8:サイルーン砦の奇跡2
「ふあぁ……」
サイルーン砦を望める大岩の上で、男は大きな欠伸をした。眼前ではサイルーン砦を攻めたてる魔王軍の猛攻が繰り広げられており、戦場に似つかわしくない緊張感のなさを、しかし咎める者はいなかった。
「退屈そうですね、大将」
傍らに控える男がそう声をかける。額に二本の角が生えた鬼人族の男だ。
「ダンテぇ~、儂は飽きてきたぞ。いつまでかかるんじゃ」
「大将が考えた作戦でしょうが。我慢してくださいよ」
男は此度の魔王軍を率いる総大将。魔王ベルセス・ボルドイその人だ。こちらも一本の角を額に生やす鬼人族で、白髪と白髭の相貌の初老の男だが、その顔はまさしく武人のそれであった。
その魔王の副官であるダンテ・ヨーソールは自らが仕える主に対して遠慮がない。だが、ベルセスはダンテのそこを気に入っていた。
ベルセスは呑気な発言をしているが、すでにサイルーン砦攻略戦は4日目に突入していた。魔王軍は 夜明けと共に初日からまったく衰えない勢いで砦を攻め立てている。
「なぁに、もう少しの辛抱ですぜ」
「そうかぁ?儂だったら初日で終わってるぞ。こりゃ前線の指揮官には後で仕置じゃな、仕置!」
「そりゃ、大将と比べちゃ気の毒でしょうが」
「ならせめてお前が行けばいいじゃろう」
「俺にはアンタの警護ってぇ仕事があるんですよ」
「儂より弱いやつが警護してなんになるんじゃ?」
「形式だよ!形式!文句ばっかり言ってんじゃないですよ!」
ぎゃいぎゃいと言い争っている二人だが、その目はしっかりと前線の様子を捉えている。昨日に続き、壁には数多の長梯子がかかり、魔王の軍勢は盛んに攻めている。
そう、実際前線の兵たちは全力で攻めているのだ。だが、それに紛れて、工作部隊が砦崩しの一手を少しずつ仕込んでいる。それが間もなく実を結ぶ頃だ。
「登ってからどれぐらい持つかのお?」
「さて?2時間も持てば上出来でしょうね」
「なら30分で攻め落とすんじゃ!」
「無茶ばっかり言いなさんな!」
ダンテが我がまま爺さんを怒鳴りつけた時、伝令が傍まで走ってきた。ダンテはその伝令の報告を聞くと、にやりと笑ってベルセスに向き直る。
「準備ができましたよ」
「おお!よしよし……では」
あぐらをかいて座っていたベルセスだが、隣に置いていた矛を手に取りながらゆっくり立ち上がった。
岩の上で仁王立ちになると、右手に持った矛の尻を大岩に打ち付けた。ドン!という大きな音を戦場に響かせ、大岩に大きな亀裂が走る。
「野郎ども!待たせたな!」
大音声でベルセスが叫ぶと、魔王軍だけでなく、砦の上のオウラ王国軍もこちらに注目した。
「ずいぶんと退屈させちまったが、ここからが儂の戦ぞ!」
ビリビリと大気を震わせるその声が、魔王軍の士気を煽っていく。
「もう我慢は必要ない!さあ……思う存分殺せぇ!」
言葉尻に合わせて、再度矛を岩に打ち付ける。それを合図にしたようにベルセスの軍勢は雄叫びを上げる。
同時に、サイルーン砦の城壁が強烈な光を発した。
≪1時間前≫
ダスタールは昨日と同様、城壁の上で戦況を見ていた。
「昨日と変わらんな……」
「ええ、やはり持久戦の構えでしょう。我らが援軍の到着まで耐え切るか、奴らの物量が勝るか、ということかと」
副長がそう答える。ダスタールも徐々に昨日の自分の不安が杞憂だったのでは、と思い始めていた。それならば、援軍の到着まで全力で防衛に当たるのみだ。
「いずれにせよ、こちらの不利は変わらん。一旦城内に戻って策を練るぞ」
「はっ」
ダスタールが城壁を降り、城内の会議室に向かっていると、兵士が一人慌てて駆けてくるのが見えた。
「だ、ダスタール様!」
「どうした?」
「か、街道から……」
「援軍か!!」
「いえ、そうではないのですが、あの、人が……」
その言葉にダスタールと副長は顔を見合わせた。サイルーンまで来るには街道を通る必要があるが、その街道は現在川の氾濫で水没しているはず。そちらから人が来るとは考えにくい。
ともかく、援軍からの伝令である可能性もあるので、ダスタールは城下町に降り、渓谷とは反対側の城門まで急いだ。
「お前、どこから来た!何の用だ!」
「え、えっと、あっちから来ましたけど……用は、師匠にお使いを頼まれて……」
