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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
揺れ動く、面々と日々
31/33

赤木禅

「責任者? 俺がですか」


 『店長』こと宮澤信はウンと頷くと、「どうかな」と続けた。

 夕陽の光差すバックヤードには、男が二人。一人は信で、もう一人は赤木禅といった。

 禅は二十歳の大学三年生で、ここでのバイト歴は二年になる。身長は百八十三センチで細身。なで肩猫背で、一重眼・鷲鼻・への字口というコワモテの表情もどこか気だるげだが、仕事はキッチリこなす男だった。短い茶髪をツンツンと逆立てたヘアースタイルだが、こう見えても実家は寺であり、シッカリとしつけをされ育ったのである。

 本人は自分の見た目を、コワモテであるという自覚はあるのだが、『生まれ持ったものなのだからどうしようもない』、『自分で好き好んでこの容姿で生まれてきたわけじゃない』と、開き直って受け入れていた。黒くゴツいブーツも、濃く艶のあるジーンズも、ワインレッドのシャツも、その容姿があるからこそ似合う、ワイルドスタイルであった。――ただ、見た目で損をしているという自覚も、彼にはあった。本人的には無表情であっても、それは第三者から見たら仏頂面であり、何か悪いことをしているわけでもなく、周囲の人たちからは恐れられ、大人たちからは要注意人物とされた。

 本人としては、慣れっこだった。しかし人は、気づかぬうちに心を傷付けていることがある。そしてそれに全く気付かずに――その治らない傷を付けたまま、生き続けていることもある。


「責任者、ってキャラじゃないでしょう。俺」


 禅は薄っすらと笑いながら返した。

 信は禅とは逆に、素の表情でも笑顔のように見える男である。


「そんなことないと思うよ」


 信はヘラッ、と笑った。


「だって……アイちゃんの推薦だし」


「延原さんが?」


 禅は驚きの表情の後、左手を腰にあて、右脚に体重をかける形で姿勢を崩した。右手で口元を覆って、顔は下に向ける。思案しているような風だ。

 右掌の内側では、少しの笑みが浮かんでいた。


「落ち着いてて、肝も座ってる、っていうしね。仕事も一通り出来るみたいだからさ。僕もホントは大学生のコに責任者、ってのは荷が重いだろうし、悪いなぁとは思うんだけれど……」


「やります」


 「へ?」。急な返答に信は戸惑うも、禅はハッキリと意思の固まった眼で、信を見ていた。


「給料、もちろん上がるんですよね?」



     *



「そう、やることになったのね」


 「はい」。禅は藍からの仕事の引き継ぎを聞き終えると、彼女に『責任者の任を引き受けた旨』を伝えた。


「延原さん、有田さんが辞めた後、仕事大変そうでしたもんね」


 有田とは、去年の十二月にマホロバを辞めたベテランパートである。藍は彼女が辞めた後、彼女のそれまで担当していた全ての仕事を引き継ぐこととなり、多忙な日々を過ごしていた。


 「そうね」。藍は少し疲れの浮かべた表情でいった。


「俺が責任者やることで、延原さんが少しでも楽になるならと思って」


 禅は藍の目を見据えていった。

 気持ちを隠さずに、むしろ見せつけるような気持ちで、いった。


「ありがとう」


 藍はそういい返すと、「じゃあ、お疲れ様」と言い残して、バックヤードに向かった。


 (私は、逃げたのかもしれない)。藍はそんな風に、思った。

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