クリスマスくらい、おだやかなきもちで。 ④
「たのしかった?」
帰り道、延原さんがいった。
「はい。とても」
もちろん、本心だ。たのしかった。色々な話をした。趣味についてや、店について……くだらない話をした。そういうのが何よりおもしろいんだと、ほんとうに思う。
冬の空気は冷たくて、痛いくらいだった。おれはマフラーに、顔をうずめる。
「……すき?」
「クリスマス」。延原さんの言葉に、ドキリとする。
「はい。すきです」
少し前を歩いていた彼女に、追いつく。自転車を、強く押す。
「……なんかみんな浮かれてて、たのしそうで……平和でキラキラしてて、いいじゃないですか。わざわざこんな日に、悪いこと考えるのもバカらしい、っていうか……。今日くらい、キレイなことだけ信じたいって、思うんですよね」
……結構恥ずかしいことを言っている自覚はある。延原さんの方を見れない。
少しして、彼女の方を見る。――少しだけうつむいていて、少しだけ、微笑んでいた。
「……私もすき」
なんだ……なんだ……なんだ! このキモチは! このムズムズする感じってのは……これっていうのは……アレか……アレなのか……⁉︎
そんなことを思っていると、交差点で立ち止まる。どうやら、わかれ道のようだ。
なんだか、わかれがたい……そんなことを思いながらも何もいえずにいると、
「じゃあね」
そういって、延原さんが片手をあげる。
「あっ、あのっ!」
思わず、いってしまう。
彼女は、立ち止まる。
なんといえば……なにをいえば……。『今日はたのしかったです』? は、いったし、『これからもよろしくおねがいします』? 『仕事、早くおぼえます』? 『力になりたいです』? ……あーっ、もうっ!
「メリークリスマス」
……。
思わず、迷ったあげく。口走ったのは、そんな言葉。
延原さんは少しだけおどろいたようで、でも、すぐに吹き出した。
「うふふっ……」
冷たい頬が、あつくなる。……ハズカシイ……。
「メリークリスマス」
――。
彼女はそういうと、踵を返して、歩いていった。
――。
「メリー、クリスマス……」。誰もいなくなった交差点で一人、つぶやいた。




