赤木禅
「責任者? 俺がですか」
『店長』こと宮澤信はウンと頷くと、「どうかな」と続けた。
夕陽の光差すバックヤードには、男が二人。一人は信で、もう一人は赤木禅といった。
禅は二十歳の大学三年生で、ここでのバイト歴は二年になる。身長は百八十三センチで細身。なで肩猫背で、一重眼・鷲鼻・への字口というコワモテの表情もどこか気だるげだが、仕事はキッチリこなす男だった。短い茶髪をツンツンと逆立てたヘアースタイルだが、こう見えても実家は寺であり、シッカリとしつけをされ育ったのである。
本人は自分の見た目を、コワモテであるという自覚はあるのだが、『生まれ持ったものなのだからどうしようもない』、『自分で好き好んでこの容姿で生まれてきたわけじゃない』と、開き直って受け入れていた。黒くゴツいブーツも、濃く艶のあるジーンズも、ワインレッドのシャツも、その容姿があるからこそ似合う、ワイルドスタイルであった。――ただ、見た目で損をしているという自覚も、彼にはあった。本人的には無表情であっても、それは第三者から見たら仏頂面であり、何か悪いことをしているわけでもなく、周囲の人たちからは恐れられ、大人たちからは要注意人物とされた。
本人としては、慣れっこだった。しかし人は、気づかぬうちに心を傷付けていることがある。そしてそれに全く気付かずに――その治らない傷を付けたまま、生き続けていることもある。
「責任者、ってキャラじゃないでしょう。俺」
禅は薄っすらと笑いながら返した。
信は禅とは逆に、素の表情でも笑顔のように見える男である。
「そんなことないと思うよ」
信はヘラッ、と笑った。
「だって……アイちゃんの推薦だし」
「延原さんが?」
禅は驚きの表情の後、左手を腰にあて、右脚に体重をかける形で姿勢を崩した。右手で口元を覆って、顔は下に向ける。思案しているような風だ。
右掌の内側では、少しの笑みが浮かんでいた。
「落ち着いてて、肝も座ってる、っていうしね。仕事も一通り出来るみたいだからさ。僕もホントは大学生のコに責任者、ってのは荷が重いだろうし、悪いなぁとは思うんだけれど……」
「やります」
「へ?」。急な返答に信は戸惑うも、禅はハッキリと意思の固まった眼で、信を見ていた。
「給料、もちろん上がるんですよね?」
*
「そう、やることになったのね」
「はい」。禅は藍からの仕事の引き継ぎを聞き終えると、彼女に『責任者の任を引き受けた旨』を伝えた。
「延原さん、有田さんが辞めた後、仕事大変そうでしたもんね」
有田とは、去年の十二月にマホロバを辞めたベテランパートである。藍は彼女が辞めた後、彼女のそれまで担当していた全ての仕事を引き継ぐこととなり、多忙な日々を過ごしていた。
「そうね」。藍は少し疲れの浮かべた表情でいった。
「俺が責任者やることで、延原さんが少しでも楽になるならと思って」
禅は藍の目を見据えていった。
気持ちを隠さずに、むしろ見せつけるような気持ちで、いった。
「ありがとう」
藍はそういい返すと、「じゃあ、お疲れ様」と言い残して、バックヤードに向かった。
(私は、逃げたのかもしれない)。藍はそんな風に、思った。




