンの軽ワゴン車が、国道を走っている。

 道路には乗り捨てられた車両や、グロブの餌食になった遺体が転がっていたが、幸いにも道路が完全に寸断されている箇所は無く、車両は目的地へと着実に近づいていた。


「日没までには余裕で着きそうですね」


 ワゴン車の助手席で、カーナビを視ながら呟いたのは良太だ。


「ああ。流石に避難所まで行けるかどうかは怪しいが、駄目な時は近くの建物に避難しよう。なに、上手く薬だけでも手に入れば、安全に夜を超せる」


 ハンドルを握りながら、小崎が気楽に応える。

 食鳥処理場へ行くことを決めた一同は、早速行動を開始した。

 運のいいことに、衣料品店の駐車場に停まっていた車両の一台は店員の物であった。事務所から鍵を見つけた彼らは、食料と水を積めるだけ車に積み込み出発した。


「すみません。小崎さんの鞄、椅子の下に入れちゃいますね」


 後席からそう声を掛けたのは美鈴だ。

 彼らは処理場へ向かう前に、事故を起こした小崎の車へと立ち寄り、彼の鞄を回収していた。中に工場の鍵が入っているためだ。


「……思ったよりグロブがいませんね。やっぱり人間が少ないからかな」


 窓から外の様子を探りながら、良太が言う。

 現在彼らは都市部を迂回して海沿いの道を走っている。

 目指す処理場は郊外にあるので、近隣に人家は殆ど無い。

 当初は化け物の巣窟に踏み込むつもりで覚悟を固めていたものの、この調子なら、案外施設内はもぬけの殻かもしれない。


 都市から離れるにつれて道路状況は良くなる。一同を乗せた車は軽快に進み続けた。そして、


「――そろそろだ」


 目標地点に近づいたことを、小崎が伝える。

 見れば、道路の脇に工場の名前を記した看板が立っていた。


「この先の施設一帯がそうですか?」


 と、ナビを見ていた良太が問う。


「え、これ全部? すっごい広いじゃない!」


 後席から身を乗り出した美鈴が地図を確認し、そう叫んだ。


「一応は工場だからな。隣には管制棟と事務棟もある」


 施設全体の差し渡しは四百メートル以上あるだろうか。徒歩で移動するにはそれなりに大変な距離だ。


「悪いが、俺と山城さんは此処までだ。車の中で待つ」


 適当な路上でワゴン車が停まった。

 先の計画通り、施設内を探るのはグロブに狙われない良太のみである。


「安全を第一に動いてくれ。万一グロブに襲われたなら、すぐに戻るんだ」


 鍵の種類と、工場施設の間取りを説明しながら、小崎が良太に言う。


「場所が変わってなければ、プリザーブXは工場内の備品倉庫にある筈だ。プラスチックのボトルに入ってる。見つけても開けるなよ? グロブが直ぐに寄ってくるからな」

「はい」

「データの入ったUSBは、事務棟の増原工場長の机に入ってる、と思う。TONYの黒色の、64ギガバイトの奴だ。入って一番奥の灰皿が乗っかってる机を探してくれ。――まあ、無ければ無いで構わない。戻ってくるんだ」


 その後、緊急時の対応と連絡手段を取り決めると、良太はワゴン車から降りた。


「りょーちゃん。無事に帰ってきてね」

「勿論だよ。約束する」


 不安を隠しきれない少女の言葉に、少年は頷いて答える。

 レインウェアの上に鞄を背負うと、良太は処理場へと続く道を走りだした。



   ×   ×   ×



 食鳥処理場の周囲はぐるりとフェンスで囲まれており、外からは建物が窺いにくい。

 ただ、正門は通りに面しているので、敷地に入るのは簡単だった。


「う……」

 工場へと足を踏み入れるや、良太が呻き声を発する。

 彼の正面には、生態搬入用と思しき出入り口がある。普段はトラックが直接乗り入れるであろう大きな門には、シャッターが下ろしてある。

 ――その巨大なシャッターが、ぐずぐずに溶けているのだ。


「……」


 思わず歩みを止め、周囲を探る良太。

 せわしなく目を動かし、耳をそばだててグロブの存在を探る。

 だが、どこにも蠢く肉塊は見えず、這いずり回るような異音も聞こえない。


「大丈夫、大丈夫さ……きっとあそこから出て行ったんだ」


 良太は己を鼓舞し、施設の探索を始める。

 果たして、予想した通り工場内は深閑とした有様だった。


 脱毛を行う巨大な機械が設置された部屋を抜けると、鳥を吊るすためのフックがずらりと並んだ工場の中心部に出る。


 コンベアのように伸びていくフックの列を頼りに、良太は更に奥へと進む。

 機械で出来た内臓を進んでいくような気分だ。けれども、工場内に動く気配は一つも無い。LEDライトで慎重に辺りを照らして調べるが、用途も分からない機械が目に入るだけだ。


「…………」


 しかし、だからと言って工場内が平和であった筈がない。

 良太は顔面を蒼白にして、必死に吐き気を堪えている。

 ライトに照らされた床の所々には、作業員が来ていたと思しき衛生服が落ちている。そこから覗く白いモノは――


「――っ!」


 ぱきり、と乾いた音を耳にし、良太が慌てて飛びのいた。


「……すみません」


 彼が不注意にも踏みつけたのは、工場で働いていた人々の遺骨だ。

 グロブに襲われた被害者の成れの果て。酸でスカスカになった人骨が、工場内のいたる所に散らばっている。


「…………」


 地獄のような景色を、それでも油断なく見つめながら、良太は歩を進める。

 やがてクリーンルームを抜け、施設の廊下へと出た。

 小崎に聞いた通りの間取りなら、この先に倉庫が有る。


「よし、開いた」


 問題なく倉庫は見つかり、鍵も開いた。

 ただ、工場の規模に相応しい大きさの倉庫であり、おまけに電灯がつかない。懐中電灯を頼りに目当ての薬品を探すのは中々難しそうだ。


 そもそも、他の従業員の目を欺いて使用していたというプリザーブXが、こんなに分かりやすい場所にあるのだろうか。

 良太は一抹の不安を覚えながらも、とにかく片端から棚を調べて回る。そして、


「――あった。これだ!」


 たっぷり三十分以上倉庫を練り歩き、ようやく少年は件の薬剤が収まった段ボール箱を見つけた。

 箱を一つ引っ張り出し、梱包を解く。

 中には不透明のプラスチックボトルが整然と並んでいる。貼付されたラベルには、プリザーブXの文字が間違いなく記されていた。


「よし! よしっ!」


 良太はリュックサックを降ろすと、薬剤の入ったボトルを可能な限り詰め込んだ。

 大分時間を取られてしまったので、美鈴たちが心配である。


 有事の際はクラクションで合図する手筈だが、こうまで工場の奥に入り込んでいては、聞こえないかもしれない。

 少年はこのまま事務棟の探索に向かうかどうか迷ったが、一旦車に戻ることにした。


「スズと助かるんだ。大丈夫。いけるぞ」


 事態を打開するための明確な希望が手に入り、良太の険しい表情も僅かに緩む。

 少女と過ごす未来を支えに、少年は再び工場を歩き始めた。




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