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9 笑いごとじゃないんだよ

 歩きながら後ろを確認する。追いかけてくるあいつが殺人鬼であることは覚悟した方がいい。

 しかし、もしそうでも僕個人を狙う理由がわからない。殺人欲を満たしたいだけなら誰でも良いはずだ。

 僕は鈴懸さんから聞いた殺意のトリガーの話を思い出した。女の子と喫茶店に行った帰りの奴を見ると殺したくなる、みたいな。だが、そうなるとあのフルフェイスヘルメットの説明がつかない。あれは人が見ている中でも殺れるようにとあらかじめ準備していたはずだ。明らかに計画性がある。

 僕は鞄の中のデリンジャーを確認した。ちゃんと入っている。でもこんな人がいる場所でいきなりぶっ放すわけにもいかない。

 殺人鬼は殺人鬼でないと倒せない、とまでは言わないが真正面から準備もなしでは分が悪い。このままではいずれ追いつかれてしまい、一巻の終わりである。

 それがわかっていてただやみくもに駅の方に逃げているわけでは無い。駅の周辺にはあれがあることが期待できる。

 僕は運よくそれを発見した。駅前の駐輪場の山のように置かれた自転車の中、不用心にも施錠を怠ったママチャリ。僕はそれをまるで元々自分の物だったかのように盗んだ。自転車は天下の回りものだなんて言うやつはぶん殴りたいと常々思っているので、罪悪感はあるが緊急事態なので持ち主には諦めてもらおう。

 これで追跡をふりきるしか今は手がない。僕は自転車にまたがってもう一度後ろを確認した。そして後ろにいたフルフェイスヘルメットを見てひぃと声を出してしまった。

 あいつは僕が自転車に乗ったのを見て、ついに走って追いかけてきたのだ。しかもけっこう速い。バイクに乗って追いかけてくるなら様になりそうな格好で、腕を思い切り振っているのがシュールでそれがまた僕を怖がらせた。僕は慌ててとにかく全力でペダルを回す。

 自転車に乗れば逃げ切れるだろうというのは甘い考えだったかもしれない。瞬間的な速さで言えば、ママチャリの速度は25km/hといったところだろう。対して、もし100m走で12秒なら30km/hで走れるということになる。今は振り向く余裕がなくてわからないが、すでにすぐそこまで迫いついてきているかもしれない。

 僕は覚悟を決めなければいけなかった。やつに捕まり殺される覚悟――ではない。

「うおおおおおおおおおおおりゃあ!」

 僕は車道に飛び込んだ。そして信号の変わるタイミングで交差点を斜めに突っ切る。

 交通量の多い交差点でも片方の信号が赤になってからもう一方の信号が青に変わるまでは交差点を車が通ることは無い、理論上は。実際やるのはめちゃくちゃ怖い。ちなみに名古屋なら確実に死にます。

 僕は怒号とクラクションが飛び交う中を必死で駆け抜けた。これで追手を撒けたかはわからないので、ペダルを踏む力は緩めずとにかく体力の限り逃げ続けた。



 寮まではあっという間についた。僕はようやく後ろに誰もいないことを確認し、念のため寮を少し通り過ぎたところで自転車を乗り捨て、普段は使わない裏口から寮に入った。

「あれ? なんや今日も汗だくで帰ってきたん? またなんかええことあったか知らんけど、毎日そんなんじゃ倒れてまうで」

 蓮理は今日も食堂にいた。石油ストーブの上でアルミ箔に包んだ何かを焼いている。それってオーブントースターでやったらダメなのか? いや今はそんなことはどうでもいい。

「ちょうどいい。おまえ寮のマスターキーの合鍵作ってたよね? 貸してくれ」

「んー、どうしよかなー」

「寮長にばらしてもいいんだよ? 借りるアパートのあてはあるかい?」

「いややなー、冗談やて。でもなんで必要なんかは教えてくれてもええんちゃう?」

「ちょっと用心して今日は空き部屋で寝たいと思ってさ」

「用心? なんの話?」

 殺人鬼に追われていると言おうとしたが、僕はほぼ確信してるとはいえそもそも本当にあいつが殺人鬼だったのか分からないしなんと呼ぼうか?

「えーっと、さっきストーカーに追いかけられてそれで……」

 ぶふぉっと吹き出して、蓮理は腹を抱えて笑い出した。

「プククッ、ストーカーがストーカー被害者になって怖がってるって、ハハハ、仲良くしたらええんやないの。ヒヒ、あれか、ミイラ取りがミイラになった的な感じやな」

「笑いごとじゃないんだよ、ホント」

 実際まったく笑えなかった。一周して逆に笑えて来たりしない分落ち着いているとも言えるが。

「なんか他に手伝えることはあらへんか? ストーカー被害者さん、ヒヒヒ」

「ああ、じゃあ悲鳴が聞こえたら助けに来てくれ」

「おーけーおーけー、飛んでいったるわ、あっはっは」

 一通り笑いとおした蓮理を見て、いざとなったらこいつを肉壁にして逃げようと思った。



 夕飯の後、適当な空き部屋を探して(一応、蓮理の部屋の近くにした)殺人鬼が襲ってくるのに備えて準備をした。もしかしたら、ただの勘違いで心配しすぎではないかと思ったりもしたが不安なままでは満足に寝られやしない。骨折り損のくたびれもうけとなってもそれでいいじゃないか、実際に首の骨を折られるよりは。

 準備なんていくらしてもしきれないが適当なところで妥協して、ベットに潜り込んだ。僕はとりあえず安心して眠りにつくことができた。


 僕は夢を見ている、とわかった。いろいろ考えながら眠ると夢を見ることが多い気がする。浮遊感というか地に足が着いてない感じ。それっていっしょじゃん? なんて誰かがつっこむ。僕は喫茶店にいる。確かPeroPeroとかそんな名前。店内に誰かいるかはわからない。僕は眠っているからだ。ヘッドホンを着けて眠っている。不思議とヘッドホンからは何も聞こえてこないがやっぱり不思議じゃない、僕は眠っているからさ。バキッとドアが開かれた。なんでそんな音がするんだろう。

 そこで目が覚めた。

 バタンと何かが倒れた音がした。何かではない。人が転んだ音だ。

 部屋の入口にしかけたロープに誰かが引っ掛かったのだ。わざわざ準備したトラップが役に立って嬉しい、なんて思うことはできなかった。悪い予想が大的中である。

 侵入者はすぐに立ち上がってベットの方に向かってくる。僕は手元の携帯電話の通話ボタンを押した。すると机の方から大声が発せられる。

『うわあ、たすけてー。うわあ、たすけてー。うわあ、たすけてー……』

 僕の携帯電話の着信音に自分の声を録音しておいたのだ。少し演技力に難がある叫びだが、音量は最大に設定してあるので周りの部屋の住人を起こすのには充分だろう。

 侵入者は戸惑ったような足の運びをしたが、携帯は無視することに決めたようでこちらに向かってくる。

 そしてベットに衝撃。そのあとバキッ、ガタンという音がして侵入者は見えなくなった。

「うわあ! なんやこのドアえらいことになっとる!」

 蓮理が来てくれたようだ。もうちょっと早く来てくれたらよかったのにと思うが贅沢は言えない。部屋の明かりがつけられた。

「ぎゃああああ! 近衛クンが刺されて死んでるうううううう!」

「あ、大丈夫。刺されてないし死んでない」

 僕はベットの下から這い出た。隠れて寝ていて正解だった。

「ぎゃああああ!ベットの下から近衛クンの幽霊がああああああ!」

「いや違うだろ」

 僕はとりあえずいつまでも叫びっぱなしの携帯を止める。部屋の中なのになんだか寒い。冷風が吹いてくる方を見ると、窓が枠ごと外されているのが目に入った。そこから外を見てみるが、暗くて何も見えなかった。ここ2階なんだけど飛び降りたのか?

 ベットには毛布の上から包丁が突き刺さっている。蓮理が毛布をめくった。中身は物置部屋の木彫りの熊だ。躍動感を出すためにクワッと開かれた目と口が、今は刺されたショックのせいに見える。これを木彫りの熊さん殺人事件と名付けよう。いや、殺熊か。それとも殺像?

 次に入り口の方を見てみる。ドアノブが無いことに気づいた。僕はロープのトラップを回収するついでに、近くからどうなっているのかを観察した。

 ドアノブが無いというよりドアノブ周りの一部分がすっぽり抜けている。つまり鍵の役割を果たしている部分が、切り取られているようだ。切断面は粗くて、切ったというよりはぶち壊したという感じか。

 廊下に出てみると同じフロアの寮生が何人か、何事かと顔を出していた。夜中に迷惑だったなと思い、軽く頭を下げる。あ、ドアノブ見つけた。

 とりあえずこんなものか。蓮理が呆れたような顔で僕に言う。

「ひどい有様やなあ。これどうすんの?」

「ひとまず警察を呼ぼうか。今は寝たいな」

 僕は携帯で時間を確認する。まだ3時だと知ると余計に眠くなってきてあくびが出た。でもこんな部屋じゃ寒くて寝られやしないな。

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