城門に付くと、兵士たちが一人の女を取り囲んでいた。ダスタールが近付いていくと、兵士たちがそれに気付いて敬礼をする。
「その者が街道から来たという?」
「はっ、不審だったので取り調べを……」
「俺が代わろう」
ダスタールは手で兵士に下がるよう合図すると、オロオロいている女性に声をかけた。
「君、どうやってここまで来た?」
「どうって……街道を通ってですけど」
「運河が氾濫していたはずだが、まさか収まったのか?」
「ああ、そういえば街道も水没してました!」
「だから、それをどうやってここまで来たんだ」
「えっと、頑張ってきました!」
ダスタールは額に手を当てて、静かに首を左右に振る。自分がおかしいのだろうか、と思いつつ、もう一度その女を見る。恐らくそれに乗ってきたのだろう、カウスという馬と牛の中間のような生き物の手綱を引いている。
「今この砦は戦争中だと知っているだろう?」
「ええ!?戦争ですか!?賑やかだから、お祭りか何かだと……」
知らなかったのか!と周囲の兵士たちも突っ込みたそうな顔をする。
世事に疎い。ひょっとすると山脈に住む山岳民族だろうか。それならば、氾濫が起こっていない場所で山から降りてきて、その後に街道沿いを歩いた、ということで納得はできる。とダスタールは一旦考えをまとめた。
「引き留めてすまなかった。今は危険だから、落ち着くまで避難していてくれ」
「あの、戦争は大丈夫なんでしょうか」
「心配ない。ここサイルーンでは避難所も頑丈だ」
「いえ、そうではなくて、戦況はどうなんでしょうか」
「ん?ああ、何としても我々が食い止める。安心したまえ」
微妙に会話がかみ合っていない気がしながらも、ダスタールはそう言うと踵を返した。無駄足だったようだ。と城内に急いで引き返す。
「念のため偵察を出せ!氾濫が収まっているかもしれん!」
「はっ」
「それと矢をもっと城内に運んでおいてくれ」
歩きながら周囲の兵士に指示を出していく。
援軍は当面来ない前提で考えた方が良いだろう。数で劣るのであれば策を弄するしかないが、かと言ってすぐに使えるような妙案もない。
「先ほどの女はよろしかったんですか?怪しいように思いますが」
城内に入った頃、副長が後ろから問いかけてくる。
「ああ。恐らく山岳民族か何かだろう。害はなさそうだ」
「え?違いますよ?」
「えっ?」
「えっ?」
ダスタールが後ろを振り向くと、先ほどの山岳民族の女が付いてきていた。ダスタールは副長とともに一瞬呆気に取られる。
「何を付いてきてるんだ!早く避難しなさい!」
「いや、でも、何かお手伝いできるかなぁ、と」
「いらん!早く行け!」
「でも……」
「ついてくるなよ!」
捨てられた子犬のような顔をしている女を手でしっしと追い払いながら、ダスタールは城内の階段を上に登っていく。何やら嫌な予感がするので、再度城壁の様子を見にいくつもりだ。
城内を抜けて、城壁の上に出る。相変わらず矢が頻繁に飛来してくるが、それを無造作に盾で弾きながら歩く。見たところ、特に変化はなさそうだ。
「兵の顔色が昨日よりも良いな」
「ええ、町の薬剤師がこの2日で総力を上げて回復薬を作ってくれたので、大体の兵士に行き渡ったんです。ありがたいことですよ」
「うわー、すごい数ですね!」
「!!??」
緊張感のない声にダスタールと副長が隣を見ると、先ほどの女が眼下を埋め尽くす魔王の軍勢を眺めている。
「なんでいるんだ!避難しろと言っただろう!」
「そ、そんなに怒らなくても……」
「危ないから早く戻れ!何なんだ君は!」
「あ、私、セリス・ハーテアといいます」
「名前なんて聞いてない!」
そう、この空気を読めない女が、当時のセリスであった。セリスは唾を飛ばしながら怒鳴ってくるダスタールを何とかなだめようとするが、むしろ逆効果になっていた。
「そこの守備隊のキミ!この方を安全な場所までお連れしろ!」
ダスタールは大きな盾を持った兵士にそう指示を出す。兵士はセリスの肩を掴み、歩くように促してくる。
「あ、ちょ、っと、待って」
セリスが抵抗を試みるが、兵士は全く聞く耳を持たない。
『野郎ども!待たせたな!』
その時、城内にまで響くような魔王ベルセスの大声が、戦場にいる全ての人間に降り注いだ。
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