クリスマスくらい、おだやかなきもちで。 ③
小川さんのうちは二階建ての一軒家で、駅から十五分、といったところにあった。
外で十分ほど待っていると、彼女の「いいよ〜入って」という声が上の方から聞こえてくる。延原さんは躊躇なしに、家のドアを開けた。
「おじゃまします」
「おじゃまします……」
彼女はテレビの音が漏れ聞こえてくるリビングに顔を出すと、もう一度「おじゃまします」といった。「いらっしゃい」と、中から女性の言葉が返ってくる。
小川さんの、母親だと思った。彼女と小川さんは幼なじみだといっていたし、小川さんのお母さんとも、昔っからの仲なのだろう。
挨拶を済ますと、延原さんは階段を上がっていった。おれは彼女の、あとについていく。
「あら、がんばったのね」
部屋に入るなり、彼女がいった。
それはいかにも女性らしい、小川さんの印象そのままな部屋だった。
部屋の広さは、七畳くらいだろうか――家具やカーペット、ベッドやクッションなどが、白や薄いピンク、黄色といったパステルカラーで統一されている。
棚や窓際などには小さな人形、雑貨などが並んでいて、いかにもこういうものがすきそうな小川さんのイメージにピッタリだった。本棚には少しの文庫本と、たくさんの少女マンガ。少年マンガも、ちらほらと見える。また、『aiko』や『いきものがかり』といったアーティストのCD、そして、ジブリやディズニーといったアニメ作品がほとんどを占める、映画のDVD。
部屋に入ると、女の人特有の甘い匂いで肺が満たされて、立ちくらみがした。顔があつい。
「がんばったよ」
小川さんが、ドヤ顔でいう。
「でも、そこの押入れは開けないでね」
おれの後ろをさして、いった。もちろんおそろしいので、開けませんとも……。
三人のクリスマスパーティーは、ゆるゆるとはじまった。小川さんが先ほどスーパーで買ってきた惣菜や飲み物を袋から出して、テーブルに並べる。おれはそれを手伝う。延原さんはというと、小川さんのベッドにうつ伏せに寝ころんだ。
おれはそれを見て、少しおどろいた。『しっかりしたオトナの女性』といったイメージだった延原さんが、急に人が変わったように――スイッチが切れたように、ベッドに倒れこんだのだ。
「おつかれさまです」
小川さんはそういうと、延原さんにビールの缶を渡す。「ん」といって、彼女はそれを受け取ると、ベッドの上にあぐらをかいて座った。
「夏目くんはコーラね」
そういって渡されたのは、スーパーで買った缶コーラ。見たことのないブランドで、一缶五十円だった。
握ったそれは、ひんやり冷たい。
「かんぱぁーい」
小川さんはそういって、自分の手にしたチューハイの缶を差し出した。おれと延原さんも、それにならう。
「おつかれさまです」
――。
見ると、延原さんは缶ビールを一気にあおっていた。
「ここ数週間、疲れたでしょう」
小川さんが、彼女にいった。……なんのことだろう。
「実はね。三週間くらい前、ベテランのパートさんが一人、やめちゃったの」
「有田さん、っていうんだけどね」。彼女はそうつづけると、チューハイを一口飲んで、つづけた。
「私たちの人生より長く、書店の仕事をしてきた超ベテランさんだったんだ。書店員歴四十年、っていってたっけ。今までずっと、『マホロバ堂書店』を支えてきてくれた人でね」
彼女は、少し残念そうな顔になる。
「……有田さんは今でも元気なんだけどね。でも、有田さんのお母さまがケガをされて……それで、田舎に帰っちゃったの。それで今までその人がしてた仕事を、今はアイちゃんがやってるの」
「いなくなって、はじめて気がつくんだわ」
「あの人のスゴさにね」。そういうと、延原さんはグビリとビールを飲み干す。
「やっぱ店長にいったら? ちょっとキツいです、って……」
なるほど……延原さんがおれを教えながらも忙しそうに店内を動いて何か調べたり、書類を書いていたのは、そういうことだったのか。合点がいった。
彼女はカラになった缶を何度か揺らすと、それをテーブルに置き、いう。
「イヤよ。自分でお願いしたんだもの。『やらせてください』って」
小川さんの方へと右手を伸ばし、人差し指をクイ、と動かす。
「でも……」
彼女は二本目の缶ビールを袋から出すと、延原さんに渡した。
「大丈夫。みんながいるし……」
――プシッ
「協力的な新人も入ったもの」
おれの方をチラッと見ると、グイと飲む。
……ン? おれ?
なぜかドキリと、鼓動が強くなった。
「もちろん、おれにできることは、なんでもやります」
そして気づくと、いっていた。この人は今、タイヘンなんだ。じゃあ、力になりたい。なぜか少しも悩むことなく、思っていた。
延原さんの白い頬が、少しだけあかく、染まっていた。
「期待してる」
……〜〜‼︎
なんなんだろう、このくすぐったい、キモチは……。




