赤木禅という男②
先月の二十九日。赤木さんと、はじめてレジに入った日のこと。
彼は、時間ギリギリでバックヤードに現れた。細身で、高身長。おれより、十センチは高い。力の抜けた目、肩。どこかけだるげな雰囲気を発している。黒く、ゴツいブーツ。ジーンズ。濃い緑のモッズコートには、金色のファーが付いている。
切れ上がった目が鋭い。頬が若干こけ、顎が尖っている。とても、いい人相とはいえない。街中であったら、目を逸らしてしまうだろう。茶色く、短い髪は、ツンツン立っている。……ヤンチャ系? 本屋、って感じではない。
「あ。赤木くん。この子、夏目くん。会ったことあったっけ?」
店長がニコニコ、聞いた。赤木さんはこちらをふいと見て、
「あぁ……はい。少し」
返事をした。ちゃんと挨拶をしたことはなかったけど、彼には一週間前――二十二日に一度、会っていた。
「よろしくお願いします。夏目です」
改めて、挨拶をする。こういう人にはちゃんと挨拶をしておかないと、後がコワイ気がする。とっさにそう思った。
彼はエプロンを着て(コートのしたには赤いセーターを着ていた)、後ろを結びながら、「赤木。よろしく」と返事をした。……ちゃんと返事をしてくれた。イヤ、それくらい普通か。
夕礼を終えて、店に出る。レジに二人で並ぶ(店長は帰り、延原さんが残った。彼女は店内を歩きながら、それぞれの場所でなにやら仕事をしていた)。横をちらと見ると、彼の肩があった。
「……仕事はなんとなく、覚えたか」
「あ、はい」
……沈黙。
気まずい。
お客さんがレジにやってくる。「いらっしゃいませぇー」
レジを担当していたのはおれ。赤木さんは本にカバーをかけたり、袋に商品を入れたりする。
お客さんが帰った後、赤木さんがいった。
「バイトは始めてか?」
「いえ、前にコンビニで少し……」
……沈黙。
……いやいや! これはおれが悪い。赤木さんは話を振ってくれているのに、ちゃんとおれが広げられないから……。
どうやら自分で思っていたより、緊張しているらしい。彼の横顔を盗み見る。……なにを考えているのか、さっぱりわからない。
「いらっしゃいませぇー」
お客さんがやってくる。「四百二十円のお買い上げでございます」。おれがいうと、赤木さんは袋を広げた。
「あ、袋いらない」
お客さんがそういうと、赤木さんは一度広げた袋を、畳んだ。
「ありがとうございましたぁー」
ドアが閉まり、お客さんの姿が見えなくなる。
「チッ」
隣から、舌打ちが聞こえてくる。赤木さんだ。
「袋いらねぇんだったら、最初っからいえよなぁ……」
顎を引き、どこかを睨みながらいうその顔は、鬼‼︎
顔が、こわい。
「そ、そうですね……」
無視するのも気まずいので、曖昧な返事をする。
おれも別に『お客様は神様だ』だなんて思ってはないけど、まぁ仕事だからと割り切って、対応するようにはしている。しかし……。
この人はお客さんだろうが、お構いなしだ。
「すみません」
声がした方を見ると、お客さんがレジ横に立っていた。腰の曲がった、おばあさんだ。
「本を探しているんですがねぇ」
「どんな本です?」
対応したのは、赤木さんだ。
「電車の中吊りで見たんだけどねぇ……確か、長寿の……秘訣、だったかしら」
お客さんは目を瞑り、首を傾げいった。赤木さんはすかさず、レジ横に置かれたパソコンで検索する。
『チョウジュノヒケツ』で、検索。……ヒットなし。
しかし赤木さんは動じることなく、検索を続けた。『チョウジュ』を『ナガイキ』に変えたり、『ヒケツ』を『ヒミツ』に変えたりなんかして、エンターを押す。……すると、なんと出た! 『長生きのヒミツ』。最近出た本だった。
「これですかね」
赤木さんは表紙をズームさせ、お客様に見せる。すると、
「そう! これよぉ!」
おばあさんの顔がほころぶ。赤木さんはすばやく動いて、健康関連のコーナーから本を持ってきて、売った。
お客さんが帰ると、おれの方を向き、話し始めた。
「夏目。客が来るだろ? そんで、『○○』って本、ありますか? ってな感じで、聞いてくる。したらそのタイトル、だいたい間違ってるからな。気をつけろよ」
えっ。
なんてこというんだ。この人は……。
「まぁそれでもいい方だ。タイトルも出版社も作家名も、何もわからんで来るヤツもいるからな」
乱暴な言い方だった。
そんな言い方、ないだろう。おれはいよいよ、嫌悪感を覚える。
「……でもまぁ、それを聞き出して、探してやるのが、本屋の仕事だ」
「へ?」
「ちゃんと客と会話して、引き出すんだよ。ヒントをな。どんな本か、何について書かれているのか……。『テレビでやってた』っつうんなら、そのテレビ番組の名前を聞き出す。そんで、その番組名、スペース紹介、スペース書籍でググる。したら、たいてい出てくる」
赤木さんは小さな声でボソボソと、怖い顔でいった。
「『そんくらいググれよ』とか、『自分で調べろよ』とか、まぁ思うんだがな。でも、さっきのバアサンなんか、わかんねぇだろ? パソコンもスマホも、調べ方もよ。だから来てんだ。本屋に。そういう人の為にあるんだ。本屋は」
おっと。この人、良いことをいい出した。これはあれだ。『不良が電車でお年寄りに席を譲っているところを見てしまうと、なんだかめちゃくちゃ良い人に見えてしまう現象』だ。ギャップがすごい。騙されないぞ……。
「みんな自分で調べて取り寄せできるんだったら……Amazonがありゃあいい。本屋なんて全部、潰れっちまう。だから客がおれらに、なんか本について聞きにきたら、ちゃんと対応するんだぞ。それが俺らの、仕事だ」
良い人だぁー……! 良い人なんじゃないか。ほんとうは。顔がこわいだけで……。
――ブワァーックション‼︎
店に入ってきたオジサンが、大きなクシャミをする。しばらくウロウロすると、帰っていった。
おれはちらりと、赤木さんの顔を見た。
「……クシャミだけして、帰っていきやがった……」
迫力で人を殺しそうな、顔だった。




