表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
22/33

赤木禅という男②

 先月の二十九日。赤木さんと、はじめてレジに入った日のこと。


 彼は、時間ギリギリでバックヤードに現れた。細身で、高身長。おれより、十センチは高い。力の抜けた目、肩。どこかけだるげな雰囲気を発している。黒く、ゴツいブーツ。ジーンズ。濃い緑のモッズコートには、金色のファーが付いている。


 切れ上がった目が鋭い。頬が若干こけ、顎が尖っている。とても、いい人相とはいえない。街中であったら、目を逸らしてしまうだろう。茶色く、短い髪は、ツンツン立っている。……ヤンチャ系? 本屋、って感じではない。



「あ。赤木くん。この子、夏目くん。会ったことあったっけ?」



 店長がニコニコ、聞いた。赤木さんはこちらをふいと見て、



「あぁ……はい。少し」



 返事をした。ちゃんと挨拶をしたことはなかったけど、彼には一週間前――二十二日に一度、会っていた。



「よろしくお願いします。夏目です」



 改めて、挨拶をする。こういう人にはちゃんと挨拶をしておかないと、後がコワイ気がする。とっさにそう思った。


 彼はエプロンを着て(コートのしたには赤いセーターを着ていた)、後ろを結びながら、「赤木。よろしく」と返事をした。……ちゃんと返事をしてくれた。イヤ、それくらい普通か。



 夕礼を終えて、店に出る。レジに二人で並ぶ(店長は帰り、延原さんが残った。彼女は店内を歩きながら、それぞれの場所でなにやら仕事をしていた)。横をちらと見ると、彼の肩があった。



「……仕事はなんとなく、覚えたか」



「あ、はい」



 ……沈黙。


 気まずい。



 お客さんがレジにやってくる。「いらっしゃいませぇー」


 レジを担当していたのはおれ。赤木さんは本にカバーをかけたり、袋に商品を入れたりする。


 お客さんが帰った後、赤木さんがいった。



「バイトは始めてか?」



「いえ、前にコンビニで少し……」



 ……沈黙。


 ……いやいや! これはおれが悪い。赤木さんは話を振ってくれているのに、ちゃんとおれが広げられないから……。


 どうやら自分で思っていたより、緊張しているらしい。彼の横顔を盗み見る。……なにを考えているのか、さっぱりわからない。



「いらっしゃいませぇー」



 お客さんがやってくる。「四百二十円のお買い上げでございます」。おれがいうと、赤木さんは袋を広げた。



「あ、袋いらない」



 お客さんがそういうと、赤木さんは一度広げた袋を、畳んだ。



「ありがとうございましたぁー」



 ドアが閉まり、お客さんの姿が見えなくなる。



「チッ」



 隣から、舌打ちが聞こえてくる。赤木さんだ。



「袋いらねぇんだったら、最初っからいえよなぁ……」



 顎を引き、どこかを睨みながらいうその顔は、鬼‼︎


 顔が、こわい。



「そ、そうですね……」



 無視するのも気まずいので、曖昧な返事をする。


 おれも別に『お客様は神様だ』だなんて思ってはないけど、まぁ仕事だからと割り切って、対応するようにはしている。しかし……。


 この人はお客さんだろうが、お構いなしだ。



「すみません」



 声がした方を見ると、お客さんがレジ横に立っていた。腰の曲がった、おばあさんだ。



「本を探しているんですがねぇ」



「どんな本です?」



 対応したのは、赤木さんだ。



「電車の中吊りで見たんだけどねぇ……確か、長寿の……秘訣、だったかしら」



 お客さんは目を瞑り、首を傾げいった。赤木さんはすかさず、レジ横に置かれたパソコンで検索する。


 『チョウジュノヒケツ』で、検索。……ヒットなし。


 しかし赤木さんは動じることなく、検索を続けた。『チョウジュ』を『ナガイキ』に変えたり、『ヒケツ』を『ヒミツ』に変えたりなんかして、エンターを押す。……すると、なんと出た! 『長生きのヒミツ』。最近出た本だった。



「これですかね」



 赤木さんは表紙をズームさせ、お客様に見せる。すると、



「そう! これよぉ!」



 おばあさんの顔がほころぶ。赤木さんはすばやく動いて、健康関連のコーナーから本を持ってきて、売った。


 お客さんが帰ると、おれの方を向き、話し始めた。



「夏目。客が来るだろ? そんで、『○○』って本、ありますか? ってな感じで、聞いてくる。したらそのタイトル、だいたい間違ってるからな。気をつけろよ」



 えっ。


 なんてこというんだ。この人は……。



「まぁそれでもいい方だ。タイトルも出版社も作家名も、何もわからんで来るヤツもいるからな」



 乱暴な言い方だった。


 そんな言い方、ないだろう。おれはいよいよ、嫌悪感を覚える。



「……でもまぁ、それを聞き出して、探してやるのが、本屋の仕事だ」



「へ?」



「ちゃんと客と会話して、引き出すんだよ。ヒントをな。どんな本か、何について書かれているのか……。『テレビでやってた』っつうんなら、そのテレビ番組の名前を聞き出す。そんで、その番組名、スペース紹介、スペース書籍でググる。したら、たいてい出てくる」



 赤木さんは小さな声でボソボソと、怖い顔でいった。



「『そんくらいググれよ』とか、『自分で調べろよ』とか、まぁ思うんだがな。でも、さっきのバアサンなんか、わかんねぇだろ? パソコンもスマホも、調べ方もよ。だから来てんだ。本屋に。そういう人の為にあるんだ。本屋は」



 おっと。この人、良いことをいい出した。これはあれだ。『不良が電車でお年寄りに席を譲っているところを見てしまうと、なんだかめちゃくちゃ良い人に見えてしまう現象』だ。ギャップがすごい。騙されないぞ……。



「みんな自分で調べて取り寄せできるんだったら……Amazonがありゃあいい。本屋なんて全部、潰れっちまう。だから客がおれらに、なんか本について聞きにきたら、ちゃんと対応するんだぞ。それが俺らの、仕事だ」



 良い人だぁー……! 良い人なんじゃないか。ほんとうは。顔がこわいだけで……。



 ――ブワァーックション‼︎



 店に入ってきたオジサンが、大きなクシャミをする。しばらくウロウロすると、帰っていった。



 おれはちらりと、赤木さんの顔を見た。



「……クシャミだけして、帰っていきやがった……」



 迫力で人を殺しそうな、顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