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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
18/33

部屋とゆたんぽとチエリ①

 東京都心から少し離れたベッドタウン、晴種はれたね町。


 その駅前に連なる集合団地の一階部分に、マホロバ堂書店はある。



 大学受験をAO入試で早々と終えたおれは、残り少ない高校生活をアルバイトに費やしてしまおうと思い立ち、ここ――マホロバ堂書店でアルバイトを始めた。先月のことだ。



「夏目くん」



 低く、落ち着いた、大人の女性の声。おれを呼んだのは、先輩書店員の延原さんだった。


 百七十二センチあるおれと、ほとんど変わらない背丈はいつもピンと伸びていて、ランウェイを歩くモデルを思わせる。細身な身体にフィットしたタイトな服をいつも着ていて、モノクロを好むそのカラーセンスは、白黒ハッキリしたその性格を如実に表している。黒いショートカットに、白い肌。きりりと整った濃い眉、一重瞼。唇だけが、仄赤い。


 いつも履いている黒い靴は、紐まで黒い。同色のパンツは、細い足を更に細く見せる。白いシャツはよく見ると、同じく白い糸で細かく花柄の刺繍がしてあって、ほんの少しの色香を漂わせる。紺色のエプロンが、またなんとも似合う。


 おれはその六つ上の先輩に話しかけられると――そのたびに、なぜかドキリと、してしまうのだった……。



「やっとマスク、外せたのね」



 そういうと、彼女はクスッとわらった。



「はい。やっと……」



 ――去年の年末。大晦日に俺は急激に体調を崩し、病院へ行くと、『インフルエンザ』だと宣告された。正月三が日にも営業をしていたマホロバに、おれも出勤する予定だったのだが、当然休まざるを得なかった。


 先月の二十四日にした失態を、本来休みであった翌日、二十五日に出勤することによって挽回したと思ったのに、またもや失態。面目丸潰れだ。平謝りするしかなかった。



「そういえばね。『返品作業』を教えるのを忘れてたのよ」



 「チエリ」彼女はおれと共にレジに立っていたもう一人に、そう話しかける。



「ウン?」



 おれの後ろから前屈みに顔を出し、延原さんに返事をするのは同じく先輩書店員の、小川さんだ。


 おれや延原さんより十センチほど背の低い彼女は、背伸びをしているようで、プルプルと震えていた。レジは狭く、そうしなければ延原さんに顔を向けられなかったのだ。


 明るく茶色いミディアムヘアーの、パーマがかった毛先もふるふると揺れる。



「彼に返品について、教えてあげてくれない? 私、まだ仕事が残ってるから」



 「うん! わかった!」と、小川さんは笑顔で返事をする。彼女は延原さんの一個下とのことだったが、二人は幼馴染らしく、いつもフランクに会話している。



 ――店の奥。バックヤードへの入り口の前には作業台があって、そこにはダンボールがいくつも積んである。



「じゃあわたしが、返品作業について教えてしんぜよう」



 おどけた調子で、小川さんがいった。


 ――改めて、彼女は延原さんとは真逆の存在だなぁと思う。丸顔に、とろんとした目。表情には常に笑みが浮かんでいて、いかにも優しげな印象を受ける。服はゆとりあるものを好むらしく、いつも少し大きめのセーターやカーディガンを着ている。彼女いわく、ニット素材が好きとのこと。『包まれている感じ』がするのだそうだ。色の具合も、延原さんとは真逆。淡い黄色やピンク、水色といった、パステルカラーをいつも纏っている。


 クールな延原さんと、フェミニンな小川さん。そんなイメージ。真逆のようだが、二人はお互いを尊重しあっているようで、仲がいい。



「いいかい。まずは返品とはなんぞや、と」



 小川さんは誰のマネなのかはわからないが、どっかの偉そうな教授風に、妙な口調で話を続けた。



「本屋さんには、一日に何百冊もの本が届く。それはキミも知ってるね? でも、それを毎日受け入れ続けてたら、本屋さんはパンクしちゃうよね。だから、『返品』ってのをしなくっちゃあならないのだよ」



 そういうと彼女は作業台の上の段ボール箱の一つを、パンと叩いた。


 中身が詰まった音がする。



版元はんもと……出版社に本を返すとね。お金が返ってくるの」



 そういうとニヤリと笑って、『お金』を表すハンドサインをする。――OKサインを

横にしたヤツだ。



「えっ、それって……めっちゃいいシステムじゃないですか」



 売れなかった本は返品しちゃえば、お金が返ってくる。……てことは、売れなくたって本屋の損失はほとんど無い、ってことだろう……?



「……まぁ確かに、ローリスクではあるけどさ」



 小川さんはそういうと、少し顔を曇らせた。



「でも、同時にローリターンでもあるんだよ。利益率だって、ひっくいよ。例えばさ、『週刊少年ジャンプ』を一冊売るとするじゃない?」



 彼女は何かをつまむ様なジェスチャーをする。



「これっぽっち。数十円だよ」



 ……なるほど。そんなうまい話もない、ってことか。



「本屋さんが万引きで潰れちゃう、って話。聞いたことない? それも、そこが原因なんだよ。本一冊盗まれちゃうと、その分を取り戻す為に何冊本を売らなくっちゃならないんだ、って話。それに、本が売れないからってバンバン返品してたら、今度は本を送ってもらえなくなっちゃうんだ。お店続けていくんなら電気代とか、従業員の給料だって払わなくっちゃいけないし……だからつまり、結局わたしたちはがんばって本売らなきゃ! ってこと!」



 そう締めると、小川さんはパンと両手を合わせる。



「それはいいとしてね。返品のやり方なんだけど……」



 仕切り直し、とばかりに、説明を始めた。



「この箱一個一個に、本がたくさん詰まってます。これを全部、この『ヒモ』で縛ってくんだけど……」



 『ヒモ』というのは、黄色い、プラスチック製の梱包バンドだ。



「まずね。箱の中身を確認する。『雑誌』か、『書籍』か、『文庫』か」



「あっ、それは聞きました」



 初日に延原さんに聞いた、『混ざっちゃいけない』ってヤツか。



「そっか。じゃあ話は早いよ。確認したら、箱のヨコに印を付ける。縛って台車に積んだ後、その箱の中身が何なのか、わかんなくなっちゃうからね」



 小川さんは作業台の上の箱を一つ開け、「雑誌」と呟いた。覗き込むと、確かに週刊誌が詰まっている。


 箱の横に一文字、カタカナで『ザ』と書くと、



「じゃあ縛っていこう。まずは『ヒモ』と『留め具』を用意して……」



 『ヒモ』は彼女の足元の棚に入っていたのだが、『留め具』はおれの足元にあるようだった。おれは咄嗟に、手をのばす。



「あっ」



 半透明の『留め具』がたくさん入った箱を取ろうとする、彼女の手とおれの手が、空中で触れた。


 「すみません」おれは反射的にいった。彼女は「大丈夫。ありがとう」といって、説明を続ける。



「まずは『ヒモ』をこの『留め具』の中に通してね……」





 ――右手に。彼女の手の、冷たい感触が残っている。



『わたし、冷え性なの』



 おれは彼女の手元を見つめながら、先月のクリスマスの夜を、思い出していた。

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